みられてしまったけど、あなたは
その瞬間、強い風が吹いて被っていたバンダナが空へと舞い上がった。
「あぁっ!」
伸ばした手は届かず、むこうからやってきた人の足元に落ちた。その人は、バンダナを拾い上げる。
ぱちり、と目と目が合う。
金色の陽だまりのような髪の色を持つその人は、光を浴びて育つ若葉のような緑色の目で、私に笑いかけていた。
身なりはとても整えられていて、白を基調とした貴族の正装をしていた。
一瞬でその人物が格の高い人物だと分かる。
柔和に笑う彼の笑顔は眩しかった。
「これ、君の?」
誇りを払う仕草をして、私の元に歩いてきた彼ははい、と手渡してくれる。
「あっ、ご、ごめんなさい」
私はひったくるようにしてバンダナを受け取ると、直ぐに被り直した。
みられたくなかった、そう思ってしまった。
自分の容姿が姚国の人間の特徴、黒い髪であること、それはこの国では不吉な象徴とされてしまう色。
だけど、不吉だと思われる文化があることも仕方なのないことなら、私の髪が黒いのも仕方のないことなのだ。
それも受けいれたつもりだった。
だけど、見られてしまった、たったそれだけで、私の心は荒れる。
姚国の人間とさえ見破られなければ、表面上平穏でいられる。
驚かれて、嫌な顔をされたくない……!
初めてあった人はみんなそうだ。
落胆に似た、失望の顔を見る度に私は悲しかった。
「そんなにすぐに隠さなくていいのに。僕、姚国の人の黒い髪綺麗で好きだけどな」
でも、目の前の人はカロラの人にも関わらず私の髪を、綺麗だと言った。
そんな人、初めてだった。
「その手、やっぱり凄く荒れてるね。日常的に水仕事をする人の手だ」
彼はそっと私の両手をすくい取ると、まじまじと見つめる。
「君は働き者の手をしてるよ」
確かに、私の手は普段の水仕事でかさついていた。所々にあかぎれが目立ち、年端も行かない女の手からはかけ離れていた。
その手を、彼は働き者の手と評し、慈しむように笑った。
「えっと……あの……」
あまりにも突拍子もない行動に、私はまた固まる。
「あぁ、ごめん! 急に触ったりして! 気を悪くしたならすまない」
ぱっと手が少し名残惜しそうに離れていく。
「君がこの馬を世話しているの?」
「は、はい。ハンナの世話係は私なので」
「そうなんだ。いつも、ありがとうね」
「え? いいえ……」
「ローレル様、そろそろ時間です」
「やぁ、リーク! あれ、もうそんな時間?」
白銀の髪をなびかせながら、私たち
の元へやって来た男性――リークは私を見ると手を胸に当てて、会釈をしてくれた。
それはとても優雅で、品のある姿だった。
彼も、ローレルと呼ばれた人と同じで貴族の正装をしていた。
けれど、その正装は黒で対照的。
「何言っているんですか。この位で拗ねないでくださいね? それよりも時間です。公務が詰まっているんですから、行きますよ」
「えー、まぁ、仕方ないな……」
一瞬駄々を捏ねたが、何を言っても仕方ないと思ったのか、ははぁとため息をついた。