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ブラック・ディヴィジョン  作者: 天一神 桜霞
第三章 疑惑の渦
26/31

③ 黒い捜索隊

 思わぬところでハンフリーという実力者と出会い、止むを得ず撤退して群衆に紛れた。

「どうやら、追っ手は来てなさそうだぜ。奴らも町中でドンパチやる気は無いってとこかもな」

「じゃあ、とりあえず一安心って感じかな?」

「ああ、そう思って良さそうだぜ」

「それにしても、突然あんな行動に出たから私たちまでビックリしたじゃない。おかげで、確実に目を付けられたでしょうね」

「事前に言っておいたら、きっと止めただろ? それに、相手にも気づかれたかもしれない。…とはいえ、本気で引導を渡すつもりだったのにしくじったのは俺の責任だな」

「へへっ、でもクロも良い根性してるぜ。その心意気だけは買うけどよ、残念ながらまだ実力の差はありそうだったな」

「あぁ…、あの不意打ちにも対応してくるなんて、とんだ手練れだぜ」

 そう、思えば初めてだった。新たな相棒であるグリム・リーパーを持ってすれば斬れないものなど無かったのに――。

「えぇ、さすがって言うべきなのかしらね。あの状況でも防いでしまえるなんて」

「俺様の見立てでは、あれはおそらく神の加護を得た盾だな。だから、クロムの持つ死神の大鎌グリム・リーパーでさえも防ぐことができたんだろうさ」

「なるほどー。それで、盾もすごければ、実力も折り紙付きだからあんなに素早く反応できたんだね」

「まさに、鬼に金棒ってわけね」

 彼の実力を認め、称賛すら価するとばかりに話す彼女たちの会話が耳障りに感じられた。

 一度はチカラを得て以前では成し得なかったこともできるようになったことで自惚れていたが、真の強者と対峙したことで改めて自分が弱者であることを思い知らされた所為かもしれない。

「おい、クロ? どうした? 元気ねぇな」

「俺はいつもこんな感じだよ。…そうさ、いつだってこんなもんだったんだ」

「どうしたの、クロの奴?」

「うーん…、どうしたんだろうねぇ?」

 触らぬ神に祟りなしとばかりに女性陣はひっそりと話し合っていた。

「なぁ、プルズート。俺はあいつより強くなれるのかな…?」

「はんっ! 何言ってんだ、当ったり前だろ? さっさと強くなって、あんないけすかねえイケメン野郎なんてぶっ潰しちまえよ」

「…あぁ、そうだよな」

 悪魔というのは相変わらず口が悪いものの、人の心を見透かしたように激励を送ってくれた。

「そうそう、お前がそれを願ったんだろ? だから、俺様がその願いを叶える為にチカラを貸してやったんだろうが。例え今は敵わなくても、そう遠くないうちに乗り越えられるさ。悪魔ってのは契約にはうるさいからな」

 プルズートと契約を交わした時に願ったこと。

 それは、誰よりも強いチカラを手に入れることだった。

 だから、三英雄だろうが魔王だろうが、誰が相手であっても勝てるような圧倒的なチカラを手に入れるまで俺の伸びしろは続いているはずだ。

「もっと、強くならないとな…」

「ああ。その意気だぜ、相棒!」


 ハンフリーたちもまだこの町の中にいることはおそらく間違いないだろう。

 だとすれば、意図しなくてもバッタリ町中で遭遇してしまうこともあり得る。

 そうなれば、仕返しとばかりに対峙することになるか、そうでなくても明確な敵意を向けられる可能性は高い。

 多少回り道はしてしまったが、ようやく冒険者ギルドへ辿り着いた時にその懸念について意見が交わされた。

「やっぱり、しばらくは一緒にいた方が良いんじゃないの?」

「俺もそうしたい気持ちはあるんだが…」

「大丈夫だよ。相手も見つけた途端いきなり襲ってくるなんて考えにくいし」

「お前は考え方がぬるいなぁ…。王国側に属する騎士団に対して殺意を持ったような相手が野放しになっている方が問題だろ? そうなれば、所構わず襲ってくる可能性も十分あるぜ」

 悪魔らしく悪知恵の働くプルの意見は尤もだった。

 俺も一度はそう思って、いつものようにサリーだけを冒険者ギルドへ残すのではなく念の為一緒にいようかと考えた。

 元々、弱小冒険者としての自分を知っている連中と顔を合わせると彼女たちを連れている理由も含めて根掘り葉掘り聞かれてしまいそうなことを嫌って出向かなくなったのだが、元居た場所から国境も跨いでかなり離れたことからそうそう会うこともないだろうと心配が薄らいだこともある。

「もう心配しすぎだよぉ…。もしあの人たちに会っても、私一人ならさっきみたいにすぐ逃げられるし、真っ先にクロムくんにも連絡するからさ」

 三人の心配を余所に、一人楽観的な考えを主張する彼女は胸に付けたブローチを指してアピールしていた。

 確かに、そのコレボンのブローチがあれば離れていても彼女と連絡を取ることはできるので、万が一の事態が起きてもすぐに対処することはできる。

 むしろ、唯一連絡が取れないのはメアリーくらいなものなので、彼女に単独行動されるのが一番不安ではある。

 ケルベロスというバカげた召喚獣もいることで、追い詰められた際に町ごと破壊してしまわないかという理由も含めて。

「そういうことなら、この場はサリーに任せて良いか?」

「うん、もちろんだよ。いつものことだしね」

「…ちょっと、ホントに大丈夫なの?」

「サリーの言い分も尤もだったし、多分大丈夫だろ」

「多分って…」

「だったら、メアリー。お前も一緒に残るか?」

「そうした方が良い気もするけど、あんたはまたこの町でもアングラを探すんでしょう? 私としてはそっちも興味あるから、お言葉に甘えたい部分もあるのよね」

「そらみろ。だったら、結局こうなるんじゃないか」

「まあ、仕方ないか。サリー、何かあったらすぐこいつに知らせるのよ」

「うん。メアリーちゃんも心配してくれてありがとね」

「…礼を言われるようなことじゃないわ。普通よ、普通」

「あー、いっちょ前に照れてやんの、こいつ」

「うるさいわね、この悪魔。余計なことばっかり言ってないで、ほら…行くわよ」

 またしても魔女の手に捕まってしまったプルを見ていると、こいつは魔女というものに対して何か因果関係でもあるのかと思えてしまう。

「じゃあ、任せたからな。おいしい依頼があったら、受けといてくれ」

「はーい。みんなもいってらっしゃーい」

 ただ楽観的なのか肝が据わっているのか分からないサリーに見送られて、俺たちは冒険者ギルドを後にした。

「さて、今回はヒント無しだからな…。アングラ探しっていっても、不審な場所を見つけて当たってみるくらいしかないな」

「へへっ、また俺様の出番かな。全く、人気者は辛いぜ」

「ねぇ、クロ。やっぱり、別にサリーだけ残さなくても全員でギルドの依頼を見て、それからアングラを探すのでも良かったんじゃないの?」

「またその話かよ。さっき決着がついたばっかじゃねーか。魔女ってのはしつこいやっちゃなぁ…んげっ!」

「今、あんたの意見は聞いてないから」

「へい、しゅいましぇん…」

「で? 実際どうなの?」

 白いローブを着た彼女がいなくなると、途端に黒っぽい格好をした二人だけになってしまうのでやはり怪しさは増してしまう。

 安易に近づこうとしない町の連中を退けて歩く中、眼帯を付けた魔女から視線が飛んできた。

「これは俺のエゴかもしれないが、純真無垢な彼女にはこの世界の闇に踏み込んで欲しくないんだ」

「だからアングラから遠ざけてるのね。確かに勝手な言い分だけど、その気持ちは分からなくもないわ」

「純真無垢ねぇ…。それにしては、マルーンの抗争に関わった時や魔道の森での盗賊団の時も何も言わなかったし、さっきの強襲に関してだって問い詰めるようなことは無かったと思うんだがな…」

「さっきのことはともかく、他は相手が悪者じゃない。こっちだって騙されたり殺されそうになってたんだから、倒してしまう他に対処法が無い時だってあるでしょう?」

「一応、さっきの件も先にお前が攫われたっていう理由はあるんだけどな。あのまま放っておいたら、どうなるか分かったものじゃなかったし」

「人を殺すことを是としなくても、結果として人を殺してしまうことは受け入れているってところか。はんっ、あいつらしいこった」

「あんまり悪く言うもんじゃないぞ。サリーのおかげで助けられたことは何度もあるんだからな」

「んなこたぁ言われなくても分かってるよ」

「それに、彼女は私たちの中で唯一良心を持っている存在でもあるから。サリーまで私たちのように変わってしまったら、どうなってしまうか分からないもの」

「俺様からすれば、その方が面白そうで見てみたいんだけどな…へへっ」

「お前は悪魔だからな。人を陥れることが楽しくて仕方なくても無理はないか」

「それもそうね」

 悪魔率いる黒づくめの一行は、地下への入口を求めて町の中をひた歩いたのだった。


 努力をすれば必ずしも結果が得られるとは限らない。

 そう思わされてしまうほど、アンダーグラウンドへの入口探しは難航していた。

 人気のある大きな通りはもちろん、薄暗い路地を含めていくつも回ってみたがそれらしき場所が見当たらなかったのだ。

 ハダルの町で初めてアングラを見つけた時のように分かりやすく衛兵が立っているような目印があればこんな苦労はしなくても良かったのだが、今回に限っては悪魔の嗅覚も感じ取れなかったらしく役に立っていない。

 一方、気になったことといえば、この町は他の町と比べてやたら娼館が多くてあちこち回っている間にいくつもの娼館街を見つけたほどだ。

 それが多くの人が行き交う町である故のものなのか、この町の領主による意向であるのかは知る由も無かったが、おかげで日が沈んだ夜でも辺りを照らして人々の活気が絶えないのかもしれない。

「なぁ、クロぉ…。この町にはアングラなんてねぇんじゃねぇか?」

「確かに、そう思いたくもなるな…」

 既に探索に飽きてしまったプルは、早くも諦めムードを漂わせていた。

「でも、この町自体は結構広いみたいだし、人通りも多いからな。ありそうなもんだけど…」

「そりゃそうかもしれんけどよぉ…、見つからねぇもんは仕方ねぇだろぅ?」

「…そのアンダーグラウンドっていうのが人の欲望が渦巻く裏社会だとすれば、人一倍いやらしい店の多いこの町に無い方が不自然な気もするけどね」

 メアリーが指摘したことを自分でも思っていたからこそ、こうして諦めずに町中をうろうろと探索していたのだ。

「だったらよぉ、俺様たちで娼館を回って調べようぜ」

「…あんた、絶対探す気ないでしょ?」

「え? やだなぁ、ヤる気なら満々っすよ!」

「ふーん……」

 白い目で睨みつける彼女の言う通り、俺もプルにそんなつもりがあるとは思っていなかったが、だからといって否定するつもりは無かった。

 なぜなら、俺も男の子なのだから、大人の社交場とも言われる店に一度は行ってみたいと興味を惹かれてしまったからだ。

「…でも、実際娼館街の辺りはまだ調べてないからな。もしかしたら、何かあるかもしれないぞ」

「…それはそうなんだけど、あんたまでそんなこと言って…下心が見え見えなのよ」

 女の本能がそれを察知させるのか、俺の考えすらも見透かされて同じような目で睨まれてしまう羽目になった。

「まあ、女のお前が気を揉むのも無理はねぇ。そんなに嫌なら、俺様たち二人で行ってくるからよ。お前は他を探してこいよ、な?」

「そんなことして私の目が無くなった途端、あんたたちが羽目を外しそうだから…仕方ないから付いていくわ。それで良いでしょ?」

「げぇっ…」

「うーん…」

「何? なんか文句あるの?」

「い、いえ」

「なんでもありません!」

 相変わらず、黒魔術師の癖して腕に物を言わせる女だ。

 そして、その凄みに負けてしまう俺もまだまだというわけか。

「じゃあ、少し戻ってさっきの娼館街らしき場所へ行きましょうか」

「アイアイサー」

「なんで、メアリーが先陣切ってるんだよ…」

「ほら、行くわよ? あんたたちが行くって言いだしたんだからね」

「へいへい」

 若干男勝りな性格を見せる彼女に腕を引かれ、歩いてきた道を逆戻りした。

「しっかし、静かなもんだぜ…」

 昨日の夜に見た娼館とは別の店が並んでいる通りだったが、それと比べても閑散としていた。

 まず、嫌でも目立つ客引きの女たちがほとんどいないことが原因であり、夜を照らしていた明かりも今は身を潜めていることから娼館という独特の雰囲気が損なわれていることが挙げられる。

「まぁ、考えてみれば真っ昼間だもんな」

「こういう店って、大抵は夜中が稼ぎ時の時間なんでしょ?」

「でも、全くやって無いわけじゃなさそうだぜ」

 彼女の言う通り、主な営業時間は人が寝静まる夕方から深夜にかけての時間帯なのだろう。

 しかし、昼間の客にも対応する為に店を開いている場所もあった。

「そこのカッコいいお兄さん。お連れさんもいるみたいだけど、あたしとも遊んでいかなーい?」

「えーっと、どうしようかなぁ…ははっ、いてっ!」

「間に合ってるんで、他を当たってもらえます?」

「ふんっ…、ああそうですか」

 露出度が高く際どい格好をした客引きの女に声を掛けられても、ろくに会話もしないうちに掴まれていた腕を引っ張られて代わりに返事をされてしまった。

「おい、メアリー。これじゃ調査にならないだろ?」

「どうだか…。誘いに乗ったところで、鼻の下伸ばしてたあんたじゃせいぜい別の入口の調査をするのが関の山でしょ?」

「ははっ、そりゃそうだ。言えてんぜ」

「お前も笑ってんじゃねーよ。どっちの味方してんだ」

「へへっ、悪い悪い。実際その通りだろうからな。何も言えなかったんだ」

「全く……、ん?」

 このままでは何も進展しないと頭を悩ませていると、別の店からぞろぞろと男たちが出てきたのを目撃した。

「おい、クロ。今の見たか?」

「あぁ…」

「どうしたの? またどっかの女に見惚れてたとか言ったら…」

「違うって。メアリーは今の見てなかったのか?」

「今のって…ただ、昼間から女遊びしてる連中が出てきただけでしょ? 人相も悪かったし、如何にもって感じ」

 今度は腕を抓ってきたので、すぐに誤解を解いて止めさせた。

「なぁ、クロ? お前なら、他の男と一緒にぞろぞろと娼館へ行こうと思うか?」

「うーん…、一緒にする趣味も見られたい趣味も無いけど、行く勇気が無いから連れ立って行く可能性ならあるかもな?」

「あぁ、まあそういうのもあるか…。でも、あいつら…その女も言ってたようにそういうチキン野郎じゃ無さそうだったぜ? こんな真っ昼間から出入りしているのもそうだし」

「…やっぱり少し妙だな」

「なるほどね。でも、気になるなら直接あいつらに聞いてみれば良いじゃない」

「あっ、おい…!」

 推測ばかりを立てても仕方ないというように、メアリーはその三人組を追って飛び出してしまった。

「全く、こういう時ばかり手を離しやがって…」

「クロ、俺様たちも追うぞ!」

「あぁ、分かってる」

 しかし、いざ走り出そうとした途端、何者かに腕を取られた。

「ねぇねぇ、お兄さんってば…さっきの女の子にフラれちゃったんでしょ? あたしで良ければ慰めてあげよっか?」

「あ、あんた…」

 この辺りの人通りが少ないからって、さっき声を掛けてきた客引きの女がしつこく付きまとってきたらしい。

 仕事熱心なのは良いが、時と場を弁えて欲しいものだ。

「悪いが、今は急いでるんだ。あんたの相手をしてる暇は無いって…」

「いやーん。一人で気が急いちゃって…早漏くんはモテないゾ☆」

「おーい、クロ。遊んでないで先行くぞー」

「あぁ、俺もすぐ行くから!」

「あぁーん。だからダメだって、すぐイったりしちゃ…あたしが早漏改善に付き合ってあげるからさぁ、ね?」

「ね? じゃねーよ、この女ぁ…」

 ちょっとばかし顔立ちが整っていてそこそこ胸も大きかったから乱暴にするのは躊躇していたが、ここまでくるとその気概も失われてしまう。

「こらっ、放せっ!」

「いやーん、いけずぅ…」

「うるせぇ、俺は色白の女が好みなんだよ!」

「あぁっ、ヒドーい」

 そう、しつこいこと以外にもう一つ許せなかったのは、彼女の肌が黄色がかった淡い褐色に染まっていたからだった。

「ふぅ、やっと離れた。こんなことしてる場合じゃないのに…!」

 ようやく絡んできた女の身体を引きはがすと、振り返ることもせず一目散に駆け出して二人の後を追う。

「…ちょっと、良いかも」

 力なくその場に倒れて放置された女は、静かに彼の背中を見つめていた。


「あんたたち、ちょっと待ちなさい!」

 人相の悪い男たちを追っていたメアリーはのろのろ歩いていた彼らに追い付くと、臆することなく声を荒げた。

「あ? なんだお前?」

「格好からすると、魔術師っぽいけど…客引きかなんかか?」

「そう言われて見りゃあ、なかなかいい身体してるじゃねーか…へへへっ」

「クズの集まりね…、女と見ればすぐいやらしい視線で見るんだから。…まるで誰かさんみたい」

 彼女は足を止めた彼らに聞こえないような声量でそう吐き捨てた。

「で、ねーちゃん。いくら払えばヤらせてくれるって?」

「チッ…」

 鼻の下をだらしなく伸ばした男は、相手を娼婦だと思い込んで無遠慮に近づいてくる。

 それが彼女の機嫌を損ねて舌打ちをさせてしまったとも知らずに。

「私を抱きたければ…そうね。金貨100枚でも用意することだわ! フレイム・バースト!」

「のわあああぁぁっっ!?!?」

 彼女が彼らに向けた杖の先から一瞬で炎が現れると、そのまま近寄ってきた男にぶつかって爆発した。

 直撃した男は吹き飛ばされて地面に転がり、情けない声を上げながらのたうち回る。

 しかし、炎上した彼を見下すメアリーの視線は情の欠片も無い冷酷なものだった。

「ふんっ…、いい気味だわ」

「なっ! おい、大丈夫か!」

「何しやがんだてめぇ!」

「あぁ…そういえば、あんたたちが聞く耳を持たなかったから、まだ要件すら言ってなかったわね」

「要件だぁ? いきなりこんな仕打ちをしやがって、何の用があるってんだ!」

 突然仲間を燃やされた男たちは一気に興奮状態に陥って、激情に駆られていた。

 普通、相手の力量を知って敵わないと悟ればすぐに逃げ出してもおかしくはない。

 しかし、愚かにも彼らは虚勢を張ってでも背中を見せることができない生き方をしていたのだ。

 そうしなければ、相手に舐められてしまい、この世界で生き残ることができなかったからである。

「話は簡単よ。あんたたち、アンダーグラウンドに出入りしてるモールって奴じゃないの?」

「…っ、さぁどうだかな?」

「私たち、この町のアングラへの入口を探してるんだけど、良かったら教えてくれないかしら?」

「へっ、例え知ってても…お前なんかに教えてやるもんか!」

「そうだそうだ! まあ、身体で払うってんなら、少しは考えてやってもいいけどな?」

「へぇ…まだそんな減らず口が叩けるのね、感心したわ。いえ、呆れたって言った方がいいかしら」

 お仲間に生じた惨事を見ても、恐れるどころか立ち向かう気概を見せる彼らにメアリーは再び杖の先を向けた。

「まぁ、情報を聞き出すだけなら一人いれば十分だし…。さて、次はどっちが犠牲になる番かしら?」

「この女ぁ…。黙って聞いてりゃ舐めやがって…! 行くぞ!」

「おう! 仇を取ってやる!」

「おーい、なんかすごい音したけど――って、あーあ…」

 プルズートとクロムが駆け付けた際には爆発によって既に路地の周りが黒く焦げてしまっており、犠牲になった一人が燃え上がってその場に転がっていた。

 そして、それと同時に今にも次の犠牲者になろうとしている男たちが彼女めがけて迫っている状況でもあった。

「フレイム・バースト!」

 彼女が一言魔法を唱えただけで、男たちは二人まとめて吹き飛んでしまった。

「……」

「あっけねぇな…」

 クロムたちは彼女の逆鱗に触れた哀れな子羊たちを呆れた目で見るばかりで、それ以上何をしようともしなかった。

 なぜなら、どちらにしろ男たちを問い詰めることになりそうだと踏んでいたので、自分でやるか彼女がやるかの違いでしかなかったからだ。

 また、下手に止めてしまうと自分たちにまで矛先が向いてしまうのではないかと恐れた結果でもある。

「うっ、うぅ…」

「あー、良かった。つい手加減するの忘れちゃったから、死んじゃったのかと思った」

「クロ、あれ絶対わざとだぜ」

「あぁ、俺もそんな気がする…」

 仲間であるはずなのに今はなるべく関わり合いたくないと考えた二人は、遠くで彼女が煤汚れた男に詰め寄る様子を見守っていた。

「これ以上痛い目に遭いたくなかったら、素直に白状しなさい。私たちが欲しいのはあんたたちのチンケな命じゃなくて、アングラの情報なんだから」

「げほっ、げほっ…。くそっ、分かったよ…。そこの通りにある宿屋に入って、下は空いてるかって聞けばアングラへ通してくれるぜ…」

「嘘は言ってないでしょうね?」

「当たり前だろ…、こんな状況で嘘なんか吐けるかってんだ……」

「そう。それなら良いわ」

 満足した様子のメアリーがその場から離れると、男もすぐにその場を逃げ去ろうとして最後に捨て台詞を吐いた。

「へっ! 全く、こんな奴とつるむ相手の気が知れねえぜ」

「…あなたには一生分からないでしょうね。ブレイズ・マグナム!」

 魔女から逃れようとした男は一目散に逃げだしたが、その背中に炎の弾丸を浴びてそのまま地に伏せった。

 身体を貫いた炎によって引火し自らを赤く燃え上がられる男の姿を気にもせず、メアリーはスッキリした面持ちで仲間の下へ歩み寄った。

「情報は聞き出せたのか?」

「えぇ、滞りなく」

「しかし、また派手にやったな…」

「そう? 私、ああいうゲスい輩は嫌いなの。死んで当然の連中なんだから、私が殺してしまっても何も問題ないでしょう?」

「…そうかもな。俺も標的にされないように気を付けるよ」

「えぇ、それは是非善処して欲しいわね」

「まあそれはともかく、俺様からすればこのくらい派手な方が好きだけどな。チカラに物を言わせるやり口も、暴力的で悪魔らしいし」

「じゃあ、あんたも派手に燃やしてあげましょうか?」

「いやいや、俺様は焼いても上手くないからな。オススメはしないぜ」

 心なしか機嫌が良くなった様子の彼女がプルといつものやり取りをしていると、路地の向こうから声がし始めた。

「こっちだ! こっちの方で爆発がしたぞ!」

「今の音を聞きつけた奴らが集まってきてるみたいだな」

「へっ、どこの世界でも野次馬根性の逞しい奴らがいるもんだ」

「もう場所は分かったし、早速行ってみましょ」

「あぁ、そうした方が良さそうだ」

「おい、見ろ! 人が倒れてるぞ! 衛兵だ! 衛兵を呼んでくれ!!」

 クロム一行は次なる目撃者が現れる前に、黒焦げになった路地を早々に後にしてアンダーグラウンドへ向かった。

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