森の中の戦闘
テントの周りにはいくつも松明が煌々と燃えていて、夜でも当たりが見舞わせる程度には明るい。見張りの衛兵達が巡回しており、人の気配もある。
けれど、私はなかなか寝付けなかった。
見張りもあるはずで、何かあればすぐわかる。怖くないはずなのに。
何故か寝付けず、宛てがわれた簡易的なベッドから立ち上がる。
周りには眠っている非戦闘員の人たちが、寝息を立てている。
起こさないようにこっそり、忍び足でテントを後にした。
一人になりたかったが、この状況で一人になるなんて難しいのでせめて、人目のつかないところを探していると運良く資材置き場に身を隠せそうな空間を見つけた。そこに、体をねじ込んで蹲った。
狭いせいだろうか、少し落ち着く。
「そうか、やっと落ち着けたんだ」
自分で呟いて、やっと気がつけた。
この時まで、心がざわついて仕方がなくて。
腰を落ち着けられなかったことに。
顔を上げて空を見る。そこには満点の星空と、細い三日月が浮かんでいた。
周りに強い灯りがないために、星の光がよく届く。今にも消えそうな細い三日月のお陰もあるだろう。
「星待ちももう少しなんだな……」
この月が新月になるその日が星待ちの日だ。
月明かりが無くなり、暗闇に閉ざされた空に星たちが流れる。
その日は願いが沢山集まる日。
私の願い事は、なんだろう。今、何を願えばいいのだろう。
願い事は沢山あったはずなのに、願おうと思うと何一つ足りないような気がしてくるから不思議だ。
「やっぱり、欲張りなのかも」
願いたいことも叶えたいことも、沢山ありすぎて願えない。きっと、私は強欲だ。
「今は、誰も傷つきませんように」
流れ星などひとつも無い星空に、今はそう願った。
軽い朝食を終え、野営の後片付けを済ませた私達は一路テウジへと急いでいた。
だが、その行く手を傾斜がきつく、足元も悪い山道が行く手を阻む。
足元を救われて、崖の下へ引きづり込まれないようにするのが精一杯だ。ハンナの手綱を握りしめる手にも汗が滲む。
それはここにいる皆同じだ。誰一人、言葉を発さず目の前に集中し、前へ前へ進んでいく。
そして、一際険しい道を抜けた先にある木々が生い茂った森に入った時のことだった。
湿気が多く、日差しも届かないような森の中で僅かに光が見えた。視界の端で見えた輝きに、私は目を凝らす。
なにか反射と言うよりも、それ自体が輝いているように見えた。
「石……?」
木々の隙間から見えるなにかの全貌は見えない。
だが、見え隠れするそれは宝石の塊のようにも見えた。
そして、それはひとつになって動いていた。木々のあいだを縫うように、オオカミのような四足歩行の怪物は現れた。
「みんな、危ない……!!」
それはあっという間に傍にまで来ていた。さっきまで森の奥にいたのに。
私は慌てて、叫んだが既に間に合わず何人かの近衛兵が声もあげる隙もなく投げ飛ばされる。
辺りに充満する土埃。そして、なぎ倒された木々。
その状況に馬はパニックを起こし、混乱を極める。
「皆、馬から降りるんだ! 手綱を離せ!」
ローレル様が混乱に負けない声で叫ぶ。
すると、近衛兵達は瞬時に反応し馬を降りる。
手綱を離された馬は、森の奥に蜘蛛の子を散らすように走り去る。残されたのは、この怪物と人間のみになった。
「シオン、後ろに下がってて! 非戦闘員は離れろ! 騎馬隊は前へ!」
いつの間にか駆け寄ってきたローレル様が私と怪物の前に立ち塞がる。
誰よりも先に、前線に立つ姿に他の者は奮い立たされるに違いない。
その証拠に、突然の事に動揺していた近衛兵たちが一斉に隊列を組んだ。
その目に、迷いや恐怖の色はなく静かな闘志が宿っていた。




