第102話 フィッツの涙
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第102話 フィッツの涙
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屋根から雪が落ちる音が時折聞こえる。もうすぐ春がくるのが分かる音だ。そんな時期に、僕はこの真っ暗な部屋に三日ほど閉じ込められている。レンドルさんに、いいと言うまで出るなと命じられているんだ。
こういう扱いを受けるということは、僕の正体がバレてしまったのだろう。僕は殺されるのかな……? 最後にもう一度だけお母さんに会いたかった……。
先にいく不幸を許してね、お母さん。
「フィッツ、出ろ」
レンドルさんだ。いつもと違って厳しい顔をしている。僕の処分が決まったのかな?
レンドルさんについて、どこかの部屋に入った。そこにはボスとエグルさん、スライミン様がいた。
「ここに立て」
レンドルさんに促され、ボスたちの前で立った。これから死刑宣告がされると思うと、背中の汗が止まらない。
「フィッツ。これから俺が質問をすることに、噓なく答えろ。いいな?」
「は、はい」
ボスとスライミン様は柔和な笑みを浮かべているが、エグルさんは僕を睨んでいる。
「お前の名前はフィッツではないな?」
やっぱり僕のことは調べがついているんだ……。
「どうした、早く答えろ!」
エグルさんの怒鳴り声に、僕は身を硬くしてしまう。
怖い。死ぬのが怖い。どうしたら許してもらえるのだろうか? そして僕が失敗したら、お母さんが殺されてしまう。どうしたら、お母さんを助けられるのだろうか?
「は、はい……僕はフィッツじゃないです」
「本当の名前を言ってみろ」
「フィ……フィルペッツ……です」
「アシャールの者だな?」
「っ!? ……はい。そうです」
隠し事をしても通用しないと思う何かが、ボスにはある。それに、僕はここの生活が好きだ。皆、優しくて、毎日が楽しかった。僕はもう嘘はつきたくない。
「なぜ身分を隠して毘沙門党に入り込んだ?」
「そ、それは……」
「嘘も黙秘も許さん。だが、正直に答えれば、お前の希望を聞いてやってもいいと思っている」
「ぼ、僕の希望……ですか?」
「そうだ。死にたくなければ、生かしてやる。他に希望があれば、できる範囲でそうなるようにしてやろう」
僕は死にたくないので、それはとても嬉しい提案です。でも、僕が死ななくても、この任務を失敗したらお母さんが……。
「お前が望めば、囚われている母親を助け出すことも可能だ」
「え!? お、お母さんを……」
「そうだ。俺たちなら助け出すことができる」
その言葉を聞いて僕は、その場で床に額をつけた。ボスは全て知っているんだ。知ったうえで、僕の口から全てを聞き出そうとしている。なぜそんなことをするのかは分からない。そんな回りくどいことをしなくても、知っているのだから僕を殺せばいいのに……。
「お願いします! 僕はどうなってもいいので、お母さんを助けてください!」
僕は必死で頼んだ。床に額を擦りつけて、必死に。
「お前の望みを聞いてやる。だから、正直に全てを話せ」
「は、はい」
「フィッツ、フィルペッツと呼んだほうがいいかしら?」
「どちらでもスライミン様のよいように呼んでください」
「それならフィッツと呼ぶわね」
「はい」
「とりあえず立ってください」
スライミン様が仰るように僕は立ち上がり、僕は父から受けた命令について全て話した。僕が死ぬのはいいけど、お母さんだけは助けてもらいたい。その一心で全てを話した。
「エグル」
「あいよ」
エグルさんが部屋を出ていった。
「フィッツはお母様を大事にしているのね」
「僕にとってはたった一人の家族です」
「お父様がいるわよね? それなのに、家族はお母様だけと言うの?」
「父とはほとんど会ったことがありません。それにいい感情もありません。正直に言いますと、父とは思っていません」
「あら……そうなのね。なんと言ったらいいか」
「気にしないでください」
スライミン様を嫌な気持ちにさせてしまったようで、申しわけなく思う。
「フィッツは全て話した。俺も約束を守ろう」
「あ、ありがとうございます!」
そこで扉がノックされた。ボスが入室を許可すると、開き誰かが入ってこられた。
「エグル。問題ないな」
「ああ、問題ない」
エグルさんだった。
「こちらへ」
エグルさんが誰かに入室を促した。僕はボスのほうを向いているので、誰かは分からない。でも、次の言葉で、その声で誰か分かった。
「フィルペッツ!?」
「っ!?」
僕は無意識に振り返った。そこには目を潤ませるお母さんが立っていた。
「フィルペッツ!」
「お、お母さん!?」
お母さんが僕を包み込んだ。ああ、お母さんの匂いだ。本当にお母さんなんだ。
僕とお母さんは抱き合って泣いた。嬉しくて涙が止まらない。
「見苦しいところをお見せしました」
一頻り泣いた僕は、ボスたちに謝罪して深々と頭を下げた。
「いや、構わん。な、スライミン姫」
「はい。とてもお優しそうなお母様ですね」
「はい。お母さんはとても優しいです」
ボスは全てを分かっていて、お母さんを救出してくれた。でも、僕はボスに何もできていない。恩を返したいが、僕はもうボスの下で働くことはできないだろう。
「お願いです!」
僕は床に頭をつけた。
「僕をボスの下で働かせてください!」
受けたご恩は、海よりも深い。僕はその恩を返したい。
「私もボス様のために働かせてください。再びこの子と会えると思っていませんでした。それを会わせてくださったボス様への恩に報いたいのです」
お母さんも僕の横で頭を下げた。
「フィッツ」
「はい!」
「お前は毘沙門党員だろ?」
「え?」
「違うのか?」
「え、あ、それは!?」
「毘沙門党員は俺の家族だ。俺はフィッツの働きに期待をしているぞ」
「は、はい! ありがとうございます!」
「フィッツのお母さんには、寮母でもしてもらおうか」
「ボス様、感謝いたします!」
「ウフフフ。ノイス様はお優しいことですね」
「俺が優しいといけないか?」
「いえ、とてもいいと思います」
僕はボスのために命をかけることを誓った。
裏切り者には死を。それを曲げて俺はフィッツを生かした。有言実行が俺の心情だが、こういう話には弱いのだ。
今後フィッツが俺を裏切ることがあれば、俺の見る目がなかったということだ。二度とこういうことをしなくなると……思う。
だが、今のフィッツなら、たとえどんな拷問にかけられても俺を裏切ることはないと、俺は信じている。そう、俺はかけがえのない仲間を得たと言えるのだ。
はぁー、言いわけっぽいな。
俺自身が言ったことを守れなかった罰は必要だな。
「フィッツを粛清するどころか、許してしまった。俺は自分の言葉を違えた。だからこれから大好きなテテミスを食べない。それが俺への罰だ」
大好物を一生食べないのだから、罰になるよな?
「何もノイス様がそのようなことをする必要はないと思いますわ」
「これは俺のケジメだよ、スライミン姫」
「では、わたくしもテテミスを食べません!」
「何もスライミン姫まで―――」
「いいえ、夫が自らに罰を与えるというのです。妻であるわたくしもテテミスは食べません!」
「……ありがとう、スライミン」
スライミン姫を抱き寄せる。いい匂いだ。俺が好きな柑橘系の香りがする。
「おいおい、そういうのは誰もいないところでしてくれよ」
「ほんとだぜ、まったく」
「エグル、レンドル邪魔。どっかいけ」
「ひでーな、おい」
「ぶっ飛ばしてー」
シッシッとすると、二人とも部屋を出ていった。
これでスライミン姫の香りを思いっきり楽しめるぜ。