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短編

穏便にした結果

作者: 猫宮蒼



「それで、魔女アデレード、貴女の言い分を聞かせていただいても?」


 異端審問官であるクラウスはこれも仕事なのよね……とでも言いそうな表情で問うた。

 目の前にいる女は年若く二十代程度にしか見えないが、その実何百年も生きていると言われている魔女だ。そんな相手を前に異端審問官になったばかりのペーペーの自分が、果たしてそんな相手にまともに相手をされるのだろうか、と思いながらも、だがしかし仕事は仕事。どうにかマトモな返答をもらって上に報告しないといけない。


 事の発端はとある貴族が呪いにかかったというのが発覚したところから始まった。

 重度の呪いであれば命の危機であるけれど、しかし呪いの症状自体はそこまで大きなものでもない。とはいえ、だからといって呪われ続けるというのも精神的によろしくない。

 今はそこまで大した害がない呪いであっても、時間の経過とともにじわじわと蝕んでいく……そんな呪いだってあるのだから。


 呪いにかかっている、と気づいた時点で大抵の人間は解呪か呪い返しをするか、ともあれ対処しようと動くのは当然の流れであった。

 だがしかし、国に存在する優秀な術士たちがどれだけ頑張っても解けない呪い。

 いっそやや強引であっても呪い返しをするか、と試みた結果、なんと呪いが返った先は呪われた人物当人。

 だがしかし呪われた人物は自分で自分に呪いをかけたわけではない。


 呪いの返し先が巧妙に捻じ曲げられている、という事に気付いたものの、国中の優れた術士であってもそれをどうにもできない。どういう事だと呪いを解析するべく手を尽くした結果――


 とある魔女の関与が疑われたのである。


 国の外れに住んでいる魔女。

 高い塔の上に住み、滅多に姿を見せることはない。

 時折気まぐれに予言を残し、しかし魔女に敵意を見せる者には容赦しない。


 まるでお伽噺の中に出てくるような存在として噂が囁かれているけれど、しかし実際にお目にかかった人物はそう多くもない。だからこそ、会った事のない民草たちは名前こそ知っていてもその姿がどういったものであるのか、など知りようがないし、なんなら「悪い子には魔女がやってくるよ」なんてお子様相手の躾に使われる始末。


 だが国の上層部は魔女の存在を把握している。

 下手に攻撃をすれば最悪国が滅亡するのだから放置しておくわけにもいかない。定期的にご機嫌伺いにきて季節の挨拶だとかをしつつ、とりあえずこちらは貴方の敵にはなりませんよ、なのでそっちも敵対しないで下さいね、という感じの関係を築いているわけだ。



 どうあっても解ける気配のない呪い、とくればもうよっぽど優れた術者の仕業かと思うが、そのよっぽど優れた術者であっても解呪とか無理と匙を投げる程だ。なのでもう、いっそ魔女様にお伺いしてこようぜ、となったのである。

 とはいえ、下手な事を言って魔女の怒りを買えば聞きにいっただけの相手の命も危うい。だからこそ、お前行けよいやだまだ死にたくない俺には先日結婚したばかりの妻がいるんだ、お前がかわりに逝ってこい、いやだ最近調子の悪いばーちゃんの面倒もみないといけないんだから、先に逝くわけにはいかない。

 なんてとても不毛なやりとりを数時間ほどした結果、最終的に脱衣じゃんけんで勝負をつける事となった。


 一発勝負のじゃんけんだと相手の隙を突いてぐーで殴って相手が手を出せない状況にしたりして、はい不戦敗、なんていう卑怯な事をしでかす奴がいたりするので。

 そして脱衣じゃんけんの敗者は、最後まで衣服を身に纏っていた者。つまり全裸を免れた者である。

 クラウスはこんなところで全裸晒せるか! の気持ちで頑張ったのにその結果がこれだ。

 職場の先輩曰く、すぐ負けて全裸晒すようなやつが魔女とまともに対話できるとでも? その点絶対に全裸にならない、そんな気迫を持つお前なら、魔女相手にひるんだりもしないだろう。


 だとか何かいい感じに言われて送り出されたわけだ。


 ムカついたのでその先輩が晒していた股間に冷却魔法ぶっぱなしたのは記憶に新しい。


 くっそ高い塔の最上階に魔女がいる、と言われていたが、魔女は魔法で移動しているようなので高低差? 何それ美味しいの状態らしいが、いかんせんクラウスはそういった魔法は修得していない。なので魔女がいるであろう最上階に行くためには、基本的に長い階段を徒歩でいかねばならなかった。

 魔女と出会った時には既にクラウスの膝はガックガクであったのは言うまでもない。


 そういう状態なので、いきなり出合い頭に戦闘おっぱじめる、みたいな事にはならなかった。

 ぜぇはぁと息を切らせながらも訪れるに至った話を説明する。


 その話の途中でアデレードは何やら心当たりがある様子だったので、これは無関係ではあるまいなと思った結果が冒頭のセリフである。



「とりあえず疲れたでしょう? そちらにおかけになって。あぁ、今お茶も淹れるわね」

「そうやって煙に巻くおつもりでしょうか? だとすると、こちらも話し合いで済まない可能性が出てくるのですが」

「まぁ怖い。殴り合いが始まるのかしら? 困ったわ、わたくし、あまり肉弾戦は得意ではないのですけれど」


 と言いながらアデレードはテーブルの上に載っていたリンゴを片手で掴み、そのままぐしゃあと粉砕する。

 白く細い華奢な手だ。だがしかし、そんな可憐で力仕事もロクにできそうにない手はたった今、クラウスの前でリンゴを粉砕したのである。


「ね?」

「普通の令嬢はリンゴを素手で粉砕できませんよ。流石魔女というべきですか」

「まぁ、他の魔女はリンゴどころか、ヤシの実を粉砕するのよ? わたくしなんてとてもとても。

 ただ、ちょっと長い話になるから座ってゆっくりお話しようと思っただけなのに……」


 どうやらその言葉は事実のようで、別に今から一戦おっぱじめようというつもりはないようだ。正直クラウスもまだ膝がガクガクしているし息もロクに整ってないしで、座って休みたいというのが本心だった。

 だからこそ、しぶしぶといった体を装って椅子に座る。


 大人しく座ってくれた事でアデレードはにこりと微笑んでお茶と茶菓子の用意を始めた。とはいえ、魔法でぽんっ、で一瞬だったが。


「それでそうね……呪いにかかった貴族たちのお話だったわね。

 その呪いをかけたのは、確かに魔女よ」

「……解呪は」


 やはりか、と思いつつもクラウスは問いかける。しかしアデレードはそっと首を振った。勿論横にである。


「無理よ。だってあの呪いは、そういう契約でかけたのだもの」

「契約? あの貴族たちとそういう契約を持ち掛けた? だがしかし彼らは心当たりなどないといっていた」


「でしょうね。契約したのは彼らの先祖。もうずいぶん昔の話よ」


 一体どれくらい昔の話なのだろうか。そうクラウスが疑問を口にする前に、アデレードはもしかしたら、もう当時のお話誰も覚えていないのかしら……なんて呟いた。


「念の為当時の事を文献に残しておくべきだ、と伝えておいたはずなんだけど。やっぱり恥ずかしかったのかしら。代々口伝で伝えていけば問題ない、と思ったのかも。でも、言葉で言われたってそれをきちんと受け止めるだけの器がなければ意味がないし、正確に伝わっているかを確認するためにも文章として残しておくべきだったのに……人って本当に愚かねぇ」

 呆れたように呟いて、アデレードはカップをそっと持ち上げて中の液体を口に含む。こくりと喉が小さく動いて、そうしてそっとカップが戻された。


「昔々のお話よ」


 そうして魔女は言葉を紡ぐ。

 それはさながら寝るのをしぶる子に向けて語る寝物語のような、穏やかな口調で。

 とろとろとした、羊水の中で揺蕩うような優しい声で――語り、紡いだ。



 かつて、王子とその婚約者がおりました。

 婚約者の令嬢は身分の高い娘で、人の上に立つ身であれと、相応しくあれと教育をされておりました。

 王命による政略結婚でしたが、令嬢は王子の事を好きだったので将来は彼の隣に立ち彼を支え国を導くのだと、努力を怠らず常に賢明でした。


 ところがある日、王子がお忍びで町に出向いたその先で、王子はとある娘に一目惚れをしたのです。


 娘はある貴族が戯れに手を出した結果生まれた存在でした。貴族と平民の間に生まれた娘。その貴族も身分は高いわけでもなく、娘が生まれた事を知っているのかいないのか。

 王子は娘に近づいて、どうにか親しくなろうとしました。そして知った娘の出生。

 調べたところ確かに娘の父は貴族でありました。

 娘の事しか頭になくなってしまった王子は、どうにかして娘と結ばれたいと思い始め両親に頼み込みました。


 側妃であれば、という王にしかし王子は頷きません。


 周囲が反対すればするほど、二人の恋は燃え上がりました。

 貴方のためならどんな苦労も乗り越えてみせるわ、そう娘が言った事で、事態は変わりました。


 貴族の養子に迎え入れ、そこから更に上の身分の家へ養子に、将来的に必要な勉強やマナーだとかを娘は必死に学びました。

 そうして最後に養子として迎え入れることになった家は――婚約者の令嬢の家でした。


 令嬢は最初、とても悲しみました。自分ではダメだったのかと。王子のために沢山学び、努力してきたのにと。けれども自分のそんな努力は見てもらえず、しかし娘に関してはどんな小さな努力も見逃さず王子は褒めるのです。

 それが令嬢には悲しくて苦しくてたまりませんでした。


 けれども、それでも令嬢にとって王子は好きな人だったから。

 そんな王子の隣に立つに相応しいレディに娘を仕立て上げるのが自分の役目と思い、令嬢は今まで自分が得た経験を活かし、娘の教育に協力したのです。


 娘が王子の婚約者が令嬢であった、という事実を知ったのがいつかはわかりません。けれども、内心で面白くなかった使用人たちの噂が耳に入るのは時間の問題だったのでしょう。

 幼い頃から教育されているならまだしも、王子が王として即位するまでに娘にはそれに対して必要な事を学び、またそれらを終わらせなければなりません。時間が足りず、少々厳しい状況であったのは否定しません。

 ですが、そんな噂を聞いて、また自分の厳しい状況を娘は勘違いしてしまったのです。


 久々に会った王子に娘は言いました。

 かの令嬢に嫌がらせをされていると。


 そこからが悲劇の始まりでした。

 勿論、令嬢は娘の事を気に入らないと思う事もあったけれど、しかしそれでも好きな王子のために、と涙をこらえ協力していただけにすぎません。けれど王子は聞く耳を持ちませんでした。

 大勢の前で令嬢を断罪してしまったのです。


 これには令嬢の両親も怒り心頭でした。

 だって、婚約者だった娘を差し置いて、あえて養子に迎え入れる事になった元は平民の娘です。両親だって内心で思う部分はたっぷりあったでしょう。ただ、王命であったからこそ従っただけで。

 ですがそれは裏切りでした。

 涙をこらえ、かわりに笑顔で二人を祝福しようとしていた令嬢に対する裏切りでした。


 どれだけ我が家を侮辱するつもりなのか、と令嬢の両親は怒り、娘が虐められているといった証言についてのことごとくを訂正しました。幸い、令嬢は娘と二人きりになった事はなく、教育の内容も周囲が聞けばそれだけ厳しくなるのも仕方がないなと思えるものばかりで。一時的に向けられた令嬢への疑いの目はすぐに消えました。

 けれど、こうまでされてはいくら王命だろうとも養子に迎えるつもりはない、と令嬢の父は断言したのです。

 王も王妃も王子が先走って突っ走った結果であるのはよくわかっているので、その怒りは当然のものと受け止めました。


 結果として娘が令嬢の家の養子になるという話は白紙化。けれど、一つ前の家に戻ったとしても、それでは身分が足りません。娘が王子の嫁になるためには、令嬢と同じかそれ以上の家に入らなければならなかったのです。

 とはいえ、こんな醜聞を大々的にやらかしてしまっては、他の家とて娘を受け入れようとは思えるはずもない。実際王命でそれをしろというのなら、国を捨てると言い出す貴族は多かったのです。


 それに、こんな事をしでかした後です。令嬢と王子の婚約は王子有責での破棄となりました。


 けれど、後継ぎは王子一人だけ。それに連なる血の持ち主を他から、とするにしても少しばかり難しい状態でありました。それもあったから、王子はもしかしたら自分の地位は盤石であると思い令嬢に対してあんなことができたのかもしれませんね。


 結果として、令嬢の家は爵位を捨て国を出る事にしました。その際、捨てた身分を娘にくれてやるとも。

 これで、一応身分だけは王子と結婚できるようになりました。とはいえ、令嬢もその家族も身分を捨てたので後ろ盾というものは期待できませんが。


 令嬢とその家族が国を捨てるという事で、一部の貴族たちからも国を見限った者が出ました。


 これに対して、流石に王も手を打たねばと焦ったようです。

 令嬢の父や母、そして令嬢本人にも色々と交渉したようです。


 そうして、その結果――



一時いっときとはいえ令嬢を貶めた連中へ呪いをかけることになりました。今呪いで苦しんでるのはそのご子孫ですね」


 にこ、と微笑んでアデレードは言った。長々と話した事で喉が渇いたのか再びカップを持ち上げて中の液体を飲み始める。


 一方のクラウスはといえば、ちょっと理解が追い付いていなかった。


「その、更に深く突っ込んで聞くようなことになるのだが」

「えぇ、いいわ。この際だから聞いてちょうだい」


「呪いの解除は?」

「できないわ」

「呪い返しをしようとした結果、呪われていた本人にいったようなのだが」

「そうなるようにしたからよ。あ、でも何でもかんでもそんな呪い返しで反撃できないような呪いとか本来ならできないの。ただ、この一件に関してはコトがコトでしょう?

 本当だったら一族郎党皆殺しにした方が後腐れ無くて楽よって言ったのだけれど……

 当時のご令嬢が流石にそれは可哀そうだと」

「そ、そうか」

「えぇ、自分が選ばれなくても好きな相手のために涙を飲むことができるような方でした。令嬢に対して色々と悪意を持ってやらかした連中とただ血がつながっているだけの無関係な一族のものまで殺すのは忍びない……と切々と訴えてくれた結果、仕方ないから呪いの強度を弱めたの。結果、呪い返しをする事はできず、また解除もできないようになった。それだけよ?」


「……では、呪われた者はもう二度と……? 一生死ぬまでその呪いと付き合わねばならないのか?」

「いいえ」


 だとしたら何と憐れな……と思っていたクラウスに、しかしアデレードは首を振った。勿論横に。


「術士が無理矢理解除だとかはできないようになっているけれど、けれど呪いから解放される方法はあるわ。わたくしたち魔女だって流石にそこまで酷くはないもの。先祖のやらかしを子々孫々ずっと引き継ぐなんて、流石に可哀そうでしょう? というのもかのご令嬢のお言葉ね。だから、ちゃんと解放される方法も残してあったわ」

「その方法とは……?」

「なんだったかしら。もうずいぶんと昔の話過ぎて忘れちゃったわ。でも、当時の人たちにはちゃんと教えてあったし、その教えを守っていればいずれは解き放たれるようになってたのよ。

 大体今まであの呪い、表に出てこなかったんでしょう?

 って事は、かつてのやらかした人たちの血筋の人たちと同じ過ちを繰り返そうとしているのよね。やらかした事に対して真摯に誠実にしていれば、いずれ呪いは薄まって消えるはずだったもの。

 であれば、今呪いが表面化した人たちはかつてのお馬鹿さんと同じ道を歩もうとしている愚か者よ」


 そう言われてクラウスは思わず言葉に詰まってしまった。



 昔々のお話、なんて言っていた内容だが、今現在も似たような事柄が起きているのだ。

 王子とその婚約者、そして、最近男爵家に引き取られたという少女。

 物珍しさゆえか王子と男爵令嬢は急速に接近し、今では身分を超えた真実の愛、だなどという噂まで駆け巡っている。婚約者である令嬢は政略結婚であるという事で王子の事など何とも思っていないのか、それとも思惑があって放置しているのかはわからなかったが……もし、かのご令嬢がこうなると知っていて放置したのであれば。いや、今のご令嬢は昔話に出てきた令嬢とは繋がりがないはずだ。


 だが、そういった事があったのであれば、大っぴらに情報が残ってなくとも、それぞれの家で語り継がれている可能性はある。

 そういえば一部貴族の家には、何故か代々神殿で奉仕活動をするというような言い伝えがされていたな……とふと思い出した。もしかしてそれだろうか。

 何故代々言い伝えられているのか、というのはあまり気にしていなかったがもしそうであれば。


 ……いや、今の代、呪いが出てしまった連中にそれを言ったとして果たして本当に奉仕活動をするかどうかも疑わしい。そもそも彼らはそれを面倒くさがってあれこれ理由をつけて行かないようにしていたくらいだ。

 もし、嫌々するべからず、とかいうのも言い伝えられていたのであれば、とりあえず神殿行っときゃいいだろ精神で逆に呪いが悪化しかねない。


「えぇと……では、何故だかどうしても前歯にパセリやバジル、黒コショウがくっついたままだったりだとか、気付くと鼻毛が一本飛び出ているだとか、絶対に静かにしてなきゃいけない状況かでげっぷがでたりお腹の音がなったりだとか、椅子に座るたびに何故だかブー、という音がしたりだとか」

「えぇ」

「発動させた魔法が尻から出たり、鼻から出たり……突然なんでか踊りだしたくなって歌ったり踊ったりするのも」

「はい」

「お葬式や式典と言った厳かな場面で何故だか笑いの沸点が低くなったりだとか、その……他にも色々あるにはあるんですが、このしょうもない呪いが悪化したとしても命までは奪わない、という事でしょうか?」


「殺すのは可哀そう、とかつてのご令嬢が言いましたからね。だから命を奪わない範囲で色々と考えた結果できあがった呪いですのよ。この呪いで死んだ人、いないでしょう?」

「社会的に死んでる人は多々いるんですよね」

「まぁ、そう。でも社会的に死のうと直接的には生きてるんだし、問題ありませんわよね。

 大体、既に呪いから解き放たれてる方々もいらっしゃるのよ。今呪いで苦しんでらっしゃる自称被害者の方々は、昔やらかした祖先と同じゴミのような精神性の持ち主ばかり。どうせ呪いがなくたって人間性が劣悪な事にかわりはないのだから、遅かれ早かれ社会からはつま弾きにされる事だってありましょうや」


 ふふ、と笑っているアデレードに、クラウスが果たして何を言えただろうか。


 言われてみれば確かに呪いが発動した相手はまぁ、なんて言うか人としてちょっとどうかなと思う部分があるのだ。呪いが表面化して騒ぎになったから有耶無耶になった部分もあるが、それがなければ事態はもっと大ごとになって最悪家を追い出されたりだとか、犯罪者扱いとなり奴隷落ちするかもしれなかった者もいる。


「術士の介入によって解ける呪いではないけれど、きちんと反省して真人間になれば呪いは消えます。といっても、子々孫々脈々と受け継がれる呪いなので根絶は難しいですが。真っ当な人間のままなら呪いはでませんから、実質無いも同然でしょう」


 さらっと言う魔女は、まだ他に何かありまして? と小首を傾げた。


「ちなみにね、どうしても力技で今すぐ呪いを解くために術士に介入してほしい、というのであればそれも出来なくはないのですが」

「できるんですか」

「えぇ、ただ、そうすると本来の呪い……一族郎党皆殺し、の呪いが前に出ちゃうので、その時点で呪いが出ている者のみならず、その血の連なり諸共絶えます。

 死ぬ前に即座に呪いが解けるような強力な術士、そちらにいまして?」

「いませんね」


 なるほど、どうあっても解ける呪いではないという事か。クラウスは雑にそれだけを理解した。


 大体、今呪われてる奴らは現状陰でコソコソくすくす嗤われている結果になってしまったが、それ以前の態度は酷いものだった。己の身分を盾に下々の者を虐げたりだとか。王子などは婚約者相手に不誠実な態度をとり、まるで婚約者が全ての諸悪の根源のように振舞っていたくらいだ。男爵令嬢だって王子の庇護下にあるからか、さながら悲劇のヒロインのような振る舞いをして王子の婚約者相手にドエライ態度だったのだ。


 だがしかし、ある日突然発動した呪いによってそれらは一変した。


 性根の腐ったような貴族たちはここぞという場面で失態を晒し、なんなら王族もそうだ。

 つい先日他国の王族との会談でやらかしたのは記憶に新しい。

 向こうの王族は何食わぬ顔をして受け流していたようではあったが、その場にいた先輩曰く目は笑ってなかったし、何なら見下したかのような目になっていたとの事。

 まぁそうだろうな。絶対ふざけちゃいけない場面でやらかしたようなものだし。


 もし術士に対処できる状態にできると魔女が言っていた、なんて言えば喜んで飛びつきそうではあるが、その時点で呪われた連中は即死だ。

 そうなればどうなるか。貴族の大半は死ぬし王族も死ぬ。

 やらかした連中の子孫というだけで呪い因子が組み込まれたようなもの。性根の腐った連中だけ勝手に死ぬならいざ知らず、それらと血縁であるというだけで呪いが発動すれば巻き添え待ったなし。


 いや、魔女の言い分だと真っ当な者は解放されているらしいので、貴族は全滅しないかもしれない。だがしかし、王族は死ぬだろうなぁ……とクラウスは思っている。

 大体あの王子を育てた親が真っ当だろうか。真っ当であるならまず王子を諫めているわけだし、仮にそれをしてもなお王子に問題があったとしても、早々に次の手を打たなければいけないはずの相手が静観しているわけで。今は様子見、とか思ってたにしても、もう静観してる場合でもないはずなのだ。実際王族にもさっき言った呪いのいくつかが出てるわけだし。


「もし、その呪いで王族や貴族の大半が滅びた場合、この国はどうなる?」

「その時はわたくしたち魔女がこの土地を頂いて魔女の王国でも作ろうかしら。元々そういう契約でしたし」


 それを聞いて。


 クラウスは、


「あ、詰んだな」


 と理解したのである。


 国を滅ぼすまではするつもりがない、となればもうちょっとどうにかする方法を教えてもらえるかもしれない。まぁ無理だろうけど。そんな駄目元精神で聞いただけだったが、やっぱり駄目だったようだ。


 今、魔女の大半は各国に散らばっているけれど、もし一か所に集まって国でも作ろうものなら、正直とても警戒しなければならなくなる。人並外れた能力の持ち主。人間たちとは少し距離を置いた付き合いをしているとはいえ、その力に心酔している者がいないわけではない。

 そんな魔女たちが集まって国を作ろうものなら。


 国民の大半は狂信者となるだろう。

 考えただけでも恐ろしい。



 この国の平民は大丈夫……だと思いたい。とはいえ、かつて令嬢を陥れようとした娘の親類縁者が今もまだ、という可能性はある。とりあえずクラウスは祖父が若い時に他国から移民としてやって来たクチなので、そういった面々との血の繋がりはなさそうという点で多少は安心できる。

 だが、そうじゃない者たちは自分ももしかして……? と疑うことになるのだ。

 今は呪いが発動していない。だが、それが安心していい判断材料にはならない。術士が介入できる状態に魔女が呪いを切り替えた途端、無関係だと思っていた者も突然死ぬかもしれないのだから。


 もしそうなって魔女の王国が出来た場合、生き残った国民たちはどうなるだろうか。魔女の力に怖れを抱きつつも、だがその庇護下に在る事を許されるのならば。


 今はそうじゃなくともいずれは狂信者へとなるだろう者たちは案外多いのではないか。


 そう考えるととても気が重いし、何ならこれから戻って上司にここで聞いた話を報告しないといけない事を考えるだけでもやっぱり気が重たい。


 ふ、と知らず息が漏れた。


「ねぇ異端審問官さん。わたくしたちはね、別に人と争おうなんて思っていないの。

 だからね?

 だからどうか、賢明な判断を下してくれることを期待しているわ」


「こちらとしても、無駄に犠牲を出すつもりはありません」

「そう、それは良かったわ」


 にこ、と微笑んだ魔女に向けて、クラウスもまた笑みを浮かべていた。とはいえ、もしかしたらその笑みは引きつっていたかもしれないが。


 長い長い階段を上ってきたが、帰りは魔女の魔法で一瞬で地上であった。


「さて……」


 思わずこれからの予定を思い返すようにして、クラウスはかぶっていた帽子を目深に下げる。


 とりあえずは、呪いが発動してなんとかならないか、と泣きついてきた上司に絶望のお知らせをするところからだ。


「いざとなったらこの国を出る事になるかもしれんなぁ……」


 異端審問官の給料、それなりに良かったんだけども。




 ところで数年後、この国は何か愉快に呪われた地として有名になるのだが。


 今はまだ、誰もそうなるだなんて知る由もないのである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 令嬢優しい! そして、令嬢が魔女になったんだと思ってましたが、関係なかったんですね。 尚更優しい。
[良い点] 当時のご令嬢、本当にお優しい…(皮肉) [気になる点] 異端審問官様ハヤクニゲテー [一言] 以前ホラー漫画で見た 「恐怖のウッキー」という漫画を思い出しました…
[一言] 審問官君、いずれ歳を取って組織内での権力争いとかに加わった時に、愉快な呪いがぽろっと顔をのぞかせて 「これかあ・・・、いかん、ワシ調子に乗ってたわ」とか反省したり 「うえっ!!自分にもやらか…
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