私の仕事と現実
「あいつの黒い髪が本当に、不気味だよな」
「ホント! 気持ちわりぃよな」
向けられる容赦ない言葉に、俯く。
その言葉の刃は、ずしんと一つ一つが心に突き刺さる。
確かに、カロラ王国での姚国の人間へ対する風当たりはとても強い。
自然を大切にし、開拓などせず生活している姚国は、自分たちの生活しやすいように開拓し便利さを求めたカロラの人たちからしたら遅れて見えているのだ。
それに、カロラ王国では黒は不吉の色の象徴だ。
だから、黒を持つ私の髪は嫌われてしまう。
見た目だけで嫌われてしまうことにスカートの裾をぎゅっと握って、唇を強く噛んだ。
でも私は私だ。黒い髪なのも仕方ないこと。それと同じで、この国の人に嫌われてしまうのも仕方の無いこと。
私は知っている。
相容れないことは、排除することで平穏を得ること。
だけど。
あるがままに、ありのままを愛すこと、だよね。お父さん……。
どれだけ排除されても、それはそれだと受け入れる。ここの人達はそういう価値観がある人たちだ。
だから、諦めではなく、許すんだ、と。
根底にある教えを支えに、私はここにいる。
泣きそうなこんな時は、故郷を思い浮かべた。深く生い茂る手付かずの森、清らかな川、むせ返る土の匂い。そして、神様を祀る朱色の鳥居。全てが懐かしい。こうしていれば、気が紛れて泣かずに済んだ。
遅れている国だと認識されていても。
文明の遅れた国として差別していたとしても。
私にとって大事な故郷だった。
やがて食事の時間が終わる。
子供たちは学問を学ぶため、学習室へと移動していく。
部屋の隅に控えていた私は、雑然となった食堂の後片付けのため食器を下げ、テーブルを拭き、床を履いて、皿洗いへと忙しなく動いた。
それが終わると、次は山のような洗濯に取り掛かる。
洗濯機はあるが、処理できる量に限りがあるので洗濯板とたらいを用意して洗い始めた。
洗いながら、開け放たれた窓から聞こえる子供たちに学問を教える教師の声が聞こえる。
私だって、授業を受けてみたい。
色々な知識を知り、世界を、見聞を広めてみたかった。
だけど、それは許されなかった。移民と言うだけで、姚国の人間というだけで、許されない。
だからこうして、使用人同然の扱いを受けながら、時々漏れ聞こえてくる教師の声に耳を傾けながら洗濯物をしていた。
それでも真っ直ぐ自分の出来ることをしていれば、いつかは報われる。
今を精一杯生きるんだ。
授業の声が止み、外で遊ぶ子供たちの声が響き始め、私は集中して洋服と格闘する。
洗い終わった洗濯物を持ち、いくつかの杭に結ばれているロープに洋服を干していく。
外へと続く思い大きなドアの向こうは、大きな庭があり、色とりどりの花々が咲き、風がそよぎ木々が揺れる。
その庭の一角にある馬小屋にいる、一頭の馬が鼻を鳴らして私を出迎えた。
白き気高い馬。名をハンナという雌馬はこの国の王妃様の馬だったらしい。年老いたハンナを労り、残りの余生を自然の中で過ごして欲しいとここに預けられていた。
確かにここは、広い庭と澄んだ空気で満たされて、ゆったり過ごすにはいい場所だ。
私はゆっくりと深く息を吸っては吐き出した。
馬小屋に入ると、まずハンナを柵で囲われた場所へと誘導し、放牧を始めた。
その場所の真ん中に水飲み場に水を足し、餌場に牧草を置いた。
「今日も、元気だね」
頬に顔を寄せてくるハンナに頬ずりし返す。
今日も変わらず元気に甘える姿に癒された。
でも、こんな姿をすることをこの孤児院の誰も知らない。
ハンナは元々、とても気性の荒い馬でここにいる誰もが扱えず、結局は私に任されたのだ。
最初は蹴られそうになったり、噛みつかれそうになったり色々あったが、真っ直ぐにお世話をしていると段々心を開いてくれたのだ。
そんなハンナが私は可愛くてたまらない。
「よし。沢山食べるんだよ」
ハンナが食事している間に、馬小屋の掃除をし、新たな藁を運び入れた。
これだけでも重労働だ。
終わる頃には、日は完全に登りきっていて周りの空気は温められていく。
「またあとでね。夕方に来るから!」