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ブラック・ディヴィジョン  作者: 天一神 桜霞
第一章 悪魔の契約
2/31

① クロムの冒険

本編開始

※キリの良いところで分割してあるので、各部分の文量はかなり差があります。

「よう、クロ。調子はどうだ?」

 冒険者ギルドに着くなり、気風の良い男から気さくに声を掛けられた。

「どうって、いつも通りだよ」

 挨拶もそこそこに彼の横を通り過ぎると、そのまま受付に向かう。

 今日請け負っていた依頼を終えたので、その報酬を貰うためだ。

「ご苦労様です、クロムさん。はい、こちらが今回の報酬になります」

「どうも」

 気立ての良く地味に可愛いと評判の受付嬢、アンジーさんから銅貨を受け取った。

 彼女が悪いわけではないのだが、いつもながら身体を張るわりには安い駄賃だと心の中で嘆いてしまう。

 冒険者という職業は、簡単にいってしまえば便利屋であり、人や街、国から依頼を受けて、その報酬で生計を立てている。

 昔からある職種らしいが、魔王を名乗る者とその軍勢――魔王軍が現れてから、その需要は増大した。

 なぜなら、魔王軍はこの大陸を統治する三国の領地を踏み荒らし、大量の屍の上へ新たに魔王領を築き上げたからだ。

 これにより、特にモンスターの討伐依頼が増えて、チカラある有能な冒険者は、どこの街や国でも歓迎される。

 しかし、その一方で国土の一部を奪われた3つの国は、それぞれ魔王討伐による功績を称え、多額の報酬を提示しており、一獲千金を夢見た者たちが、こぞって冒険者として名乗りを上げた為、一つ一つの報酬額が大きく上がるようなことは無かった。

「お前、相変わらずソロでやってるのか。誰かと組んだらどうだ?」

「そりゃ、誰か組んでくれる人がいれば、ね」

 彼の近くへ戻ってくると、空いている隣のテーブル席に腰掛けた。

「それは、難儀だねえ。ククク…」

「やめろよ、ウィル」

 アークは俺よりほんの数日早く冒険者になった同期ともいえる仲で、始めの頃はよく一緒にパーティを組んで依頼をこなしていたものだ。

 しかし、どこで差がついたのか、お互いのテーブルの空き状態を見ても一目瞭然な様に、彼には既に新たな仲間が3人も加わっている。

 とはいえ、先程からこちらへ蔑むような視線を送っている魔法使いの男、ウィルソンのような奴とは組みたいとも思わない。

 パーティとは、行動を共にする仲間であり、命を預け合う間柄でもあるので、信用のおけない相手に背中は任せられないからだ。

 そして、依頼は何人で挑んでも報酬は変わらないので、頭数が増えるほど安定してこなせるようにはなる反面、一人当たりの報酬額が減るので、足手まといはどうしたって嫌われる。

「悪いな、クロ。こいつ、魔法の腕はそこそこ良いんだが、ちょっと偏屈なとこがあるんだ」

「いいって…仕方ないさ、俺のチカラ不足が悪いんだから」

 気さくなアークは、それでも構わないと誘ってくれたことも過去にはあった。

 でも、他のパーティメンバーからは良いように思われていないこともわかっていたので、伸び悩んでいる落ちこぼれの冒険者には部不相応な誘いをこちらから断ったのだ。

「…俺たち、そろそろこの町から出て、クァツルスに拠点を移そうと考えていてな。それを伝えておこうと思っていたんだ」

「そっか…そう、だよな」

 気まずそうなアークの表情からは、複雑な想いが見て取れる。

 しかし、魔王領からはかなり離れたこの片田舎の町、アリオトから出立するということは、それだけチカラが身に付いたという喜ばしいことだ。

 これからは、さらに功績を上げて、名も売れていくことだろう。

 そんな彼のめでたい門出を、俺への心配でまた足を引っ張っているなら、俺はどこまで落ちこぼれた人間なのかと自虐せざるを得ない。

「俺が言えることじゃないけど、気を付けて行ってこいよ」

「ああ、ありがとう。クロにも、早く良い仲間が見つかるといいな」

 自然とお互いに伸ばした手は、固い握手で結ばれた。

 彼の手は俺の手とは違い、固く武骨な手をしていて、日頃の剣技で磨かれた逞しさすら感じさせる。

 もちろん、俺だって日頃の鍛錬や努力を欠かしているつもりはない。

 けれども、それはおそらく他の冒険者の誰もがやっている程度のことで、それ以上に努力や経験・研鑽を重ねなければ、更なる高みを目指せないのだと痛感させられる。

 また、似たような話で、1%の才能と99%の努力という話を聞いたこともある。

 それは、才能に優れていても努力を欠かしたら、努力を怠らなかった人間にも負けてしまうという話なのだが、俺がその話を聞いた時の印象は違った。

 もし両者が同じだけ努力した場合、才能を持たない人間は、どう足掻いても才能のある人間に届かないということだ。

「俺もイーサンに負けてられないからな。クロも、すぐ追いかけて来いよ」

「そうだな…。やるだけのことはやってみるさ」

 そう、実は俺とアークの他に、もう一人同じ時期に冒険者になったイーサンという男がいた。

 彼はアークのような人格者ではなく、正直かなり嫌味ったらしい奴だったが、実力はさらに上をいっていて、もう既にこの町から拠点を移し、旅立っている。

 残念ながら、最後まで取り残されてしまった俺が一番素質が無いようで、この町で燻っているというわけだ。


 出立の準備があるから、と言って冒険者ギルドを後にする彼らを見送り、ポツンと残された俺は何ともいえない虚無感に苛まれていた。

 しかし、そんな他人のことなど露知らず、受付のアンジーさんと仲睦まじく話している男の姿が目についた。

 この町でトップクラスの実力を誇る冒険者、エズラである。

「レッドウルフの群れ、退治してきたぜ。それに、その牙もいくつか採ってきたから、買い取りよろしくぅ!」

「わぁっ、今日もすごいご活躍ですね!」

 彼の鼻持ちならない言動はともかく、悔しいが実力は圧倒的に向こうが上だ。

 その名の通り凶暴な狼と知られるレッドウルフは、この付近のモンスターの中でもひと際素早いので、追うにも逃げるにも苦労するという。

 そして、狼というのは群れで行動する生き物なので、それなりの数を同時に相手にしなければならなくなるのだが、おそらくこの男は一人でそれを成し遂げている。

 時折、助っ人としてどこかのパーティに手を貸している話は度々耳にしたことはあるが、基本的には一人で活動しているとも聞き及んだ。

 洗練された技術や培った経験を活かしていることに加え、武器や防具の装備品までしっかりとこの辺りで用意できる物の中でも上質なものを身に付けているからこそ、成しえることなのだろう。

 ちなみに、レッドウルフの牙は武器の素材としてわりと優れている品と知られており、その買取値もバカにならないそうだ。

「ねえ、知ってる?あの二人、付き合ってるらしいよ」

「えぇ?そうなんですか?…でも、確かに。無理もないですね」

 聞く気がなくとも耳に入ってきたのは、ギルド内の片隅で談笑する女冒険者とギルドで働く女性の声だった。

「そうそう、この町で一番強い稼ぎ頭だもんね。相手としては申し分ないわ」

「こういっては難ですけど、ちょっと性格に思うところはあっても、頼りになる殿方というのはやはり魅力的に感じるものですからね」

「まあねー。それでさ、彼をこの町に引き留めているのは、その彼女が居るからだ…って話もあるくらいよ」

「ああ、なるほど。そういうことだったんですね」

 談笑している女たちと同じように、俺も腑に落ちたことがあった。

 なぜ、そんなに強いのに、もっと強いモンスターが出没している地域に足を運んで、より稼げる依頼をしに行かないのかという疑問だ。

 無理せず倒せる相手を退治して一定の報酬を得るという低リスクな方法を取るのは、命あっての物種という考え方からも理解できるが、実力の付いた者達は血の気も多く、より強い敵を相手に闘争心を高めて、多くの報酬を得ようとする者が多い。

 なので、彼がいつまでもこの町から出ようとしないのを不思議に思ってはいたのだが、女がいたからだと知ってしまえば、意外とシンプルな答えに人間味を感じる。

「では、こちらがレッドウルフの牙の買取金と合わせた報酬になります」

「うむ、ありがとう。ところで…」

 今日の俺の稼ぎの何倍もある報酬に目もくれず、彼はアンジーさんに耳打ちをし始めた。

 その声は聞き取れなかったものの、頬を少し赤らめてやや恥ずかしそう笑いながら頷く彼女の様子を見ていれば、大方の予想は付く。

「では、また後で」

「はい。ご苦労様でした」

 彼を見送る姿まで含め、アンジーさんは俺や他の男冒険者には見せないような表情をしていた。

 そして、それが無性に悔しく感じた。

 チカラあるものは、仲間にも女にも恵まれるというのが、この弱肉強食の世界の摂理なのか。

「冒険、か」

 徐に口から小さく零れた言葉は、先程のアークと交わした約束ともリンクする。

 思えば、今の自分の実力を鑑みて安全圏を見定めてから、危険を冒すようなことは、ほとんどしていなかった。

 冒険者であれば、冒険をしなくては強くなれないのかもしれない。

 死の危険すら掻い潜った先に、遥かな高みへと人は成長するのか…。

 彼らにあって、今の自分に足りないものといえば、確かにそれは妥当に思えた。

―――もっと強くならないと、天国の母さんも安心できないよな。

 そう思うと、首から下げた母の形見である指輪にスッと手を添えて握り締める。

 不思議とそれだけで決意は固まり、普段は行わないような依頼に手を出す気持ちになった。

「さて、と」

 イスから立ち上がり、朝見たきりの依頼板へ再び向かう。

 いつも行っているのは、この付近のモンスターが比較的弱いものが多いため、定期的にそれを討伐する町の周りの狩りや、街道沿いの狩りが主なものだが、今のお目当ては違う。

「アマブク洞窟のダンジョンか」

 ここから一日二日歩くため、少し遠いがまだ未探索区域もあるらしい。

 この付近のモンスターよりも強いモンスターが出ることはまず間違いないだろうが、上手くいけば、お宝も一緒に手に入るかもしれないといった具合か。

「…うん。これなら、ちょうどいいだろう」

 少し緊張が走る中、勢い任せに依頼の張り紙を剥がし、受付へ持っていく。

「あれ?クロムさん、もう1件ですか?精が出ますね」

 慣れた手つきで張り紙を受け取ったアンジーさんは、まだいたのかと嫌な顔をするわけでもなく、積極的な姿勢を労ってくれた。

「いや、これは明日からの分だ」

「あっ、そっちでしたか。確認しますね…」

 依頼内容に目を通していた彼女は、急に驚いた様子でこちらに再度目を向けた。

「これ、そこそこ推奨戦力が高めに設定されてますけど、大丈夫ですか?お一人で向かわれるんですよね?」

「ああ、そのつもりだ」

「私の立場からは止めることはしませんけど…珍しいですね。クロムさんがこういった内容を受けるのは」

「まあ、俺もアークたちに負けてられないし、いつまでも落ちこぼれ呼ばわりされるのも癪だからな」

「ここは一つ、汚名返上とさせてもらおうかと」

「無茶だけは、しないで下さいね。気を付けて行ってきてください」

 地味にかわいいと評判の彼女は、恋人ではない男相手にでも慈悲を掛けられるような心根の優しい女性だった。

「ああ。冒険、してくるよ」


 アマブク洞窟まで向かうことが決まれば、それ相応の準備をしなければならない。

 旅において、準備は大切だ。

 戦いにおいても、用意周到に準備しておくことが勝ちにつながるとも言われている通り、備えは万全にしておくべきである。

 食料、薬、その他諸々、少ない有り金の中でも、用意しておくものはいくらでもある。

 逆にいえば、その手間や余計な経費が掛かるからこそ、町に拠点を置いた冒険者は、できるだけ日帰りや1日で帰ってこれる程度の依頼を受けようとする。

 女の冒険者は特にそうだが、お風呂に入れたり、ベッドでゆったり寝られるかどうかという問題は、大抵の人間が気にする事だ。

 野営した場合は、周囲を警戒して満足に眠ることすらできないこともあるので尚更である。

「とりあえず、干し肉の調達からだな」

 勝手知ったる町を練り歩き、味はともかく保存に優れ、腹もそこそこ膨れる干し肉や傷を治す為の回復薬であるポーションを買い揃えると、ようやく宿へ戻った。

 予備の剣まで買うか迷ったが、生憎そんなに懐の余裕が無いため、精々折れないことを祈るばかりになってしまった。

 一人での旅は特に身軽にすることも大事であり、重たい荷物を抱えて歩き疲れてしまっては、いざという時に対処できなくなることもあるので、このくらいでいいだろう。

 もう日も暮れてしまったので、あとは明日に備えて英気を養うために夕食を摂ったり、しばらく入れないであろう風呂にでも行っておくくらいだ。



 翌日、昨日あんなことを決意した所為か、懐かしい夢を見た。

 あれは、俺がまだ冒険者になる前の話だ。

 アリオトからそう遠くない村で生まれ育った俺は、父と母の三人で暮らしていた。

 裕福というほど恵まれた家庭ではなかったが、母は何だかんだ言っても息子の俺に甘い傾向があり、弱く泣き虫だった俺は、その優しさに甘えていた覚えがある。

 父は子供が大きくなっただけのような男で、子供心を忘れておらず、幼い頃はよく一緒に遊んでいた。

 自分も歳を取るほど、母は何故その父と結婚したのかと思うほど、尊敬できるところが皆無な男だったが、それはきっと俺が反抗期だからではないかと周りからは言われたこともある。

 父とはあまり上手くいっていなかったものの、同い年の幼馴染である男友達もいたことから、それなりに楽しい毎日を送っていた。

 しかし、それも長くは続かず、十歳になる頃には、その幼馴染の一家が遠くへ移住することになり、それから今現在まで全く会っていない。

 さらに、俺が十一歳の頃、突然母は病に倒れ、床に伏せった。

 良い人ほど早死にするという迷信染みた話も聞いたことはあったが、父も不甲斐ない所為で苦労していた母が病に侵されるなんて、神様って奴はなんて無慈悲なものだと思ったのを覚えている。

 ただ、不甲斐ないのは自分も同じで、母は死に逝く最後の日までお節介を焼きながら、弱虫な俺を心配していた。

「クロは優しい子だね。人の為に泣けるんだから。でも、いつまでも泣いて落ち込んでしまうのは、いけないよ」

「…そうだ、これをクロにあげよう。この指輪がきっとクロに勇気をくれる。この指輪と同じで、お母さんもいつでも一緒にいるからね」

 母も似たような想いがあったのだろうが、いつまでも…もっと、ずっと一緒にいたいという俺の気持ちも汲み取った上で、そう言葉を添えたのだろう。

「クロ。何度挫けてもいい。でも、前へ進む事を諦めないで」

 自分の死期を悟った母は、最後に普段身に付けていた指輪を俺に託し、勇気が出るおまじないを込めて形見として持たせた。

 今もその指輪は、軽くて比較的丈夫な糸を通し、ペンダントのように首から下げて大事にしている。

 そうして母が亡くなってから、父と二人での生活が始まったが、意気消沈して泣きじゃくっていた俺を見かねて、父は『強く生きろ』と教えてくれた。

 剣を習ったのは、その時が初めてだったが、父も特に秀でていたわけでもないので、それなりに覚えた程度だった。

 そして、母の後を追うように、翌年父も他界してしまい、俺は一人で生きていかなくてはならなくなった。

 いつまでも泣いていたところで何もならず、父の遺言や母の心配を払拭し安心させるため、一人でも強く生きようと決意し、冒険者となったのだった。

「そういえば、冒険者になってから、もう6年も経ったのか」

 旅立ちの前に、強くなると決意した初心を思い出して、身が引き締まる。

「俺…強く生きるよ、母さん」

 そう改めて呟くと、身支度を整えて長い間使っていた宿を後にした。



 あれから二日、用心して毎日早めに休息を取りながら向かっていたが、ようやくアマブク洞窟に辿り着いた。

 ここまでの道のりで遭遇したモンスターは、今までも退治したことのあるモンスターばかりで、それほど苦労しなかったが、ここからはそうもいかないだろう。

 しかし、不思議と気分は重くなく、高揚感と少しの緊張感で満たされていた。

「さあ、行くぞ!」

 洞窟といっても、人の踏み入れたことのある場所なので、それなりに歩きやすくはなっている。

 松明を焚く為のトーチが、洞窟内の道なりにいくつも点在していることがその一環である。

 真っ暗闇の中で襲撃されては、見慣れたモンスター相手でも対処が難しくなるため、これだけでも大きな意味があり、実に助かる。

 一方で、人の緊張を余所に、地表から土を介して地下へ滴り落ちる水滴の音が、ぴちょんぴちょんと鳴り響き、静かな洞窟の中でメロディを奏でていた。

 しかし、その演奏を台無しにするけたたましい声が聞こえると、すぐに背中に背負った荷物を置いて戦闘態勢に移る。

「ゴブリンか」

 奥から現れたのは、醜い顔をした二匹のゴブリンで、陽気な様子で何か話していたようだが、人の姿を見つけると、途端に殺気立って警戒した。

 警戒しているのはこちらも同じだが、仲間を呼ばれるとさらに不味い状況になるのは簡単に予想できるので、すぐさま駆けだして距離を詰める。

 いきなり飛び込んできた俺に驚いて逃げようとするも、その背中にグサリと剣を突き立て、沈黙させる。

「逃がすかっ!」

 残るもう一匹も急いで追いかけて、頭をかち割って仕留めたものの、増援が来ていないかと、より一層耳を澄まして足音や声を探る。

 今度は、水滴の音が俺の汗が滴り落ちた音なのかどうか分からなくなったが、他の音は感じない。

「とりあえずは、大丈夫そうか…」

 少し引き返して、荷物を拾い上げると、再び奥へ進み始める。

 ゴブリンは、こういった洞窟などに群れで巣作っていることが多い。

 さっきの二匹だけで終わってくれれば助かるが――やはり、そう簡単にはいかないようだ。

「けっこういるな」

 パッと見ただけでも、5匹はいる。

 広い空洞に出たかと思えば、これだ。

 奴らが攻撃に転じる前に、一番近い敵を斬りつけ、後退する。

 空洞の出入り口は、そう大きくないので、小柄なゴブリンといえど、一気に押し寄せるには狭いはずだ。

「ギァギギィ!」

 予想通り雪崩れ込んできたが、二匹並んで通るのがやっとの幅だった。

 相手の動きが読めれば、対処する難易度はかなり下がるものだ。

 地面と水平な一閃の斬撃を浴びせ、二匹同時に手痛いダメージを与える事に成功する。

 だが、後ろの二匹は、それでもお構いなしに前の二人を押し出し、襲い掛かろうとしている。

 その前に手前の二匹を処理しておこうと、もう一撃食らわせて、致命傷を負わすところまでは良かった。

 だが、そいつらを踏み台にして一匹が飛び掛かってきて、不意を突かれる。

「くそっ!」

 勢い良く倒されて、ゴツゴツした地面に背中をぶつけて痛みが走るが、それよりも目の前でニタァと悪い顔を浮かべるゴブリンの方が問題だ。

 奴が手を出すのとほぼ同時に剣を振るい、体勢を入れ替えることに成功すると、間髪入れずに追撃して命を奪う。

「ぐぁっ!」

 しかし、残りの一匹がその隙に乗じて、俺の身体を引っ掻いて傷を付けた。

「てめぇ…」

 その醜い顔が、人を嘲笑っているようにも見えて、余計頭に血が上ってくる。

 傷をつけてくれたお礼とばかりに、思い切り剣を振ってその身体を真っ二つに切り裂いても、その醜悪な顔に追い討ちし、引導を渡した。

「はぁ、はぁ……ゴブリン相手で、このザマか」

 不思議と痛みはそれほど感じなかったが、確実に出血しており、早く手当した方がいいのは明白だった。

 改めて周囲を警戒しつつ、ウエストに巻いたポーチからポーションを取り出して口に運ぶ。

 お世辞にもおいしいとは言えない薬独特の苦い味だが、慣れれば顔をしかめることも無くなってくる。

 原材料である薬草が色濃く残った深緑の液体というのが、また印象を悪くしているようにも思えてならない。

 ただ、それも高純度・高品質で醸造されたハイポーションでもないと改善されず、透き通った緑色をした美しさすら感じさせるものには、今の俺の稼ぎでは到底手が出せない。

 結局は、文句を言ったところで、回復魔法を使えるわけでもないので、傷の治療にはこの安いポーションが頼みの綱なのだ。

 ちなみに、このポーションは基本的に口から飲んで摂取することで効果を発揮するものだが、冒険者の間では、傷口に直接掛けることも併用すると効果が上がる、と真しやかに囁かれており、試した者は少なからずいるそうだが、真相は明らかではない。

 とはいえ、今は少しでも早く治ることを優先し、藁にもすがる思いで、3割ほど残した薬を傷口に浴びせかける。

「くぅ…やっぱ、沁みるなぁ」

 実は以前にも試したことがあったので、この刺激に見舞われることはわかっていた。

 これが傷口に効いて、より薬草の効能が出ていると実感できる気がする。

 まあ、あくまで気がするだけであり、おまじない程度のものに過ぎないが…。

 奥の空洞と下って来た道、そのどちらにも追手は現れず、一安心したところで、バックパックからポーションを補充し、すぐに取り出せるよう再びポーチに収めた。

 ついでに、ここで小休憩を取ることにして、水筒に入れておいた川の清らかな水を飲むと、口の中の苦みも少しは薄まった。

 一度は熱くなってしまった身体も、この冷たい水と湿った岩肌のおかげでクールダウンできただろう。

 どんな時でも、沈着冷静に対処するのが大切なのだ。

 本来、冒険者になりたてでも相手にするようなゴブリンに傷を負わされた原因も、不安や焦りが判断や反応を鈍らせたことにあるだろう。

「だいぶ治ってきたな」

 完治とまではいかないものの、じわじわと傷口が塞がっていく様子を目にして、安堵の息を漏らした。

 いつまでもゴブリンの異臭がする場所にも居たくないので、奴らが屯していた広い空洞に再び足を踏み入れる。

「分かれ道か」

 ここまでの道のりは入り組んでいたものの、おおよそ一本道だったので迷うほどでもなかったが、この先は3つの道に分かれていた。

 こういう場合、帰り道や一度進んだ道が分かるように、壁に印をつけて迷わないような工夫をするのが、冒険者の知恵として一般的である。

 大抵、それに加えて頭の中で地図を起こし、マッピングしていくのだが、戦闘が続くと忘れてしまうこともしばしばあるので、実際に地図を描きながら探索する者もいる。

 地図を作れれば、ダンジョンで鉱石なども含めた素材が採れる場合、そのマップ情報は有益なものとなり、なかなか良い値段で売れることもあるそうだ。

「ん?これは、行き止まりか」

 その印を探していると、右側の洞穴に向かって伸びる矢印があったが、その横にバツ印も描かれている。

 これは一度矢印の方へ進んだものの、行き止まりだったので引き返してきた後、再度印をつけ足したものだ。

 その壁を伝って、入口方向の道にも帰り道を示すものがあったので、同じ人が描いたのだろうと予想できる。

 次に真ん中の道にも進んだ痕跡を残す印が残っていたが、こちらはまだ奥が続いているようだ。

 もしくは、この先でやられてしまって、帰ってきていない可能性もあるが、それはもう本人にしか分からないことだ。

 左側の道にも印があるか探ってみたものの、そちらには特に印が無い。

 ということは、まだ調査されていない区域の可能性が高い。

「さて、どちらに進むか」

 より奥へ進めるであろう真ん中の道か、未調査の左側の道。

 どちらにしても危険はつきものだが、人が踏み入れていない場所なら、まだお宝が眠っているという可能性も無くはない。

「よし、左だな」

 せっかくなら、とロマンを求めて左の道を選んだ。

 そして、それはそう時間を置かずに後悔へと早変わりする。

「げぇっ、ゴブリンシャーマン!?」

 その道をしばらく進んで辿り着いた場所は、おそらくさっきのゴブリン共が根城にしていた巣穴だった。

 あまり大きくなさそうな空洞の奥に、こちらを見つけたゴブリンシャーマンがいて、目が合ってしまった。

「ギギィ!!」

 こちらを指差して何か言っているのと、その空洞の中から別の声も聞こえてきたので、まだ複数のゴブリンが残っているのをすぐに察する。

 そいつらが死角から飛び出てくる前に、敵意剥き出しで魔法の詠唱をし始めたゴブリンシャーマンに向かって、腰のポーチに備えてあった丸瓶を投げつける。

「グギィ!?」

 パリンと音を立てて固いガラス瓶が砕け散ると、それを当てられたゴブリンシャーマンは一瞬怯み、詠唱を中断してしまう。

 しかも、それはただ投石代わりに投げたわけではなく、その中に詰まっていた液体が、奴とその周りに広がった。

「イグニッション!」

 火属性の初歩的な魔法を唱え、ゴブリンシャーマンが身に付けている布切れから発火させた。

「ギギィ!ギギギィ!?」

 すると、すぐに火は燃え上がり、その液体――油に引火して、たちまち身体中だけでなく、周りにも燃え広がる。

「ギァギギィァ!!」

 炎に包まれる中、怒りの形相で再び詠唱をし始めるゴブリンシャーマン。

 しかも、その炎から逃げ出すように、巣の中にいた他のゴブリンも死角から現れ、こちらに向かってくる。

「もう一発、くらいやがれ!」

 もはや、このまま巣ごと燃やし尽くしてやろうと、追加でもう一つ丸瓶を投げ入れて、巣の中心で弾ける。

 その場を通ろうとしたゴブリンさえも巻き添えにして、燃料を得た炎は高く熱く燃え上がり、周囲を火の海に変えていく。

「ギギッ!ギァァァ!!」

 後退しながら身を伏せて、巣から逃げようとするゴブリンに剣を突き立てていると、ゴブリンシャーマンの魔法が発動した。

 しかし、それはファイアボールの魔法だったらしく、自分の前から放たれる前に、自身に引火して自滅していた。

 炎に焼かれるゴブリン共の酷い呻き声が響く中、その炎の勢いに比例して多くの煙も立ち昇っており、洞窟の出口へ向かって少しずつ移動している。

 この手の戦い方は、火属性の魔法が使える者なら、わりと一般的な方法だ。

 これの元になったものとして、昔は火炎瓶というものがあったらしいが、発火を魔法で代替わりできるので、まとまった量の油を投げやすく、携帯しやすいように手のひらサイズの丸瓶に詰める形に変わったそうだ。

 ただ、洞窟や地下で火属性の魔法を多用するのは、あまり良くないともいわれている。

 なぜなら、燃えることで発生する煙を吸ってしまうと人体にも悪い影響が出るからであり、それは身をもって知ることも多いだろう。

 さらに、煙が充満してしまうと息が出来なくなり、それが原因で死んでしまった例も報告されているからだ。

 今回の場合、この洞窟内を歩いてきて知った地形情報を基に、煙の逃げ道があると分かった上での判断だったので、こうして身を屈めていれば、大した問題ではない。

 まあ、長居は禁物なので、一度分かれ道の辺りまで引き返した方が良さそうではある。

 激しい呻き声も聞こえなくなり、巣の中からもう出てくる様子もなく、この惨状ではもう漁ることも難しいので、煙を吸わないように気をつけながら来た道を戻っていく。

「ふぅ…。こっちもハズレっと、一応書いておこう」

 分かれ道のある空洞に出ると、ゴブリンの巣があった道へ続く横の壁に、行き止まりの印をつけておいた。

 巣から出払っていただけで、まだ他の道に潜んでいるゴブリンもいることが予想できるので、予備の丸瓶をバックパックから取り出して、再びポーチに備えつける。

「全く、お宝どころじゃなかったな」

 悪態をついても仕方ないのだが、貧乏くじを引いてしまったのはやるせない。

 油の入った丸瓶だって、タダで手に入るようなものでもないのだから、ゴブリン共を倒すためとはいえ、無駄に消費してしまったのは負担になる。

 気を取り直して、今度は真ん中の道を進むことにした。

 さっきの印通りなら、この先に進んだ冒険者がキリの良い所で切り上げたか、あるいは奥で眠ったままになっている可能性がある。

 前者なら、目ぼしいお宝が残っていない危惧はあるものの、後者の方が圧倒的に恐ろしい。

 そう思うと、途端に緊張感がぶり返してきて、耳を澄まして自分の足音が反響するだけの音を鮮明に感じ取る。

 人一人が通れるほどの大きさの洞穴の道が続き、さらに奥へ奥へと進んでいくと、また少し広めの空洞に繋がっていた。

 さっきのこともあるので、慎重に中を覗き込むが、辺りを見回しても一向に何も見えず、音もしない。

 一応、警戒は続けながら、ゆっくりと足を踏み入れ、壁に括りつけてあったトーチに明かりを灯す――すると、途端に耳障りな音が反響して、小さな影が襲い掛かってくる。

「キキィキィキィキィ!!」

「うわっ!なんだ!?」

 驚いたのも束の間、一気に詰め寄ってきたその影は、肩や首筋にかけて牙を立て、俺の身体を傷つけて飛び去って行く。

「いってぇ…。こいつ、アストゥートか!」

 ギリギリ目の端で捉えたその姿は、アストゥート・バットと呼ばれるコウモリのモンスターの一種だった。

 そこまで強いモンスターではないが、その名の通り小賢しいコウモリで、知能の低いゴブリンとは違い、暗闇の中から攻撃し、闇に乗じて姿をくらます――いわゆるヒット&アウェイの戦法をとる。

 飛行型のモンスターは剣士からすればそれだけで厄介だが、さらにこの動きのおかげで余計対処が難しく、剣士にとっては苦戦しやすい相手だ。

「ショック!」

「キィッ!!」

 しかし、それはあくまで魔法を使わないことが前提の話。

 雷属性の初級魔法である『ショック』。

 この魔法が使えるだけで、意外にも簡単に対処することが可能になる。

 雷属性の魔法は発生や速度が早く拡散しやすいため、素早く飛び交うコウモリに対しても当てやすい。

 電気に痺れたコウモリは、身体の自由を一時的に奪われて、ぽとりと地面に落ちてしまう。

 ただ、それでも地面に着いてからすぐにまた飛ぼうとするので、その間に仕留める必要はある。

「まず一匹」

 ぐちゃりとコウモリの身体に剣を突き刺すと、すぐに引き抜いて次の獲物を狙う。

「ショック!シォョック!」

 数匹いたアストゥート・バットは、次々に音を立てて地面に落ちてきたので、後はそれを追いながら、確実に仕留めていくだけだった。

「今回は、相性が良かったな」

 先程のゴブリンに比べて、初撃は食らってしまったものの、それ以外はほとんどかすり傷程度で済んだので、上々の結果だ。

 本来、あの魔法は静電気程度の微弱な電気を発生させるもので、大抵の相手には一瞬怯ませるくらいしか効果が無い。

 それは、電気が地面に逃げてしまう所為で、一瞬しか痛みを感じないからということらしい。

 しかし、それは地上にいる相手に対しての話で、アストゥート・バットのような飛行型のモンスターの場合は、電気を逃がすところが無いため、身体中に帯電してしまうので、効果が大きくなるそうだ。

 このように、魔法による攻撃は相手によってより有効になる便利な一面があるのだが、残念ながら俺が今使えるのは、この二つだけだ。

 もっと多彩な魔法が使えれば魔法職に転向するのだが、これだけではいかんともしがたい。

 剣による斬撃を主な攻撃手段として用いて、魔法による補助的な攻撃をする今の戦い方がいいところだろう。

「思ってたより、何とかなるもんだな」

 思い切って冒険しにきたわりには、そこまで強いモンスターに遭遇しておらず、一人でも対処が間に合っている。

 またポーションを飲んで傷を癒しているものの、大きな深手も負っていない。

 快勝してしまうと、油断してしまいがちなのが人間の悪い所で、自分が強いものだと錯覚してしまうのだ。

 足取りも軽くなって、さらに奥へ向かうと、異質な光景を目にする。

「なんだここは…?」

 これまで下ってきたこの洞窟の道中は、人の手が少し加えられていたにしても、大自然によって作られた天然の様相だったのに、この先に広がっている石畳は、明らかに人工的な造りをしている。

「これは洞窟というより、遺跡のようだな」

 大昔の人間がこの洞窟を利用して、住処や隠れ家、あるいはそれ以外の目的で作ったとも予想できるが、そんな話は全く聞いたことが無い。

 しかし、キレイに磨かれて凹凸の無い真っ平らな白い石のタイルで敷き詰められた床は、自然にできたものとは到底思えないのだ。

「もし、遺跡ともなれば、これは期待できるぞ」

 依頼を受けた際に気になっていた未探索区域というのは、おそらくこの先の事だろう。

 確かに、これは一度本腰を入れて、入念な調査を依頼するのも無理はない。

 不安を押しのけ、期待が大きく膨れ上がる中、更なる奥地へと足を伸ばす。

「階段まであるのか」

 おそらく先程の床材に使われていた物と同じ材質で下へ続く階段が作られており、タンタンと足音を響かせながら下っていく。

 この辺りになると、壁にまで手が加えられており、ますます遺跡の雰囲気が出てきた。

 真っ直ぐ続く階段を下りきると、真っ白な空間に辿り着く。

 白い壁や床、天井に囲まれた部屋のような造りになっているその場所からは、また道が分かれているが、どの方向も同じような造りの部屋が続いているようだ。

「これは壁画か…?」

 抽象的で分かりづらいが、壁に描かれているのは人やモンスターを現しているようにも見える。

 ということは、いよいよ大昔に作られた遺跡という線が濃厚になってきた。

 別の部屋に進んでも、似て非なる様々な壁画が彫られており、意味はわからないが、歴史的あるいは文化的価値があるのだろう。

 これだけでも報告すれば、金になりそうな匂いはするが、まだ行き止まりにはなっておらず、この下層でもモンスターがいてもおかしくはない。

 先にそいつらを排除しなければ、結局のところ調査隊は動くに動けず、改めて護衛として冒険者を雇うことになるだろう。

「ん…?」

 ある一方向の先だけ、妙に涼しく感じた。

 気になって、そちらの方向に進んでみることにすると、白い遺跡から出てしまったようで、元の岩肌が剥き出しの洞窟らしい趣に変わっていった。

 空間自体はかなり広く、人が何人とかいう程度の幅ではないので、反対側の壁が随分遠くに見える。

 地表に近い上の方の通路は狭い道が続いていたのに対し、その下にあるこちらの方が広い道が広がっていることになるので、崩れやすそうな怖い構造をしていることになる。

 ぴちゃぴちゃ、あるいはバシャバシャと聞こえる音が奥から響いてきて、その先に何があるのかを目にした。

「こんなところに水場が…」

 地下を流れる水を汲んで利用するために井戸というものがあるが、これがその地下水脈というヤツだろうか。

 水の流れはそう速くなく、一見穏やかに見えるが――それだけではないようだ。

「あれは、リザードマンっ!?」

 こんなところで出くわすとは思ってもみなかったので、遠目で確認した際に驚いてしまった。

 リザードマンは、主に湿地帯で生息している亜人種で、その見た目からトカゲ人間とも揶揄されている。

 二足歩行で歩き、人間のように武器を持って戦い、知能もそこそこ高く、集団での連携も取れるというモンスターで、特に水場での戦闘には分がある。

 先程までの相手とは段違いに強いモンスターでありながら、今回は場所も悪い。

 おまけに、複数体のリザードマンまで確認できたので、もはや状況は最悪といってもいい。

「グガァァッ!」

「―っ、気づかれた!?」

 さすがに逃げた方がいいかと思って、踵を返そうとしたところに彼らの咆哮がこだました。

―――強くなりたいなら、逃げちゃダメだ。

 時には逃げることも大切だが、そればかりでは強くなれない。

 そう考えたからこそ、今ここにいるのではないか。

 そう思いなおして、強者を前に怖気ずく心に鞭を撃ち、身体を奮い立たせる。

「やってやる…やってやるぞ!」

 彼らが水から上がる前に、水辺まで急いで近づいて先制攻撃を仕掛ける。

「ショック!」

 自らの手から放たれた小さな電撃は、水を通してリザードマンの群れに一気に伝わり、一同を怯ませる。

「グギィ!」

 水は電気を良く通すため、水に触れた相手にも雷属性の魔法は広く有効になる。

 リザードマン相手でも、その有用性は実証できたようで、こちらに近づかれる前に少しでも弱らせたり、動きを鈍らせるために、そのまま何度も電撃を放つ。

「ショック!ショック!ショック!!」

「グギッ、ギィ…ギイィ!!」

 効果は有用ではあったが、所詮初級の魔法であり、それだけで倒してしまえるほどの威力は無く、じりじりと間合いを詰められ、さらに相手もこの距離で応戦しようとしてきた。

「ぐはっ!」

 突如、リザードマンが槍を投げて攻撃してきて、回避が間に合わずに左肩へ突き刺さった。

「いってぇ…。でも、それどころじゃねえ!」

 激しい鈍痛に襲われ、左の腕がろくに動かなくなり、負傷した肩から血が滲み出て服を真っ赤に染めていくが、まだ相手の行進は止まっておらず、手を休めている場合ではない。

「ショック!…ショック!!ショックぅ!!」

 しかし、その対応も虚しく、いよいよ陸へ上がり始めてこようとするリザードマンへ剣を振るう。

「このっ!」

 ズシャっと気持ちのいい切れ味をもたらした初撃は、先頭を行くリザードマンにかなりの深手を与えた。

「グアァッ!!」

「くぅっ!!」

 ところが、一撃で葬るには至らず、多少鈍っていても鋭い一突きが飛んできて、なんとか剣で受け流し難を逃れる。

「ショック!」

「グィイィッ!」

 至近距離でもう一度電撃を浴びせて怯ませると、その隙に再び切り込んで致命傷を与える事に成功する。

「よし、まず一匹――っ!」

 だが、すぐに二匹三匹と次々に上陸し、味方がやられてしまっている間に、俺への攻撃をしていたのだ。

 脇腹に食らったその一撃だけでも、身体が焼けるように熱くなって耐えがたいのに、更なる追撃を行うリザードマンの攻撃を慌てて剣で防ごうとした――が、無残にも槍と交えた剣は、それを受けきれずに折れてしまった。

 そのバリンという鈍い音は、剣だけでなく自分の心さえ折ってしまいそうなほど響いて、辺りに破片が飛び散った。

「ぐふっ!」

 折れてしまった剣では、もうろくに攻撃を防ぐこともできず、反撃に転じる隙も与えられないまま、リザードマンの槍で心臓を貫かれた。

 多少の知恵があっても、腕が足りなかった俺には、彼らの連携の前に歯が立たなかったというわけだ。

「く…そぉ……」

 膝をつき、その場に頭から倒れこんでしまった俺を見て、リザードマンは追撃の手を止めてしばらく様子を見ていた。

 しかし、起きる様子が無いことを悟ると、また水場へ帰っていく。

 だんだん意識が遠のいて目の前が暗くなっていく中、最後に見たのがその背中で、それは自分を置いて去ってしまった誰かの姿にも重なった気がした。

「がはっ…。もっと、俺が…強ければ……」

 その先の言葉が発せられることは無く、悔しさを胸に抱いて俺の意識はここで途絶えた。

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