エピローグ
明朝、日が昇り始めると、辺りの雪が次第に溶け始めていき、一帯も本来の暖かさを取り戻していく。
二人は、依然暖炉の傍で抱き合ったまま、明るくなった空を窓越しに眺めていた。
「クロムくんが無事で良かった」
「俺の方こそ、色々礼を言わないといけないな…。助かったよ、ありがとう」
彼女のおかげで、死期の峠を越えて、かじかんだ寒さも失せていた。
「ううん。私も、その…初めてだったけど、クロムくんが私を求めてくれたのも嬉しかったから、気にしないで」
えへへ、と朗らかに照れ笑いを浮かべる彼女に、手をギュッと握られる。
ただ命を救うためにしてくれたことではなく、好意があってのことだと分かり、一晩中抱いた彼女のことが余計愛おしく感じた。
「でも…さすがにちょっと眠いね」
「ん、俺もだ」
「もう暖かくなってきたし、ベッドで少しだけ寝よっか?」
「ああ、そうしよう」
もう当然のように一つのベッドで一緒に寝るという発想が出てくる辺り、二人の距離は精神的にも一気に縮まったといえるだろう。
二人でベッドに移動して横たわると、自然と抱き合うように身を寄せた。
「おやすみ、クロムくん」
「おやすみ」
そうして、今度は暖かくなった室内で一緒に眠りについたのだった。
「ああっ!!クロ、てめえ!人がその辺で氷漬けにされてたってのに、自分だけしっぽりムフフのお楽しみとはどういう了見だ、ゴラァ!」
「ん?なんだぁ…?」
せっかくゆっくり寝ていたのに、悪魔のような怒鳴り声がうるさくて目を覚ます羽目になった。
「んぅ…?どうしたのぉ?」
サリーもやや遅れて、同じように目を覚ましてしまったようだ。
そして、俺以外の目もあった為か、シーツを身に纏って肌を隠しながら身体を起こした。
「おぅ、プルじゃないか。そういえば、お前どこ行ってたんだ?」
「それは、こっちの話だぜ。サリーの奴と添い寝だなんて、何がどうなってんだ!?」
「あー、それはねー」
サリーも交えてお互いに昨夜の出来事を話し、状況を整理した。
プルは、あの戦闘の際にいつの間にか巻き込まれてしまったらしく、吹雪の中雪に埋もれて凍らされてしまい、すっかり意識を失ってしまっていたそうだ。
ただ、以前の話の通り、本体は別の場所にあるそうなので命に別状は無く、夜が明けてから雪が溶けてきたことで、その場から脱出してきたらしい。
そんな状況にいたので助けてもくれず、探しにも来なかったことを怒っていたのだが、こちらがそれどころではなかったことを知ると、それなら仕方ないかと矛先を収めた。
「かぁーっ!しっかし、俺様としたことが、一番いいとこを見逃しちまったぜ!」
心底悔しがっているようだが、あまり良い趣味とは言えない。
「まあ、それはそれとして、もう一個気になってたことを話していいか?」
「まだ何かあるのか?」
ふざけた物言いや表情を脱ぎ捨てて、今度は一変して真剣な面持ちをしている。
「クロ。お前、昨日より明らかに魔力量が上がってないか?」
プルに指摘されてみると、確かに昨日までの自分よりチカラが漲っているように感じた。
「確かに、そんな気がする…けど、なんでだ?」
心当たりといえば、昨日の戦闘とサリーと一夜を過ごしたくらいなものだが、あまり合点がいくものではない。
「きっと、男として一皮剥けたからじゃねーか」
「…っ」
冗談交じりで持論を話したプルの傍らで、当の立役者であるサリーは少し恥ずかしそうにしていた。
「今回危なかったのは、魔力切れと疲労に加えて、あの異常気象の吹雪による慣れない寒さが原因だ」
「だから、サリーのヒールで肉体を回復できても、魔力切れまで治すことができなくて、身体が弱っていったんだ」
「でも、もうその心配は無いだろう。無尽蔵ともいえるようなこれだけの膨大な魔力を持っていれば、上級魔法を連続で唱え続けても、へっちゃらさ」
悪魔による解説を聞いて、少し安心した。
弱っていた俺の為に身体を張って助けてくれたサリーとの情事が頭を過ぎって、ちょっとだけ惜しいと思う気持ちはあれど、彼女に負担や心配をかけるようなことが減るのは、喜ばしいことだ。
「そんなに魔力量が上がってるのか?」
「ああ、それはもう。人間が持つには、バカげているような量だぜ」
「ははっ、それはすごいな」
事情がどうあれ、新たにチカラを得られたのなら、好都合。
今後は、出し惜しみせず、魔法も使って戦えるだろう。
「サリーのおかげで、また強くなれたよ。ありがとう」
「どういたしまして…で良いのかな。でもね、私はクロムくんが頑張った結果だと思うよ」
相変わらず謙遜する彼女は、自身のおかげだけではないという。
「そうかな?」
「そうだよ。きっと」
「イチャイチャすんな!」
不意に笑いがこみあげてきて、二人で和やかに笑っていたら、プルはその様子を嫉妬するように、声を上げて飛び回っていた。
プルの言った通り魔力量が上がった所為か、一休みしたことで、身体はだいぶマシになっていた。
もう日が高く昇ってしまっていたので、このままゆっくりしていては、今日もここで泊まることになってしまいそうだと話す傍ら、今日一日くらいは休んでもいいんじゃないかとサリーは心配してくれた。
しかし、まだ依頼の途中であり、自分の所為で足を引っ張ってしまうような行いは望むところではないので、先へ進むことにした。
昨日の寒さが嘘のような暖かさ中、もう少しでこの上り坂も終わりだと思いながら、相変わらず山道を歩いていた。
「クロムくん、身体の方はホントに大丈夫?」
「ああ、何ともないよ。むしろ、頗る順調さ」
心配してくれるサリーの心遣いはありがたいが、実際無理をしているわけではなく、言った通りだった。
どうやら、魔力量が上がっただけでなく、身体能力まで向上したらしい。
昨日までよりも、足取りは軽やかで、山道を登っていても、それほど疲れが溜まっている感覚はしなかった。
「サリー、こっち来てみなよ」
「ん?ちょっと待って……」
見晴らしのいいところに出たので、彼女を呼んで見せてみたくなった。
「わぁっ、すごい景色」
後を付いてきた彼女は、想像通りの良い反応をしてくれて嬉しい限りだ。
実際、だいぶ上ってきたこの場所からは雄大な景色が望めたので、それもそのはず。
それに、麓からもう少し先へ行ったところに目的地も見えていた。
「あれが、マルーンだな」
山を吹き抜ける風が、心地良い。
「クロムくん、ちょっと変わったね」
サリーは俺の横顔を見ながら、唐突に話した。
「そうか?」
「うん。もちろん、良い意味でだけど」
「なんていうか。頼もしくなったって感じかな?」
「だとしたら、それは…色んな事を経験して、少しは自信がついてきたからかもな」
「サリーやプルに支えられてはいるけど、卑屈になって臆病だった頃よりも、胸を張って前に進めそうな気がするんだ」
「これも、サリーたちのおかげだよ」
「そんなこと…」
「あるぜ!」
今の言い方だと、おそらく彼女は「ないよ」と言おうとしていたのだろうが、反対側にいた悪魔が遮った。
「もう、プルちゃんってばぁ…」
「実際、チカラを与えたのは、俺様だからな。何も間違っちゃいないぜ」
ケケケと下品に笑うプルの言い分には、確かに一理あった。
「さあ、さっさと次の町に向かおうぜ。まだまだ、やることはいっぱいあるからな」
「ああ、そうだったな」
先立って飛び立つプルに続いて、足を踏み出す。
すると、サリーが遅れずについてきて、寄り添って来たかと思えば、腕を絡めて共に歩む意思を示した。
「ふふっ…」
「へへっ、旅は道連れ世は情けってな」
振り返って、その仲睦まじい様子を見た悪魔は、楽しそうに笑っていた。
自らの弱さに打ちひしがれ、何者にも負けない強さを求めた。
悪魔によって芽吹いた種は、確かに強さをもたらし、見違えるような強さを得た。
しかし、それはまだチカラの一端に過ぎない。
チカラを持つ者には、それに見合った仲間が集まる。
それは、一風変わった仲間ばかりだったが、悪いものではない。
この旅の果てには、何が待ち受けているのだろうか。
だが、例え何が待ち受けていたとしても、この大切な仲間となら乗り越えていけるだろう。
そう、俺たちの冒険は、まだ始まったばかり。
つづく




