④ SIDE:H 犯人の影
補足:『SIDE:H』と冠するサブタイトルの場合は、ハンフリー視点で描かれます。
「ハンフリーさん、こっちです!」
死霊使いというレアな職業を持つ男から強襲を受けたのも記憶に新しい中、町中で爆発音が響き人が倒れているという通報を受けて駆け付けた。
本来、これは衛兵の仕事であり領分ではあるものの、偶然この町に居合わせたということで王国騎士団の僕たちも呼ばれることになったわけだ。
「これは、酷いですね…」
「えぇ、まるで人間の丸焼きみたいです」
「うーん、その表現はあまり使って欲しくないかな…」
「あら、私としたことが…少々不適切な発言でしたね。申し訳ありません」
さっきのこともあったのでフィラーナとミュラーネの二人も同行してくれたのだけれど、普段から戦い慣れている人間とはいえあまり女の子に見せたい光景ではなかった。
「それで、彼らをこんな風にした犯人はもう捕まえたのかい?」
「いえ、それが…最初に発見したのがこの近くを通りがかった町民だったんですけど、この路地から出てきた人は誰もいなかったということで…」
「もっと早くに殺されていた可能性も…いや、それは無いか。僕たちもあの爆発の音は聞こえたし」
「二人に至っては丸焦げ。もう一人も全身に火傷の跡があるようですから、あの爆発が原因だと考えて間違いないでしょう」
「だとすると、犯人は路地の裏から逃げたことに…」
「一応、私のように魔法で飛ぶことができれば、上から逃げるという手もありますけどね。問題の爆発自体も火属性の中級魔法、もしくはそれ以上の威力と見てよさそうですし。相手が魔術師なら、風魔法も同等以上に使えてもおかしくはないでしょう」
「そうなるとかなり厄介だけど…、ここの裏って?」
「この路地の裏は娼館街になってます」
「娼館街ですか…」
フィラーナのいつもの凛とした表情がどんどん曇っていくのが分かる。
まあ、無理も無いだろう。彼女は王国騎士団の若きエースにして上流貴族の一人娘でもあり、そういった低俗なものに耐性が無く毛嫌いしている風潮もある。
娼館で働くような娼婦というのが彼女の性格や理念とは正反対の相容れない存在である為に、それは仕方の無いことなのだろう。
しかし、裏を返せば、それだけ彼女は真面目で一途な女の子だということだ。
「…それで? そっちの方はもう調べたんですか?」
「いえ、それが…こんな日の高い昼間だったこともあって、ほとんど人がいなかったらしく…」
「なるほど…、それもそうか」
「人通りが少なかったなら、特定するのも簡単そうですけど」
「ですよね…。でも、それが妙なんですよ…」
「妙っていうのは、一体どういうことなんです?」
「それが…この被害者たち三人を見た人が見当たらなくて…」
「どういうことですか? 普通に考えたら、娼館街かこちらからこの路地に入ったはずですよね?」
「い、いや…それを僕に言われても困りますけど…」
「こらこら、ラーナ。熱心なのは良いけど、彼を困らせてはいけないよ」
「そ、そうですね…。すみませんでした」
「あ、い、いえ…大丈夫です…」
フィラーナは素直に自分の非礼を詫びて、衛兵の彼に頭を下げていた。
「単に、人通りが少なかったから彼らを目撃した人がちょうどいなかった…っていうだけだと思うけど」
「黒焦げにされてしまった所為で、この人たちの目撃者を探すにしても手掛かりが少なすぎて難しいっていうのもあると思いますよ」
「確かに…。服の色すら判別できないとなると、余計聞く手立てが減ってしまいますからね。例え見た人がいても、印象と違っている可能性はあります」
「まさか、相手はそこまで考えて真っ黒に焼いたのかな…?」
「いえ、それは無いと思いますよ。だとしたら、三人目も同じようにしてるはずですし、彼だけ比較的原形が残っていることからその必要が無かったと見ていいでしょう」
「うん…そう言われると、そう思えてくるから不思議だよ。やっぱり、ミュラーは賢くて頼りになるね」
「むっ…」
「いえいえ、それほどでもありますよ」
「ははっ、やっぱりそこは謙遜しないんだね」
「えぇ、一応王国魔術団の天才少女だそうですから」
悪戯っぽく微笑んだ少女は王国魔術団で最年少ながらも、僕たちのパーティで参謀を任されるほど知略に優れて考察力も高かった。
「だとすると、残りのこの男から少しでも手掛かりを得る必要が…あっ、こいつは…!」
「どうしたんだい、ラーナ?」
「二人とも、見て下さい。ところどころ火傷はありますけど、この顔に覚えはありませんか?」
「え? どれどれ…」
抱き抱えられた死体の顔を拝むと、確かに彼女の言う通り見覚えのある顔をしていた。
「そう言われてみると、覚えがあるような気もするんですけど…こういう人相の悪い人たちは興味が無くて、全然覚えてられないんですよね」
「この男、確か以前冒険者ギルドを追い出された連中の一人ですよ」
「ああっ、だから見覚えがあったのか」
「追い出されたって…結構な問題をしでかさないとそんなことにはならなかったはずですけど、一体彼らは何をしたんですか?」
「えーっと、確か…一緒にパーティを組んでいた冒険者の女性に集団で性的な暴力を振るったのが発覚したとか、そんな話だった気がするけど…」
「最低ですね…」
「そんな女の敵、追い出されて当然です」
同じ女性であるからこそ、その行いに対して二人とも怒りを露にしていた。
「ぼ、僕もそう思うよ…。でも、だとするとその時の被害者やその関係者から恨みを買って復讐されたって可能性も出てきたね」
「あの…おそらく彼らを狙って殺害したのは間違いないと思います。金銭的な目的による犯行にしては物を取られた形跡が無く、彼らの所持品からもお金が出てきましたし」
「怨恨ですか。そんな輩でしたら、他にも周囲から反感を買っている可能性は高そうですし、特定するのは難しいかもしれませんね」
「いいえ、そうでもないと思いますよ」
「ミュラー、それはどうしてだい?」
「先程も言いましたけど、相手はほぼ間違いなく火属性の中級魔法以上の使い手です。しかも、路地の壁や周囲にも焦げ跡が大きく残っていることからすれば、魔力自体も相当なもの。これだけの芸当ができる魔術師を絞り込むのはそう難しくないでしょう」
「なるほど。その点で言えば、冒険者ランクに換算すると少なくともシルバー、もしくはゴールドランク以上と考えて良さそうだね」
「とはいえ、怨恨を理由に付け狙っている人が、偶々それだけの実力を兼ね備えているとは考えにくいです。そうなると、雇われの魔術師とも考えられますが、その場合は実行犯を吐かせれば首謀者についても分かるでしょう」
「雇われたという点で言うなら、関係者ではなくとも彼らの所業を知っていた人物が誰かに依頼したという線も出てきますね。特に女性からは良く思われていなかったでしょうから、正義感の強い何者かが依頼したということも…」
「まあ、それはあくまで可能性の話です。ただ、一応魔法ではなく爆発物を使った犯行の可能性もあるんですけど、それらしい破片や残骸も残ってないみたいですし少し考えにくいですね」
「となると、やはり魔術師の線で追った方が良さそうですね」
「じゃあ、ギルドの方に手配して火属性の中級魔法を使えるシルバーランク以上の魔術師を洗い出してもらうのは彼らに任せるとして…」
「はっ! お任せください!」
「僕らはまだ記憶が新しいうちにもう一度娼館街の方へ聞き込みに行ってみようか。万が一、まだ犯人が近くにいても僕らなら対処できるだろうからね」
「…それが妥当ですかね」
「……」
渋々頷いたミュラーネと違って、フィラーナはすぐに返事ができずに二の足を踏んでいるようだった。
「ラーナ。無理しなくても僕たちだけで調べて来るから、ここは任せてくれても…」
「そうですよ、フィラーナさん。心配しなくても、ハンフリーさんが女遊びをしないか私がちゃんと見張ってますから大丈夫ですよ」
「ミュ、ミュラー…。そんな言い方は無いだろう?」
ミュラーネは人が亡くなっているというのに、然して気にした様子もなく抱き着いてくるものだから驚いてドギマギしてしまった。
「いいえ! こんなことで音を上げるなど剣士の恥です。私も同行します!」
「そうかい? だったら、良いんだけど…」
「うふふっ、かわいいんだから…」
「では、私はこれで。急いでギルドへ向かいますので!」
「ああ、頼んだよ」
「はっ!」
「残りの人たちは彼らの遺体を運ぶ班と、他に異変が無いか見回りに行く班に分かれて欲しい。もしかしたら、これが何かの予兆や陽動っていう可能性もあるからね」
「はっ!」
張り切った様子でその場を後にする衛兵たちの背中を見送ると、彼女たちと共に路地の奥へと向かった。
彼女たちは事件のこと以外にも僕が娼館に行くことについて気掛かりだったようだけど、そういうことまで含めて信用してもらいたいものだ。
正直、興味が無いということは無いけれども、凛として格好良くも女の子らしい一面を持つフィラーナや小悪魔的で可愛らしいミュラーネが慕ってくれているのだから、それ以外の女の子に目移りしている暇もないというのに。
「気のせいでしょうか、衛兵の皆さんがいつも以上にキビキビしてるように見えました。もしかして、ハンフリーがいたことで緊張させてしまったのかもしれませんね」
「うーん、普通にしてるつもりなんだけど、僕そんなに怖いかなぁ?」
「ふふっ、そんなこと無いと思いますよ。ただ、立派な肩書がついてますから、どうしても緊張してしまうのかもしれません」
「自分の功績を認められるのは嬉しいけど、そのおまけは嬉しくないなぁ」
「でも、実際優れたお方なのですから無理もないでしょう。私は現場のことばかり気にしてしまって、陽動ということにまで頭が回りませんでしたし」
「いやいや、あくまで可能性の話だよ。まだ何の繋がりも見えてこないけど、一か所に衛兵が集まってしまっている状況を見て他が手薄になっているんじゃないかって危惧しただけだから」
「あらあら、またご謙遜を」
「私も、もっと精進せねばなりませんね」
「もう二人とも持ち上げ過ぎだって。僕はラーナもミュラーも頼りにしてるんだから」
「…っ、では尚のこと更なる精進が必要ですね」
「うふふっ、私ももっと頼りにしてもらえるように頑張らないと」
「ははっ、だったら僕も期待に添えるように頑張らないと…だね」
事件のことなど忘れてしまったかのように和気藹々と話しながら路地を抜けると、閑散とした娼館街へ辿り着いた。
あまりこういう場所へは来たことが無いものの、娼館街といえばもっと賑わっていて怪しい雰囲気に包まれている印象があった。
しかし、その思い描いていたイメージというのは日が落ちて暗くなってからのものであり、煌々と照り付ける日が眩しい昼間とはやはり印象が違うというわけだ。
夜中になるとどこからともなく現れる扇情的な格好をした女性たちもその姿を見せず、通行人も全くと言っていいほどいない。
確かにこれでは目撃者がいないという結果になってしまうのも頷けてしまうほどだった。
「この辺で魔術師やそれらしい格好をした人物を見かけませんでしたか?」
「さぁ…? 覚えてないねぇ…ふぁぁ……」
昼間から開いている店に入って聞き込みをしても、似たような反応ばかりでまるで手応えが無い。
というのも、誰も彼もが眠そうに目を擦っている人ばかりで、おおよそ覇気が無い人たちだったのも原因の一つかもしれない。
おそらく、彼らは寝ずに番を任されているなど、過酷な労働を強いられていると考えられる。
そういった部分も改善されるべきだとは思うものの、王国騎士団という肩書があってもそれが容易ではない実情も知っている。
「じゃあ、人相の悪い三人組の男たちを見かけませんでしたか?」
「さあねぇ…。こういうところに来られるお客さんはそういう人も多いからねぇ…」
「その中で、今日の昼間に来た人ならある程度絞り込めるでしょう? 何か覚えてませんか?」
「ああ…どうだったかなぁ…?」
恍けているのかボケているのか判断はつかなかったにしても、これ以上聞いても新しい情報は入ってこなそうな気がしていた。
「だったら、黒いローブを着た男と白いローブを着た女の子、黒い魔女服を着て大きな杖を持った三人組を見かけませんでしたか?」
「いやぁ…見てないと思うけどねぇ…」
ミュラーネがさらに追加で聞いた質問によって、その三人の姿が脳裏に思い起こされた。
あの時、あと少しでも反応が遅れていたら、僕の命は無かっただろう。
彼から強烈な殺意を感じたと同時に振るってきたあの得物が僕の見間違いではないとしたら、彼は正しく死神だった。
人の命を刈り取る死神そのものに見えたことが逆に救いとなって、本能のままに身を守ろうとした結果盾での防御が間に合っただけだ。
「ハンフリー、大丈夫ですか? あまり顔色が優れないようですけど…」
「ああ、うん…大丈夫だよ。この辺りは慣れない匂いが充満してるから、当てられてるだけだと思う」
「大丈夫そうなら良いんですけど、無理はしないで下さいね」
「ありがとう、ラーナ」
周りに要らぬ心配を掛けてしまうとは、僕もまだまだだと反省する。
「そうは言われてもねぇ…。娼婦以外の女の子が来たなら、物珍しくて覚えてそうなものだし…」
「そうですか…、ありがとうございました」
「あっ、ミュラー!」
勝手に切り上げて店を後にしようとする彼女を追いかけようと、店員に礼を言ってから立ち去った。
「んぅ……」
「ミュラー。今のって、もしかして…」
「えぇ。多分、ハンフリーさんの想像通りだと思いますよ」
店の外に出てから改めてミュラーネに話しかけると、彼女は神妙な面持ちで頷いた。
「じゃあ、ミュラーネはハンフリーを襲った例の三人組が今回の件にも関わっていると?」
「えぇ、可能性はあると思います。どんな理由があったかは分からないですけど、ハンフリーさんを襲うような輩な上に二人も魔術師を連れていましたし」
「…確かに、実力としては申し分無さそうだね。あの眼帯をした黒い魔術師の女の子も、ミュラーに負けず劣らず立派な杖を持っていたから」
「なるほど…確証は無いにせよ、犯行が可能な実力があるから容疑者候補というわけですか」
「そういうことです。それこそ、目撃者がいればもうちょっとハッキリするんですけど…」
新たに浮上する真犯人像のおかげで、さらに頭を悩まされてしまう。
そもそも、彼らが僕を襲ってきた理由すら不明なのだから、この事件に関してもいえることは同様のものだ。
あれがただの脅しや腕試しくらいのつもりでやってきたというのならかわいいものだけど、過去に罪がある相手だとはいえ人を殺してしまうのは許される行為ではない。
「あなた、ここでずっと客引きしてたの?」
そんな格好で――という言葉を飲み込んだのではないかと思うほど、露出度が高く扇情的な格好をした女性にミュラーが話しかけていた。
「うん、今日は日勤だからねー。でも、全然客なんて通らないし…あ、あたし女の子相手は慣れてないけど、もし良かったら寄ってかない?」
「ごめんなさい、私たちは遊びに来たわけじゃないので…謹んでお断りします」
「あら、そう…残念ね」
褐色の肌を晒している彼女のようなフランクなタイプは周りになかなかいないので新鮮ではあったものの、あまりじろじろ見てしまうと二人からの視線がどんどん鋭くなりそうな気もしていた。
「仕事中にごめんね。僕たち人を探してるんだけど…」
「人? かわいい女の子なら、目の前にいるけど?」
「……」
「…へぇ、私たちを差し置いてそんなことが言えるなんて、随分肝が据わったお嬢さんですねえ…えぇ、えぇ…」
娼婦のたった一言で、その場の空気が一気に重苦しくなったのを感じる。
「あ、あのね…僕たちが探してるのは、この辺で怪しい人を見かけなかったかっていう話で…」
「ああ、それなら…さっきも衛兵の人に鼻の下を伸ばしながら聞かれたよ」
「鼻の下を伸ばして…」
「えっと…それで、見たのかい?」
「ううん、別にそんな人は見かけなかったなぁ」
愛嬌のある彼女は嫌味を込めて言っているわけでは無さそうだったけど、他の女性陣は快く思ってないみたいだった。
「じゃあ、人相の悪い三人組の男の人たちがこの道を通ったのを見たりしなかったかな?」
「ううん、それも無いねぇー。そんな人がいたなら、多少人相が悪かろうが確実に引き留めてただろうし…」
「それもそうか…」
こうして店の外で客引きをしていたというのなら、男が通れば真っ先に声を掛けるのは間違いない。
であれば、彼らは娼館街から来たわけではなかったのだろうか。
だとすると、向こうの通りで目撃者がいても良いはずなのに、その情報を未だに掴めていない。
「それなら、黒いローブを着た男と白いローブを着た女の子、黒い魔女服を着て大きな杖を持った三人組を見かけませんでしたか?」
「え? うーん…また別の三人組ぃ? そんな人たち通らなかったと思うけどなぁ…」
「そうですか…」
「思い過ごしだったのかもしれませんね」
「まあ、それが分かっただけでも良しとしようよ。さあ、次に…」
行こうか――そう言い終える前に、普段誰かに触られることの無い場所から別の体温を感じ取って不審に思った。
「それより、お兄さん…堅苦しいお仕事ばっかで溜まってない? 男が硬くするのはココだけで良いのにさぁ…」
「あっ…!」
「何してるんですかっ!」
いつの間にかぬるりと近寄った娼婦が、僕の腰に巻いたベルトの下辺りをさり気なく触っていたのだ。
その様子を見て、フィラーナたちは僕以上に驚いて目を見張っていた。
「あ、はは…。気持ちは嬉しいけど、心配には及ばないよ」
驚いて動揺したものの努めて冷静に振舞い、すぐに彼女の手を掴んで淫らな行為を止めさせた。
「ハンフリー。あなた、こういう子が好みだったんですか?」
「どうしてそう思ったんだい、ラーナ?」
違う――とハッキリ否定してしまうのも娼婦の子に悪い気がして言いづらかったので、質問に質問を返した。
しかし、誤解とはいえ彼女から疑いを掛けられるのは心が痛んで辛いものだった。
「何となく、鼻の下が伸びてる気がして…」
「そんな目くじら立てなくても大丈夫よ、フィラーナさん。だって、ハンフリーさんともあろうものが、貴族の娘を始め好意を寄せるかわいい女の子が身近にいるのに全くを手を出していないみたいだもの。まさか、こんな売女に飛びつくなんて、そんなことあるわけないじゃない。ねぇ、ハンフリーさん?」
「あ、ああ…もちろんだとも。それに、みんなのことも大事に思ってるよ」
フォローしているようでしていないようなミュラーの言葉は、圧が強くてそうとしか答えられなかった。
「ふぅ、まあ今はその言葉を信じましょう」
ようやく重苦しい雰囲気から解放され、思わずホッと息が漏れてしまった。
「そういう訳だから、あなたも他を当たってくれる?」
「ざーんねん。まぁ、モテる男ならしょーがないよね」
「…あなた、それにしては残念って顔をしてない気がするのよね」
言葉とは裏腹に落ち込んだ様子が無いことを気掛かりに思ったミュラーネの一言で、意外とあっさり食い下がった娼婦は上機嫌で反応する。
「そんな風に見えちゃった? でも、仕方ないかなー。さっきもっと良い男に出会っちゃったから…あはっ」
彼女は先程見せた笑顔とはまた違う表情を見せていた。
おそらく、これが本当の笑顔なのだろう。
仕事で振り撒いている愛想とは違って、ニヤニヤと表現した方が正しい表情をしていた。
「へぇ、ハンフリーさんを差し置いて良い男だなんて、ちょっと興味ありますね。どういう方だったんですか?」
「それがぁ…背はそこそこ高くて顔立ちもまあまあって感じなんだけど…素直じゃないっていうかぁ、ちょっと口は悪いんだけどまたあの乱暴な感じが堪らなくてぇ…あぁん、やだぁ…思い出しただけで頬が緩んじゃうぅ」
これが恋する乙女の姿というヤツなのだろうか。
とても人には見せられないほどだらしなく顔を綻ばせているのに、人目も憚らず悦に浸っているようだった。
「…随分変わった趣味をしてるみたいですね」
「…そうですね。まあ、彼女の趣味はともかく…もしかして、その男っていうのは黒いローブを着てませんでした? お供に変なコウモリ型のモンスターを従えて」
「え? あぁ、そういえば…そんなのがいたような気も…。服装もそんな感じだったし」
彼女の返答を聞いて、僕たち三人は同様に戦慄した。
黒いローブを着ている男性なら、そこまで珍しいわけではない。
けれども、あの不思議なモンスターを従えている相手であれば、それはもう紛れもなく僕たちの脳裏に浮かんでいる彼だと嫌でも理解させられる。
「じゃあ、やっぱり…」
「でも、君はさっきその彼を含む三人組を見なかったって言ってなかった?」
「うん。だって、あたしが見た時は魔女みたいな黒い格好した女の子と二人だけだったし」
「なるほど。今は分かれて行動してるみたいですね」
「それで、その愛しの男たちはどっちへ行ったの?」
「それが、あたしを振り切ってそっちの路地へ逃げるように去っちゃってさぁ…。あーん、また来ないかなぁ…」
彼女が指差した先には、先程の焼死体が並んでいた現場の路地があった。
「そこの路地ってことは…まず間違いなく関係ありそうですね」
「実行犯じゃないにしても、目撃はしていそうだね…。それで、それ以降は彼らを見ていないんだね?」
「うん。他の男が通りかかったから、そっちの相手してたし…」
「ふむふむ。それじゃあ、その時近くで爆発するような音は聞いたかな?」
「あっ、聞いた聞いた。おかげで、客が驚いて逃げちゃったんだから」
「タイミング的にもピッタリ合いそうですね」
「でも、行方をくらませている相手が鍵を握っていると分かったところで、探して捕まえようにも相手は平気で人を殺すような連中かもしれませんから、安易に人員を割いても被害者が増えてしまうだけかもしれませんね」
「確かに…。例え賞金首にかけたとしても、逆効果になってしまいそうです。並の冒険者では太刀打ちできそうもありませんから」
「うーん、困ったね。僕らも直接協力したいところだけど、この町には補給で立ち寄っただけだから長居もできないし…」
「全く、魔王軍の侵略も続いていて人間同士で争っている場合ではないというのに、彼らは一体何を考えているのか理解に苦しみます」
「そうですね。もしかしたら、私たちには到底思いつかない考えを持っているのかもしれません」
「あのぅ…あの人、捕まっちゃうんですか?」
未だに店先で話し合っていたので、その会話を聞いていた娼婦は不安げな様子で尋ねてきた。
「君には申し訳ないけど…できれば、そうしたいってところだね」
「あぁ…どうしよう。恋したあの人が囚われ人だなんて…、スリル満点で余計燃えちゃう!」
「あ、はは…。女の子ってのは意外とタフだね…」
「ハンフリーさん。私たちは娼婦と一緒にされたく無いんですけど?」
「あ、そ、そうだね。ごめん…」
「分かれば良いんです。それと、あなた」
「はい?」
「もしまたあの男に会っても、下手に近寄らない方が良いかもしれませんよ。それに、万が一匿うにしても、その時は私たち王国騎士団及び魔術団を敵に回すってことを重々承知の上でするんですね」
「ご忠告ありがと。でも、女は恋に生きるものなのよ。娼婦であるあたしもね」
「…そうですか。まあ忠告はしましたから、あとはあなたの好きにすることですね。行きましょう、二人とも。これ以上ここにいても収穫は無さそうですから」
「そのようですね…、では失礼します」
情報提供者の彼女に礼を言って立ち去り、その場を後にする。
「結局、協力した甲斐もなく事件は迷宮入りですか。スッキリしませんね」
「そんな簡単に済む問題ばかりじゃないからね、仕方ないよ」
「そうですね。それに、衛兵たちにこの事を伝えたら、私たちもそろそろ出立の準備をしなければ」
「ああ、そうでした。まだそちらも途中でしたね」
「あと買い揃える必要があるのは何だっけ?」
「えーっと、確か……」
結局、謎が謎を呼んで真相は闇の中に葬られてしまった。
それでも、僕たちは立ち止まることなくまた戦い続けなければならない。
魔王軍から人類を救い、再び平和を取り戻すその日まで――。




