第18話 ほらほら体が動かなくなるぞ。ヒヒヒ
+・+・+・+・+・+
第18話 ほらほら体が動かなくなるぞ。ヒヒヒ
+・+・+・+・+・+
夕方前、俺たちはすでにキキ谷を望む東の山に陣取って姿を隠している。
トルクさん率いるクロスボウ隊は全部で十一人、俺を含めて十二人だ。
他にウチカ姉さん、リット、タタニア・グルダ姉弟がいる。
眼下では、予想通りダミアン兵およそ百人が野営の支度をしている。
炊き出しをしているのだが、その煙でバレてしまうのではないかと、俺などは思ってしまう。
どうもこの部隊を率いる将はあまり頭がよくないようだ。
もっとも、すでに俺たちに気づかれ、こうやって逆奇襲の機会を窺われているのだが。
「ウチカ姉さんとリットは、俺についてきて」
「うん」
「はい」
「トルクさんは敵が倒れたら、立っているヤツを中心にクロスボウで攻撃をしてください。あと、念のため、布で口と鼻を覆ってくださいね」
「分かった」
二人を連れて俺は木陰から木陰へと移動する。
現在、このキキ谷は北から南に向いて緩い風が吹いている。
この風を利用するために、俺たちは風上へと移動しているのだ。
ここでいいだろう。俺たち三人は岩の陰に身を隠した。
「布で口と鼻を覆って」
西部劇の強盗のように目の下を布で覆うと、周辺にある岩の上にスキュラダケをぶちまける。
乱暴にすることで胞子が周辺に飛び散った。
「今だ、風を」
二人が頷き、風を操る。
元々の風にプラスされ、二人が起こした風がスキュラダケの胞子を風下へと運ぶ。
しばらくすると、リットがへたり込んだ。
魔力が減り気分が悪くなったのだ。
「ごめん、もう無理」
「構わない。あとはウチカ姉さんに任せて」
魔力量を増やす訓練のおかげで、ウチカ姉さんの魔力はまだある。
そこでダミアン兵たちに異変が見られた。
一人、また一人と倒れていくのだ。
「よし、もう少しだ」
ダミアン兵たちが倒れていき、将と思われる立派な鎧をつけた人が騒いでいる。
だが、その将もバタリッと倒れた。
残ったダミアン兵はかなり混乱している。
そんなダミアン兵にクロスボウの矢が放たれた。
「「「ギャーッ」」」
「て、敵だっ!?」
混乱していたところに、さらに混乱する。
収拾がつかないほど混乱したダミアン兵に、俺もクロスボウを射かける。
指揮官のいない部隊は立て直すこともできず、たった十分で立っている者はいなくなった。
「やったわ!」
「すごい!?」
ウチカ姉さんとリットが屍累累のキキ谷を見て、歓声をあげた。
しかし、ここまで上手くいくとは思わなかった。上手くいきすぎだ。
「トルクさん! 倒れている人の武器を取り上げてください!」
「分かった」
大声を張り上げて、トルクさんに指示を出す。
もう俺が指示を出すことに、疑問を持たないことにした。
そんなことに悩んでいると、禿げそうだ。
百人から刀と槍、防具、さらに金目の物を全部奪う。
戦利品を手に入れるのは、勝った俺たちの権利だ。もちろん、持っていたお金になるもの全てをむしりとった。
攻めてきたヤツに容赦なんかない。捕虜にしたヤツらは身代金を取るか、奴隷として売ることになる。
世知辛いと思うかもしれないけど、これが戦国の世の常識なんだよ。
クロスボウは威力があるので、刺さると大怪我になる確率が高い。大怪我をした人は、その場で殺した。トルクさんは容赦なくとどめを刺していった。
何度も戦場に出ている大人たちは躊躇がない。
俺自身、死んだ人を見ても不思議と何も思わなかった。
日頃狩りで獣の死を目の当たりにしているからなのか、それとも解体でグロい光景に慣れているからか、はたまた奪い奪われるのがこの世界の常識だからなのか。
何はともあれ、人殺しを躊躇しないことはいいことだ。殺さないと殺されるのがこの世界なのだから。
麻痺した人や、比較的軽傷の人は縄で縛りあげて捕縛した。
麻痺は一時間もすれば治った。
スキュラダケの胞子はかなり拡散して薄まっており、その程度で回復することが可能だった。
「タタニア。村に走ってくれるか。ダミアン兵は壊滅させた。今日はここで夜を明かし、明日の朝帰る。あと、捕虜が七十人いるとも伝えてくれるかな」
「分かった!」
「ウチカ姉さんとリットもタタニアたちと一緒に村へ帰っておいて」
「そうするわ」
圧倒的勝利を目にしたタタニア・グルダ姉弟はかなり興奮していた。
「トルクさん。捕虜は一カ所に固め、大人たちで寝ずの番をお願いします」
子供は夜更かししたらダメです。だから俺はしっかり寝ます。
「あのグラドスはどうするんだい?」
今回兵を率いてきたのは、ダミアン家の嫡子らしい。
名前はグラドス・ダミアンで、年齢は今年二十五歳になるそうだ。
こいつは喚き散らしたので、口の中に詰め物をして両手両足を縛って転がしてある。
副官の騎士トラバス・シュラーグも捕縛しているので、本当に大きな戦果だとトルクさんは言う。
「連れ帰って、領主に引き渡しましょう」
「ふむ。そうだな。それがいいか」
トルクさんは俺の答えに納得したように頷いた。
他の大人たちも頷いているが、俺はそのことに何も言わないからね。疲れるよ。
あと、その他の捕虜は追加の税を無しにしてくれたら、領主に献上かな。
ただ、奴隷は意外と安いんだよね……。
翌朝、俺たちは無事に村に帰った。
村から連絡がいったのか、領主から遣わされた騎士がすでにいた。
その騎士はサムラート・ライデムとクラウド・ライデム親子だ。
このクラウドという若い騎士が、うちのニュマリン姉さんの婚約者である。
「間違いない。グラドス・ダミアンとトラバス・シュラーグだ」
ダミアン家は先年までシャイフ家と同じダルバーヌ陣営だった。
お隣なので当然ながら交流があり、サムラート様は捕虜になった二人の顔を見知っていた。
「トルクよ、よくやった。殿より褒美が与えられるだろう」
「ありがたいことです」
「他の者らもよくやってくれた。感謝する」
昨夜遅く、キキ谷に父ドーガがやってきた。
父は寝ていた俺を叩き起こし、トルクさんと三人で密談を行った。
その密談で俺は大人たちとは途中で別れて家に帰ることになり、今回の武功は全てトルクさんが背負うことになった。
まだ幼少の俺を矢面に立たせないための配慮である。