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ブラック・ディヴィジョン  作者: 天一神 桜霞
第二章 焦土の魔女
19/31

⑦ 魔女の行方 ★

 翌朝。改めて一糸纏わぬ姿のメアリーを眺めて、彼女もサリーに負けず劣らずかわいい女の子だと再認識する。

 しかし、当の彼女と顔を合わせた途端、赤面した魔女の手によってベッドから追い出される羽目になってしまった。

 これでは余韻も何もあったものではない。もしかして、昨夜の出来事は全て夢だったのではないかと疑ってしまうほどだ。

 不思議とそう考えた方が妥当に思える情景が多々思い起こされ、ますます信憑性が薄くなる。

 ただ、夢か真かの真偽はともかく、こっちを見るなと言われて枕を投げつけられたのは確かなことだ。

 これ以上機嫌を損ねても良いことはないと判断し、仕方なく着替えを進めることにした。

 朝っぱらから迷惑になりそうなほどドタバタ騒いで慌ただしい中、サリーたちが部屋を訪ねて来たことでようやく少しは落ち着きを取り戻す。

 着替えがまだだったメアリーを残し、部屋の外で終わるのを待ってから揃って宿を後にする。

 そして、合流した一行は朝食を摂る為に近くの店を訪れていた。

「それで、昨日は上手くいったの?」

 パンを片手に持って食べながら、聞きづらいことをストレートに言ってしまうサリーの天然っぷりは恐ろしい。

 それを受けたメアリーも思わず呆れた目で返していた。

「…まあね。無事にチカラを得ることはできたわ」

「そっかぁ。良かったね、メアリーちゃん」

「そうね…。思ってたより悪い気もしなかったし」

 当の男を前にして女の子二人にそんな話をされると、むず痒くて仕方ない。

 ただ、出しゃばってくる悪魔のおかげでそれも薄らいだ。

〈ほぉん、意外と好感触じゃん。どんな魔法を使ったんだ? クロぉ〉

 頭に直接語り掛けて来るこの感覚は慣れないものだったが、こっそりと話すにはちょうどいい。

〈どうここうも、できるだけ優しくしただけだって。上手くいけばそのまま関係を続けられるかもしれないと思ってな〉

 試しにプルへ語り掛けるように念じてみれば、ちゃんと通じたらしくいやらしい笑みを浮かべた。

〈へへっ、さっすが兄弟。お主も悪よのう…〉

 悪魔に魅入られるだけの素質があったのか、あるいは悪魔と共に過ごすようになってより考えがそちらに寄ってきたのかは分からない。

 けれども、男なんてものは大概似たようなこと考えているのだろう。

 そう自分の中で言い訳して、内心悪魔と二人でニヤけていた。

「でも、それなら…メアリーちゃんとは、今日でお別れだね」

「あぁ、そうだよな…。もう俺たちといる意味も無くなっただろうし、そうなるよな…」

 悪巧みをしている俺やプルはともかく、サリーも寂しそうに目を伏せていた。

 短い間ではあったが、一緒に冒険する同性の女の子がいたことは彼女にとっても大きな存在だったのだろう。

「何言ってるの? 私はそんなつもりないわよ」

 しかし、何食わぬ顔をした当の本人によって、その予想はあっけなく覆された。

「え? ホント!?」

「えぇ。私の初めてを奪った責任、ちゃんと取ってもらわないといけないから」

 不敵な笑みを浮かべて平然と言ってのけた彼女は、その目で俺をしっかりと捉えて逸らそうともしない。

「…自分から言い出した癖に」

「何か言った?」

「いや、歓迎するって言ったんだ」

「うんうん。私も大賛成だよ。改めてよろしくね、メアリーちゃん」

 サリーからも喜んで迎え入れられたことで、彼女はさらに柔らかい表情を見せた。

 もちろん、俺としても歓迎してるのは本当だ。

 下心は置いといても、きっと用が済めばどこかへ去って行くのだろうと思っていたので嬉しい誤算である。

 もしかしたら、彼女の境遇のみならず一晩抱いたことで余計情が湧いてしまっただけに、ここで縁が切れるのを惜しいと感じていたのかもしれない。

「まぁ、お前にとってもその方が良いだろうからな」

「どういうこと?」

 意味深な発言をした悪魔に耳を貸してしまったメアリーは、意味を理解できなかったらしく首を傾げた。

「俺様に縋るほどチカラを求めたなら、どこまでも際限なく貪欲にチカラを欲してるんだろ?」

「えぇ、その通りよ」

「だったら尚更だ。こいつと通じて俺様のチカラを得たとはいえ、それはまだほんの一部に過ぎないからな」

「これだけじゃないってこと…? 今でも、昨日までの比じゃないくらいチカラが漲ってるっていうのに」

「チッチッチ、甘い甘い。こいつとの繋がりが深くなってより強く結ばれれば、それだけ俺様のチカラも流れ込むってわけだ」

「…それじゃあ、また昨日みたいなことをしろってこと?」

「まぁ、手っ取り早く済ませたいならな」

「……そう。でも、そういうことなら余計離れるわけにはいかなくなったわね」

 視線を逸らした彼女の頬は、ほんのり赤みが増していた。

〈今の話、本当なのか?〉

〈ん? 方便だとでも思ったのか? でも、これは紛れもない事実だぜ〉

 悪魔が嘘を吐くのは日常茶飯事だったが、今回ばかりはそうではないらしい。

「それはそうと、私…もっと強い武器が欲しいのよね」

「どうしたんだ、急に?」

 思い出したかのように口を切ったメアリーの視線は鋭く、催促の波が押し寄せているのをひしひしと感じる。

「いやね、私自身が強くなったのはなんとなく分かるけど、そもそも強さを求めるならそれ相応の武器を用意するのは当たり前じゃない?」

 強くなる為には鍛錬や経験を積むことはもちろん、武器に限らず防具や装飾品も質の良い物を揃えることが冒険者の常識である。

 中身が木偶の坊でも、強固な鎧を身にまとい切れ味の良い武器を振り回していればそれなりに成果は上がるもの。

 なので、彼女の言い分は分からないでもない。

「ふーん…、その杖だと不満が残るっていうのか」

「そうね、これはそこまで高いものでも無いから。それに比べて…サリーは立派な杖を持っているし、あなたに至っては珍しい武器を持ってるじゃない?」

「…おい、あんまりそのことを言いふらさないでくれよ」

「それはあなた次第ね。あなたは思いがけず幸運なことに恵まれたんだから、私にもそれがあっても良いと思うの。そうは思わない?」

「…思いがけず幸運なこと、ねぇ」

「何? 女の子の大切な初めてを奪っておいて、何か文句あるの?」

「い、いえ、何も!」

 どんどん鋭くなってくる視線と凄みに押されて、口答えすら許されなくなってしまった。

 昨夜は自分を卑下していた覚えがあるが、今となっては都合の良いように解釈しているらしい。

「まあ、良いじゃねえの。こいつも仲間になったんなら、戦力は多いに越したことないぜ」

「あら、珍しく意見が合ったわね」

 悪魔と魔女が結託してしまえば、ろくなことにならない未来が見て取れる。

「…それで、この町で一番高い杖でも買えばいいのか?」

「うーん…それでも悪くはないけど、この町に置いてある物はそんなに大した物が無かったのよね」

「じゃあ、他に当てがあるのか?」

「えぇ、まあね。『魔導の森』って聞いたことない?」

「いや、全然。サリーはどうだ?」

「ううん、私も知らない」

「珍しいわね。この国では割と有名な話なんだけど…」

「俺たちは最近バラマンディ王国から来たばかりからな。こっちの土地勘もほとんど無いんだ」

「私もそういうの疎くて…」

「そう、なら仕方ないわね。簡単に説明してあげるわ」

 暫しメアリーの話に耳を傾け、それらを整理してみる。

 ルフェブシィルガムの森、通称魔道の森。

 そこは偉大な魔法使いであるメルリヌスが遥か昔に住んでいたと伝えられている森で、彼が使っていた杖や魔法に関する書物がいくつも残っていると噂されている。

 その噂を聞きつけた冒険者たちが過去に何組も訪れているが、戦利品を持ち帰ってきたという報告は極少数。

 ほとんどはろくに調べることも叶わず、空振りに終わってトボトボと帰ってくるという話だ。

「メルリヌスは偉大な魔法使いであると同時に悪戯好きだったとも言い伝えられているから、一筋縄ではいかないと思うけど――」

「その分、まだ他の冒険者に見つかってないお宝もありそうってわけか。へへっ、おもしれぇ」

「…俺たちも手ぶらで帰る羽目にならなければいいけどな」

「あら、自信が無いのかしら?」

「俺はついこの間までろくに魔法が使えなかったんだ。魔法についての知識はかなり乏しいんだよ」

「そうなの? 昨日の手際を見た限りでは、そうは思えなかったけど」

「そりゃあ、俺様がコーチしてやってるからな。ビシバシ鍛え上げてるわけよ」

「へぇ…、どこまでホントなんだか」

「それより、その魔導の森ってここから近いの?」

「そうねぇ…。ここから真っ直ぐ向かうにしても、数日は掛かるわね」

「どっかの町から近いとか馬車で近くまで行けるとか、楽な道のりは無いのか?」

「あの森は結構辺鄙なところにあるから。どうしたってすぐに行ける場所じゃないのよ」

「あー、そんなところに行かなきゃならんのか…。しかも、無駄足覚悟で」

「でも、杖以外にも貴重な物があったりするかもしれないよ。それこそ腕輪とか指輪とか」

「それは、確かにな…」

 武器や防具に関しては、大抵どの町に行っても売っている店がある。質はピンからキリまであるのでその店次第だが、調達するにはそう不便しない。

 しかし、装飾品に関しては全く別だ。

 見た目を彩る為の装飾品なら彫金師や細工師の手によって作られているが、そこからさらに有用な効果を持った物となるとほとんど出回っていない。

 それこそ、昨日のハドウの腕輪も人によっては有用な物なので、それなりに値が張ったわけだ。

 ああいった類の装飾品は現代において作れる者がほとんどいないとされており、メルリヌスのような過去の人物が作った物を奪い合っていることになる。

 なので、彼が残した貴重な品があれば、それは大いに価値があるのだ。

「少しは納得した?」

「あぁ、一応はな」

「…まだ何かあるの?」

「いや…、昨夜のメアリーは可愛かったなぁと思って…」

 以前、プルから「ギャップが良いんだよ、ギャップが」と散々言われた覚えもあるが、昨夜のしおらしい面影が一切ない彼女を見ていると焦がれてしまうのも仕方がないだろう。

 しかし、思わず出てしまった本音が静まりかけた怒りを呼び戻し、物凄い反感を買ってしまう。

「へぇ…。私は別にいいのよ。一応悪魔のチカラは貰えたみたいだし、昨夜の記憶ごとあなたの頭を吹き飛ばしても」

 殺意の高い目で睨まれ眼前に杖を突き付けられてしまえば、本気でやりかねないと悟る他ない。

「…わかったよ。ついでに、服も新調したらどうだ? 金なら俺が出すからさ」

「あら、良いわね。そういう殊勝な態度を心掛けるなら、また昨夜みたいなことをしてあげてもいいかなって思わなくもないわ」

「ホ、ホントか!?」

「もう、食いつきすぎ…」

 嫌よ嫌よも好きのうちとはよく言ったものだが、ツンツンした態度を見せていたのに手の平を返すような朗報を告げられては思わず飛びつきたくもなる。

 おかげで、杖の先でグイグイと頬を突かれ、白い目で見られてしまう。

「…そんなにしたいなら、また気が向いた時にでもしてあげるわよ」

 そんな仕打ちを受けても、頬を赤らめてそっぽを向いてしまった彼女を見ていると、ちょっとしたワガママくらい受け止めてやろうと思えたのだった。




 クロム一行が去った後、同じ店内でテーブルを囲んでいた男たちは静かに口を開いた。

「おい、今の聞いたか?」

「ああ、バッチリだ。これはお宝の匂いがしてきたぜ、へっへっへ…」

「それに加えて上玉が二人も…イヒヒっ!」

「そうと決まれば、早速リーダーに報告だ!」

 立ち上がった男たちは誰も彼も笑みを浮かべていた。




 結局、特に当てのない旅だったこともあり、新たに仲間になったメアリーの要望を聞き入れて魔導の森へ行くことになった。

 ついでに、その道中でこなせる依頼も探すことになり、手分けしてそれぞれのギルドで目ぼしい物を漁った。

 そして、本当にメアリーの魔女服を新調することになってしまい、想定外の出費を支払う羽目になった。

 ただ、同じ黒い服でも以前より胸元が開いており、悪いことばかりではない。

 とはいえ、俺を見る彼女の目は一層厳しくなったようにも感じるが、自分でその服を選んだのだから何も言われる筋合いはないと自負している。

 支度も一通り終わったところで、彼女の案内を頼りに魔導の森へ向かって出立した。

 マルーンの町を離れ地下にいるあの男と顔を合わせずに済むと思うと、実に清々しい気持ちになれる旅立ちだった。

 しかも、旅に同行する女の子が一人増えてより華やかになったのだから尚更である。

 人手や女っ気もあれば自身の強さも段違いなので、以前一人で活動していた時とは大違いだ。

 道中、モンスターに遭遇しても、悪魔のチカラを得て強化されたメアリーも加わったことで容易に返り討ちにできてしまう。

 同じ魔法を使っても以前より明らかに威力が上がっていたので、彼女自身も驚いていたほどだ。

 とはいえ、俺たちは人間である以上、ずっと歩き続けて目的地へ進めるわけじゃない。

 戦士にも休息は必要というわけだ。

 ただ、寝ている間はどうしても無防備になってしまう。なので、いつもと変わらず野営の際には見張りを立てることにしていた。

 話し合いの結果、先に俺一人で見張りをして、途中で二人を起こして交代するという方針に決まった。

 メアリーは俺一人に押し付けたいような意見をぶつけていたが、さすがにそれがまかり通ってしまっては困る。

 昼間歩き通しなので、それでは俺が遠くないうちに倒れてしまうのが目に見えているからだ。

 そういうわけで、以上のように決まった。ちなみに、女性陣が二人なのもメアリーの意見である。

 「真っ暗な夜中、女の子一人で見張りをさせるわけ?」と訝し気な目で訴えてきた彼女の顔が今でも簡単に思い浮かぶ。

 昼間、三人で歩いている時は暇を持て余すことも少ないが、彼女たちが寝静まってしまう見張りの最中はそうもいかない。

 プルが寝ずに話し相手として付き合ってくれればいいのだが、大抵奴は一番に寝入ってしまうので全く役に立たない。

 そうなってくると、眠気に襲われる身体を動かして鍛錬を重ねるのがいつものことだ。

 見渡す限り俺たち以外の人間が見当たらない闇夜であれば、思い切り鎌を振っていても誰かに咎められることはない。

 メアリーと同じく貪欲に強さを求めるのであれば、与えられたチカラに驕れるだけでなく技を磨き己を鍛えることも大切だ。

 もちろん、それは鎌の扱いだけに留まらない。

 主な戦闘手段は鎌としているが、これまでの戦闘を考えても魔法も使えた方が何かと便利で応用が利くのは明らかだ。

 幸い、そちらの素質も引き上げられているので、初級魔法しか使えなかった頃と違っていくらでも練習する魔法ものもあれば必要もある。

 しかし、それとは別に、時には人間の本能が飢餓状態を訴えることがある。

 旅に出ると特に顕著になるが、四六時中彼女たちと一緒にいるので本能がメスを求めるのだ。

 とはいえ、昼間っから事を起こすこともできず、ましてや襲うわけにもいかない。

 そんな時、彼女の言葉が頭の中で思い起こされると、ついつい甘えたくなってしまうのだ。

「サリー、ちょっといいか?」

 静かに寝入った彼女の耳元で囁くと、彼女はもそもそと動き出して返事をする。

「う…、うぅん…。もう交代?」

「いや、まだだけど…ちょっと頼みがあって……」

「うん…?」

 寝起きでまだボーっとしている彼女の身体を起こすと、優しく抱き寄せてそのまま無防備な唇を奪う。

「ん、ちゅっ…ちゅ、ちゅぅ……。んふ…、んぅ……」

 すると、寝惚けたまま応じた彼女も意味を悟ったように物欲しそうな目で目配せを送ってきた。

「…溜まっちゃったんだ?」

「あぁ、また頼んでも良いか?」

「うん。…寝てる二人には内緒で、しちゃおっか」

「…悪いな」

「ううん、私が言い出したことだもん。それに、頼ってもらえるのも嬉しいし…、気にしないで」

 嬉しいことを言ってくれる彼女の膨らみに手を伸ばすと、期待通りの感触と反応がやってくる。

「あっ…、んふ……。クロムくんにも、してあげるね…」

「うっ、サリぃ…」

 ただされるがままで終わらなかった彼女は積極的に触れてきて、熱く滾った身体を撫で回してくる。

 しなやかな手指でされるのも気持ち良かったが、それに負けじと彼女を強く求めた。

「んぁ…、クロムくん…気持ち良いよ……。もっと、触って…」

「あぁ、もう遠慮はしないぞ…」

「そんなの、しなくていいよ…。ほら…、クロムくんも…もっと気持ち良くなって……」

 真夜中の密会は誰にも邪魔されることなく、二人の仲を深めていった。

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