第31話 味方してほしかったら、出すもの出しな
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第31話 味方してほしかったら、出すもの出しな
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約束の時間がきた。
広間でライン様と向き合うトルク様。
「回答をいただこう」
「ヒンドル様の陣営と戦う意味はあまりありませんな」
トルク様はゆっくりと口を開いた。
「では―――」
トルク様は手でライン様の言葉を制止した。
「そして、ロベルト様に組しても勝てる見込みはほとんどない」
「戦は終わってみなければ、結果がどうなるかは分からぬ」
「ですが、当家がロベルト様に組しても、報酬の約束もない」
「報酬は……何を望むのか?」
気づいたか、といった表情だね。
報酬のことを明確にしなかったのは、決着がついた後のことを考えてのことだと思われる。
最初に何かを約束すると、ロベルト様はそれを履行しなければいけない。
そうならないようにしたいのだ。
ロベルト様かこの騎士か、はたまた裏に誰かいるのか、誰の思惑なのだろうか。
「城地の切り取り次第、をロベルト様の名において約定に認めていただきたい」
「城地の切り取り次第とは、なかなか大きく出ましたな」
「私も家の存続を懸ける以上、それなりのものをいただかなければ、ロベルト様に与することはできません」
「ラントール城ではどうか?」
どうやら元々報酬の話が出たら、ラントール城を差し出すつもりだったようだな。
「ラントール城と塩の生産・販売権、をいただきたい」
ラントール城の西には海がある。
塩の販売はダルバーヌ家で独占しているため、仮に塩を作ってもダルバーヌ家を通さないと売れないのである。
だから、自領で生産した塩について、自由に売り捌く権利を確保しにいく。
トルク様はこの二つは譲らないことで、ロベルト陣営に与することを決めたのだ。そう強く主張したのは俺だけどね。
「ラントール城下で作られた塩の販売、これが限度だ」
ちっ、ひっかからなかったか。
制限のない販売ができるなら、他の領地で作った塩を購入して転売すれば、利益が出る。
ライン様はそのことに気づき、うちの領内で生産した塩と、その塩のみの販売権をと言ってきたのだ。
「それで結構。ロベルト様の直筆の約定をいただきたい」
「……すぐに用意するように手配する」
「約定をいただいたら、当家はロベルト様にお味方いたします」
話は決まった。
話しがまとまらなかったら、本当に独立しようと強弁するところだったよ。
そもそも、独立しても周囲は敵ばかりで、村を守ることさえ難しい状態だ。そんな博打はしたくない。
こうして、九歳の春は動乱の足音を聞きながら始まったのであった。
戦になる。それもかなり不利な戦だ。
勝つための準備をするのは当然だろう。
俺は少しでも勝率を上げるため、考えられるだけの準備をした。
ロベルト陣営から約定が届いた。
これが本物かどうかは俺には分からない。
誰もロベルトの筆跡を知らないので、信じる他ない。あやふやだが、勝った後にそんなもの知らないと言い出したら、その時はその時だ。
「それではいってきます」
「気をつけていくんだぞ」
「はい」
トルク様に挨拶を終えた俺は、密かに村を出た。
目指すはラントール城下。
街道を避けて山や森を進む。
日頃から野山を駆けている俺にとって、この程度のことはお手の物だ。
ラントール城はソルバーン村からかなり近いところにあるため、すぐ到着した。
俺はラントール城下のある屋敷の前に立つ。
「僕はソルバーン村のノイスといいます。姉のニュマリンのことでクラウド様にお話しがあり、やってきました。取り次ぎをお願いします」
九歳の可愛らしい少年を演じて丁寧に口上を述べると、門番は少し待ってくれと屋敷の中へ入っていった。
しばらくすると、クラウド様が出てきた。
「ノイス君。こんな朝早くにどうしたんだい?」
「ニュマリン姉さんのことでクラウド様にお話しがあり、やってきました」
「中に入ってくれ。話を聞くよ」
部屋に案内され、飲み物を出してもらえた。
爽やかでいい香りのハーブティーだ。
「それでニュマリンさんの話とは?」
「すみません。本当はニュマリン姉さんのことではないのです。ご当主サムラート様にこちらの書状を渡していただけないでしょうか」
「これは……」
そこでクラウド様は悟ったようだ。
この時期に他の騎士家から書状が届けば、嫌でもダルバーヌ家の家督争いの話だと分かるだろう。
「待っていてもらえるかな」
「お手数をおかけします」
クラウド様はトルク様からの書状を持って出ていった。
俺はハーブティーを飲みつつ、しばらく待った。
書状を受け取ったサムラート様はどう考えるかな。
今のところ俺を捕縛するような不穏な動きはない。
一応、俺がソルバーン家の従者だと、二人は知っている。
もっとも、こんな子供を捕まえても意味はないと思っているかもしれないが。
そしてサムラート様とクラウド様親子が部屋に入ってきた。
「書状は読ませてもらった。ソルバーン殿はロベルト様に与するようだな」
「はい。ヒンドル様が元平民のトルク様を蔑ろにすることは明らかです。よって当家はロベルト様に合力することに決めました」
「儂にシャイフ家を離れろと?」
「今回の家督争いは、ロベルト様が勝ちます。シャイフ家を離れるべきでしょう」
「ハハハ。何を言うか。ヒンドル様とロベルト様では、用意できる兵数が違う。ロベルト様が勝つことは万に一つもない」
「戦力はあったほうがいいでしょうが、それを率いる将の器次第でどうにでもなるのです。その証拠が先年の秋の戦いです。あの戦いは誰もがダルバーヌ家の勝利を疑っていませんでした。ですが、結果はご当主様と嫡子様が共に討死し、この家督争いが起こっております」
「今回はあの戦いの教訓を生かし、誰も油断しておらぬと思うがな」
「本当にそうでしょうか?」
「何が言いたいのだ?」
「油断していないのであれば、ヒンドル様は当家にも領地の安堵を約束する使者を出しているはずです。ですが、そのような使者はソルバーン家にはきていません。ソルバーン家のような小さな勢力などと侮っているからに他ならないでしょう。それが油断でなくして、なんでしょうか」
「うぅぅぅむ……」
悩んでいるね。心の中にできた疑問が、大きな不安となってサムラート様を包み込んでいることだろう。
「ロベルト様にお味方できないのであれば、せめて中立でいてください」
俺のその言葉がとどめとなり、サムラート様は中立でいることを決心してくれた。
正直いってトルク様はサムラート親子が敵でも構わないのだ。
だけど、俺やシュラーマ姉さんの手前、ニュマリン姉さんの婚約者であるクラウド様と戦うのは控えたいと思った。
そこで俺が使者になることで、二人を説得することにしたのだ。