反乱
馬の世話をしていた私の耳に、近衛兵たちの秘密の話が聞こえてくる。
「聞いたか、北の話」
「ああ、聞いた。どうやら人以外にも何か妙なものが絡んでるらしいな」
ふと、私は手を止めて木の陰に隠れていた。
最近はローレル様に会うことも少なくなっていて、会っても長いこと話すことはなくなっていた。
どうやら、ローレル様も北の事情で忙しいらしく、すれ違いが多くなっていた。
それに。
『ごめん。シオン。今君には話せないことなんだ。でも絶対、城から出たらダメだよ。城下なんて以ての外だから』
リーク様と同じ忠告を、ローレル様からもされていた。前まではアシビさんのお使いも行けていたのだが、ここ最近は頼まれることもめっきり無くなっていた。
「いつか、駆り出されるんだろうか」
「だろうな、今は城下には情報操作で例のものは伏せられているが、漏れるのも時間の問題だろう」
例のものとは、私が宿で聞いた魔物の存在のことだろう。
確かに、城下を歩いていると山賊の話は出ているが、魔物の話は出てこない。
噂になりそうなのに、なっていないということはあえて伏せられているということだ。
それこそ城下にそんな噂が立ったら、パニックを起こしかねない。そう判断されたのだろう。
「それに、情報は不確かだがその山賊の中に、姚国の人間が混じっている、というものもあってな。今、リーク様が確かめているらしい」
「それ、本当ですか」
「シオン…!? 何時からそこに……」
姚国という言葉に、私は木の影から飛び出していた。
「姚国の人が関わってるって、本当ですか」
「痛い、痛いよ、シオン!」
私は無我夢中で、衛兵の一人に詰め寄った。
信じたくない、その一心だった。
北の地で、魔物を使って人に襲いかかっているなんて信じたくなかった。
「いや、あのね……えっと……」
私の気迫に押されながらも、衛兵の口はもごもごと言いづらそうに動く。
どうやら、口を割るつもりは無さそうだった。
私には、言えないということなのだろう。
「お願いします、教えてください」
涙が、溢れそうになる。
このカロラの地で、姚国の人に出会えたことはあまりない。散り散りになった同胞たちが幸せに、少しでも穏やかに、と祈って見送ったあの日は遠い。
それでも、今でもここで姚国の人々が人の道を外れず生きていて欲しいと、生きていてくれると思って生きてきた。
そう思うことで、私も人の道を外れずに生きてこれたのだ。
それが今、揺るがされている。
「みんな、何しようとしているんですか」
ぽろぽろと涙がこぼれる。声が震える。
「この騒ぎは何……?」
その声に振り返ると、私の顔を見たローレル様が慌てて近寄ってきた。
「何してるの!? また彼女を泣かせるような真似……!」
「ちが、違うんです。これは勝手に……そんなことはどうでも良くて……今、北の地で何が起こってるか教えてください……!」
「え……?」
たどたどしく、まとまりの無い私の話をローレル様は根気よく耳を傾けてくれた。
適度に相槌を打ちながら、ただ静かに。
「そうか、シオンは知っちゃったんだね。もう少しタイミングを見計らって言おうと思ってたんだけど……」
そうローレル様は言い淀んでから、私の目を真っ直ぐ見た。
嘘はつけない、という真っ直ぐな目だ。
「どうやら裏で姚国の人々が絡んでいるようだ。詳しくは掴みきれていないが、何かの技術を使いカロラへ攻撃を仕掛けている。我々に対し反乱を起こそうと企てているという噂さえある」
「そんな……まさか」
反乱なんて、あの優しい姚国の人が?
信じられなくて、両手を強く握る。誰かを傷つけるなんてこと……思いたくなかった。




