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ブラック・ディヴィジョン  作者: 天一神 桜霞
第二章 焦土の魔女
15/31

③ 黒衣の魔女

 不意に声を掛けられ振り返ってみると、そこには質素な黒いワンピースを着た少女がいて、こちらを覗いていた。

 身の丈ほどある木の杖や、頭に被った大きくて特徴的な帽子まで見れば、一目で魔法使いの女――魔女であることは分かった。

 白い清楚なローブに身を包んだサリーとは対照的なので、同じ魔法使いとはいえ、似て非なる存在に見える。

「サリーの知り合いか?」

「ううん、違うよ」

 一応、尋ねてみても、彼女も思い当たる人はいないらしく、首を横に振っていた。

 しかし、相手はそんなことなど気にもしないで、話を続ける。

「よくもまあ、コウモリだなんて不吉な存在を、使い魔にしたものね」

 嫌味ったらしく言う彼女の言葉は、最もだ。神に仕えし聖獣のような存在とは真逆の悪魔が統べる害獣を使い魔にするのは、それだけで信徒の反感を買うだろう。

 だからこそ、俺もこの悪魔の存在をなるべく隠して行動していたのだ。

「いや、こいつは使い魔じゃなくて…、その…なんて言うか……」

 誤解を解こうと口を開いたのは良いが、まさか初対面の少女に向かって、馬鹿正直に悪魔だと告げるわけにもいかず、咄嗟に言い訳も思い浮かばなくて口籠ってしまう。

 一方、困り果てる俺とは違い、当の本人は自由気ままに飛び回って、お気楽に騒ぎ出した。

「おい、見ろよクロ。こいつ、かぼちゃパンツ履いてるぜ」

「失礼ね! かぼちゃパンツじゃなくて、ドロワーズよ!」

「げふっ!?」

 ちゃっかり彼女の裏から急降下してスカートの中を覗き込み、ゲスな笑いをしていた悪魔は、恨みの籠った一撃を食らい、思いっきり踏み潰されていた。

「いでぇっ! で、でちゃう…なんか出ちゃいそう…うげっ!」

 ヒールまでいかずともパンプスのような踵の尖った靴でグリグリと踏まれていたので、かなり苦しそうに呻いていたが、自業自得だ。

 だが、話はそれだけで終わらなかった。

「あんたもあんたよ。使い魔なら、しっかり躾ときなさいよ。それとも、普段からこうやって覗きをさせてるのかしら? だとしたらサイテーね」

 まるでゴミを見るかのように冷ややかな視線が鋭く突き刺さり、心底軽蔑されたのが嫌でも分かる。

 しかし、彼女の言い分は尤もだが、俺もここまでいわれる筋合いは無いと思いたい。

「違うって。少しは人の話を聞けよ」

「そうは言っても、今実際にやられたわけだし、言い逃れできないと思うんだけど?」

「そんなことないよ。だって、クロムくんはそんなことしないもん。その子が勝手にやってるだけだよ」

「ふーん…、どうかしらね」

 サリーが擁護してくれたおかげで、少しは軽蔑の目が和らいだが、またしても衆目の視線を集める事態になってしまった。

「…そいつが勝手にやったこととはいえ、悪かったよ。でも、余計な詮索をするだけなら、そいつを放してさっさと帰ってくれないか?」

「これ以上関わるなって言いたいわけ? 残念だけど、そういうわけにはいかないわ。こっちはこっちで、まだ用が済んでないし。その分だと、追及されて困ることもありそうだからね」

 一歩も引く姿勢を見せない彼女は、片目だけで凄い目力を発揮して、俺たちを追い詰めていく。

「どうするの…クロムくん?」

 すっかり怯えて心配そうに見つめるサリーは、俺の服の袖を掴んで対応に拱いている。

「…とりあえず、場所を変えないか? そこでゆっくり話すとしよう」

「えぇ、そうしましょうか」

 含みのある笑みを浮かべた少女は、今一度足にチカラを入れてプルを踏みつけると、ようやく彼を解放した。

「ふぅ…、内臓が口から飛び出るかと思ったぜ」

「じゃあ、もし次があったら、そうしてあげましょうか?」

「ひえっ!?」

 薄汚れたプルは、ふらふらとチカラなく飛んで、俺の肩へ身を預けた。



 念の為、なるべく他人に聞かれないよう配慮して、町外れにある人気の無い喫茶店までやってきたが、一体彼女が何の目的で近づいてきたのかが全く断定できない。

 どこから話を聞いていたのかすら分からないので、今回の依頼を横取りしようと企んでいるのか、あるいは悪魔の使いともいわれるコウモリを引き連れた俺に対し、何らかの恨みがあるのか。ある程度想像はできても、決定打には至らなかった。

 ガラガラに空いた店内の隅を陣取り、注文も済ませたものの、女の子と食事だというのに気が重いばかりだった。

「それ、なんだ?」

「何って、見ての通りアヴラハだけど…?」

 こちらは何も食べる気にならず、飲み物を頼む程度だったというのに、平然と他にも注文していた彼女の目の前には、軽石のような形をした小さな塊が運ばれてきて目を疑った。

「アヴラハ…、聞いたことないな…」

「そんな石みたいなもん、食えるのか?」

「当たり前じゃない。何言ってんの?」

 変なものを見るような目をした彼女は、一緒に付いてきたフォークで、あっさりと一口サイズにカットすると、そのまま口に入れてもぐもぐと咀嚼していた。

「美味しい…?」

「えぇ、まあまあね」

 サリーもその様子を不思議がっていたが、未知の食べ物に関心を示しているようでもあった。

「…それで、俺たちに何の用があるって言うんだ?」

「あんたたちっていうか、用があるのはそいつよ。その変なコウモリ、一体何者なの?」

「またその話か…」

「そうよ。結局、さっきはハッキリとした答えを貰ってないし、それに――悪魔がどうとか言ってたのも、聞こえたんだけど?」

 核心を突くような言葉が聞こえてしまい、悪魔と目を見合わせて、お互い反応に困った。

「ただの使い魔じゃなさそうだし。ねぇ、どうなの?」

「どうって…、それは……」

「それは…? なによ、早く言いなさいよ」

 痺れを切らした彼女は、フォークをプルの身体に突き刺してテーブルに括り付けた。

 これでは、逃げることも叶わず、もはや拷問にも近い有様だ。

「ら、らめぇ~! 今度こそなんか出ちゃうぅ~!!」

「「らめえ言うな」」

 思わぬところで彼女と息が合ってしまったが、彼女はそんなことを気にも留めず、さらに追い打ちをかけるようにプルの身体を抓った。

「中に何が入ってるのか知らないけど、綿でも入ってるなら、今から取り出してあげましょうか?」

「いっ、イダぃぃっ!? やめてぇ、俺様どこも悪いとこ無いから、手術はいいですぅ!」

 彼女が冗談で言っているなら、まだいい。しかし、彼女はそれを本気でやりそうなほど、冷たく残忍な目をしている。

 俺としても、プルの中身は気になるところだが、今はそれどころではない。

「お前、一体何者だ?」

 悪魔といえば、人にとっても嫌われ者だが、彼女の様子をみれば、ただ嫌っているとかそんな次元では無い。

 異常なまでの執念すら感じさせる彼女に興味を持った俺は、逆に彼女を問い詰めることにした。

「…私は、悪魔を探しているの。復讐を果たす為にね」

 復讐の炎に身を焦がす彼女の言葉は、しっかりと耳に届いた。

「だから、悪魔と思しきそいつを殺そうってわけか?」

「……何か勘違いしているみたいね。私は悪魔を探してるけど、殺そうとは思ってないわ」

「ん? どういうこと?」

「話が見えないな。良かったら、もう少し詳しく教えてくれないか?」

「ふぅ…、まあいいわ。それで悪魔と接点が作れるならね」

「ク、クロ…。俺様のこと、忘れてない…?」

「あ、そうだった。そのままだと話が入ってこないだろ。そいつを放してやってくれ」

「注文が多いわね。私は、あなたの奴隷でも配下でも無いんだけれど…まあ、今はいいにしてあげる」

 そう言って、ようやく解放されたプルの身体には、小さな穴が開いてしまったが、血が流れだす様子もなく、本人もそれ以上特に痛がっている様子は無かった。

「なあ、こいつが来てから、俺様の扱いが酷くなってないか?」

「あれは…そう、まだ故郷の村に住んでいた頃だったわ…」

「誰も聞いてないんかい!」

 悪魔のツッコミは虚しく響くばかりで、誰の耳にも止まらなかった。

「私は、小さな村で両親と暮らしていたの。特別裕福な暮らしが出来ていたわけじゃないけど、のどかな村でそれなりに幸せな生活を送っていたわ」

「けれど、その生活はある日突然奪われた。モンスターの襲撃によってね…」

「衛兵が常にいたわけでも無い小さな村では、急な対処もままならず、モンスターどもに蹂躙されて、その村に住んでいた他の人たちも大勢襲われたわ」

「私が命からがら逃げられたのは、自分の身を挺して戦ってくれた両親のおかげ。そして、私を含め生き残ったのは、たった数人の子供ばかりだった」

「…冒険者になった今なら分かるけど、魔王が現れる以前から、集落がモンスターに襲われるのは、珍しいことじゃない。理不尽に嘆いているのは、私だけじゃないのも分かってるつもり」

「だけど、頭では分かっていても、この怒りはそれで収まるものじゃない…。モンスターに対して恨みが募るばかりで、憎くて堪らない。今でも、一匹残らず駆逐してやりたい気持ちでいっぱいよ」

「…でもね、それ以上に許し難い存在がいた。それは、神と呼ばれる者」

「私の両親は、毎日祈りを捧げる熱心な信仰家だった。それなのに、神は信徒である両親を助けてはくれなかった。それどころか、何もしてくれなかった」

「だから、私はそれ以来神への考え方を改めたわ。あんな何の頼りにもならない存在なんて捨てて、悪魔にでも魂を売った方がまだマシだってね」

「そう、悪魔のチカラを借りてでも、私はチカラが欲しい。両親の仇でもあるモンスターどもを根絶やしにする為に」

「…ここまで話せば、もう分かったでしょう? その為に、私は冒険者としてあちこち彷徨ってるってわけ」

 経緯は違えど、両親を失い、神という偶像に呆れたのは、俺も同じだ。

 彼女の話を聞いているうちに、まるで自分のことのように思えてきて、同情すら覚えていた。

 とはいえ、そんな風に思ってしまったのは俺くらいなものらしく、悪魔は何とも言い難い表情を浮かべているし、サリーに至っては顔を伏せていて表情が読めない。

 彼女なら、この手の話に胸を痛めてしまうのは予想できるが、それにしては顔色が悪い。

「じゃあ、もしかして、その左目も…?」

「えぇ。その時負った傷の所為で、もう見えないわ」

 長い前髪を左目の方に流して覆っていたが、その奥に見える眼帯は見間違いではなかったようだ。

「そうか…。言いにくい話をさせて悪かったな。でも、おかげで心境は理解できた。両親を失って生涯孤独なのは、俺も同じだからな」

「…あなたたちを騙す為の方便だとは思わないの?」

「思わないさ。今の言葉を聞いていたら、それくらい分かる」

「…そう。あなたも、ろくな人生を歩んでこなかったのね」

「まぁ、悔しいがその通りさ。…そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はクロム・バルフォード。隣にいるのがサリー。んで、こいつがご所望のプルズートって悪魔だ」

 腹を割って話したことで、お互いに通じ合える何かがあると分かり、すんなりと悪魔を紹介する気になった。

「やっと白状したわね。でも、それがどれだけ公言しにくいことかも分かっていたつもりだから、許してあげる。私は、メアリー・ブラッドローズ。メアリーって呼んでくれていいわ」

「ははっ、メアリーは随分上から目線だな。サリーとは大違いだ」

「そっちの子を、悪魔のチカラで誑かしたのかは興味ないわ。私は、ただそいつのチカラを貸して欲しいだけだから」

「でもな~、さっき酷い目に遭わされたからなぁ? それに適性が無いと、話にならないし~」

 俺としては、彼女に協力してやってもいいと思い始めていたのだが、当の悪魔本人には、まだ遺恨が残っているらしい。

「私は復讐の為なら、悪魔の手を借りる事すら厭わないと決めていたわ。ここでようやくそれが叶いそうなのに、その機会をみすみす逃すわけにはいかない…。だから、お願い。チカラを得る為なら、なんでもする覚悟はあるわ」

 ここにきて初めて下手に出る姿勢を見せたことで、彼女の意志が本物だと傍から見てても十分伝わってくるのだが、底意地の悪い悪魔は、自分が上の立場に立ったと分かると、俄然調子に乗ってしまう。

「ほぉー? なんでも…ねぇ。お前さん次第では、痛い思いをしないといけなくなるかもしれないが、それでもいいのか?」

「えぇ、覚悟の上よ。……それより、さっきから随分と熱い視線を胸の辺りに感じるのだけど」

 その発言に釣られて、つい視線が下がってしまうと、少し胸元の空いた服から、サリーと同じくらい発育した果実が顔を覗かせていた。

「考えてやってもいいが、さっき酷い目にあった分、おいしい思いをさせてもらわないとなぁ?」

 悪魔はいやらしい笑みを浮かべながら、「ひゃっほーい!」と胸の谷間に飛び込んだ。

「ひぅっ!?」

「ぷはぁ…、最高だぜぇ。はぁ…、一生このベッドで寝ていたい」

「……」

 ベッドの上ではしゃぐ子供のように、ぽよんぽよんと跳ねて遊ぶ悪魔の何と羨ましいことか。

 人間の大きさでは決してできない夢の遊びである為に、その光景は余計眩しく映った。

 他人の胸で寛ぐ悪魔の姿に見惚れていると、別の視線を感じてハッと顔を上げれば、そこにはゴミを見るような目で見つめるメアリーの姿があった。

「……サイッテー」

「え? 俺も?」

「当たり前じゃない。悪魔と一緒にいるだけあって、性根から腐ってるわ」

「俺の扱いまで酷くなってる!?」

「それはちょっと言い過ぎだよ。クロムくんは、そんなことないもん。ねー?」

「お、おほぅ…」

 擁護してくれたのは有難かったが、そのまま優しく胸で抱き留められてしまい、頭まで撫でて慰められると、さすがに小っ恥ずかしい。

「よしよし…」

「サ、サリー? 気持ちは嬉しいが、人前でこれは…さすがにな」

「そう? 私はこのくらい気にしないけど…」

「ちょ、ちょっと!? どこ触ってんの! あっ、もう!」

 幸い、メアリーは好き放題している悪魔の相手でいっぱいいっぱいだったようで、こちらのやり取りなど気にしている余裕は無かったらしい。

 翻弄される彼女は羞恥に悶え、顔を赤らめてくすぐったそうに身を捩っていたが、当の悪魔は谷間から出たり入ったりを繰り返して愉悦を浮かべていた。

「…私は悪魔のチカラすら借りようと追い求めていたけど、悪魔ってのはこんな下品な奴しかいないの?」

「さあ、どうだろうな? でも、欲が深くてそれを丸出しにしてる奴は確かに多いぜ。だから、悪魔なのさ」

 なぜか誇らしげに答える悪魔の暴挙を前に、歯を食いしばり手をプルプルと震わせて耐えていた彼女も、いよいよ限界が近づいているようだった。

 羞恥によって赤らめていた頬が、怒りによってさらに赤みを増し、爆発寸前の火山を思わせる。

「それより、クロ。お前もこっち来いよ。気ん持ちいいぜ~」

「いや、お前な……」

 そんな彼女を尻目に、プルは平然と楽園を楽しんでいるようで、優雅なものだ。

「あんたね……、いい加減に…っ!」

「へっ…」

 業を煮やした彼女は、谷間の住人と化して長居する有頂天な悪魔をいよいよ引っ張り出そうと手を伸ばすが、パシッと軽快にその手を払われ、さらに怒りを募らせる。

「……ッ!」

 大きな舌打ちと共に、歯ぎしりまで聞こえてきそうなほどだったが、それでも彼女はギリギリで耐えていた。

「…そろそろ教えなさいよ」

「ああ、まぁちょっとは愉しめたことだし、教えてやるか」

 相変わらず、谷間から顔を出して胸中遊泳している悪魔は、事もない様に平然と答えた。

「結論から言えば、俺様のチカラをお前さんに直接分け与えることは不可能だ」

「……そう」

 ここまで耐えてようやく答えを聞けたのに、期待外れの知らせだっただけにショックは大きかったらしい。

 全身から力が抜けたように脱力し、深呼吸をするように大きな溜め息を漏らす。

 その後、しばらく俯いていたかと思ったら、自らの谷間から無造作に悪魔を掴み上げると、そのまま力一杯握り締めた。

「ギィヤァァー!!」

 見るからに魔法職であるはずなのに、すごい潰れようだと感心してしまった。

「……私がここまでしてあげたのに、はいそうですかって大人しく引き下がるわけないでしょ! それなら、もうあんたは用済みだわ。このまま握り潰してあげる」

「いやいやいや、待て待て待て…! 早まるな、まだ話は終わってない!」

 明らかに、今までの鬱憤を晴らそうとしている彼女の魔の手からなんとか逃げ出した悪魔は、弁解をするように話を続けた。

「確かに直接分け与えることは無理だが、間接的になら可能だ」

「…? どういうこと? 何が違うのよ?」

「この前、クロにチカラを与えたことで、俺様にはもうこの世界に干渉する為のチカラがほとんど残ってないんだ」

「ふぅん。人一人に与えただけで枯渇するなんて、随分貧弱な悪魔ね。まあ、でも…そういうことなら、直接分け与えることができない理由は分かったわ」

「貧弱は余計だ、脳筋魔女!」

「…え、何ですって? よく聞こえなかったから、もう一回言ってみてくれる?」

「イデデッ! イデぇっ! な、なんでもないです! はいっ!」

 余計な一言を言ってまた捕まった悪魔は、再び拷問に掛けられていた。今度は、握り潰された上で、フォークを眼前に突き付けられながら。

「そう…、ならいいけど。でも、それならどうすればいいのよ?」

「簡単なことさ。こいつと繋がりを作るんだ。そうすれば、こいつを通じて魔力パスがお前にも繋がって、俺様のチカラがお前さんまで届くってわけよ」

「へぇ、なるほど。で、繋がりって具体的には?」

「キスでもいいが、一番良いのは肉体関係を持つことだな」

 悪魔はサラッと言ってのけたが、少女にとってはそう簡単に流せる話ではなかったらしい。

 その一瞬怯んだ隙に、プルは易々と魔女の手から逃れることに成功していた。

「手を繋ぐ…とか、そういうのじゃダメなの?」

 悪魔さえ利用してやろうと考えていた割には、随分ピュアな考えを口にしたので、少し驚いた。

 とはいえ、簡単に身を売るような真似をする女より、余程好感が持てるのも確かだ。

「ああ、それでも時間は掛かるが不可能じゃないな」

「その時間って、どれくらい?」

「さあ? お前さんたちの相性次第だが、その程度だと何年かかるか分からんな」

「そんなに?」

「濃く深い繋がりを持つほど効果が高いのさ。だから、最短一晩で済むことが、キスなら毎日しても1年くらい、手を繋ぐ程度なら数年単位。何もしなくても傍にいれば影響を受けるだろうから、一緒に旅をするだけでいえば10年は掛かるだろうなぁ」

 そう目算を教えた悪魔は、チラっとこちらに目を向けて、ニヤリと笑った。

 そして、それと同時に直接頭の中に悪魔の声が響いた。

〈へへっ、感謝しろよ、クロ。ちょっと話を盛ってやったから、これでお前もこの女と愉しめるだろうさ…、ケケケッ!〉

 近くにいる二人の様子を見ても、今の声が聞こえたようには見えない。

 おそらく、例の悪魔と通じている魔力パスを利用して、意思を送ってきたのだろう。

 サリーはもちろん、考え込んでしまったメアリーにも聞かせられない内容だったので、その手段を用いたのは妥当だと言える。

 悪魔だけあって、悪知恵が働くやつだ。

「……分かったわよ。やってやろうじゃない」

 静かに答えを出した彼女は、ヤケクソ気味に言葉を続けた。

「一晩抱かれるくらい何よ。それで望んでいたチカラが手に入るなら、安いものだわ!」

「…でも、もしこれで何も起こらなかったら、あんたたち二人とも殺すから」

 静かに怒りを漂わせ、卑しい男たちを軽蔑する彼女の虚ろな瞳は、間違いなく本気だと主張している。

 それだけの覚悟を持って悪魔のチカラを欲しているのだから、これだけ恐ろしい気迫で殺人予告されてしまうのも仕方ないと思えてしまった。

「よぅし、これで契約成立だな。早速ヤんのか?」

「何言ってんの? まだこんな日も高いうちから、するわけないでしょ。…あんたも、変な目でじろじろ見るんじゃないわよ。私は、仕方なくすると決めただけであって…別に、あんたに気を許したわけじゃないんだから」

 俺にまで酷いとばっちりが飛んできたが、彼女の言い分も尤もだ。

「…まださっきの依頼も、話が途中だったからな。そっちもなんとかしないと」

「でも、なんとかって?」

「そんなもんは、もっと簡単だぜ。直接乗り込めば、いいんだからよ」

「作戦もクソもないが、どちらにしろ戦うことは避けられなさそうだからな…。仕方ない」

「ちょっと、どこ行くのよ?」

 メアリーとの話も決着がついたところで、席を立とうとすると、その彼女から呼び止められた。

「スラムの方に用があるだけだ」

「…だったら、私も行く」

「わざわざそこまで付いてくることもないだろうに、危険だと思うぞ?」

「そんなこと、言われなくても分かってるわ。でも、せっかく見つけた悪魔に逃げられたら、堪ったものじゃないからね」

「はぁ…。あとで、大人しく待っていた方が良かったと後悔しても知らないぞ」

「あら? 女に後悔させるつもりだなんて、随分いい男じゃない」

「……勝手にしろ」

「えぇ、そうさせてもらうわ」

 強情な魔女は引き下がらず、揃ってその場を後にすることとなった。

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