エピローグ
翌日。ついでに受けていた依頼を果たすことに加えてさらにもう一つの目的があった為、魔導の森を離れて近くの山までやって来ていた。
その目的が何かというと、メアリーと盟約を結んだケルベロスの力量を測ることだった。
奴が強そうなのは一目瞭然だ。しかし、その実一体どれほどまでに強いのか、それを知っておかないと後々困るだろうという判断だ。
可哀そうなことに、その実験台に抜擢されたのはこの辺りに群れを成すオークだった。
「冥府の力を秘めし首飾りよ、我の前に奈落の巨獣を現せ。盟約の元、メアリーが命じる。ゲート・オン。地獄召喚、顕現せよ――ケルベロス・ヘルハウンド!」
首飾りに触れながらあの森で呼び出した呪文とは全く異なる文言を唱えたメアリーに応じて、地面が揺らぐ。
そして、オークなど比べ物にならないくらい大きくて禍々しい扉が地中から迫り出して来たかと思えば、その扉が重々しく開いて瘴気と共にケルベロスが地上に現れた。
メアリーと盟約を交わした仲とはいえ、何度見ても圧倒される大きさと恐ろしさを内包している。
あんな魔獣に舐め回されても食べられてしまわなかったのは、何かの悪い冗談だと今でも不思議で仕方がない。
野生の動物やモンスターは人間以上に危機感が冴えている。自らの生存本能が勝てる相手ではないと察知して、すぐさま逃げようと身体を突き動かすのだ。
それは、愚鈍なオークであっても変わらない。
ケルベロスの姿を目の当たりにした途端、恐怖に戦慄いて我先にと背を向けて逃げようとしている姿が今正に繰り広げられている。
しかし、ケルベロスを召喚した魔女はそんな彼らを見逃すはずもなかった。
「さあ、あなたのチカラを見せつけてみなさい! インフェルノ!!」
彼女の呼応に応じて三つの頭から放たれた煉獄の炎が山の木々ごとオークを襲い、辺り一面を地獄絵図へと変えた。
オークの群れなど一瞬で黒く焼け焦げてしまい、命を奪った炎が燃え広がって山火事に発展していく。
「うわぁ……」
その有様は魔法を使うように指示した本人が完全に引いていたほどである。
「……」
「……」
「ほへー」
もちろん、俺たちも例外ではなかった。
隣で見ていたサリーも呆気にとられて、開いた口が塞がらない状態だった。
「…あなた、すごいのね。道理で魔力を持っていかれたわけだわ」
盟友に褒められたケルベロスは自らの功績を高らかに宣言するように咆哮する。
炎に包まれた山に反響して聞こえるその声は、まるで地獄からの呼び声のようだった。
「…俺はとんでもない奴を仲間にしてしまったみたいだな」
「あら、もう後悔しても遅いわよ?」
振り返った彼女の笑顔と共に光る青眼が俺を捉えて離さない。
不覚にも、その姿に心奪われてしまった。
「後悔なんてしてないさ。…さあ行こう、メアリー」
「えぇ。早くしないと私たちまで黒焦げになってしまうわ」
「その通りだぜ。急いで山を下りるぞ!」
「あ、ちょっと待ってよぉ…!」
彼女が後に焦土の魔女と呼ばれ恐れられる存在になるとは、この時はまだ誰も知らなかった。
つづく




