魔物
真っ暗な部屋のベッドの上で、私は四肢を丸めた。
灯りもつけず、ただ月の光だけが窓から差し込む。静かな夜だ。虫の声すらもない。時折聞こえるのは、風の吹く音。
それが嵐の前の静けさに思えてならなかった。
リーク様が城から去っていったことは、直ぐに城内に伝わっているようだった。
少なからず若い近衛兵たちに動揺を与えたようで、国の危機なのでは、と思う者もいた。
国境付近の戦いは、そう思わせる。かく言う私もなんだか恐ろしかった。
「ダメだ、眠れない……」
目を閉じても考えるのは、国境付近の情勢とリーク様のことだった。
これから先、どうなるのだろうという不安。
大きなことにならなければいいけれど、そうなってしまう予感が常にあった。
私はベッドから抜け出して、扉を開けた。
まだ宿の一階には明かりが灯っていて、女将さんがカウンターで帳簿を書いているようだ。
「おかみさ……」
声をかけようとした時、宿屋のドアベルが鳴った。
「部屋は空いているか」
入ってきたのは、外套に身を包み大きなリュックを背負った旅人風の男だった。
その男は少しボロボロの様相で、修羅場をくぐってきたみたいだ。
「どうしたんだい、その格好。何かあったのかい?」
女将さんも変だと気づいたのか、怪訝そうに男に尋ねた。
男は肩を落としカウンターに寄りかかる。
「まぁな。今、北の国境付近がやばいって噂は知ってるか?」
「あぁ、山賊が出てるって聞いてるよ。まさか、あんた北から?」
男は深く頷く。
「あぁ、そうさ。噂では山賊が出てる、なんて言われてるが問題はそこじゃない。本丸は山賊が操ってる魔物だ」
「魔物? そんなもの」
「いるわけないって思うだろう? それは間違いだ。オレははっきり見た。虹色の鱗を持つ四足歩行の犬のような魔物をな。しかもそいつは山賊が操ってる」
まさか、と女将さんは信じられないと首を振る。胡散臭い話だと思ったようだ。
だが、男は熱に浮かされたようにはっきり言い切る。
「確実にいる。アイツらはやばい。今北にいたら、訪れるのは死だ。あんな所居られない」
ダン、とカウンターを拳で殴りつけると鼻息荒く呼吸を繰り返した。
その目は遠く、思い出しているのか北の光景を映しているようで揺れていた。
「そ、そうかい。少しゆっくりしていきな。ここは安全だから」
男の異変に気がついた女将さんは、部屋の鍵を男に渡した。
男は鍵を乱暴に受け取ると、ずんずんと部屋に向かう。
「どうなっているのかねぇ。リーク様大丈夫かしら」
顎に手を当てて、リーク様を思っているらしい女将さんはため息を深く吐く。
「リーク様……」
そんな話を立ち聞き……盗み聞きをしてしまい私もなんだか胸がザワザワした。
魔物なんて滅多に出会わない。ある意味空想上の存在に近い存在になっていた。いるとは分かってはいるが、最近ではほとんど見かけなくなった、闇に潜むものだ。
そんな存在がいる所にリーク様は行ってしまった。
「お願い、無事でいてください……」
その夜、私は全然寝付けないまま朝を迎えた。




