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ブラック・ディヴィジョン  作者: 天一神 桜霞
第二章 焦土の魔女
18/31

⑥ 約束の夜 ★

 シュメーラムとの一件後、サリーに腕輪を持たせてギルドへの報告を一任し、残りの俺たちは戦利品を売り払いに出かけた。

 サリーがギルドへ報告した際、カッシタイトとシュメーラムを壊滅させたことも話したことで、それを確認するまでに少し時間は掛かったようだが、その甲斐もあって特別報酬がギルド側から追加で支払われ、金貨がもう一枚貰えるという嬉しい事態に転んだ。

 さらに、プルの助言でシュメーラムのアジトで見つけた見覚えのある白い粉を運び、アングラで似たような物を売っていたオスニエルの下まで持って行くと、それもなかなか良い値段で買い取ってくれたこともあって、金銭にだいぶ余裕が出来てきた。

 依頼に関しては結果として上手くいったものの、夜になってやや忘れかけていたもう一つの案件にぶつかる。

 全員無事でもぎ取った勝利を祝うように、メアリーも入れて少し豪勢に夕食を食べたところまでは良かった。

 しかし、風呂屋へ寄ってから宿へ向かう最中に、その重大な案件を思い出すことになる。

「へへっ。さあ、お愉しみはこれからだぜ。早くこの生意気な女のメス顔が見たいもんだ」

「……サイテーね」

「さすがにそこは遠慮しろよ」

「そうだよ、プルちゃん。今日は私が一緒に寝てあげるから、それで我慢してね」

「えー、お前と一緒かよ…」

「珍しく不満そうだな? いつもなら、女の子と一緒だとはしゃぎそうなもんなのに」

「俺様にも好みってもんがあんだよ」

「サリーじゃ不満ってわけか。随分贅沢な好みだな…」

「何言ってんだ。だって、こいつは――」

「なぁに、プルちゃん? 私と一緒に寝るのがそんなに不満なの?」

「い、いえ! そんなことないです! 恐縮ですっ!」

 悪魔が何か言いかけたと思ったら、珍しくサリーがそいつを掴んでにじり寄っていた。

 いつもと同じ笑顔ではあるが、どうも雰囲気に違和感が残る。あの悪魔の引きつった顔を見ると、尚更そう感じた。

「俺もサリーに頼むつもりではいたが、ホントに大丈夫か? ちょっとやそっとの悪戯は平気でされそうだけど…」

「大丈夫だよ。いくらプルちゃんでも、女の子が本気で嫌がるようなことをやったりしないもんねー?」

「い、いてっ…、し、しません! するわけないじゃないっすか」

「私は思いっきりされた覚えがあるけど?」

「や、やだなぁ。あんなのは軽い冗談じゃないっすか。勘弁してくださいよ…」

 もしかしたら、プルの奴はサリーに何か弱みでも握られている所為で、頭が上がらないのかもしれない。

「まぁ、それなら大丈夫そうだな」

「うん、お守は任せて」

「もし何かあったら、私がお仕置きしてあげるわよ。キツーい、お仕置きをね」

「ふふっ、メアリーちゃんもありがとね」

「いいわよ、別に。私はこの悪魔が気に入らないだけだから」

「おー、そういうこと言うか。だったら、俺様もお前にチカラを貸してやらないぞ」

「さっきの話を聞いた限り、もうあなたの意思は関係なさそうだったけど?」

「ぐぬぬ…、悔しいがその通りだ…。おい、クロ!」

「…なんだよ?」

「せいぜい、あの女をヒイヒイ言わせてやれ! 俺様の耳に届くくらいな!」

「変なこと言わないの」

「はひっ! す、すみませんでした!」

 本当に、あの二人の様子はどこかおかしいと感じながらも、この後起こり得る出来事で頭がいっぱいになっていて、そこまで考える余裕は無かった。


「じゃあ、また明日ね。おやすみ」

「あぁ、おやすみ。プルを頼んだ」

「うん、任されました」

 まぐれではなく、一度ならず二度までも同じベッドで過ごした仲だというのに、案外あっさりしている彼女の対応が気になった。

 しかし、深く気にする間もなく、もう一人の少女と向き合わなければいけなかった。

「……あいつがいないと、静かね」

「……そうだな。おかげで、毎日賑やかではあるが」

 別の部屋を取ったサリーたちと別れ、今はメアリーと二人っきりでベッドを前に立ち往生している。

「……まあ、とりあえず荷物を降ろして寝支度をするか」

「……そうね。私もそうするわ」

 彼女に背を向けて装備を外している最中、衣擦れの音が気になりながらも、振り返らないように留意して気を静める。

 一口に女と言っても、その価値観は人それぞれだ。

 下着一枚見られただけで憤慨するような生娘もいれば、自ら見せることで客寄せして仕事へ繋げようとする娼婦もいる。

 それと同じように、好きでもない男に抱かれるのは死んでも嫌だと思う女もいれば、仕事だと諦めて抱かれる娼婦もいるし、さらには一夜限りの関係だと割り切って遊んでいる女もいるらしい。

 彼女にとって、これから待ち受けている出来事がどれだけの苦痛をもたらすかは本人にしか分からないが、その覚悟は知り得たつもりだ。

 だから、俺としては幸運な出来事であっても、彼女の覚悟を無駄にせず、その覚悟に見合う扱いをしてやらねば彼女もただ嫌な思いをするだけで終わってしまう。

 一夜限りで終わってしまうであろう限定的な関係とはいえ、彼女にこれ以上の苦痛を味わわせたくは無かった。

「…昼間とは、また印象が違うな」

「そう?」

「あぁ、なんていうか…普通の女の子だな」

「それは悪口と受け取っていいのかしら?」

「違うって。純粋にそう思ったんだ」

 モンスターや神への恨みを抱え復讐に身を焦がす魔女も、帽子や服を脱いでしまえば年相応の普通の女の子だと思い知らされただけだ。

 痛々しい傷を隠している眼帯はともかく、キレイな髪や華奢な手足、そして女らしいボディラインは目の前の男を釘付けにするのに十分過ぎるほどである。

「…あんまりじろじろ見ないで」

「悪い、つい…」

「……変わった人ね。私の身体なんて見ても、面白くないでしょう? いつもあんなかわいい子と一緒にいるんだから」

「それは違う。確かに、サリーは人並外れたかわいさがあるけど、メアリーにはメアリーの良さがあるだろ」

「お世辞だとしても下手ね。あの子を褒めてるようにしか聞こえないし、ありきたりな答えだわ」

「本心から言ったつもりなんだけどな…」

「そう。だったら、ただの女好きなのかしら」

 あくまでも素直に言葉を受け取ろうとしない彼女から悲壮感が漂っていて、脆く儚い印象を受ける。

「……。俺が言えた義理じゃないが、そんなに卑下しなくても良いんじゃないか?」

「…分かるのよ。同じ女として、どちらが優れているのか、ってね。…それに、私はもうほとんど女であることを捨ててしまったから、尚更よ」

 お互い薄着になり肌の露出が多くなった姿で、ベッドの端に並んで座った。

 正面にいると、どうしても見られている意識が強くて嫌だったみたいだが、それでも彼女の方から隣に来たのは意外だった。

 しかし、その隣との距離はサリーに比べると明らかに空いている。

 サリーの場合は肩が触れ合うほど近くまで来ていることも増えたが、彼女の場合はベッドを掴んだお互いの手が触れ合わない程度まで離れているのだ。

「…そういえば、なんで今日助けてくれたの? それも、一度だけじゃなくて、二度も。…私はあのサリーって子と違って、あなたの仲間でも何でもない。今日知り合ったばかりで足手まといの私を助ける必要も無かったでしょ?」

「そんな風に思ってたのか…。でも、それは大きな思い過ごしだよ」

「じゃあ、どうして?」

「あの時、既にこうして一緒に寝るような話をしてただろ? だから、今夜抱けるかもしれないかわいい女をみすみす殺されたりしたら堪ったもんじゃないって思ったのさ」

「ふっ、ふふっ…。あの悪魔と変わらないわね、エッチ…」

 正直に答えた結果が下心丸出しの答えだったものの、笑って許してくれたのなら良かった。

「悪かったな。…まぁ、そうじゃなくても、連れを殺されるなんて見過ごせないだろ、普通」

「今それを言っても、建前にしか聞こえないけどね。…でも、それで自分が危険に晒されたら元も子もないじゃない」

「それはそうだ。とはいえ、人間理性的に動くことが全てじゃない。時には、感情に任せて身体が勝手に動いてしまうものさ」

「…分からなくはないけど」

「ほら、こうやってな…」

「…っ」

 不意を突いて肩を抱き寄せると、風呂上がりの良い匂いがふわりと香る。

 きっと、さっき風呂屋に寄った際、念入りに身体を洗ったのだろうと思うと、彼女も女の子なのだと改めて感じさせられる。

「覚悟はできてるんだろ?」

「……えぇ」

 目と鼻の先まで近づいた顔が真っ赤に染まり、身体を小刻みに震わしていることも見抜いてしまえば、余計愛おしく思えて彼女を抱き寄せる手に力が入る。

「大丈夫、できるだけ優しくするから」

「ん…、クロ…。信じていいのね…?」

「もちろんだ」

 空いていた手で彼女の顎を少し上げると、この後起こるであろう出来事を察した彼女は、静かに目を閉じた。

 そんな彼女の唇にそっとキスをして、抵抗する様子が無いと分かると、さらに何度も続けていく。

「んぅ…、ちゅ、ちゅぅ……」

 次第に身体の力が抜けていき震えも収まったことを確認すると、そのまま優しくベッドへ押し倒す。

 薄く目を開いた彼女の瞳は弱々しく揺れ動き、目の前の男を映し出していた。

「私…、初めてだから……」

「あぁ。メアリーの大事な初めて、俺がしっかり貰うよ」

 少しだけ笑みを見せた彼女に再び唇を合わせると、男を惑わす膨らみへゆっくりと手を伸ばした。



 不思議なものだ。

 俺は暗がりに映る天井を眺めて、ふとそう思った。

 初めてサリーと出会った時もそうだったが、こんなかわいい女の子と一夜を過ごせたなんて今でも信じられない節がある。

 落ちぶれていた昔の自分が、そんな夢物語を現実だと思わせてくれないのだ。

 しかし、現に今も今日出会ったばかりのメアリーがすぐ傍に寄り添っている。

 床に就く前の距離が嘘のように、肌と肌が触れ合うような距離まで近づいたまま。

「身体の方はどうだ?」

「…まだズキズキするわ。一回で良かったはずなのに、何度も求めてきた誰かさんのおかげで」

 嫌味をズケズケと言ってのけた彼女の方を向くと、その刺々しい言葉とは裏腹に柔らかい表情をしていた。

「そうかよ。…痛い思いをさせて悪かったな」

「……良いのよ。私が望んだことだし、思ってたよりは痛くなかったから」

「そうか。なら、良かった…のかな。…他にはどうだ? 何か感じるか?」

「えぇ。たっぷり出されたあなたの体液が、今も身体のナカに残ってるのがなんとなくわかる」

「いや…、そういうことを聞いたんじゃなくてだな…」

「ふっ、ふふっ…。分かってるわよ。…でも、そうね。それと一緒に流れ込んできた何かによって私の魔力が増幅して、チカラが漲ってるのは感じるわ」

「それなら、上手くいったみたいだな。無駄骨にならなくて良かったじゃないか」

「そうね…。おかげで、久しぶりに人肌へ触れて、温もりを感じることもできたし」

「…ずっと一人でいたから、寂しかったんだな」

「…自覚は無かったけどね。復讐や怒りで頭がいっぱいだったから」

「俺は…その寂しさを少しは埋められたのかな?」

「…ううん。全然少しどころじゃなかったわ」

 珍しく優しい表情を浮かべた彼女から、そっと手を握られる。

「あなたのおかげね。……ちゅっ」

 頬に感じた感触が信じられなくて、思わず目を見張った。

「……。どうしたんだ、突然。魔女の口づけは何か魔法的な意味でもあるのか?」

「バカね。呪いじゃなくて、感謝の気持ちよ。…私を気遣って、優しくしてくれたお礼」

「…そういうことなら、貰っておこう。どうせなら、もう一回くらい改めてしてくれても良いんだが…?」

「もう、調子に乗らないの。そろそろ寝ましょう」

「ちょっと惜しいが、そうするか。俺も今日は色々あったから、さすがに疲れた…」

「おやすみなさい」

 最後まで悪態を吐いていた彼女はそれでも離れることなく、同じベッドで一夜を明かした。

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