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「勇者よ、褒賞として王女との婚姻を許す!」って冗談でしょ!?却下で!~狂犬の飼い方教えます~

作者: 村沢侑

若干の性的な表現がありますので、苦手な方はご注意ください。

※注:勇者はモブ。繰り返します、勇者はモブ。ヒーローではございません。

※誤字報告ありがとうございます。

目の前に跪いている勇者は、傲然と顔を上げたまま、一段高い王族の座をにらみつけるように見据えている。


今代(こんだい)、聖剣に認められた勇者は平民だ。

聖剣は、普段は女神を祀る神殿の奥深くに封印されているらしいが、勇者が目覚めると、使い手のもとに現れるという。

その時、彼の住むトネル村はスタンピードに巻き込まれていた。

傷だらけで意識朦朧になりながら、その手に持った聖剣をけして離さず、たった一人で魔獣の群れを屠り続けていたらしい。

そして、神殿からは封印していたはずの聖剣が消えており、彼が勇者だと認められたというわけ。


ただ……まあ……この勇者は、なかなかに扱いが難しく、大変短気というか即断即決というか、目的のためには手段を選ばないというか、行動原理がある一点のみでそれ以外はどうでもいいというか……。

今ですら王族に膝をついていることに大変お(かんむり)なわけで、跪きはしたものの一度も頭を下げていない。いや、それよりもこんな謁見の儀のために王宮に引き留められていることのほうが不満なのかもしれない。

とにかく、とても扱いが難しいお方なのだ。


「勇者よ、此度の魔王討伐、大儀であった! そちの働きで、魔王の脅威は去った! 王として礼を言う」

「……」

無言の勇者に、お父様(国王陛下)のちょび髭の生えた口元がひくりとひきつる。

気を取り直し、お父様は侍従から目録を受け取って広げた。

「此度の働きに、王家より褒賞を授ける。まずは、トネル村を含む周辺一帯を、領地として与える!」

「いりません」

「りょ、領主として伯爵位を授与する!」

「いりません」

「くっ、勲章と、王家の盾の称号を授与する!」

「すっげえいらねえなんだそれ腹の足しにもなんねえ」

顔をゆがめ、吐き捨てるような返事に、目録を握りしめるお父様の手が、力が入りすぎて真っ白になってぶるぶると震えている。

「報奨金として金貨2000枚を与える!」

「ありがとうございますもう帰っていいですか」

(わかりやすっ!)

食い気味の返事に、ついにお父様の手が目録をぐしゃりと握りつぶした。

こんな無礼な態度を取られたのは初めてなのかも。はらわた煮えくり返ってるんじゃないかしら。


勇者からしたら、今は多分帰りたい帰りたい彼女に会いたいで頭いっぱいなんだろうなあ。領地や爵位なんてどーでもいいから早く帰らせろって顔に書いてあるもの。

そもそもこちらが国内から選抜した勇者パーティなんか足手まといだからいらないって突っぱねて、予定していた出発式をすっぽかし、スタンピードの後、体が回復するや否や、村から魔王城まで一直線で突っ込んで魔王を討伐したのを忘れたのかしら。

それを考えたら、彼が王家の権威に頭を下げるような人ではないことも、謁見の儀を特にありがたがってないことも、こんな場に引っ張り出されることが彼の本意ではないこともわかるだろうに、なんでうちの国王はこんなに空気が読めないのか。


しかし、ふいにお父様は玉座から立ち上がり、芝居がかったしぐさで両手を広げた。

「そして喜べ! そなたにはここにいる第二王女ジュスティーヌとの婚姻を許す! 平民のそなたにはこの上なき名誉であると心得よ!」

(はあああああ!?)

私には関係ないことだと思って、ここに呼ばれたのも今日は出られないお母様(王妃陛下)の代理かなーって、劇でも見るように他人事で謁見の儀に臨んでいた私は、その瞬間ぶわっと迸った殺気に一気に顔面蒼白になった。

「……はァ? 今なんつった?」

待って待って待って、勇者の声が低く轟く地鳴りみたいになってますけど!?


「ちょっとお父様、聞いてません! 何ですか勇者との婚姻って! 私と侯爵家のユリアン様との婚約を忘れたんですか!?」

「サプライズだよ、サプライズ! 今代の勇者は、たった一人で魔王城を壊滅させ、魔王を打ち取った、歴代最強の戦士だ。これを国で囲わんでなんとする!」

「その前に国が滅びますわよ!?」

「何を言うか、姫との結婚など、平民には望むべくもない、喜んで受け入れるに決まっておる! お前も一国の王女だ、国のための婚姻であれば、侯爵家も認めるであろうよ」

小声で必死にやめさせようとするも、得意満面なお父様は全く意に介さない。


ほらあああ、勇者の殺気がお祭り状態になってきてるじゃないのー!!

ついでに謁見の間にいるグラスラント侯爵と、その嫡男で私の婚約者であるユリアン・グラスラントが座ってるあたりも、既にひんやりした魔力が渦巻いてきてますわよ!?


「さあ、勇者よ! 王家の命である、ありがたく受け取るがよグボァ!?」

お父様の言葉を待たず、勇者がゆらりと立ち上がりかけた瞬間、私は軽く踏み込んで、お父様の急所(レバー)に肘をぶち込んだ。

お父様が白目をむき、泡を吹いて玉座にすとんと腰を落とすと、それを見た勇者は元の体勢に戻る。

私も何食わぬ顔で元の立ち位置に戻り、パラリと扇を広げた。


「何も聞こえませんでしたわ。よろしいわね?」


私の一言に無言でうなずく勇者。ふう、ひとまず危機は脱したようね。ユリアンに歩法を習っておいてよかったわ。

そこに、すすすすすと見事な、そして目にもとまらぬすり足で宰相が近づいてくる。

「姫様、何をなさっておいでですか! あの戦力を他国にやるわけにはいかんのですぞ! 国を守るという王家の役割をお忘れか!?」

「忘れてなどいないわよ。ただ、あの勇者様には悪手だと言ってるの」

「陛下と王太子殿下が決められたことですぞ!? あなたが覆してなんとします!」

「だからって、根回しも何もしてないなんてありえないわよ!」

「サプライズですので!」

「勇者様への意思確認は?」

「サプライズですじゃ!」

「お母様への報告は?」

「サプライズですじゃ!」

「ふざけてんのかサプライズって言やあ何でも許されると思うなよアアン!?」

「ヒイイイ姫様落ち着いてくだされ!」

小声でこそこそしながらブチ切れた私は、ジジイの胸倉をガッと掴んだ。


「そもそもあんたたちあの勇者の内偵甘すぎるんじゃないの私は嫌よあんな狂犬の手綱を取るなんて無理無理無理ったら無理! あのねえ、あの勇者が魔王討伐に出た理由って村が襲われたからよ村が襲われて大事な幼馴染の女の子がけがしたからよそれも魔獣に襲われたわけじゃなくて村の子供を避難させてるときに転んでちょっぴり膝を擦りむいたからよ!? 元凶の魔王が魔王城とともに現れた場所からたまたまトネル村が一番近かったせいで最初のスタンピードが直撃したのは不運だと思うけど村が襲われて彼女が間接的にちょっぴり怪我しただけでガチギレして魔王城にカチこんでミルアを傷つけた貴様は万死に値する絶許死ね消滅しろ魂まですりつぶしてやる死ね死ね死ねってずーっと言いながら魔王をざくざく切り刻んでたの知らないの!? そんな男私が御せると思う!? 私との結婚なんて進めたら王都が焦土と化すわよ王宮なんか今この場で一撃でがれきの山になるわあの勇者はねえ幼馴染の女の子と村以外どーっでもいいのよ彼をつなぎとめておきたいならその村と女の子を手厚く保護して村に縛り付けて幸せに暮らしててもらえば少なくともそこからは動かないしおとなしくしてるはずよあれを飼い慣らせると思わないで自分の大事なものが侵されようものなら誰にでもなんにでも牙を剝く地獄の狂犬なんだからお父様もお兄様もあなたも少しは考えて物を言いなさいよ!! そもそも私勇者と一度たりともしゃべったことないし近くに寄ったこともないのよそれをいきなり結婚しろって言われて喜ぶ男なんて物語の勇者だけよ! 現実の男は権力に目がくらんだかヤリチンかのどっちかしかないってわかんないのそれでよく国を回してるだなんて言えたものねわかったら黙って引っ込んでなさいな!!」


これを5秒でまくし立て、私は宰相を突き放した。

よろよろと後ずさった宰相は、しおしおと肩を落として戻っていった。

さて、ここからどう仕切り直したものか……。


「勇者よ、ジュスティーヌの何が不満だというのだ? そなた、村に結婚を約束した女がいるそうではないか。ジュスティーヌよりもそのような下賤な平民の女をえらブベラァッ!?」


扇を後ろに振りぬき、お兄様(王太子)の顔面を全力で薙ぎ払う。

吹っ飛んで王族の座から転がり落ちたお兄様に、隠密たちがすさっと音もなく近づき、猿轡を咬ませ、ロープで芋虫のように手際よく拘束して担ぎ上げ、玉座の後ろの隠し通路からすーっと消えていった。


やばいまずい待って、いつの間にか立ち上がってる勇者の目が真っ黒で(うろ)のようだわ!?

わあああ眼だけで殺されそう! 今この広間にそろっている貴族も、殺気に当てられて気絶したり息ができなくなっている者が続出よ!

くそう、ここで引き下がってなるものか! 私だって喉が締め上げられるような威圧で呼吸がヒューヒュー言ってるけど、謁見の間を血で汚すわけにはいかないのよ!

「羽虫がいたようですわね。重ね重ねの不手際、大変申し訳ございませんでした、勇者様」

必死で自分を鼓舞した私の謝罪に、徐々に勇者の目に光が戻る。

ほっと安堵すると同時に、今にも飛び出しそうなユリアンを目で制する。


あなたがいくら強くても、正攻法では勇者相手に勝ち目はないわ。私だって、あなたが傷つくところは見たくないのよ。

悔しそうにぎりっと唇をかんで、ユリアンは姿勢を正した。


そして、私は気絶したお父様がまだ握っていた目録をその手から取り上げ、びりびりと破いて侍従に突き返した。

それを見て、勇者は再び膝をついた姿勢に戻ってくれた。

くそう、あのバカ兄、余計なことしてくれやがって! 今この場にいる王族は私だけ。何とか丸く収めなくてはならないわ。


日々私にもたらされる情報のかけらが、フル回転する頭の中で、パズルのピースのようにかちりかちりとはまっていく。


私は大きく一つ息をつき、口を開いた。

「王家からの褒章を伝えます。宰相、書記官、ちゃんと記録しておくように。まず、トネル村は農作物が育ちにくく、魔獣が繁殖している影響で、森を開墾し農地を広げることも難しいと聞きました。魔王が倒れ、魔獣もこれから少なくなっていくでしょうが、それまで向こう5年間、王家がトネル村の開墾を無償で行います」

「っ、あ、ありがとうございます」


勇者がびっくりしてるわね。まあ、国王も王太子も宰相も、勇者を田舎の平民と侮って、褒賞を与えてやるんだからありがたく思えって態度だったものね。だから私もそうだと思っていたのでしょう。

下手すると、私が結婚をごり押ししたって思われたのかもしれないわ。やだやだ、私まだ死にたくないし、ユリアンと結婚したいし、幸せになりたいし!

とにかく全力回避よ!


「そもそも、魔獣討伐は騎士団の仕事です。トネル村のスタンピードの際、手が回らず村を危険にさらし、あなたに重傷を負わせたこと、申し訳なく思います。そこで、魔獣討伐のための辺境騎士団を編成し、魔獣討伐と開拓人員の護衛を任せることとします。基本的に討伐は騎士団に任せるとしても、まだ魔王が倒れたばかりで、想定外のスタンピードや大型魔獣の出現の可能性はあります。その際は、勇者様、討伐に協力していただけますかしら? 当然任意ですのでお断りいただいても罰しないものとします」

「もちろん、村を守るためなら魔獣討伐ぐらいいつでもやります」


よし、騎士団と協力するかどうかは置いといても、ひとまず魔獣駆除への約束は取り付けたわ。

まあ、彼が気が向かないならどんなに頼み込んでも絶対に動かないでしょうけど、村と幼馴染がいる限り、ちゃんと働いてくれるでしょう。

それより、騎士団が変なプライドで勇者の機嫌を損ねないよう、送り込む人員は厳選しなくてはいけないわね。平民だからと下に見て、無理難題を押し付けたり、騎士団で十分対処できる程度の戦闘をわざとやらせるなんてことがないよう、徹底させなければ

さあ、もう一押し。


「簡単に土壌調査したところ、魔獣が多くいるせいか、土に含まれる魔素が多く、普通の作物が育ちにくいという結果になったようです。そのため、イモや雑穀くらいしか生育できなかったようですね。そこで、土壌から魔素を消すかあるいは中和する方法と、並行して魔素を含んだ土でも育つ作物の品種改良。これを王家主導で進めることとします。それが軌道に乗るまでは、比較的収量の多い品種の種イモを提供します」

「はい、ありがとうございます」


うんうん、これも正解ね。トネル村の暮らしを良くしたいって、勇者は幼馴染の女の子と頑張って畑仕事をしていらしたのだものね。


「それと、森に採取に行く村人も多く、魔獣に襲われてけがをする方が後を絶たないと聞きました。農作物の育ちにくい村では、森の恵みは貴重なものでしょう。そのため、魔獣除けの携帯用魔道具を30個、勇者様に下賜します。森に採集に行く村人に、都度貸し出す形がよろしいでしょう。悪用されないよう、しっかり管理してください」

「はい、仰せのままに」


まあ、これくらいはやってもらいましょう。大した負担ではないはずだし、幼馴染の子も森へ採集に行くでしょうから。

まあ、その時はこの勇者様がべったり張り付いているそうだから、そもそも魔道具なんていらないでしょうけれどね。


「それと、先ほど国王陛下がおっしゃった報奨金として金貨2000枚は、そのまま授与します」

「ありがとうございます」


「最後に。王家は、勇者様の貢献と感謝を忘れません。そのために、勇者様のあらゆる自由を保証します。王家は、勇者様の結婚に関して、一切の干渉をしないことを、ここに宣言いたします。王家が関わらないのですから、当然すべての貴族家に対しても、勇者様の結婚への一切の干渉を禁じます。もし背いた場合は、厳しい処罰があると心得なさい」


そうはっきりと宣言して、貴族たちの席を見回すと、一斉に彼らが首を垂れた。さすがにあの殺気を食らって、自分のところに取り込もうとする命知らずはいなかったか。いないと思いたい。

そして、……なんと、あの勇者までもが、頭を下げているではないの!

よかった、何とかうまく乗り切れたようね。

私は、パンと音を立てて扇を閉じた。


「勇者様、大儀でありました。後ほど、褒賞は目録として、伝書鳥にてお届けいたします。……お早く故郷へ戻りたいのでしょう? 今宵の戦勝パーティへの出席は不要ですよ」

「ありがとうございます。王女殿下、このご恩は決して忘れません」

「いえ、あなたの働きに対する正当な対価よ。恩を感じる必要はございません。……では、褒賞については以上よ」


そうして、謁見の儀が終わると速やかに、勇者は王宮から姿を消したと聞いた。

危険物が城から去って、どれくらいの人が胸をなでおろしたかしら?

そのうちの一人であるお母様(王妃陛下)に、報告をしなくてはね。

この国の、()()()に。

泡を吹いて気絶したままのお父様が、玉座ごと運ばれて(退出して)行くのを見ながら、私はため息をついた。




騒動の後、私の私室で、ユリアンと二人、ソファに並んでお茶をいただき、一息つく。

グラスラント侯爵家は、この国の諜報を一手に引き受ける一族だ。

そして、彼らが忠誠を誓うのは、王家にではない。

王家とその血筋のうち、ただ一人に忠誠を誓い、その一人のために一族を動かす。

国がより良い方向に向かうように、情報を操り、人を動かし、秘密裏にその人物の意向通りに物事を作り上げる。それが代々のグラスラント家の務めなのだ。

その事実は()()()()として選ばれた本人にしか知らされない。

だから、グラスラント侯爵家が忠誠を誓うその人は、『影の王』と呼ばれるのだ。


そして、今代のグラスラント侯爵であるユリアンのお父様は、お母様にその忠誠を捧げた。

お父様(国王陛下)お兄様(王太子)も、この事実は知らない。残念ながら忠誠を得られる器ではなかったということね。

そして、なぜ私がそれを知っているかというと、次代であるユリアンに、早々に忠誠を捧げられてしまったからだ。

つまり、私は次期『影の王』となることが決まっている。

そのために……、今回の勇者の件で、国を傾けるわけにはいかなかったのである。

しかも、今回はお母様不在ということで、お父様とお兄様(バカ二人)の暴走を許してしまった。

間が悪かったとはいえ、油断していた私が悪い。


はあ、とため息をつくと、癖のある長めの黒髪の奥で紫の瞳をきらめかせたユリアンが、そっと私の銀髪を撫でてくれる。

「大変だったね。王妃陛下はなんて?」

「わきが甘いって叱責されたわ。(自分)が動けない分、あなたが監視しなければならないのは当然でしょうって。まあその通りよね」

母は今第4子となる私の弟か妹を妊娠中で、まだ安定期前のため、公務を自粛しているのだ。だから、謁見の儀にも同席しなかった。

もし同席していたなら、きっとあんな茶番なんか起こらなかったはず。それを考えると、自分の未熟さにため息しか出ないのよ。

「とはいえ、その後のフォローについては及第点をもらえたわ」

「それはよかった。まったく、ジュジュを差し出そうとされたときには、本気であの二人の首を飛ばそうかと思ったよ」

「さすがにそれはやめて。騒ぎになるわ」


まあ、一応家族なのでそうなだめておく。

実際、二人の首が飛んだところで、王家が傾くほどでもない。そうなったらなったで、王族の血を引くものの中から次の王や王太子が選ばれるだけ。

非情かもしれないけれど、代々の影の王は、そうしてやむを得ず身内を切り捨ててきた過去がある。その覚悟はしておきなさいと、私もお母様から言い聞かせられている。

今回も、もし王都に被害が出るような状況になったら、そうなる可能性はあったのだ。

幸い、最悪の事態は回避できた。今はお母様が、お父様とお兄様にこんこんと説教している頃だろう。そして、私の褒賞案が全面採用される。すでにその根回しは済んでいる。

お母様と私がグラスラントを従えている以上、国は安泰なのだ。


「にしても、あの勇者は強いね。事前に入念な準備をして罠を仕掛けて搦め手使って、奥の手出して全力で戦っても互角に持ち込めるかどうか。しかも一回こっきりだ。2回目以降は勝てる気がしないよ」

肩をすくめてちょっといじけたように言うユリアンに、私は驚く。

あなたそんなに強かったの!?

「あの狂犬相手にそれで互角に持ち込めるのならすごいじゃない! さすがグラスラントの次代様ね。別にあなたでも魔王は討伐できたんじゃない?」

「できないとは言わないけれど、それは僕らの仕事じゃないからね」

しれっと言って、ユリアンは笑う。


何を隠そう、魔王と勇者の決戦を見届けたのは、このユリアンだ。

ガチギレしていたとはいえ、勇者にも、当然魔王にもその存在を気取られず、その狂気じみた勇者の戦いの逐一を漏らすところなく報告してくれた彼もまた、グラスラント史上最強の隠密だと言われている。

お父様を沈めた歩法も急所攻撃も、ユリアンから手ほどきされたものだ。

当然、トネル村の状況や、勇者を取り巻く人間関係、勇者本人の性格や傾向、幼馴染との関係性などを調べ上げたのも彼ら。

私はこれからも、『影の王』となる努力は惜しまない。

彼らの忠誠と信頼を裏切らないように。そして私を愛してくれるユリアンを、私も幸せにしたいから。


私は立ち上がり、すとんとユリアンの膝に乗った。細身で身長も平均的な彼だけど、鍛えた体躯はしなやかな筋肉に覆われ、夜の闇も見通す瞳を持ち、目隠しをしても一本のロープの上で曲芸じみた真似ができるほど体幹が強い。

隠密には普通の体格で運動神経に秀でているほうが向いているらしい。確かに、ガタイのいいガチムチマッチョじゃ忍べない。

一見頼りなく見えるユリアンだけど、私一人が彼の膝の上に乗ったところで、苦にもしない。

くすりと小さく笑って、ユリアンは私を抱き締めた。

「どうしたの、僕の女王様」

「私、……勇者との結婚にあなたが怒ってくれたこと、勇者に向かっていこうとしてくれたこと、嬉しかったの。すごくすごく、嬉しかった……」

「ジュジュ?」

愛称で呼ばれて、私は彼の首に両手をまわし、ぎゅうっと抱きついた。

「あなたはいつも穏やかで、優しくて、でもなかなか感情を出さないから……。感情を悟らせない訓練をしてるからだって、わかってはいるんだけど。私に忠誠を誓ってしまったせいで、それに縛られているのかもって、だから、その……私に対する感情を隠しているのか、それとも表に出すほどでもないのかな、なんて、少しだけ……もやもやしてて」


ユリアンは前髪を長めにし、半ば紫の瞳を隠している。完全に隠れてしまうわけではないけれど、瞳の印象が残りにくい。

それに、いつも穏やかに微笑んでいるところしか見たことがないし、たまに彼の顔がぼんやりして見えるときがあるの。

それが、なんだかもどかしくて。


「うん、それで?」

ユリアンは、私の背中を宥めるようにとんとんとたたきながら、先を促す。

「でも、でもね。あんなに感情的になって、真正面からじゃ敵わないってわかってても私を守ろうとしてくれて、すっごくかっこよく見えて、あの、……どうしよう、うまく言えない……」

恥ずかしくてたまらない。今までよりももっともっと好きになっちゃったなんて、どう伝えればいいの?

すると、ユリアンがすっと体を離した。


合わさった瞳は、さっきまでの穏やかなものではなくて……瞳の奥に、陽炎のような熱が渦巻いてる。

それを、私は、きれいだなと、思った。

思ってしまった。


「僕は、あの勇者と同類なんだよ。執着が強くて、一つのものにしか価値を見出せない。それが、君だよ、ジュスティーヌ」


ざわっ、と鳥肌が立った気がした。

さっき見た、勇者の虚ろな目に似た、どこまでも暗く深い色の目の中で、紫の炎が、私が欲しい欲しいと叫んでる。


「君が僕を縛ってくれるなら、僕はこの国で、君のそばでおとなしくしているよ。でも、君の身も、心にも、毛ほどの傷をつけたやつがいたら、僕はそいつらを許さない。地の果てまでも追って、一族すべて根絶やしにしてやる。君の敵になる者も、かけらも残さず殲滅するよ。それがたとえ、万が一、今の王である王妃陛下であったとしても、僕はそれを厭わない。だって、僕の王は君だけだから。もし君がそんな僕を恐れて離れようとしたら、僕は間違いなく命を絶つだろうね。その時、君を残して逝けるかは、僕にもわからない」

君には、幸せに生きていてほしいとも思うんだけど、と。

ユリアンは困ったように笑う。

「もし、あの場で勇者が聖剣を召喚したら、僕はあいつに仕掛けていたよ。何をしても、どんな手を使ってでも、ジュジュには指一本触れさせるつもりはなかった。たとえ、僕が死んだとしても」

「嫌!」


ユリアンを失う。想像しただけで恐ろしくて、私は彼の首に回した腕に力をこめる。

執着心をむき出しにしながら、ユリアンは美しく笑って、私の髪に指を差し込み、すうっと指を通していく。その、色気のある指先に目が離せなくて、ぞくぞくした。


「もしあの場でそうなって、僕が生き残っていたら、僕はその時点でこの世界から消えることになってる」

「えっ……、待って、消えるって、どうして」


うっすらと目を細めて笑う彼は、今までの穏やかさとそう変わりないのに、ギラギラして見えて、異質だ。

そんな彼が口にする言葉全てが、うすら寒く感じて、怖い。


「だって、僕がそんな暗殺者(アサシン)めいた戦い方を公衆の面前で披露してしまったら、グラスラント家の裏が暴かれてしまう。そうなるわけにはいかないから、嫡男である僕は死んで、真相は闇の中。グラスラントは知らぬ存ぜぬを貫き通し、僕はもう表舞台には出られない。ひたすらグラスラントの裏の世界だけで生きていくんだ。君との結婚もなくなるし、二度と会えなくなる」

「そんな、そんなの嫌!」

「でも、僕にとっては何よりも、君を失うことのほうが耐え難い。たとえもう会えなくても、君を失って狂うよりはまし」


私はまだ、王ではない。だから、知らないことはたくさんある。

あの一触即発の場に、そんな裏事情が隠されていたなんて、知らなかった。


「私だって、あなたを失いたくないわ! 私も同じなのよ、あなたを失ったら生きていけない。きっと私はあなただけの王なのよ。あなた以外は、きっと私を王だとは認めない。だって私、あなたがいなくなったら、国のことなんか考えられなくなる。あなたのいない世界に意味なんてないんだもの! だからお願い、そんなこと言わないで!」

「うん、ありがとう、嬉しいよ。でも、君がそれを止めてくれた。あの場で君は、僕を、そして君自身を救ったんだよ、ジュジュ」


そうして、ユリアンはまた、あの底知れない笑みを浮かべて私の頬に口づけた。

「本当に僕が表舞台から消えることになったとして、君を手放すつもりはさらさらないけどね。君に会うことが禁忌なのだとしても、それは誰も僕に気づかなければいいだけの話なんだから。君が眠っているときでも、意識を奪ってでも、暗示をかけてでも、誰にも気づかれずに、そして君が僕を認識できないようにする方法なんて、いくらでもある。いつでも僕は君に近づけるんだから、たとえ姿を消したとしても、僕は好きなだけ君に触れるし、何度でも君を抱くよ。ほかの誰にも渡さない。もしこの先君と結婚できてもできなくても構わない。僕は何がどうなっても君のそばを離れることはないんだから、結婚なんて枠組みも、まああれば楽だけど、なくて困る物でもないんだ、僕にとってはね。もし君が心当たりのない妊娠をしたなら、それは全て僕だから。だから安心して王になって」

私は、熱くて甘くて昏くて恐ろしいユリアンの告白を聞いて、ほうっと熱のこもったため息をつきながら彼の前髪を両手でかき上げた。


今の告白が、ユリアンの本心だったとしても。

彼は私の意に沿わないことは絶対にできないって知っているから。

砂糖菓子のように甘い紫の瞳は、まるで麻薬のように私を侵す。

今も、もしかしたら私を縛る暗示にかけられているのかしら?

そうだとしても、かまわない。私は、この狂気に染まった瞳が欲しい。


ユリアンの目尻に唇を落とすと、彼は甘えるような笑顔を浮かべた。

「愛しているよ、ジュスティーヌ。君が王でもそうでなくても、僕はそんなものどうでもいいんだ。君が君でありさえすれば、僕を好きでい続けてくれたら、僕のそばで笑っててくれたら、僕のそばに居さえしてくれたら。ほかは何もかも、どうでもいい」


ああ、こんなところに、もう一匹。

私だけの狂犬が、潜んでいた。

心の底から湧き上がる歓喜に、私の唇が三日月のような弧を描く。


「あなたのリードなら、私、一生手放さない自信があるわ。私は私のまま、ずっとあなたの隣で笑って、泣いて、怒って、何度でもあなたに恋をするわ。そうして、あなたは一生私の犬であり続けるの。ねえ、ユリアン。私のかわいい狂犬さん。大好きよ。愛してるわ」

そうしてふわりと唇を重ねると、丸くなった紫の瞳がやがてとろりととろけて。

私とユリアンは、深いキスに、溺れていった。


勇者、名前すら出なかった。幼馴染は出たのに笑

※魔王討伐の褒章にされそうになった王女側のお話。

※勇者側がブチ切れる設定はあるあるだけどこっちだって願い下げだ!っていう話。

※無事に勇者がハウスしたのに、本命よお前もか!ってなる話。

※でもラブだからいっか♪ってなる話。

※よその家の狂犬は危なくてしょーがないから家に帰れ!エサやるから飼い主のところで大人しくしてろ!

※え、うちの子も狂犬だった!? え、私にしか懐かないって!? ヤッター死ぬまで飼うわ♡

ユリアンパパはただ忠誠に厚いだけで、王妃に邪な思いは持っていません。若干強火ではあるもののただの主従関係。普通に愛妻家で病んでもない。ユリアンがダメなだけ。

とはいえ、この一族は過去にも天才と呼ばれる人間が生まれてるが、才能に秀でているのと同時に忠誠心も限界突破してヤンデレになりやすい傾向があるらしい。

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