⑤ ハドウの腕輪を巡って
カッシタイトのアジトを物色し、時間と労力を費やした割には大した物が見つからなかった。
それでも、このハドウの腕輪が金貨になると思うと、そう悲観することもない。
用の済んだ死臭が漂うスラム街を抜け、また明るい町並みが見える通りまで戻ってくると、その空気感の違いに改めて気づかされる。
「じゃあ、俺たちで届けて来るから、二人は他の戦利品を売ってきてくれ」
「はーい」
「ちょっと、どこ行くのよ? ギルドはそっちじゃないわよ」
男女で二組に分け、手分けして効率的に事を運ぼうとしたのだが、分かれ道でメアリーに呼び止められた。
「分かってるよ。でも、こっちで合ってるから」
「はあ? 金貨を目の前にして、他に行くとこなんてある? 売りに行くなら尚更だし、…怪しいわね」
「まさか、持ち逃げするか疑ってるのか? こいつだけならともかく、そんなことしないって」
「おい、クロ。それは俺様のこと言ってんのか? 冗談じゃないぜ。俺様のどこに、その腕輪が嵌るってんだよ」
「だったら、どこへ行くつもりなのか教えなさいよ。やましいことが無いなら、言えるでしょ?」
スラム街と違い人通りのある場所で言い争っていると、多少なりとも人目を引いてしまう。
痴話喧嘩やパーティ内でのいざこざくらいに思われるならまだマシだが、悪目立ちして変な疑いを持たれるのはよろしくない。
「はぁ、仕方ないな…。ちょっと耳貸して」
「な、なに? やっぱり、やましいことあるんじゃない」
ジト目で睨む彼女の耳元まで近づいて、ひっそりと囁く。
「アングラって知ってるか?」
「なにそれ…?」
「この町の地下にある暗部だ。そこには、怪しげな物を売ってる店とかと一緒に、もう一つのギルドがあるんだよ」
「へぇ、そうなんだ…。知らなかったわ」
「分かったら、メアリーはサリーと一緒に行ってくれ。そっちは、俺たちで済ますから」
「…嫌よ。ちょっと興味あるし、私もあなたと行くわ。それに言ったでしょ? 悪魔をみすみす逃がすわけにはいかないって」
「物好きというか、強情な奴だな。あとで、後悔しても――」
「またそれ? そんな脅しは私には通じないってこと、さっきので分からなかった?」
「…そうだったな。サリー、悪いけど一人で行ってくれるか?」
「うん、大丈夫だよ。荷物もそんなに多くないからね」
「じゃあ、そっちは任せた。用が済んだら、この辺でまた合流しよう」
「はーい。皆も気を付けてね」
一人背を向けて歩き出した得意げなサリーを送り出し、アングラの入口の目印である青い屋根の塔を目指した。
純白の少女が欠けたことで、黒い二人組になってしまった俺たちは、傍から見れば少し怪しげな存在に見えるのかもしれない。
とはいえ、これからまたアングラに行こうというのだから、それもまた当然ともいえる。
そんなことを考えていると、隣を歩くメアリーが小さく愚痴をこぼした。
「…あの子には悪いけど、私ちょっと苦手かも」
「サリーのことか?」
「えぇ…」
「まぁ、当然と言えば当然だぁな。闇属性側の魔法を主に使う黒魔術師と光属性側の魔法を主に使う白魔術師は、相反する存在なんだからよ」
「それは分からなくもないけど…あんなに良い子なのに、どこがダメなんだ?」
「良い子過ぎるからよ。私には、眩しすぎてダメね。まるで、一緒にいる私が如何に劣っているか思い知らされてるみたいで」
「俺様からすれば、お前みたいな女の方が好感持てるぜ。付け入る隙が多いし、闇に染まりつつあるからな」
「…ふん。あんたなんかに気に入られても、全く嬉しくないわ」
「あーあー、素直じゃねーなー。まぁ、サリーみたいに純真な女も穢してやりたいっていう意味では、そう悪くはねぇがな。イッヒッヒ…」
「サリーが眩しいってのは分かるけど、だからって自分を卑下することはないさ。サリーに尊敬できる部分はあっても、メアリーのように共感できる部分は少ないからな」
「別に、傷の舐め合いをしたいわけでも無いんだけど…。なんかムカついたから、あとで今言ってたことあの子に言っちゃおうっと」
「おいおい、なんでフォローしたのにしっぺ返しを食らう羽目になってんだ…」
「ふふんっ、いい気味ね」
かわいい女の子には、笑顔が似合う。そう思っていたが、彼女のように嫌味な笑顔を浮かべるのも、その範疇に入るのかは疑問だった。
例によって塔の番人をしている男の横を通り、昨日に続いて今日もアングラに足を踏み入れる。
地上の活気ある通りとも違い、スラム街の空気ともまた違う独特の空気感に包まれた地下は、何度来ても緊張感が抜けず視線が気になる。
「ここが…。半信半疑だったけど、ホントにこんなところがあったのね」
「観光に来てんじゃないんだから、あんま変な動きすんなよ? 怪しまれるから」
「あんたに注意されると無性に腹が立つんだけど、何故かしら…?」
「二人とも、余計なおしゃべりはそこまでだ」
闇ギルドの前まで来ると、今日は違いますようにと必死で願っていたが、残念ながらその願いは聞き届けられなかった。
「あらぁん? クロちゃんじゃない、昨日ぶりねぇ。…あらやだ。しかも、女連れだなんて…、アタシへの当てつけかしら。いやぁねぇ…」
「うわ……」
初めてアングラを訪れて、最初の洗礼がこれでは彼女がドン引きする気持ちも分かる。
「依頼が終わったから来たんだよ。依頼主と連絡取ってくれるんだろ?」
「あらあら、クロちゃんったら、早いのねぇ。アタシ、早い子はそんなに好きじゃないんだけど…ほらぁ、たっぷり楽しみたいじゃない?」
「…何の話をしてるんだ。さっさと連絡取って、報酬を渡すように言ってくれ」
「んもぅ、連れないわねぇ。あ、もしかして女の子の前だから、カッコつけちゃってるのかしら? いやぁもう、いじらしいわねぇ」
「いいから早くしろ。ギルド側にも追加で報酬払わせるぞ?」
「あぁん。ちょっと揶揄っただけなのに、怖いわねぇ。それじゃ、お仕事してこようかしら。ちょぉ~っと待っててねぇ」
ようやく受付から見苦しい男が姿を消して、奥へ入って行った。
「…やっと行ったぞ」
「今の癖強すぎじゃない? ここの人って皆あんな感じなの?」
「いや、あれは特別癖が強い変わり種だ。他はもうちょっとマシだよ…多分」
「不安になる言い方ね…」
「へへっ、カオスで面白いだろ?」
「そんなこと言えるのは、きっとあんたみたいな奴だけね」
しばらくすると、受付の男が帰ってきて、またあの強烈な面を拝むことになる。
「お待たせ。向こうはすぐにでも会って、報酬をくれるつもりみたいだわ。今から腕輪を持ってフィシュア武具店へ来てくれ、だって。あ、フィシュア武具店ってどこか分かる? 武器や防具を置いてあるちょっとボロいお店なんだけど、スラム街に結構近いから気を付けてねぇん」
「フィシュア武具店か。聞いたことないが――」
「そこなら、私知ってる。サリーと別れた場所から少し行ったところだから、合流して向かえばいいわ」
「そうか。それなら、問題なさそうだな」
「問題大有りよぉ。アタシの前で仲良さそうにしちゃって、もう…妬けちゃうわねぇ」
「なに? あんた、そういう趣味だったの? うわぁ……」
「お前も、あいつの口車に乗るなよ。あいつのデタラメに決まってんだろ? ほら、用は済んだしさっさと行くぞ」
協力的なのかそうでもないのかよく分からないメアリーを置いて、来た道を逆戻りする。
「あ、ちょっと待ちなさいよ」
すかさず付いてきた彼女の後ろから、耳障りな見送りの声まで一緒に聞こえた。
「またいつでも来てよねー。アタシ、待ってるからぁん」
「…早くこの町から離れたくなってきた」
「まあ、それもこの依頼が終わってからじゃないとな」
怪しげな光に包まれた薄暗い地下から地上に戻ると、再び日の光を浴びて眩しく感じる。
地下で活動する日陰者からすれば、この光でさえ鬱陶しく思うのかもしれないが、俺はあの受付の男の方が余程鬱陶しく思えていた。
「なかなか興味深い場所だったわ。あの受付はともかく、他の店ももっとよく見て回りたかったし」
「興味を持つのは良いけど、女の子が一人で行くようなところじゃないと思うんだがな…」
「そう? 私は別に平気だけど」
「怖いもの知らずっていうか、なんていうかな……」
「ん? 何か言った?」
「いいや、何も…」
「そう。なら、いいけど」
待ち合わせしていた場所でしばらく待ち惚けていると、件の彼女の姿が見え始めた。
彼女もこちらに気づくと、途端に顔を綻ばせて駆け寄って来る。
「あ、みんなっ! ごめんね、待たせちゃったかな?」
「いや、さっき来たところだし、気にしなくていい。それより、任せちゃって悪かったな。大丈夫だったか?」
「うん、平気だよ。ふふっ…クロムくんってば心配しすぎ。私だって、子供じゃないんだから」
むしろ、子供じゃないから心配しているのだが、当人は違う捉え方をしたようだった。
「きっと、変な男から声を掛けられなかったかって心配しているのよ」
「ああ、それなら…何度か声を掛けられたけど、一緒にパーティ組んでる男の人がいるからって断ったら、わりとすぐに退散していったよ?」
「ケッケッケ! おおかた、もう深い仲になってるのを予期して身を引いたんだろうよ。あながち、的外れでも無いしな」
「下心が見え透いてる輩ばかりだったわけね。男って、どうしてこう…下半身でしか考えられないのかしら」
呆れた様子の彼女から意味ありげな視線を向けられ、自分の中にもある下心を見透かされたような気がして、良い気分ではなかった。
「…なんだよ。俺にも謝れって言いたいのか?」
「俺様は謝罪なんてしないぜ」
「…いいわよ、別に。そんなこと期待してないから」
「はい。これ、クロムくんの分ね。…それより、そっちはどうなったの?」
しかし、当人は特に気にしていないらしく、話もそっちのけで売り上げの半分を渡された。
銅貨ばかりかと思っていたが、銀貨も数枚交じっている。
「これから、報酬を渡してくれるっていう依頼主と会うところだ」
「そうなんだ。意外とすぐだね」
「それだけ、奴さんも腕輪が欲しくて待ちきれないんだろ? さあ、どんな面してるか拝ませてもらおうじゃねーの」
「報酬を受け取りに行くだけなのに、随分と喧嘩腰ね」
「ていうか、例によってメアリーも来るのか?」
「当然よ。ここまで来てまだ違うと思ってたの?」
「いいや、多分来るんだろうなと思って…」
彼女まで来ない方が良いような予感がしていたが、もはや何を言っても無駄だろうとも思っていた。
そのほどの執念深さを持ってチカラを追い求め、悪魔を探してきたのだろう。
「そう。少しは分かって来たじゃない」
「…俺は、お前に分かって欲しかったよ」
無駄に誇らしげな彼女を尻目に、そう呟かずにはいられなかった。
メアリーに案内してもらいながら三人でぞろぞろと練り歩き、フィシュア武具店までやってきた。
あの男の言う通り、ボロっちい店構えで並んでいる商品も粗雑な物が多く、使い込まれた印象を持つ物も少なくない。
「おめえだな、依頼を受けたって奴は。どうやら、本当に腕輪を取ってきたみたいだな」
店の近くで腕輪をチラつかせていると、見知らぬ男から声を掛けられた。
生傷の絶えない細身の男は、とても銀貨10枚を払えるような身なりをしておらず、ますますきな臭い匂いが漂ってくる。
「あぁ、その通りだ。あんたが依頼主か?」
「いんや、俺はその部下だ。これから、依頼主のことまで案内してやる。ついてこい」
「ついてこいって…、報酬は?」
「依頼主が直々に渡してくれるってよ。ブツの確認もしたいそうだからな」
「まぁ、そういうことなら、ついていくしかなさそうだ」
愛想の悪い男はスタスタと進んで行ってしまい、慌ててその後を追うことになった。
それ以上何も話そうとせず黙って路地を歩く男は、入り組んだ道でも平然と進んでおり、迷っているようには見えない。
しかし、だからこそ、徐々にスラム街へと足を踏み入れていることに気づいて、様子を窺った。
「こんなスラムみたいなところにいるのか?」
「ああ、内密に取引がしたいらしくてな」
「ふぅん、用心深いことだ」
さっきも見たような景色が続いているが、視線を感じる数は少ない。
それでも、嘲笑うような気配を感じて嫌な気分になるのは同じだった。
「ここだ。入れ」
静かなスラム街の中にしては比較的人の気配があり、周囲にまで生活感が漂う建物に連れてこられると、さらにその中へ入るよう促される。
先に入ってしまった男が開けた扉の隙間から、さらに人の影が見えた気がする。
「二人とも、気を抜くなよ」
「うん」
「はいはい」
扉を開いて中へ足を踏み入れると、デジャヴを感じる光景が広がっていた。
「よう。確か、クロって言ったか? オレの為に、わざわざご苦労」
「あんたが依頼主か?」
「そうさ、オレが依頼主のギヤース。そして、見ての通りシュメーラムのボスでもある」
カッシタイトのリーダー、ガダンファルに比べると細身ではあるものの、身体が鍛えられているのは同じだ。
そして、取り巻きも彼に似た体格の者が多く、中には女の姿も窺える。
「そうかい。だが、俺はあんたの正体に興味は無い。依頼通り腕輪はくれてやるから、さっさと報酬の銀貨を貰おうか」
「はっはっは! 威勢が良いな。…しかし残念だ。腕輪は貰うが、金をくれてやるわけにはいかない」
「どういうこと? 話が違うじゃない!?」
ギヤースは話に割り込んできたメアリーを不快な目で睨みつけると、その機微と連動したように部下が不審な動きをした。
「…っ!」
「ぐえっ!」
彼女の死角からナイフが飛んできたものの、咄嗟に抱き寄せたことで難を逃れた。
「…避けたか。だが、二度も助かると思うなよ。死にたくなければ黙っていることだ、小娘」
余裕綽々で警告を放つギヤースに注意を払っていると、腕の中から声が聞こえる。
「……ありがと、助かったわ」
「礼はいい。それに、まだ終わってないぞ」
意外にも素直に礼を言う彼女が無事だったのは良いが、安心するにはまだ早い。
「誰か、俺様にもかまって……」
メアリーの後ろを飛んでいたプルが彼女の代わりに攻撃を食らってしまったらしく、そのまま壁に突き刺さっていた。
しかし、本人以外誰も気にしていない。
「最初から、報酬を払うつもりなんて無かったみたいだな」
「その通り。まあ、今更気づいてももう遅い。わざわざ依頼を果たしてくれたことには、感謝してやってもいいがな」
悪い予感ほど当たるというが、プルの考えは大体当たっていたようだ。
依頼を果たしても報酬を貰えるどころか踏み倒されて、命を狙われる羽目になってしまった。
「さあ、殺されたくなければ、さっさと腕輪を置いて帰れ。…ああ、ついでにその女たちも置いてけよ。あとで、オレたちがたっぷり可愛がってやるからな」
「あのゲス野郎…」
「下手に前に出るな。見ろ、奴らは殺る気満々みたいだぞ」
シュメーラムの面々は、既にボスに倣って臨戦態勢で構えている。
奴らがカッシタイトの連中より厄介なのは、飛び道具まで使ってくることだ。
「サリー。俺が前に出たら、すぐに障壁を張って身を守れ」
「分かった。さっきと同じ要領だね」
メアリーをサリーの下へ預け、こちらも臨戦態勢を整える。
「何をコソコソしている。無駄な足掻きは身を滅ぼすだけだぞ。さあ、腕輪を寄越せ! そいつはオレの為にある物だ!!」
「そんなに欲しければくれてやる! ほらよ、受け取れっ!!」
「おぉっ!?」
やたら装飾の施された腕輪を高く放り投げると、奴らの視線が一斉に集まる。
天井の高い建物だった為に、その滞空時間は長く長く感じられた。
「…シャドウ・サーペント」
その隙を突いて呪文を唱えると、今日何度目か分からない召喚に応じた蛇たちが奴らの死角から忍び寄る。
「オレの腕輪…っ!」
「っ、ボス!?」
野太い悲鳴が次々に上がる中、腕輪をキャッチしようとしていたギヤースの背後から部下が慌てて駆け寄って、蛇ごと彼を殴りつけた。
「いでっ! 何すんだ、ボケっ!!」
「ち、違うんです、ボス…見て下さい。ぐっ、あぁ…っ!」
そんな彼も自分を襲い来る蛇には対処できなかったようで、ボスに見守られながら毒牙の餌食となった。
「野郎…、やってくれたな! お前ら、やっちまえ!!」
弾き飛ばされた腕輪に目もくれず、手痛い仕打ちを食らったギヤースは声を荒げて指示を飛ばしていた。
パキンパキンと矢やナイフが障壁に刺さる音が聞こえ始める中、鎌を手にした俺は自らに向かって飛んでくるそれらを弾きつつ攻撃に転じる。
「常闇の螺旋墜落!」
横回転しながら突進するこの技は、飛び道具を弾きながら攻めるにはちょうどいい。
時折、捌ききれずに抜けてしまい掠り傷を負わされるが、飛び回る相手に狙いをつける向こうも苦戦を強いられているはずだ。
「おっ、と危ねぇ」
それだけに限らず、奴らの死体を盾に攻撃を防ぐこともあれば、そのまま魔法を使って反撃を試みる。
「ライトニング・ショット!」
発生の早い雷魔法を唱えれば高威力の稲妻が一直線に飛んでいき、こちらを狙っていた男をすぐに黙らせた。
「ファイアボール!」
どこからか飛んできた火の玉が奴らへめがけて飛んでいったことで、メアリーも応戦しているのが窺える。
そのおかげもあって、注意が散漫した彼らの首を落とすのは容易なことだった。
「調子に乗るなよ、死神め!」
しかし、そこまでされれば、彼らの親玉も黙ってはいなかった。
鍛え上げられた肉体を以って、力強く握った得物を片手に襲い来る。
「死神と分かっているのに、それでも向かってくるとは…愚かな奴だ」
「この…ぉ?」
鎌で受け止めてから、力比べとばかりに鍔迫り合いを仕掛けてきた相手の勢いを利用して攻撃を流すと、必然的に体勢が崩れる。
「反逆者への断罪!」
そして、そのまま前へ倒れてきた奴の身体を一回転した鎌が斬り裂いた。
調子に乗った言動も威勢の良かった声も死んでしまえば全てが無に帰して、その身体は物言わぬ骸と化す。
「ボ、ボスぅ! こ、この野郎!!」
「ライトニング・ショット」
「あばばばば…っ!」
懲りない残党も掃除してしまえば、殺気立って騒然としていた建物の中も随分と静かさを取り戻した。
「これで全部か…」
一人殺せば殺人者。100万人殺せば英雄になれるという話も聞いたことがあるが、今日だけで何十人も殺した俺は、一体何なのだろうか。
そんなことは決まっている。奴も言っていたように、俺は死神なのだ。
右手に持ったグリム・リーパーが、そう囁いているように輝きを見せた。
「お疲れ様、クロムくん。またまた大活躍だったね」
「相手が弱かっただけさ。あとは、サリーがきっちり障壁で防いでいてくれたから、かな」
「えへへ、まだ回復の役目が残ってるけどね。ヒール」
「すまん、助かる」
「クロぉー! 俺様のことも助けてくれー!!」
「あぁ、忘れてた」
傷を治してもらってから、さらに重症のプルの下へ駆けつける。
「ひっでえ。見ろよ、この有様。俺様のナイスミドルな顔が台無しだろ?」
「元からそんなもんじゃなかったか?」
「はぁぁ…、お前には俺様の良さが分からんか」
身体の中心にナイフが刺さっていたというのに、引き抜いてみても出血している様子はない。
「…こっちの身体の方が、人間の身体よりよっぽど頑丈そうだ」
「代わってやろうか? この身体だと女の味わい方に一癖あるし、別にいいぜ?」
「いや、やめておこう」
メアリーとのやり取りで羨ましい点もあったが、そもそもそんなことが本当にできるのかすら怪しいものだ。
「しかし、思った以上に魔法を使ってこなかったな」
「きっと、魔法が使えないからこそ、この腕輪に固執してたんだろう」
転がっていた腕輪を拾い上げると、煤汚れた埃を払う。
「確かに、この魔法社会で魔法が使えないのは致命的なハンデを負うからな。それを補う為に、ああやって自らの身体を鍛え上げていたわけか」
「こんなところを拠点にしてたのも、おそらく社会から追い出された結果だろうからな…。時代や社会にそぐわないだけで、劣悪な環境を強いられていたのかも知れねぇ」
「あんな奴らのことなんか気にしてないで、あんたたちも手伝いなさいよ」
戦いの余韻に浸っていたところだったが、メアリーから厳しいお言葉が飛んできて、現実に引き戻される。
「あ、そうだぜ、クロ。結局、報酬の銀貨10枚踏み倒されたのは変わらないんだから、その分もこいつらからキッチリ巻き上げてやられねえと」
「そうだったな。せこい奴らめ」
「せこいどころじゃないぜ。タダで取り返そうとした上に対立組織の弱体化も謀って、ここいら一帯を手中に収めようとしてたんだろう。それに加えて、あの二人まで狙ってたからな」
「全く、どこまでも欲深い奴らだ…」
もぬけの殻になったシュメーラムのアジトを漁り、金銀財宝とまではいかないまでも硬貨を含めいくらかの収入は見込めるだけの物が見つかり、ありがたく頂戴することにした。