追跡者からの逃走劇
女将さんの案内通り、右に曲がった先に職業案内所があった。看板が出ており、迷うことはなかった。
扉の前に立ち、深く呼吸をしてからドアノブに手を伸ばす。
からんからん、という来客を知らせる鐘が鳴ると人あたりの良さそうな男性職員がでてきた。
笑みを浮かべ、にっこりと笑った口が動く。
「ようこそお越しくださいました。お話を伺いますのでどうぞ」
促されるまま中へ入り、奥の衝立がある席へと移動し腰を下ろして話し始める。
その後はとても怒涛だった。希望の職種、勤務時間などなど。必要なことだろうけど、だんだん頭が疲労して行くのがわかる。
何度か溜息をつきたくなった時、男性職員は私の頭のバンダナを見て首を傾げた。
「それは何か理由があって付けているのですか? 何か隠さなきゃ行けない理由でも?」
「えっと、これは……!」
素直に言ったらきっと仕事を見つけるのは難しい気がする。だからと言って上手く隠せる気がしない。
隠したとしてもその職場で聞かれるだろうし……。
「こ、これは……髪が……」
「まさか、あなたは……ちょっと失礼……」
そう言い淀んでいると、男性職員の手が伸びてきて隙を見て、バンダナを外されてしまった。
ぱらっと黒い髪が落ちて、姿が露になる。
と同時に、男性職員の目が変わった。先程までのにこにことした愛想のいい笑顔ではなく、目に光を宿さない、冷たい目を私に向ける。
それはまるで、人として対等に見ていない虫けらを見るような眼だった。
「ああ、やはり、あなたは姚国の人だったんですね。申し訳ありません。姚国の方向けの求人をもう一度探さねばいけませんね。姚国の方にしか、出来ないこと、ありますから……」
ふふふ、と怪しげな笑みを浮かべた男性職員に、私は思わず席を立つ。
後退りをしながら、相手との距離を保って逃げ場を探した。
何か、嫌な予感がする。相手にしてはいけないような、これ以上聞いてはいけない気がした。
「ここは由緒正しき案内所です。あなたにピッタリな職をご案内しますよ」
その声は耳触りがよく、相手を思っているそんな声色だ。だけど、その声の裏に何かが隠されているような気がする。それは、私にとって不利益な。
今まで色んなことを経験してきた。それは、どれも悪いもので、それこそ、私の勘だってそっちの方向でなら研ぎ澄まされている。じゃなきゃ、危険から身を守れない。
「いや、いいです、今度聞きに来ます……!」
私が玄関に走ろうとすると、カウンターの奥から別の職員達がぞろぞろと出てくる。
本格的にまずいことになってきた。
ここは逃げるが勝ちだと、包囲される前に強行突破に出て、一目散に脱兎のごとく逃げ出した。
背後で、待ちなさい! という怒号にも似た声が複数。でも、待つ訳には行かない。
真っ直ぐ安全であろう、女将さんの宿屋に向かって走り出した。
しかし、更に予想外のことが起きた。
通りの向こうから、近衛兵の姿が見えたのだ。
しかも、その近衛兵は私を見るなりあっ! と声を上げた。そこにあった視線が私に集まる。
「あの人……! 私に馬乗りにしてきた人……!」
フロルを初めて訪れた昨日、ハンナを見て誘拐犯だと思って拘束してきたその人だった。
一生忘れないであろうその顔に、私は自分の不運さを呪った。
まさか、ここで再会するなんて思ってなかったのだ。
馬乗りになられた記憶がトラウマとなり、足が震える。また、私は捕まるの……?
それは嫌だ……!!
背後からは迫ってくる気配がする。
正面からは近衛兵が走って寄ってきていた。
もう少しで宿につけるのに、それが出来ない。
助けは呼べない。
私は、必死になって退路を探しそこにあった、細い路地に体をねじ込んで逃げるしかなかった。




