同胞たちの行方
やっとの思いで着いたフロルは様変わりしていた。あちらこちらから火の手が上がり、黒煙がもうもうと立ち昇る。
崩れた建物、傷つき逃げ惑う人々。
「姚国の人間だ」「野蛮なものたちが来た」
そこかしこから聞こえる姚国と言う言葉。
きっと、同胞たちは姿を晒すことを決めてフロルへ乗り込んできたのだ。
私はローレル様と別れ、一人フロルの地に立っていた。この状況を、変えるために。
正直、一人は怖い。自分がしようとしていることも。ローレル様との約束を守れないことも。
それでも、ローレル様は怒りながら私の背を押してくれたのだ。
――君が決めたなら。僕は君の考えに従うよ。
そういって、ローレル様は私と別れた。
拳をぎゅっと握り、深く呼吸をひとつ。これからすることはいつか私に不利に働くかもしれない。
けれど、今とても必要なことだ。
そっと両手で帽子を取る。はらり、と黒い短い髪が肩に落ちた。
「よ、姚国の人間……!」「なぜここに!」「お前たちのせいで……!」
どこからともなく罵声が飛び、今ここにいるカロラの人達に囲まれた。
その中に、幼い男の子が目に涙を溜めて立っていた。
体はとても震えて、その目には怒りが満ちていた。
「お前のせいで、お前たちのせいで母さんが!!!」
おもむろに、男の子は落ちていた石を拾うと私に向かって投げつける。
がん、という強い衝撃が頭に響く。一瞬、目の前が真っ白になって火花が散ったような気がした。つぅと額から血が流れる。
吹っ飛びそうになる意識を握りしめて私はきっ、と男の子を睨みつけた。
う、と男の子は怯むが負けじと睨み返してくる。
はた、と私は気づく。この光景は、数年前の私たちだと。
虹脈を奪われて、衰退して行った私たちの姿そのものに見えた。全てに絶望して、誰に当たったらいいかも分からず、世界を神様を呪おうとした私たち。
私は天を仰ぐ。この場には怒りに満ちているのに、私の心はとても凪いでいた。
怒りに任せて行動したら、いつか自分たちに返ってくる。辛くともいつか誰かがこの鎖を断ち切らないといけない。そう悟った。
「そう、これは私たちの怒り。そしていつか自分たちに返ってくる」
視線を男の子に戻し、私は問いかける。
「この元凶をあなたは知ってる?」
すると、男の子は叫んだ。
「そんなもの、知るもんか! 何も悪くない、悪くない!!」
泣きながら、強く首を振る男の子。
「そう。なら考えなさい。この国が、姚国が何をしてきたのかを。恨むなら、考えなさい」
いつか、真実がわかる日まで。
それを信じるか、どう受け止めるかはこの子次第だけど。考えないよりずっとずっと遥かにいいだろう。
「今からここに魔物を呼ぶ。死にたくなかったら、かロラの外へ行く事ね」
ぽたぽたと流れる滴をそのままに、私はそこに居る大人たちに宣言した。
「何? 逃げないってことは死にたいの? お望みなら……いくらでも」
その静かな宣言に、大人たちはわらわらと動き出す。その中には男の子を無理やり引っ張っていく人間もいる。それでも、男の子は足を突っ張って抵抗をしていたが、やがて諦めて大人たちと逃げ出した。
ただ、ずっと私を睨みつけていた。
「この負のバトンは私たちで止めなきゃ……」
繰り返して繰り返して、傷つけあい残るものは悲しいものしかない。ふたつの国のために。私たちのために、この場を収めなければ。
去っていく背中を見送りながら、痛む額を押さえる。
どくどくと血が流れている。どうやら思った以上に傷は深いみたいだった。
でも、立ち止まってはいられない。
「後は頼みます。ローレル様」
カロラの外にはローレル様が待機している。
避難誘導もそちらにある。私の役目は魔物を呼ぶと脅してカロラの中心から人を遠ざけること。
姚国の人間である私でしかできない事だ。
それに自由に動きながら、同胞を探せる。
危険は伴うけれど、同胞に出会える確率は高くなるだろう。
次はどこへ行こう、と逡巡していると爆発音とともに、黒い煙が新たに舞い上がる。
「見つけた」
それは白亜の城から上がっていた。
行先はすぐに決まり、私は走り出す。




