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ブラック・ディヴィジョン  作者: 天一神 桜霞
第一章 悪魔の契約
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⑨ 山の脅威

 サリーと温泉を満喫した次の日、俺たちは珍しい者と相まみえることとなった。

 いよいよ山道に入り、ひたすらそこを登ることになって、俺もサリーも疲労を重ねていた。

 獣道を進む訳ではなかったのは、不幸中の幸いだが、それでも平地に比べれば大変なことには変わりなく、特に山に慣れていなかったサリーには辛いものがあった。

「大丈夫か?サリー」

「うん…なんとか…」

 後ろを追いかける彼女の方へ振り向いて見ても、まだ笑顔を浮かべる余裕はあるようなので、もう少し頑張れるだろう。

 とはいえ、俺もそうだが、最初のうちは元気でも、進むにつれて次第に足が重く感じてきて、一歩一歩の踏み出すペースは徐々に下がってきている。

「おーい、もっと頑張れよー。日が暮れちまうぞー」

 相変わらず人任せなプルは、俺の肩に乗って鼻をほじって寛いでいるほど余裕綽々で、ダンベルモ塔を上っていた時を思い起こさせる。

 しかし、相手にするだけ疲れると分かったので、なるべく気にせずに努めることにした。

「こんなんでへばってて大丈夫かよ。全く、モンスターにでも襲われたら、どうすんだ?」

「その時は、お前を囮にして…逃げようかな」

「あー、ひっでえの」

 お前にだけは言われたくない、と言い返したかったが、それどころではなくなってしまった。

 ようやく少し開けたところに出たと思ったら、先客と鉢合わせてしまったからだ。

「ウガッ!?」

 向こうもこちらに気づいてしまったようで、どうやら知らぬ顔して通り過ぎるわけにはいかなくなってしまったようだ。

雪男イエティとスノーマンが、どうしてこんなところに…?」

 イエティやスノーマンといえば、本来もっと北の寒い気候の場所で見かけるモンスターだ。

 しかし、目の前にいる1体の大きなイエティとざっと10体は超えるスノーマンの大群は、現実のものであり、既に敵意を持ってこちらを睨んでいる。

「ウヴォオォオォォッ!」

 イエティの遠吠えに呼応して、スノーマンが魔法を使い、突如天気が荒れ始めて吹雪に見舞われる。

「きゃぁぁっ!」

 冷たい雪と風に煽られて、見の凍るような寒さに打ち震えることになり、サリーもローブの裾を抑えて悲鳴を上げていた。

「くぅぅ…さむっ!魔法で、こんなことまでできるモンスターもいるのか」

 もちろん俺も奴らと対峙するのは初めてのことで、驚きを通り越して感心する。

 吹雪だけでなく、周囲の気温まで一気に下がり、山登りで汗を掻いた身体が、冷風に晒されて体感温度はさらに下がる。

「こんなに寒くされたんじゃ敵わんぜ。クロ、さっさと始末しておしまい!」

 周りからは一見使い魔のように見えるプルから使われるのは甚だしいが、その意見には賛同した。

「ああ、分かってるっ!」

「私も、手伝うよ!」

 寒さに耐えかねたサリーも、やる気を見せて積極的に戦闘を行う意思を露わにする。

「ブライティア・スプリット!」

 サリーが呪文を唱えると、瞬く間に光の弾が3つ4つと生まれて、スノーマンの群れに放たれる。

 そして、彼らの元へ近づくと、その光弾は炸裂して光の針が無数に襲い掛かった。

「ンヒー!」

 しかし、その攻撃をもろともせず、スノーマンは魔法で氷柱を生み出して反撃に転じた。

「なんでぇ?効いてないよぉっ!?」

 飛んでくるいくつもの氷柱を慌てて回避した彼女は、計算違いとばかりに文句を嘆いた。

「確か、スノーマンは火属性の魔法しか効果が無いんだ。あの雪を溶かして、滅しないと倒せないってどこかで薄っすら聞いた覚えがある」

「もう、それなら先に言ってよぉ…」

「いや、話す前にもう魔法使ってたから…」

 拗ねる彼女の言い分は尤もだが、実際にその通りなのか自分の目で確かめておきたかったというのもある。

 サリーには悪いが、珍しく拗ねている姿を見られたのは新鮮であり、また可愛らしいのだから悪いことばかりではあるまい。

「でも、そうなると…スノーマンは、全部俺が倒すしかないな」

「なんでもいいから、早く全員倒しちまえよ!地獄の業火でイチコロさ!」

 俺から離れたプルは、吹雪の中必死に飛び回っていた。

「とはいえ、これでダメなら逃げるしかない…。メルト・バーニア!」

 今使える中でも最上位の火属性上級魔法を唱え、熱い炎が轟々と放たれるとスノーマンへ直撃する。

 この魔法は、火属性の魔法の中でも、特に超高温を誇る魔法だ。

 範囲こそ狭いものの、スノーマンも一瞬で溶けてなくなり、降り積もっていた雪も炎が通った場所だけ無くなって、剥き出しになった地面が焼け焦げている。

「クロムくん、それならいけるよ!」

 身を震わせながら声援を上げるサリーの声と共に確信を持った俺は、仲間をやられたスノーマンとそれを従えているようにも見えるイエティたちから、悪い意味で脚光を浴びることになった。

 おかげで、サリーそっちのけで狙われる羽目になり、物理で襲い来るイエティの攻撃を受けながら、スノーマンの魔法による氷柱攻撃を避けることになる。

「全く、こっちは疲れてるのによぉっ!」

 グリム・リーパーを手にしながら、左手からはメルト・バーニアの魔法を放ちコントロールする。

 幸い、メルト・バーニアの火力のおかげで、ある程度氷柱攻撃は届く前に溶かすことで無効化できたこともあり、なんとか戦えていた。

「ウンガァッ!!」

 ドガーーンと音を立てる空を切ったイエティの攻撃は、地面を強く叩いて雪を巻き上げただけで終わってしまう。

 イエティの拳は、人間の比ではなかったが、かといってヘビビンガー・マダダス・オーガスほどではない。

 奴との戦闘の経験は、精神的な意味も含めて、大きな糧となっているようだ。

「ふんっ――っ、くぅ!」

 イエティへ反撃しようとすれば、横やりが入って妨げられてしまう。

 頬を掠めた氷柱が、かすり傷を付けた。

「邪魔だっ!メルト・バーニア!」

 お返しとばかりに、超高温の炎を撃ち返し、スノーマンをまた1体消し去る。

 その調子で、イエティの攻撃を防ぎつつ、スノーマンを魔法で焼き払って着実に減らしていくと、少しずつ勝機も見えてきた。

「ええいっ!」

 攻撃直後の隙をついて、スパンと身体を切り裂き、イエティは文字通り崩れ落ちる。

「メルト・バーニア!」

 しかし、イエティを倒したところで、まだ戦闘は終わらない。

 しかも、何度も何度も火属性の魔法を放って確実にスノーマンを消しているが、その数の多さ故に負担が大きい。

「くっ、うっ…!」

 上級魔法は今まで使ってきた初級魔法とは違って、消費魔力が桁違いに多い。

 悪魔との契約によって成りあがった俺の身体では、まだまだ魔力総量がそれほど多くなく、連発していれば、そう遠くないうちに魔力が枯渇してしまう。

 徐々に疲労と共に身体が重く感じるようになり、攻撃を被弾することも増えてくる。

「クロムくん、あと少しだよ!頑張って!」

 回復魔法を使いつつ、応援してくれるサリーの言う通り、最初はあれだけいた数のスノーマンも僅か2体にまで減っていた。

「メルト…バーニアァ!」

 渾身の炎を放ち、残りの2体をまとめて焼いて倒したのを確認すると、安堵と共に一気に疲れがやってきて、頭がふらふらして立っていられず、雪の上に倒れてしまう。

「クロムくん!大丈夫!?」

「あぁ…」

 血相を変えて駆け寄ってきたサリーは、もう一度回復魔法を掛けてくれたが、あまり変化は無かった。

「お疲れ様」

 労う言葉を掛けられながら、その身をゆっくりと起こされる。

「こんなところで寝てたら、身体壊しちゃうよ」

「あぁ…そうだな。…悪い、肩…貸してくれるか」

「うん」

 情けない姿を見せるのは格好悪くてやるせないが、そうでもしないと立っていられないほど身体は疲労困憊で悲鳴を上げていた。

「吹雪は少し収まってきたけど、まだ雪も降ってるし…どうしよっか?」

 空を見上げる彼女の言う通り、スノーマンの魔法は意外としぶとく影響力も強いようで、倒せばすぐに以前の暖かさを取り戻すわけではなかった。

 俺を支える彼女の身体も、未だ寒さに震えているのがその証拠だ。

 この辺りは元々雪が降るような場所でもなく、比較的温暖な気候なので、特に防寒対策もしていなかったのが、裏目に出てしまった形になる。

「天気が回復したなら、あとは日光の熱で雪も解け始めそうなものだけど…生憎、日が落ちてきてるな」

 まだ地面を雪が覆っていて、木々の葉の上にも雪が積もっているような光景では、寒々しくて温かみを感じるようなことも無い。

「昨日の温泉のところまで戻るっていうのは、どうかな?」

「寒い身体を温めるには最適だけど…それは難しいな」

 雪道を歩くのは、何かと危ないというし、これから暗くなる山道を下って、だいぶ遠くにある温泉を目指すのは、少し無謀ともいえる。

「うぅ…なんか、また寒くなってきたな。どこかに休めそうな場所は無いものか…」

 木が邪魔で頂上はまだ見えず、先がどのくらい長いのかも分からない。

 そんな絶望的な状況で、同じように山道の先を見ていたサリーが何かに気付いた。

「ねぇ、クロムくん。あれ、何かな?」

「ぅん…?」

 彼女の指が指す先を凝視すると、細い道の奥で、木々に囲まれてハッキリと視認できないが、何やら建物があるように見えた。

「行ってみるか…」

 今の状況で登るのは一苦労で、時間もかかってしまったが、その苦労の末に山小屋へ辿り着いた。

 温泉に建てられたものよりも、さらに簡素な木造建築だったが、寒さを凌いで身体を休めたい現状では、藁にもすがるような思いで欲していたものだった。

「鍵開いてるみたい」

「とりあえず、中に入ろう…」

「お邪魔しまーす」

 ギイィ…と建付けのあまり良くない玄関扉を開けて入ってみたが、中はもぬけの殻だった。

「誰もいないね…。あっ、暖炉があるよ」

 目ざとく見つけたサリーに暖炉の傍まで肩を貸してもらい、腰を下ろした。

 雪に濡れて冷たくなったローブを脱ぎながら、小屋の中を見回す。

 部屋の区切りは無く、ただっぴろい造りで、ベッドも一つしかないが、使われていた形跡はある。

 他にも、壁には斧や伐採に使いそうな道具が掛けられていることから、おそらくこの山で作業をする人が使うために建てたものであると推察した。

「薪もあったから、すぐ準備するね」

 サリーも疲れているし、寒いだろうに、せっせと薪をくべていた。

 残念ながら、この小屋の中にいても、現状の寒さを想定した造りではないため、かなり冷える。

 ベッドに置かれたものも、厚い毛皮のような暖かなものではなく、薄っぺらい布が一枚あるだけだった。

「ごめんね、クロムくん。私じゃ火を起こせないから、少しだけお願いできる?」

「あぁ…大丈夫。それくらいなら…」

 高位の魔法が使えるようになっても、旅先ではこうして火を起こす際に便利なのが初級魔法の『イグニッション』だ。

 消費魔力も僅かなので、残り少ない俺の魔力でも事足りる。

 魔法によって種火を起こすと、それを絶やさないよう薪に引火させて、徐々に大きな炎にしていく。

 これも、旅先で何度も行っていたので、サリーもその手際を覚えていたようだ。

 今は一刻も早く暖を取りたいので、どんどん薪をくべて風を送り、パチパチと燃える火をいつもより大きく育てていた。

「あったけぇ…」

「暖かいね…」

 火の調節が落ち着いてくると、サリーが隣に座って、二人で身を寄せ合うように炎へ暖かさを求めた。

 しかし、身の凍るような寒さの中では、その一方向からの熱だけでは物足りず、手足の先は冷たいままで、身体の震えは収まらなかった。

「クロムくん、大丈夫?」

「ぁぁ…」

 心配して声を掛けるサリーは、俺ほど凍えているわけではなく、少しは余裕がありそうだった。

「キュア…、リカバリー」

 返答以前に、全然大丈夫ではない様子を感じ取った彼女は、さらに上位の回復魔法をいくつも唱えたが、やはり効果は無かった。

「これでも、やっぱりダメ…?」

 魔法の効果によって外傷は治っているし、肉体的にも疲労は取れている気はするが、それでも回復できない魔力切れマインドダウンによる意識の混濁と、寒さによるダブルパンチが身体を衰弱させていく。

「でも、このままじゃクロムくんが…」

 思いつめた様子から葛藤を始めたと思ったら、そんなものは一瞬のことで、すぐに黙って頷いてこちらに向き直った。

「クロムくん、服脱いで」

「ぇ?」

 こんなに寒くて震えているのに、なぜ余計寒い恰好をせねばならないのかと言いたいところだったが、もはや意識は朦朧とし始めてきて、深く頭で考えられずいた。

「こういう時は、肌で温め合うのが一番だから」

 そう言った彼女は、率先して自らも服を脱ぎ、肌を露わにしていく。

 白いローブを脱いでも、色白の綺麗な肌をしているので、サリーは雪の妖精なのではないかと非現実的な考えが浮かんだ。

 吹雪によって雪が積もったローブをはたいて暖炉の近くに干すと、俺の元へ戻ってくる。

「ほら、クロムくんも…」

 装備や服を脱ぐために身体を動かすこともままならない様子を見かねて、サリーは艶めかしい姿のままでも構わず手伝う。

 そして、暖炉の熱で乾かす為、そのまま俺の服も同じように干した。

「サ、リィ…」

 震える声で辛うじて彼女を呼ぶと、安心させるように笑顔を浮かべてそっと抱きつかれた。

 お互いに身を隠すものを一切着ていない状態で、直接彼女の体温に触れる。

 彼女の身体もやや冷えているのだろうが、俺の方がもっと冷えてしまっているようで、暖かく感じた。

「大丈夫だから。もっと、私を感じて…」

 正面から抱き合った格好で、サリーは自らの身体を擦り付けるように動かし始めた。

 横から暖炉の炎の熱も感じるが、この姿でじっとしているだけでは十分な暖かさを得られないので、摩擦によって熱を起こそうということだろう。

 実際、彼女の女性的な膨らみが胸板を擦っていくと、徐々に身体が熱を取り戻すのを感じる。

「んっ…んっ…んぅ……」

 しかし、お互いの敏感な部分や柔らかな部分が擦れることで、こんな状態であっても、身体が女に反応してしまう。

「サリィ…ごめ…ん……」

 凍死しかけている俺の為に、文字通り身体を張って、決死の思いで彼女が助けようとしてくれているというのに、この有様では申し訳ないと心から謝罪する。

 けれども、彼女はその謝罪を受け入れなかった。

「ううん、良いんだよ。それで」

「ふふっ…。こっちは、熱くて…元気いっぱいだね」

 身体全体が冷えてしまっている状態でも、サリーのおかげで唯一熱く滾った部分がある。

 彼女は徐にそこへ触れると、一度腰を上げてから、ゆっくりと下ろし、自らの一番熱い部分に俺を招き入れた。

「んぁっ…!ん、んぅぅ……」

「あったかぃ…」

 俺は寒々しい空気から一変して、温かな歓迎を受けたことに感動すら覚えていた。

 その一方で、苦痛に顔を歪めるサリーは今まで聞いたことの無いような艶めいた声を漏らした。

 そして、一呼吸入れたと思ったら、今度は切ない表情で迫られる。

「このまま、クロムくんも動いて…ちゅっ……」

 何も言う前に、彼女の唇で口を塞がれてしまい、もはや反論の余地は無い。

 衝動に身を任せて俺は彼女を求め、彼女自らも身体を動かしていく。

 薄らいだ意識の中で、彼女の美しくしなやかな肌に何度も触れて、その温もりを感じる。

 それは、まるで夢のようだった。

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