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ブラック・ディヴィジョン  作者: 天一神 桜霞
第一章 悪魔の契約
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⑥ 再びのハダル

 闇ギルドでの初めての依頼をこなした俺たちは、再びハダルの町を訪れた。

 もちろん、その依頼の報酬を受け取るために来たのだが、表のギルドに顔を出しているサリーが、闇ギルドにも出入りするのはあまり良くない予感がして、彼女には表のギルドで新たな依頼を探してもらうことにした。

 まあ、それは建前でもあって、実際はサリーのような純真無垢な女の子が、アングラの世界に踏み入れて穢れてしまうのを嫌っただけかもしれない。

 女性に幻想を抱く愚かな男心と笑われてしまいそうだが、意外とプルも彼女がアングラに足を踏み入れるのは否定的だった。

「だって、あいつ余計な事言いそうじゃん?」

 プルの言い分も分からなくはないが、あまり賛同できる内容ではなかった。

「さぁて、いくら儲かったかな」

 アングラに訪れたのは二度目だが、この大人びた雰囲気を通り越した異様な雰囲気には、未だ慣れない。

 薄暗いくせに、場所によって毒々しかったり派手派手しく彩られていて、目に悪いのは間違いない。

 そんな中でも、彼が平然としていられるのは、プルが悪魔だという本質に基づいた結果なのだろうか。

 今ばかりは、その度胸が羨ましく思える。

「あ、そうだ」

 闇ギルドの一角へ行く道すがら、おそらく毒であろう薬を売っている店を見て思い出した。

「どうした?」

「あの毒袋がいくらになったのかを、一応知っておこうと思ってさ」

「あー、あれか。聞いても虚しくなるだけな気もするが、あまりナメられないようにするんだぞ」

 ヘビビンガー・マダダス・オーガスの毒袋は結局諦めて取ってこなかったのだが、ある程度まとまった金になるのなら、また戦うことになった際には、それを採取できるような事前準備をしておけば、より利益が得られると考えていたのだ。

「ちょっといいか?」

「ん?なんだ?」

 暗い色のローブに身を包み、フードを深めに被って目元まで覆われた店員の男に、平然を装って声を掛けた。

「ここに並んでるのは、どれも毒薬だよな?」

「あぁ…。効果には差があるが、どれも立派な毒薬さ。どういう物が、お探しだい?」

 薄気味悪く笑う店員は、とても人柄が良いとは言えなかったが、話が通じないわけではなさそうだった。

「いや、悪いが毒薬を探してるわけじゃないんだ」

「あぁん?だったら、何しに来たんだよ!?冷やかしか?」

 客じゃないと分かると、一気に態度が悪くなって声を荒げる店員を押し留めて、話を続ける。

「待て待て。そうじゃなくて、毒薬を作るにも原料がいるだろ?毒袋の買取はしてるのかと聞きたかったんだ」

「あぁ…。なんだ、そういう話か」

 また態度が変わって、今度は共犯者を見るような目でこちらを眺め、不敵な笑みを返した。

「もちろん、承ってるぜ。毒の生成は、基本的にモンスターの素材を使ってるからな。こっちも、それが無いと話にならない」

「だったら、話は早い。ヘビビンガー・マダダス・オーガスの毒袋なら、いくらで買い取ってくれる?」

「なにぃ!?」

 素性のわからない男は、一瞬聞き間違いかと疑うほど、こちらを凝視して驚いていた。

 しかし、この反応は、ようやく俺の期待するようなものが見られたと言ってもいい。

 本来、そのくらい驚くべき相手だったのだ。

「倒したのか!?お前が?」

「ああ、まあな」

 こちらを指差して目を見張る男は、若干失礼極まりないものの、同時にそう言われるのも誇らしく思えて、それほど悪い気分ではない。

「はぁぁ…。こりゃ、驚いたぜ」

「で、いくらなんだ?」

「あいつの毒袋なら、銀貨7枚…いや、8枚は出してもいい!」

「銀貨8枚…。そんなにするのか」

「あぁ…。まず、ヘビビンガー・マダダス・オーガスそのものがわりと希少だし、毒自体もここに並んでる他のモンスターの物よりも強力で、毒袋も大きくて量が多いからな」

「それに、人間相手だけじゃなくて、他のモンスターを狩るための毒としても使う奴もいるから、よく売れるんだ」

 流暢によく喋る店員のおかげで、利用価値まで聞けてしまったが、だとすると俺は、身体を張ってでも持ってくるべきだったのかと、少しばかり後悔する。

「それで、どこにあるんだ?早く見せてくれ!」

「うーん、それがな…」

 急ぎ急かす男へ、取ってこられずに放置してあることを伝えると、目先の利益に囚われて、それでも諦めきれないのか、場所を教えてくれと懇願される。

 自分で取ってきても良いのだが、それだけの用の為に、わざわざまた一週間ほどかけて往復するのも面倒だったので、場所だけ教える代わりに情報料として銀貨1枚を貰った。

「そうそう、なるべく早く行った方が良いかもな」

 ついでに、一つ忠告をしておいたが、言わずともそのつもりだったようだ。

「なら、こっちも良いことを教えてやろう。あんた、この間来たばかりの奴だろ?随分、弱っちそうなカモが来たもんだと思って、見かけたのを覚えてるぜ」

「だったら、何だっていうんだ?」

「そこのギルドでも、地上のギルドと同じようにモンスターの素材を買い取ってくれるが、止めておけ。ぼったくりだからな」

「なに?」

 人を小馬鹿にしたような奴の言うことでも、そればかりは聞き捨てならない話だ。

「あっちに市場が出てるだろ?あれは、そこのギルドでやっすく買い取った物を、その何倍もの値段もふっかけて売ってる闇市だ。どっちも手を出さない方が良いぜ」

「まだこれから行く所だったから、それが本当なら、寸前で助けられたことになるな」

「でも、どうしてそんなことまで教えてくれるんだ?」

「なぁに、さっきの情報料が安く済んだから、ついでに教えてやっただけのことよ」

「まぁ?あんたがホラ吹いてたら、タダじゃおかねえけど…。変に損をしたくなきゃ、取ってきた素材は、適した場所へ直接売りに行くことを勧めるぜ」

「ああ、そうするよ」

 名も知らぬ男と、少し仲良くなれたような気さえするやり取りだったが、得られたものは大きい。

 毒袋に続いて、大きな損失を招くところだったところを直前に回避できる手立てを得られたのだから。

「クロ。一応言っておくが、ここの住人の言うことをあまり鵜呑みにし過ぎるなよ?」

「分かってるさ」

 地上にいる時ほど目立たず、その場に即しているともいえるコウモリの姿をした悪魔は、この場に溶け込んでおり、旅の際と同じように肩へ乗っているが、誰もが見て見ぬふりをしている。

 二人からの忠告を受け、いざ闇ギルドに顔を出すと、以前も会った受付の女性と対面した。

「ぁ…アンタ、確かこの間の…。無事に帰ってこれたんだね」

 この女の人も、俺のことを覚えていたようだ。

 依頼の内容と俺の外見や雰囲気から想像して、きっと帰ってこないと予想していたのだろうと思えるほど、意外そうな顔をしている。

「ちゃんと、依頼を終えたから、報告しに来たんだ」

「そう…。諦めて帰ってきたのかと思ったよ」

「あのなぁ…」

 よくそんなことを、当人の前でハッキリ言えるものだと呆れ返る。

「ほら、これ。ヘビビンガー・マダダス・オーガスの角だ。ついでに、それとレッドウルフの牙も取ってきたから、いくらで買い取ってくれるのか教えてくれるか?」

 戦利品を取り出して、ゴロゴロと受付のカウンターに並べると、彼女はそれを徐に手にしてじろじろ眺め確認していた。

「ほぉう…偽物にしては、よくできてるね」

「本物だってば」

「へぇ…確かに。アンタ、見かけによらず、意外と強いんだ…ちょっと見直しちゃったよ」

 女に褒められるのは悪くないが、彼女の言い分だと偽物を掴ませて誤魔化す輩でもいたような物言いだったのが、少し気になった。

「角が2本で銀貨4枚、牙が6本で銀貨1枚ってところだね」

 記憶が正しければ、アリオトの町でエズラがレッドウルフの牙を同じくらい持ち込んだ際、依頼の報酬と併せて貰っていた金額は、もっと多かった気がする。

 その依頼の報酬自体が多ければ、そう変わらないかもしれないが、角の方も価値があると聞いた覚えがあるにしては、毒袋の半額程度と考えると、やはり怪しい。

「…素材の買取は、やっぱり止めておく。依頼の報酬だけ貰おうか」

「そう…。分かったよ」

 断られるのにも慣れているようで、あっさり素材を返却してもらえた。

「じゃあこれ、依頼の報酬分ね」

「ああ、どうも」

 差し出された銀貨3枚を取ろうと手を伸ばせば、その上からさらに手を重ねられた。

 男の手とは違って、しなやかで一回り小さな手だ。

「ところで、どうだい…?アンタさえよければ、今夜二人っきりで…しっぽりと、今回の旅の話でも聞かせておくれよ」

 彼女はボディタッチだけでなく、豊かな胸を押し上げて、露出した胸元をさらに大きく見せて強調し、女を意識させてくる。

 明らかに、話なんか聞くつもりは無さそうだし、それだけで済むとは思えなかった。

「え、遠慮しとく。…先約もあるし」

「そう…?それは残念だね。また気が変わったら、いつでも言っておくれよ」

 自然界では、強いオスにメスが靡くというが、やはり同じ動物である人間も、その例に漏れないのだろうか。

 それとも、先程見せた素材の買取金と併せて、金銭的な目的で近づこうとしているのか、彼女の真意は分かりかねるが、期待するほどの良い展開にはならない気がした。

 本当はそのままアングラの外まで逃げてしまいたかったが、まだ次の依頼も探してないので、彼女の手を振り切って、足早に張り紙のある場所まで移動した。

「惜しいことをしたな、クロ」

「良いんだよ。ああいうタイプは苦手だし」

「だったら、俺様と変わってくれれば良かったのに」

 来るもの拒まずの精神を持つ男はいるらしいが、この悪魔も見境なく女に手を出すタイプなのだろう。

 だらしない顔をして、きっと想像の中で彼女の身体を弄んでいるのは間違いない。

「いいから、お前も適当な依頼を探してくれよ」

「へいへい」

 後ろの方では、さっきの男が毒薬を売っていた店を忙しなく畳んでいる音が聞こえるが、それよりも横から浴び続ける受付の女の熱視線の所為で、気が散って仕方ない。

「なんか、また別の意味でここに来づらくなった気がする…」

「はっはっは!モテる男は、辛いですなぁ!」


 今回の依頼で、結構な死地に追い込まれたので、次はもう少し楽なものが良いという相談をした結果、ある荷物を届けるだけという内容のものに決めた。

 簡単にいえばお使いなので、簡単そうに聞こえるし、実際表のギルドでもこの手のものは度々貼られており、楽な部類であって報酬も大したものではない。

 しかし、ここは闇ギルド。

 『開けるな』と重々しく書かれた荷物を受け取り、これを山を越えた先にある隣国の町まで運ばなければならない。

 馬車を使って行こうにも、山越えのルートでは馬車は通れず、迂回するとだいぶ遠回りになってしまうし、その分費用も掛かるので、利益が出るどころかマイナスになってしまう可能性もある。

 依頼の報酬は銀貨4枚なので、先の依頼よりも高額で破格な金額だ。

 わざわざ往復する必要もなく、届け先で報酬を貰えるというので、これを機に初めて隣国へ足を踏み入れてみるというのも悪くないだろう。

 危険なモンスターが出ると確定しているわけでもないし、以前より気楽なものだ。

 ただ、その前に手に入れた素材を売ってしまわないと旅の邪魔になるので、こうしてサリーと合流して鍛冶屋へやってきたわけだ。

 これで、隣国まで持って行った方が、より高値で買い取ってくれれば儲けものだが、交易も齧ったことが無い素人が安易に手を出すものでもなく、下手をすれば損をする可能性もあるので、さっさとここで換金してしまった方が無難だろう。

「うぁ…暑いね、ここ」

 鉄を打つ工房内は、外よりも明らかに暑く、ローブを着ているのが鬱陶しく思えるほどだ。

 店主の身なりもそれ相応で、服をはだけたほとんど裸に近い状態で仕事をしており、身体中から汗を掻いているのが分かる。

 早々と用を済ませて退散したいところだが、暑さに耐えかねたサリーもまた服をはだけて仰いでいるので、それはそれで気になるところだ。

「買い取って欲しい物があるんだけど?」

「ぅん?なんじゃ?」

 どこの町に行っても、鍛冶屋の店主は気難しそうな雰囲気を醸し出しているのではないかと思うほど、この町でも堅物そうな店主のオヤジに手に入れてきた素材を渡した。

「ほう、レッドウルフの牙と…こっちはオーガの角のようじゃが、それにしては大きくて勇ましい」

「もしや、これは…?」

「ああ、ヘビビンガー・マダダス・オーガスの角さ」

 さすがの目利きといわんばかりの察しの良さを見せる鍛冶師へ、誇るように真実を伝えた。

「なんと!?いや、しかし…念の為、少し確かめさせてもらえるか?」

「もちろん、構わないよ」

 一々疑いを掛けられるのは少々癪だったが、わりと珍しいモンスターの素材である上に、推奨される冒険者ランクも比較的高いので、真実味が薄いのは仕方ないだろう。

「ふん…っ」

 俺よりも筋力に優れたムキムキの身体と金槌を使って、彼は一見してから角をカンカンと数回叩き、再び凝視する。

「うむ。この強度…間違いなく、本物のようじゃな」

「これなら、2本で銀貨10枚で買い取ろう」

 感心した様子の鍛冶師は、快くそう告げた。

「じゅっ、10枚!?」

 その値段に驚いたサリーが思わず大きな声を出してしまい、慌てて自らの口を噤む。

「さっき、闇ギルドの方では銀貨4枚って言ってなかった?」

「その通り。あの尻軽女…とんだ食わせもんだぜ」

「あの薬屋の言っていたことは、どうやら本当だったみたいだな」

 鍛冶師から少し距離を取って、ひそひそと小声で言葉を交わした。

「なあ、その値段は特別優遇してくれたわけじゃなくて、相場くらいなのか?」

 一応、確認の為に再度質問を投げかけた。

「がっはっは。そうじゃな、相場は銀貨8枚~10枚ってところじゃろう」

「わしのとこには、在庫が全くないんでな。ちょっとはおまけしとるが、大概そんなもんじゃ」

 今の密談まで聞かれていたかは分からないが、どちらにしろサリーの驚きの声である程度察したのだろう。

 鍛冶師のオヤジは、気前良く明け透けに教えてくれた。

 おかげで、闇ギルドでは相場の半額以下で買い取ろうとしたのが明らかになったわけだ。

「それと、レッドウルフの牙じゃが、こっちは1本銅貨10枚。6本で、銀貨3枚でどうじゃ?」

「ああ、それでいい」

 闇ギルドでの買取額の3倍の値段を提示されて、断る理由もないだろう。

「交渉成立じゃな」

 素材と引き換えに、締めて銀貨13枚を手渡された。

 塔で見つけた金貨を含めると、随分まとまった金が入ったといえる。

 むしろ、こんなに持っているのは、初めてではないかと疑うほどだ。

「ところで、お前さん見ない顔じゃな?」

「ああ、この間来たばかりで、この町に来るのも二度目だからね」

 用も済んだので立ち去ろうとしていた時に、ふと声を掛けられた。

「お前さん、腕は立つようじゃが、獲物の手入れは大丈夫か?良ければ、そっちも承るぞ」

「ゴメン、クロムくん…。私、先に出てるね…」

「商談が終わったんなら、俺様も涼んでくるぜ~」

「ああ、わかった」

 我慢できなくなった様子のサリーに気にせず外で待っているように促すと、話を戻した。

「それで、手入れの話だったか」

「そうじゃ。優れた冒険者や優れた得物でも、手入れを欠かせば、鈍らになってしまい、そのせいで命を落としたものもいると聞く。お前さんは、大丈夫かい?」

 最初は営業目的かと思ったが、どうやら一冒険者の俺のことまで気にかけているような言い方だった。

 長く鍛冶屋を営んでいれば、色んな人に出会って、その中からもう会えなくなってしまった人もいるのだろう。

「生憎、俺の得物はちょっと特別でね。ヘビビンガー・マダダス・オーガスと戦っても、刃こぼれ一つしてないのさ」

「ほう…。それはそれで興味深い話じゃな」

「しかし、見たところその得物とやらが見えぬようじゃが…?」

 普通、ローブを着て隠したところで、暗器や小さな得物でも無ければ、その形を完全に隠すのは難しい。

 どこかに、その形状が浮き彫りになるような不自然な膨らみが見えるのだが、俺の場合はそれが一切ないので、不思議に思うのも無理もない。

 プルの奴も、この暑さには参ってしまったようで、既にサリーと一緒に外へ出て行ったし、この際、鍛冶師の目で見てもらうのも悪くないのではないかと考えた。

「この事は内密に頼む。他言無用を承知できるのなら、得物を見てもらいたい」

「ほぉう…。いいじゃろう。そこまでいう物とは何か、益々気になるわい」

 他の客もいないので、一度右手を背に隠し、そのまま指輪を鎌に変化させて、あたかも背中から取り出したかのように見せる。

「なるほど、大鎌か」

 隠そうとした理由をすぐに察したようだが、彼の興味はそこに向いたわけではなかった。

「少し貸してもらっても?」

「ああ、気をつけろよ」

「うん?…のぁっ!?」

 グリム・リーパーが手元から離れ、鍛冶師の手に渡った瞬間に変化が起きた。

「ぬぉっ、重い!とてもじゃないが、持ち上げられん…っ!」

 押し付け返そうとする店主から鎌を受け取り、平然と握る。

「よくそんな重い物を、軽々と…」

 また別の汗を掻いた鍛冶師は、乱れた息を整えながら、不思議な目を向けてきた。

「いや、そうじゃなくて、この鎌が持ち主を選ぶんだと」

「うーむ。わしも鍛冶師の一人として、そういう話は聞いたことがあるし、実感することもあるが、ここまで明確に持ち主を選ぶ例は見たことが無い」

「一体こんなものをどこで…というのは、無粋じゃな。しかし、これでは研ぐのも一苦労じゃ」

 一応、専門家が状態を見てくれるというので、台の上に鎌を置いた。

「ほほぉう…。惚れ惚れするような鋭さじゃ。確かに、刃こぼれどころか、傷一つない。綺麗に洗練されておる」

「これならば、わしが何か手を施すまでもないのう」

 もはや、お手上げとばかりに白旗を上げた鍛冶師から鎌を受け取って、出した時と同じようにして指輪に戻した。

「優れた得物には、作り手に込められた何かが宿っている場合がある。その鎌も、例外ではないようじゃ。間違っても、自らの破滅を招かぬように気を付けなさい」

 宿っているのが死神のチカラとは思いもよらないだろうが、そうでなくとも忠告をするだけのことではあったようだ。

「ああ、そうするよ」

「…この町には、暫くいるのか?」

「いや、もう次の依頼でちょっと遠出することになってな」

「そうじゃったか。それは残念」

「冒険者であれば、上質な得物を求めるのは至極当然。その一方で、鍛冶師もより優れた得物を打つ為に、上質な素材を求めるものじゃ」

「鍛冶師の血が騒ぐってヤツか?」

「そういうことじゃ。…またこの町に来ることがあれば、気軽に立ち寄ってくれ」

「ああ、またな」

 全く、今日は随分変な人に気に入られる日だ。

 どうせ気に入られるなら、美女か美少女の方が嬉しいものだが、存外悪い気分ではない。

 ようやく暑い鍛冶屋を後にすると、涼しく感じる外気を浴びながら、待たせているサリーたちの元へ向かった。

「あ、そういえば…名前も聞いて無かった」

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