悲しい決別
「よく分かりましたね。ちょうどいい、これをあなたたちに返そうと思っていたんです」
ローレル様は懐から白い絹の巾着袋を取り出した。紐を解き中のものを取り出す。
それは手のひらに乗る程の、小さな石。しかし、その石は虹色に輝いていた。
「虹脈の欠片、ですか」
虹脈を見たお父さんは、さも興味がなさそうにふん、と鼻を鳴らす。虹脈には一瞥向けただけで、本当に、興味は無さそうだ。近くにあるのに、手を伸ばさないなんて、何で?
そう思ったのはローレル様も同じようだった。
思っていた反応と違ったのか、少し首を傾げる。
だが、表情には出さず笑みを保ったままだ。
「私は、あなた達と友好を築きたいと思っています。今は難しくとも互いに歩み寄りたい。そして、いつか虹脈の全てを、姚国に返還したいと考えています。その証として、虹脈の一部をあなた達に返します」
ローレル様は、虹脈を差し出したまま言葉を紡いだ。
まさか、ローレル様がそこまで考えていたなんて知らなかった。
虹脈を全て返すなど、途方もない事だ。
今や虹脈は、この国で軍事的なことに使用されていると聞く。
そして虹脈は、色んな国で取引されているのだ。
それは虹脈をどれだけ持てるか、その量でその国の力が分かる。多ければ多いほど、その国が他国にもたらす影響力が変わってくる。
持ってる量が多ければ多いほど、その国は強い。
その筆頭がカロラ王国だった。
その国の王子が、姚国に虹脈を全て返すなんて。
途方もない、約束に思えた。
「貴殿は何を言っているのか分かっているのか」
それはお父さんも分かっている。分かっていて、あえて厳しい言葉をローレル様に投げつけた。
「分かっていますよ。もしかしたらこの国は崩壊、無くなってしまうかもしれない。戦火に巻き込まれるかもしれないでしょう。それでも」
ローレル様はそう言って目を閉じる。
まるで、その未来を想像するように。
「姚国を犠牲にして、カロラは栄えた。その報いだと。それは僕が贖うべき、罪だ。それに巻き込む民が居ないように尽力を尽くして、僕が、王族が、全てを背負う覚悟の上だ」
真っ直ぐ開いたローレル様の瞳は、揺るがないと言っているように強い。
あまりの意志の強さに、私は少し恐怖を覚える。
全てを巻き込んで、ローレル様は何をしようとしているのだろう。それにローレル様が言う、罪とは何なのだろう。
けれど、知りたい。何を背負い、何を思っているのか。どうしてここまで姚国に寄り添おうとしてくれているのか。
その道はあまりに茨で、孤独ではないのか?
どこまでも優しい彼に、私も寄り添いたい。
あぁ、と思ってローレル様を見つめる。
こんな真っ直ぐなローレル様が、好きなのだと。
誰にでも優しくて、分け隔てない彼が。
「ははは!!!! 大層なことだ!!!」
しかし、お父さんは高笑いをしてローレル様を嘲笑う。
「何かを勘違いされているようだが、私はそんな虹脈に興味は無い。あるのは別の虹脈だ」
「何……?」
笑い声を響かせながらお父さんが言った言葉に、ローレル様は眉をひそめた。
私もその言葉の意味が分からない。別の、虹脈って……?
「そうか、王子なのに知らぬのか。可哀想なものよ」
ローレル様を侮辱しながら、なおもお父さんは笑う。
何がおかしいのか、分からず私はたまらず声を上げる。
「なんで笑うの? ローレル様をそんなふうに笑ったりしないで! ローレル様は、私を、救ってくれた人なんだよ! あの教会から、人らしく、私らしくいられる場所に連れていってくれた人なの。その人を笑わないで!!」
辛かった日々に、手を差し伸べてくれた人。
唯一、私の言葉を聞いてくれた人。
そんな人を笑うなんて、許さない。
ぎゅっ、と握った拳は震える。お父さんへの反抗になろうが構わない。ただ、ローレル様を笑われることだけは、耐えられなかった。
「ふん、その男が大切か。仮にもこの国の王子を? 笑わせる。いつか後悔する。それに、言っただろう? シオンはずっとあの教会で待っていなさい、と」
忘れたのか、と問われて私は、答える。
「忘れるわけない。忘れられるわけがない」
今も覚えている。カロラに来て、父と別れた日のことを。
優しく笑うお父さんは、指切りをしながら必ず迎えに来ると言った。
「ならば何故、その約束を破った。約束を守れない娘なぞ、要らない」
やはりお父さんの目は冷めて、冷たかった。
氷のような言葉に、私は頭を殴られて凍りつく。もう一歩も、動けない。
独りでに、涙だけがボロボロと頬を伝っては落ちた。




