④ スラムの影
人通りの多い大通りから離れ、狭い路地を何度か通っていくと、徐々に人の気配が薄くなり、明らかに空気が変わってきた。
明るく賑やかな町の雰囲気から一変し、掃き溜めのような陰鬱とした静けさが、肌をひりつかせ緊張感をもたらす。
高い建物の影になった暗く薄汚い路地が見えてくると、いよいよといった気分になる。
「二人とも、俺の傍から離れるなよ」
「うん」
「分かってる」
俺が先導して、その後ろを付かず離れずの距離を保って二人が追っている形で進む。
不測の事態が起きて咄嗟に反撃を試みた時、味方が近くにいすぎても邪魔になる大鎌という武器の不便さを感じる上に、こういった狭い場所では満足に振り回すこともできない。
一応、近接戦闘ができるのは俺一人のようなので、後衛に魔法をメインで扱う二人を配置するのは妥当な判断だろう。
「うぅ…、くしゃいよぉ……」
「全くね。せっかく食べたスイーツも、吐き戻してしまいそうだわ…」
さっきまで目にしていた光景と同じ町の中にあるとは思えないほど酷い異臭も漂う路地は、嫌でもスラム街だと感じさせる。
こういう場所に住み着いている輩とくれば、何に対しても飢えている印象があるので、特に彼女たちが捕まってしまえば、死ぬより酷い目に遭うことはまず間違いないだろう。
そう考えられたのは、ねっとりと絡みつく視線を感じたからというのも大きい。
「見られてるな…」
「あぁ、感じるぜ」
「え、どこ?」
「あまりキョロキョロするな。向こうに気づかれる」
「ご、ごめんなさい…」
残念ながら、意外にも素直に謝罪したメアリーのしおらしい一面に構っている暇は無い。
「私も、全然気づかなかったよ」
「きっと、余所者を警戒してるんだろうよ。それに、女が二人もいるから、そいつも狙ってるような感じだ」
「あくまで冒険者が迷い込んだくらいに見てくれるか、あるいはカモがやってきたかと思って油断してくれた方が好都合だ」
「なんか、あんた急に雰囲気が変わったわね」
「油断してると、また死にかねないからな。当たり前だろ」
「そ、そう…」
奥へ進めば進むほど、その数は増えているように思えた。
「二人とも、俺の真横まで来て脇を固めて欲しい」
「うん」
「別に良いけど、私利私欲の為に言ってたら――」
「しばらく目を瞑るから、真っ直ぐ歩くように誘導してくれ」
「うん、任せて」
メアリーの口答えに耳を貸している場合ではないほど、その数が増えてきて来たので、そろそろ対処しておかないといつ攻撃されるか分からない。
ただの偵察兵だったらいいが、遊撃・強襲兵だった場合、魔法ならまだしも飛び道具を使われると、反応が間に合わない可能性もある。
「これでいい?」
先に飛びついてきたサリーに釣られて、メアリーも渋々反対側に寄って来たことで、傍から見れば胸糞悪いが、ある意味自然な光景に映るだろう。
「あとは、不審がられないよう、適当に話を続けるんだ」
「適当にって…、あんたね…」
「メアリーちゃん、さっき食べてたスイーツって、この辺だとポピュラーな物なの?」
「え、えぇ…。この周辺なら、普通に売ってる庶民的な物よ」
二人に腕を組んでもらい、進行方向を誘導してもらうと、目を瞑って暗闇の中で呪文を唱える。
「そうなんだー。今度、私も食べてみようかなぁ」
「甘い物が好きなら気に入るでしょうけど、食べ過ぎると太るって言われているから、気を付けた方が良いわよ」
「うーん、甘い物の誘惑に耐えられるかなぁ…」
そして、彼女たちが他愛無い話を続けていると、あちこちから一斉に悲鳴が上がった。
「ぐあぁっ!?」
「ぎゃあぁっっ!!」
「うわっ、うわあああっっ!!」
悲鳴の多くは路地の両脇にそびえる建物から響いてきて、それと同時に血の雨が降り注ぐこともあった。
「な、なに…? 何が起こってるの?」
「闇魔法『シャドウ・サーペント』さ」
現状を把握できず戸惑うメアリーに、そう教えてやった。
「サーペント? 『シャドウ・スネーク』じゃなくて?」
「あぁ。シャドウ・スネークは人やモンスターの影から蛇を生み出して、視野を広げる探知系の魔法だろ? あれの派生さ」
「そういえば、色々試してたもんね」
「俺のシャドウ・サーペントは、元の効果に加えて、その場にいる者を背後から襲うようになってる」
「でも、いくら不意打ちが可能とはいえ、そんなに殺傷力があるとは思えないけど…?」
「蛇には毒が付き物だろ? シャドウ・サーペントの牙にも、漏れなく猛毒が仕込まれている。だから、噛まれた時点でまず助からない」
「良いアイディアだと思わねぇか? 俺様も、知恵を貸してやったんだぜ? しかも、蛇ってのは熱源感知能力があるから、真っ暗闇でも相手を逃がすことも見失うこともないってな」
「そういうことだ。その代わり、自分の視覚とも重なるから、目を開けていると何が何だか分からなくなる欠点がある。だから、二人に頼んだってわけさ」
「へぇ……」
「やったね、クロムくん」
自分では結構自信があったのに、隣で聞いていたメアリーの態度は素っ気ないものだったので、期待していたサリーのような反応とはだいぶ違っていた。
腕を組んだまま少し近寄ってきたように感じたのも、多分気のせいなのだろう。
「今ので、全部倒したか?」
「あぁ。でも、まだ先にいそうだ」
「へへっ。今の悲鳴で、奴さんたちも緊張感が高まってんだ。やられる前にやっちまえ」
「言われなくても、そのつもりだ」
待ち伏せしている敵を排除しつつ、偵察用にも数体出現させて、先制攻撃を仕掛けていく。
「次の角、右だ」
「なんで、そう思うの?」
「敵の数だ。そっちに多く配置されているからな。おそらく、警戒が強いってことは、アジトが近いんだろう」
「なるほどね」
路地の先や上から聞こえてくる悲鳴も気にせず、荒廃した道をさらに奥へ進む。
「でも、一応相手は同じ人間なのに、容赦ないわね」
「まぁ、そういう使命を負わされちまったってのもあるが、躊躇ってたらこっちが殺されるのは目に見えてるからな。死にたいなら、話は別だが…そうじゃないだろ?」
「えぇ、その通りね」
スラム街の中を案内してくれる連中の声を聞きながら歩き進めているうちに、やがてアジトと思しき建物に辿り着いた。
重苦しい扉を開けると、酷く散らかった大広間で大勢の人たちから出迎えられる。
「なんだぁ、おめえ? 見ない顔だな」
一番大柄でガタイが良いたっぷりと髭を蓄えた男が、口火を切った。
他の連中も厚い胸板をひけらかすゴツい男ばかりだが、その中でも抜きん出ている。
「あんたらが、カッシタイトか?」
「おうよ、その通りだ。…あぁ、分かったぜ。おめえもカッシタイトの一員になりたいって腹だろう? ここまで来たことと、その気概に免じて入れてやってもいいが…まずは、その女たちを俺様に献上してもらわないとな」
いやらしい視線を向けたこともあり、後ろで二人が一斉に身構えたのが分かった。
「早とちりするなよ。この二人は、お前らへの献上品じゃないし、お前らの仲間になりたくて来たわけでも無い」
「だったら、何の用だ? まさか、おめえ…シュメーラムの新入りか?」
「それも違う。俺はただ、その腕輪が必要なだけだ」
「ははっ、おめえもこの腕輪に魅了された男の一人ってわけか。分かるぜ、その気持ちはよぉ。でも、そいつは無理な話だ。このハドウの腕輪は、俺様のもんだからよぉ」
すっかり自分の物と思い込んでいるようで、剛腕に飾られた妙ちくりんなデザインの腕輪を誇らしく見せつけていた。
「もう一度言うぞ。俺が必要なのは、その腕輪だけだ。大人しく引き渡すなら、それで済む話だが――」
「ガーハッハッハ! なかなか面白い冗談を言う奴だ! まさか、おめえのようなヒョロヒョロのガキが、この俺様――カッシタイトのリーダー、ガダンファル様に勝てるとでも思ってるんじゃねーだろうなぁ?」
せっかくの提案を突っぱね、馬鹿にして嘲笑うのは、奴に限らずお仲間共も同じようで、実に不愉快極まりない。
「…相手との実力差も分からないから、弱者なんだ」
これ以上話し合うだけ無駄だと悟り、ローブを脱ぎ捨てて右腕を伸ばすと、指輪に魔力を込めてグリム・リーパーを顕現させる。
ひんやりと冷たい鎌は、冷酷な心をさらに冷やしてくれるようだった。
「あれが、クロの得物…」
「見たことねえ武器だな…。だが、関係ねぇ。俺様たちは、自らの拳を信じて戦うのみ!」
鍛えられた肉体によって、武器にすら頼らないというポリシーのようだが、生憎同じ土俵で戦ってやる義理もない。
「サリー、障壁を張れるか?」
「うん、できるよ」
「だったら、念の為お前たちを囲うように張ってくれ。その方が、安心して戦える」
「分かった。こっちは任せて」
すぐに魔法を発動し、障壁の向こう側にいる自信満々な彼女に一任して、俺は単身で筋肉隆々な男どもに立ち向かっていく。
「さあ、一気に行くぜ…死神の舞踏会!」
このスラムで名を馳せるほど肉体を鍛えぬいたところで、切れ味抜群のこのひと振りに掛かれば、無駄な努力も良いところだ。
肉どころか骨まで断ち切って、群がってきた取り巻き共を一掃する。
「こ、こいつ! 見かけよりよっぽど強いっすよ! ガダンファルさん!!」
出遅れたおかげで命拾いしたカッシタイトのメンバーの中には、その一撃を見ただけで恐怖に戦慄してしまった者もいる。
しかし、リーダーのガダンファルと名乗った大男は、真っ二つになってしまった仲間の死体を前にしても、未だ怯む様子もない。
「少しはやるようだな、小僧。だが、いい気になるのもそこまでだ」
「さすが、俺たちのリーダー、ガダンファルの兄貴だ!」
「そうだ! 兄貴が負けるわけねえ!」
「やっちゃってくださいよ、ガダンファルさん!!」
取り巻きに煽てられた大男が拳を握り、戦う姿勢を見せるが、まだ俺たちの間には死神の舞踏会でも届かなかったほどの距離がある。
「(あの体格だ。そう簡単に距離を詰めれるとは思えない。ということは、カウンター狙いか…、それとも…)」
「へへっ、この間に女どもを生け捕りにしちまえば良いんだよぉ!」
「ちっ、させるか!」
小賢しい男が側面から二人に近づいて、魔の手を伸ばそうとしていた。
「誰があんたなんかに…、ファイアボール!」
「そんなものっ!!」
障壁の維持で他の魔法が使えないサリーに代わり、咄嗟にメアリーが魔法を放つが、拳で相殺されてしまう。
サリーの張った障壁は、物理と魔法両方を防げるはずだが、いわば壁だ。全体を覆っているわけではないため、隙間を突かれれば、それも意味を成さない。
「よそ見して良いのか? ふんっ!」
「なにっ!?」
ガダンファルが勢い良く拳を突き出したと同時に、鋭い衝撃波が飛んできて、頬を掠めた。
奴が拳を握ると、それに応じて腕輪が輝き出したことで、嫌な予感を察知していたから、辛うじて直撃は避けられたものの、目にも止まらぬ速さで飛んできた攻撃は、サリーの作り出した障壁にぶつかって鈍い音を響かせた。
「ははっ、驚いたか! その様子だと、この腕輪の凄さを知らなかったみたいだな」
「…どういうことだ?」
「良いだろう、こいつの凄さをおめえにも教えてやる。こいつを身に着けると、肉体強化の魔法が掛かるんだ。さらに、俺様のような魔力が乏しい人間でも、今みたいな攻撃ができるようになる。ははっ、どうだ! 恐れ入ったか!」
「なるほど。お前らみたいな魔法もろくに使えない筋肉バカには、ちょうどいい代物ってわけだ」
「今の状況でまだ減らず口が叩けるとは、いい度胸をしてるな。…だが、それもここまで」
ニヒルに笑う奴の視線の先を見ると、先程の男の魔の手が彼女たちのすぐそこまで迫っていた。
「にひひひひっ! よく見りゃ、どっちの女も上物じゃねーか。こいつは、存分に楽しめそうだぜぇ…」
「くっ…、気持ち悪い! さっさと離れなさいよ、このクズ!」
肉薄した状況では、魔法を使う余裕もなく、明らかに体格差と筋力差もある為、どちらに軍配が上がるかなんて目に見えてる。
「せっかくのバトルに水を差すのは頂けないが、もう降参か?」
二人に襲い掛かる男も、背後から聞こえてくる嫌味な声も、虫唾が走って仕方ない。
「シャドウ・サーペント…」
闇の支配者のたった一言によって、僕である蛇は仇なす敵の数だけ影から姿を現す。
そして、敵の姿を捉えた蛇は、静かに忍び寄って牙を剥く。
「ぐあっ! な、なんだぁ!?」
「へ、蛇だぁっ!?」
メアリーと揉み合っていた男は、彼女へ夢中になっている間にその毒牙の餌食になっていた。
「た、助かった…」
安堵の息を漏らしているのは、大勢の中でもたった二人の少女だけ。
それ以外の者は、突然起きた出来事に混乱して、慌てふためいている。
「兄貴っ! 兄貴の後ろにも、蛇がっ!!」
「ふんっ! 馬鹿野郎、こんなのは幻術に決まってる! 卑怯者のやりそうなことだ!」
自慢の拳を振って、自身を襲い来る蛇を返り討ちにしていたガダンファルを始め、近しい相手をフォローし合った奴らは、まだ息の根を残している。
だが、これは仕方ない。
シャドウ・サーペントは毒を仕込んだ牙によって殺傷力を上げているが、元々影の存在故に、その耐久力は乏しい。
その弱さと言ったら、か弱い少女が素手で殴っただけでも消散してしまうほどの脆さだ。
使いどころを間違えなければ強いが、雑に扱えば真価を発揮できない魔法と言える。
しかし、二人の窮地を救い、さらにカッシタイトのメンバーを半壊させているのだから、その貢献は大きい。
「サリー、障壁を維持しろ。俺では奴の攻撃を防げない」
「うん…、大丈夫だよ。まだ障壁を突破されたわけじゃないからね」
奴の攻撃による衝撃波は、発生を見てからでは避けるのが間に合わないだろう。
ならば、こちらも相応の速さで対応するのみ。
「姑息な手は諦めて、正面から来るつもりか? 俺様の拳を見て、まだそう思えるのは、おめえが馬鹿だからなのかも知れねえな」
腰を低くして得物を構え直すと、真っ向から迎え撃とうとする奴も、拳を握り直して構えた。
「…あの二人に手を出そうとしたこと、後悔させてやるよ」
金属よりも冷たいその一言は、その場にいる誰もを一瞬身震いさせた。
「はっ! おもしれぇっ! やってみやがれってんだ!!」
ガダンファルが高速の二連撃を放ったのと、俺が蹴り出したのは同時だった。
「刹那の一撃!」
あの拳による衝撃波。利き腕だけでなく、両手で繰り出せることは予想していた。
だからこそ、この結果は必然なのだ。
「ぐああぁぁっっ! 俺様の、俺様の腕がああっぅぅっっ!?!?」
腕輪をしていた左腕を切り落とされた大男は、その巨体と同じように大きな声で叫んでいた。
「言っただろ? 俺が欲しいのは、腕輪だけだと。死にたくなければ、さっさと目の前から消え失せろ」
「おめぇ…、この…畜生がぁぁっ!!」
腕輪のチカラが無くなれば、もうあの衝撃波は飛んでこない。
そうなれば、こいつはただの木偶の坊に過ぎないのだ。
赤い悔し涙を流しながら、残った右手で拳を繰り出す男のなんと無様なことか。
「だ…、ダメだ……。ガダンファルさんが、やられた…っ!」
「も、もう…おしまいだ! 逃げろー!!」
リーダーの敗北を確信した男たちは、我先にと建物から逃げ出していく。
しかし、奴自身はまだ諦めていなかった。
「俺様は、まだ…負けてない…っ! まだ、戦える!」
「少し前までの俺だったら、お前には勝てなかった。だが、お前が腕輪を手に入れたように、俺はもっと強いチカラを手に入れていたんだ。残念だったな」
「そんな…馬鹿な……」
哀れな筋肉に別れを告げると、あっけなく引導を渡す。
あの時のように――ダンベルモ塔での戦いの時のように、冷酷な自分は簡単に首を跳ねていた。
「一時はどうなることかと思ったけど、また助けて貰っちゃったね。ありがとう、クロムくん」
「そうね、とりあえず無事に済んで良かった。でも、最後のは一瞬過ぎてよく分からなかったわ」
「それなら、俺様が教えてやろう」
事が済んで二人が駆け寄ってきたものの、タイミング良くプルが現れたこともあって彼女たちの相手は彼に任せることにした。
「あんた、さっきまで全然見かけなかったけど、どこ行ってたのよ?」
「どこって…クロの脱ぎ捨てたローブの中で、こっそり息を潜めていたのさ」
「うわぁ…、一人だけ隠れてたのね」
「あのくらいなら、どうせ勝つと思ってたからな。巻き込まれないようにしてただけのことよ」
「そんなこと言わずに、プルちゃんも手助けしてくれれば良かったのに」
「まあまあ、そんなことより、さっきの一撃の方が気になってたんだろ?」
「それはそうだけど…、話をすり替えようとしてるだけじゃない?」
「あの一撃は…、そう。言ってしまえば、ただただ速い踏み込み斬り。相手が拳を放つよりも早く懐まで距離を詰め、そのままの勢いで素早く切り裂いただけのこと」
「そうだったんだ。クロムくん、すごいすごーい!」
「なんであんたが誇らしげに話してんのよ」
「クロは、わしが育てた」
「…それはともかく、結局一人で全員倒しちゃったのは事実だし、悪魔のチカラっていうのは相応の代償を支払うだけの価値はありそうね」
彼女たちが解説を聞いている間、俺は改めて自分が殺してしまった人間の死体を前にしてその罪の意識に苛まれていた。
シャドウ・サーペントで殺した時は直接死体を見ることが無かったのであまり感じずに済んでいたが、この惨劇を目の当たりにするとさすがに訳が違った。
これまで相手にしてきたのはモンスターだったので、殺すことへの罪の意識は微塵もなかった。
しかし、今回の相手は自分と同じ人間だ。
そこに何も感じないというほど無頓着な俺ではなかった。
だが、一歩間違えば死体となって転がっていたのは俺だったかもしれないのだ。
そうなれば、今こうして安堵している二人もどんな酷い目に遭うか分かったものではない。
彼女たちを助ける為という方便は耳心地が良いが、それが正義であり正しいからこそ許されるとも思わない。
要は、自分の為に他者を傷つけ、殺すことも厭わないという傲慢な行いでしかないのだ。
そして、それが悪魔と契約した男の定めにも通ずる。
自らに立ち塞がる敵を倒しただけという共通の結果を基にすれば、相手が人間だろうとモンスターだろうと同じなのだと考えを改めることもできる。
そう思い直すと、切り離されたガダンファルの腕も容易に拾い上げられた。
当初の目的だったハドウの腕輪を手に入れると、称賛する二人に苦笑を浮かべる。
「まぁ、以前に比べたら格段に強くなったけど、この程度の相手で苦戦してるわけにもいかないからな。もっと強くならないと」
「そうそう、そのくらい向上心を持ってくれないと俺様も安心できないぜ」
「あっ、クロムくん、怪我してるよ。今治すからね、ヒール」
「大した怪我じゃないから、ほっといても大丈夫だったんだが…」
「ダメだよ、ちゃんと治しておかないと。それに、私の出番が無くなっちゃうでしょ?」
「あぁ、分かったよ。助かった」
「ふふっ、どういたしまして」
怪我といっても顔に付いた掠り傷くらいなものだったが、それすら見過ごせなかったサリーによって僅かな負傷もすぐに完治した。
「妙な組み合わせだと思ってたけど、意外と合っていたのね」
「そうかな? えへへ」
メアリーがふと漏らした感想に対して、一番嬉しそうにしていたのはサリーだった。
「でも、メアリーちゃんもありがとね。さっき、男の人から守ってくれたでしょ?」
「あ、あれは…、私にとっても放っておくわけにはいかなかったから、無我夢中でやっただけで…特に感謝されるようなことじゃないわよ」
「あぁん…? お前、何照れてんだ?」
「はぁ? なに? 殺されたいわけ?」
「ひぃ、おっかねえ!」
余計なことを言ってしまった悪魔は、魔女に捕まってビヨンビヨンに引き伸ばされる刑に処されていた。
その姿は、早くも恒例化しつつある光景だった。
「さて、腕輪も手に入れたことだし、早速届けに行くか」
「その前に、一応その辺物色しておこうぜ」
「物色って、まるで盗賊ね」
「スラムに住むような連中が大したものを持っている可能性は低いが、その腕輪みたいに妙な物を持っていたら、金になるかもしれないからな」
「それもそうね。…悪魔的発想だけど」
「おい、クロ。結局、その腕輪どうするつもりだ?」
「どうって、普通に届けるつもりだよ。なんていうか、デザインも気に入らなければ、俺たちが使うにも適した人材がいないからな。がっぽり報酬が貰えるなら、その方が良いだろ?」
「それなんだけどな……」
悪魔に耳を貸していると、その様子に気づいた魔女から指摘されてしまう。
「ほら、あんたたち。そんなとこでサボってないで、手伝いなさいよ。あんたが言い出したんだからね」
「へいへーい。…そういうわけで、もう一仕事頑張ってくれよ」
「お前の考えが正しければ…の話だからな」
「でも、それが一番儲かりそうだからな。にひひっ」
悪魔の笑い声がこだまする中、裸一貫で戦うスタイルだった故に、ろくに調べるところも無いカッシタイトのアジトを探し始めるのだった。




