第26話 戦後処理をするのが大変だ
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第26話 戦後処理をするのが大変だ
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帰ってこられたトルク様は酷い有様だった。
連れていった男衆も帰ってきたのは六十五人で、十五人が死亡したそうだ。
しかも帰ってきた人の中には腕を失ったり、大怪我をした人も多い。
俺はバルナンを連れて怪我人を治療して回った。
魔力量が大幅に増えているバルナンでも、怪我人全員を一日で癒すことはできなかった。
ただ、重傷者を優先して治療したので、死者は増えずに済んだ。
「今回の戦はダルバーヌ勢が三倍の戦力を用意し、誰も負けると思っていなかった。その隙を突かれ、夜襲されてご当主様が討ち取られている」
ダルバーヌ家の当主が戦死したらしい。
戦力が多いと、こういう気の緩みができて奇襲される。
そういえば、織田信長や浅井長政などは圧倒的な兵力差をひっくり返す戦いをしたっけ。あと三国志の赤壁の戦いだな。
大逆転勝利はいくらでもあると、歴史が証明している。これからもこういったことがあると思うべきだろう。
俺が戦場に出たら、気を緩めないようにしようと心に誓うのだった。
「戦死した人の家族には、見舞金を出す。ノイスはそれを用意しておいてくれるか」
「いくら出しますか?」
「そうだな……麦十袋で」
金額を考えてなかったのか。テンパッテいるんだろうな。
麦は三十キログラム入り袋を使うのが一般的だ。
十袋なら、三百キログラムになる。
商人が引き取ってくれる金額は、一袋で銅貨二枚。これは二万円相当の価値になる。
商人がこれを売る時はその倍以上の価格になっていることが多いけど、経費が色々乗っているのだから仕方がないだろう。
村長宅にあった過去の見舞金は、せいぜい麦二袋だ。
人の命は一億円でも安いと思うが、この世界では四万円くらいの価値で済まされていた。
トルク様がそれを知らないはずはない。
「多すぎると思いますが?」
トルク様は力なく俺を見つめた。
「多いかね?」
「戦はこれからもあります。今回は十五人でしたが、もっと多くの人が死ぬこともあります。毎回麦十袋を与えていては、ソルバーン家の財政が逼迫することになるでしょう」
税として徴収した麦七十トンから四・五トンも見舞金に出すことになる。
税はほかにもあるが、それはそれほど多いものではない。
麦税収の六パーセントちょっとだからそこまでと思うかもしれないが、領主屋敷をはじめ、俺やゴドランさんたちの家も領主であるトルク様が用意したものだ。
これだけの建築物の支払いをこれからしなければいけないし、今回の戦いで失った武器や防具を補充するお金も要る。
さらにゴドランさんたちへの俸給も払わないといけない。
これから多くの出費があるというのに、大盤振る舞いしすぎだ。
遺族には悪いが、財務担当として苦言の一つくらいは言わないといけないだろう。
「トルク様の民を思いやる優しい気持ちは美徳ですが、これから建築物の支払いなどがあることを考えますと、出費は出来る限り抑えたいところです。せめて半分の五袋にされてはいかがですか」
「財政を担当するノイスの意見、ということかな?」
「はい」
「……分かった。五袋を見舞として渡しておいてくれ」
「分かりました。まず戦死がほぼ確定している七人の遺族に麦を五袋ずつ渡しておきます。残りの八人の遺族は、あと十日ほど待ってから渡すことにします」
「……それでいい。頼んだよ」
目撃情報から戦死が確実なのが七人、あとの八人は生きているのか死んでいるのか分からない行方不明状態だ。
仮に生きていて、見舞の麦を渡した後に帰ってきたら麦の返還を求めなければいけなくなる。
それでは手間だし、なによりも気まずいので時間を少しおいてから渡すのが慣例になっている。
「それと、モルダンのことはすまなかった」
トルク様が深々と頭を下げた。
長兄モルダンの名が戦死者リストにあるからだ。厳密にいうと、行方不明者の八人のうちの一人になっている。
あの兄のことだからしぶとく生きていそうだけど、あまり期待はしてない。
これまでの例で言うと、帰ってこないことが多いのだ。
たまに捕虜になっていて身代金を要求されることがあるのだが、領主はこの身代金を出さないことが多い。
しかも庶民にとっては金額が大きいため、家族が支払うこともできない。
その場合は奴隷として売られてどこかへ連れていかれることになる。
うちの親は比較的裕福だから身代金を出せるかもしれないが、それもモルダンが生きていればこその話だ。
俺はモルダンが行方不明になったことを冷静に受け入れている。
トルク様や他の家族だったら、ここまで冷静でいられなかったことだろう。
自分自身冷たいと思わないではない。でも、どうしても、悲しいという感情が湧いてこないのだ。俺って、意外とクズなんだな……。
「いえ、他の人も同じ条件です。兄だけが戦死しないとは思っていませんでしたから、気にしないでください」
「そうか、ノイスは強いな」
強いんじゃない。薄情なだけなのだ。
幸か不幸か、俺はモルダンとは疎遠だった。
両親などはかなり悲しんでいるが、他の家族はそこまでだ。こればかりは、日頃の行いがあるのかもしれない。
「唐突に話は変わりますが、石鹸が完成しました」
「……本当に唐突だね」
しんみりしていても仕方がない。生きている俺たちは前に進まないといけないのだ。
「アルタンさんに販売を任せようと思いますが、どうでしょうか」
「そうだね。それでいいよ」
「石鹸に関する税はどうしますか?」
「……生産者は二割を物納、アルタンは売上の三割を納めてもらおう」
「分かりました。最後に―――」
「まだあるのかね?」
そんなに嫌そうな顔をしないでくださいよ。これ、仕事なんで。
「アリナさんのことです」
「そ、そうか。アリナのことがあったな……」
今回戦死が確実の七人のうちの一人に、アリナさんの旦那のビルさんがいた。
この夫婦は結婚してまだ一年もたっておらず、しかも本家から独立したばかりの新屋なのに、ビルさんが亡くなってしまったのだ。
つまり、現在のアリナさんは子供もおらず一人で暮らしている。
「アリナには来年早々に婿をとらせよう」
「どうも本家が畑を寄こせと言っているらしいです」
「……あの家か」
「はい。あの家です」
ビルさんは三男で、自分で畑を開墾して嫁をとった。
その際、本家は何も手助けをしなかったのは、村の誰もが知っていることだ。
本家が開墾した畑なら本家に返すのも吝かではないが、全く関与してないのに返せというのは厚顔無恥としか言いようがない。これは身内のことなので、普通は家族会議みたいな一族の会議で決まることが多い。
だが、それではアリナさんが着の身着のままで放り出されるのが目に見えている。
「あの土地はアリナのものとする。アリナは領主の保護下に置き、然るべき時に婿をとらせる。そう発表してくれ」
「あの家がトルク様に敵対するかもしれませんが、いいのですか?」
がめつく傲慢な一族なので、領主になりたてのトルク様を舐めている言動をよくしている。
子供の俺の耳にさえ入ってくるのだ、その大きな口は相当なものなのだろう。
厳しい領主ならそれだけで謀反人として罰するところだが、トルク様は優しいのだ。
俺から見たら優柔不断とも思える配慮の人だ。あの家はそこにつけ込んでいる。
「構わん」
「分かりました」
俺はすぐに見舞の麦を各家に配って歩いた。
その際にアリナさんのことを耳打ちしておいた。
彼らはアリナさんと同じように家族を亡くした人たちだ。
しかも結婚してまだ一年もたってないアリナさんに同情できる心の持ち主たちである。
基本的にこの村の人たちはいい人が多い。あの家が特殊な存在なのだ。




