同胞との遭遇
「シオンさん、怪我してるんですか」
視線を前に向け、警戒を最大限に上げたまま言ったリーク様に、ああ、とローレル様は短く答えた。
「そうですか。なら、あなたはそのままシオンさんを抱えて私の城へ走ってください。他の近衛兵の方は二人の援護を」
私はこの場を引き受けます、とリーク様が言ったのだが、リーク様あれ! と近衛兵が叫ぶ。
え? とリーク様の警戒がふと揺らいだ。それは油断している訳ではなく、戸惑いのようにも見えた。
「魔物が、震えている……?」
今までどんな攻撃も微動だにしていなかった魔物が、目に見えて震えていた。まるで恐怖する何かを見たように、狼狽えていた。
「なんだ……何を見て……?」
リーク様が、魔物の視線の先を追う。
振り返ったリーク様と目線が合った。シオン、と名前を呼ぶと同時に、激しい爆風が襲いかかる。と同時に魔物が一気に距離を詰めて、私とローレル様の前に降り立った。
「あ……ああああ……」
言葉にならない音が魔物の口から零れる。
それが私には何故か泣いているように見えた。
意識が朦朧とする中、僅かに伸ばされた手が、縋り付く子供の手に感じて私も手を伸ばしかけた。
「シオン……」
「えっ……?」
魔物に名前を呼ばれた。確かに、私の名だ。
なぜ、魔物が知っている。あれは、誰……?
遠くから、笛の音がする。魔物が音のする方へ振り返る。
「そこまでだ」
いつの間にか木の上に白い狐の面を付け、黒い外套を身につけた人間が立っていた。全身を隠しているから、老若男女の区別はつかない。ただ面の向こうから聞こえる、くぐもった声は少女のように幼い。
魔物はもう興味を失ったように、私たちから離れ森の中に跳躍する。木々を掻き分ける音が遠くなる。どうやら、指示に従って引いたようだ。
「何者だ」
リーク様が噛み付くように言うと、ははとかわいた笑い声が返ってくる。
「何を今更。自分が一番分かっているだろうに」
憎しみの籠った声。リーク様を嘲笑うように吐き捨てた。
「今は誰かなどどうでもいい。問題はそこの同胞だ」
狐面は私を指さした。
「まさか、ここに居るとは予想外だった。本当は同胞を連れていきたい所だが、傷つけた同胞を治療することも、ましてや守ることもままならない」
だから、と狐面は悔しそうに拳を幹に叩きつける。
「今しばらく預ける。私たちが迎えに行くまで、せいぜい守っていろ」
「あ、待て!!!」
狐面は跳ねるように木々を抜けて逃げていく。
追え、追え、とリーク様の号令で近衛兵たちは勇ましく散っていくが、相手の素早さと足元の悪さで見失うだろう。
「シオン、いやだ……。だめだ、行くな。お願いだ……あの時みたいなのはもう……!」
ローレル様は私を見ながら、呟き続けている。
「ローレル王子、しっかりしてください。今はシオンの手当が先です。シオン、意識をしっかり。これからテウジの城へ行って、治療をするので頑張ってください」
既に声は出ず、私はただ静かにうなづいた。
視界がだんだん暗くなっていく中、リーク様が指示を飛ばす声が聞こえる。
そして、未だ泣きそうな顔をしたローレル様のが目に焼き付いた。




