あなたが悪いわけじゃない
優しい暗闇の中、私はひとりでもんもんと考え込んでしまっていた。
昼間、片付けをする前のこと。
この国の人達にしてしまった、同胞たちのこと。
なんと謝ればいいのだろう、何をしたら許されるのだろう。
そう考えて、私は首を振った。
いや、きっと許されない。どれもこれも取り返しのつかない事ばかりだ。破壊した街、傷ついた人々。
私に罵詈雑言を浴びせてきた男の子の、悲痛な目が蘇った。あの子は、姚国の人を、私を許さない。
それでも、私は謝らなければいけない。
やってしまったことに対して、取り返しなんてつかないし気休めにもならないけど。
頭を下げて、許しを乞わなければ行けない立場にいるのは確かだ。
どんな責めにも耐えなければいけない、と覚悟を決めて持っていたシチューの入った皿を静かに置いた。
「女将さん…… 」
そう呼ぶ声は、異様に震えていた。
唇が思うように動かなくて、これ以上喋らなければいいと心の中の声が叫んだ。
核心に触れなければ、責められることは無いし、傷つかなくて済むと何より心が自分を守る方へと傾けようとしていたのだ。
けれど、その言葉を無視して私はバンダナに手を伸ばした。するり、と零れるように髪が落ちる。
この闇と同じ色をした髪が、晒される。
「…………」
女将さんは、私の髪を驚くでもなくじっと見つめる。何を思っているのかは、分からない。
それが一層、怖かった。
バンダナと一緒に、胸の前でぎゅっと手を握りしめる。
「私は……姚国の人間です。街を破壊した人達と同じ国の出身なんです……。ごめんなさい、今まで黙っていました」
真っ直ぐな瞳に耐えきれず、目を逸らした。
床に落とした視線の先に、ゆらゆらと影が揺れる。
「本当にごめんなさい……。大事な宿を壊してしまったこと……幸せな生活を、一変させてしまったこと、謝っても謝りきれないです……。謝ったって、何も変わらないことは分かっています。でも……今はこうすることしか……出来なくて……ごめんなさい……」
ごめんなさい、と私は壊れたように繰り返す。本当にそれしか思いつかなかった。
なんて無力だろう。その無力感に押しつぶされそうだ。
シオン、と呼ぶローレル様の声よりも早く、私は抱きしめられる。女将さんの、腕に手を引かれて。
「……生きてる限り何とかなるわ。死んでしまったら元も子も無いもの。私もロイもシオンちゃんも無事ならそれに超したことは無いの」
私は腕の中で身動ぎもせず、その言葉を聞いていた。
「あなたが悪いわけじゃないわ。やったのは姚国の人だけど、あなたじゃない。それを間違えるほど、私は馬鹿じゃないわ」
「女将さん……」
ゆっくりと顔を上げると、にっこり優しく微笑む女将さんと目が合った。




