八話
年飛びます
ユレンが十歳になった。
毎日の仕事も慣れ始めた頃、ユレンと同じ歳の少年たちも同じ畑で働くようになった。ユレンが働きだしてからは、顔を合わせることも少なくなったが、また一緒にいられると互いに喜びあった。
ユレンが魔法を使えるというのは村では有名であり、少年たちのなかには教えてくれと頼み込んでくる子も多かった。教えたとしても使えるようになるのは数人でそれも四属性初歩の一つぐらいだったがそれでも使えるようになった者たちは喜んでいた。
また、少年らに魔法を教えているせいもあってか働いてる畑の指導者に就いてくれないかと一緒に働いている老人たちに頼まれた。十歳の子供に指導者を任せるのはどうかと思ったが指導者と言っても畑を総括する者の言うことを伝え行うだけなのもあり、老人たちに強く説得されやむを得ず指導者の任をユレンは受けた。
「ふぅ……まぁこんなとこか?」
ユレンは額の汗を腕で拭い、息を大きく吐きだす。畑では人が増えたため労働力が増し、以前よりも仕事の効率があがるという嬉しい悲鳴が上がっていた。
「よーし、今日の仕事も終わりだ!!!ユレン、川に仕掛けた罠見に行くんだけどいかないか?」
空が少し赤くなってきたところで本日の仕事も終わりを告げた。ユレンは一緒に働いている少年たちと談笑しながら帰る支度をしていると一人の少年からそんなことを言われる。
「え?んー……今日は早く帰りたいから遠慮しとくよ」
「今日もかよ!ったく付き合い悪いなぁ。でもまぁしゃあないな」
「お前ほんとに家好きだよなぁ。俺は母ちゃんうるさいから嫌いだぜ」
ユレンは少年らの恨めしい視線に引きつった笑みを浮かべる。
「悪いな。今度埋め合わせするよ……そしてお前はもっと母ちゃん大切にしろ!」
そう軽口を叩くユレンたち。そこへ、どこからか村の少女達がユレン達へ近づいてきた。
「ユ、ユレンくんっ。これお母さんと一緒に作ってたの、よかったら食べて……?」
「ユレン!今日、野菜を多く取りすぎちゃって……。これ、よかったらみんなで食べて!」
「ユレンさん!前に渡した私の料理食べてくれましたか!?」
集まるやいなや、あれやこれやと顔を赤くしながらユレンに何かを渡したり、約束を取り付けようとする少女たち。ユレンは急なことにあたふたしながらも、もらえるものはしっかりともらい笑顔を浮かべる。そんなユレンを少年たちはまるで親でも殺されたような形相を浮かべ睨む。
「あ、ありがとうみんな……。家族で食べるよ!そ、それじゃ、またねー!」
その場から逃げ去るようにユレンは走り出す。そんなユレンにあっ、と手を伸ばしながら見送る少女たちの表情は少女マンガのヒロインのようにキラキラとしていた。
「……やっぱりユレンくんいいなぁ。魔法も使えてかっこいいし、責任感もあって将来性もばっちりだし!」
「うちのお母さんも狙うならユレンくんって言ってた!家族も大切にしそうだから安心できるなぁ……。告白しようかな……」
「ちょっと、抜け駆けは許さないからね!」
きゃーきゃーとアイドル会ったかのように騒ぐ少女たち。まさに今、ユレンにはモテ期がきていた。客観的にユレンを見たら、齢十歳で多数の魔法を使え、畑の一指導者にもなっている。それを考えると村一番の出世頭と言ってもおかしくない。おまけにこの世界では珍しい黒髪を持っていて、顔も整って体は毎日農作業をしているため引き締まり、性格も転生のせいか歳のわりにクールな印象を少女たちに与え心を掴んでいた。
今村は、ユレンを捕まえようとする若い少女で溢れていた。中には成人を果たした女の人もいるとか。
「……顔か!?顔なのか!?」
「ばかやろう、そんなことじゃねぇ!魔法だよ!くそ、俺もあいつくらい魔法が使えたらなぁ……!」
男の子たちは羨ましいのか、怨嗟の声をあげユレンに嫉妬していた。しかし、ユレンには勝てないと自覚しているのか、すぐに気持ちを切り替え顔を上げる。
「女なんか知るか!おい、川行くぞ、今日こそ獲物とる!」
「「「おーー!!!」」」
そういって少年たちは川へ走り出し、少女とは違う獲物を取りに行くのであった。走りだした少年たちの目には涙が浮かんでいたとかないとか。
―――――
「ただいまぁ」
畑から帰ったユレンはいくつもの籠を抱えていた。前が見えていたのかすら怪しいほどだ。
「おかえりユレン。あら、なにその荷物。またもらったのかしら。モテるわねぇ……」
家についたユレンは、両手に抱えたたくさんの籠をニヤニヤしているユーリに無理やり預けると、深く息を吐く。
「ありがたいけど申し訳ないよ……。全然名前覚えてないような子からももらうから、なんだか最低なやつみたいだ……」
「もう、ユレンって以外とヘタレね。全員面倒見てやるぜくらいの気持ちでちょうどいいわよ!」
ユレンはそんなユーリに苦笑し、母もこんな風に父を捕まえたのだろうかと考えた。少しユーリと話すと家の裏へ回る。そこにはちょうど体を洗い終えたレントがいた。
「おかえり、ユレン。今日もおかずもらってきたか?」
「予想通りたくさんあるよ……。俺がもらったのにほとんど父さんが食べるから感想もうまく言えなくて困ったよ」
「あっはっは、それは悪かった。最近はナツも食欲が増えてきたからユレンがもらってきてくれて感謝しきれんなぁ!」
そういって豪快に笑うレントに、人の苦労も知らずに……と睨むユレンだった。ナツは二歳になり母乳から卒業した。今は野菜を刻みミルクで煮たものを食べている。ナツは今、たまにユレン達が食べているものにも手を伸ばしてくるほど食いしん坊になっていた。
体を拭き終え、スッキリしたユレンは家の中に入っていく。扉を開ける音が聞こえたのか、一人の少女がユレンの方を向きトタトタと近づいてくる。
「おー!ただいま、ナツ!」
そういって脇に手を入れ、上へ持ち上げる。満面の笑みを浮かべ楽しそうに笑う妹は初めて抱いた時よりも重くなっていた。
「おかーり、ゆれん」
「おー!ユレンだよー!」
二歳になったナツはすくすくと育ち、今では立ち上がり近寄ってくるほどまで成長した。
「ユレン、ご飯ができたから座っで待っていて」
「わかった。さぁナツ、席につくよー」
―――――
女神オリヴィアに祈りを捧げたら、ささやかな食事が始まる。食事中はいつもその日に起こったことや、世間話などをする。
「え、また税が上がるの?」
「あぁ、そうらしい。村長たちが話しているのをたまたま耳にした。今はまだいいが、これ以上あげられると生活が苦しくなるな……」
この世界の農民の税はおもに麦などの農作物だ。農民たちにとって主食のため、税として取られると生活が厳しくなるのは当然だった。そのため農村ではあまり使わない金銭や毛皮など他のものも合わせて税とする家も多かった。
しかし、ユレンたちは金銭を稼いだり狩りをしたりするわけでもないため、すべてを農作物で担っていた。なのでユレン達からすると食べていくのに支障が出るのだ。
「こんなに税があがるのは中々ないからな……。もしかしたら戦があるのかもしれん」
「戦……か」
人の歴史は戦争の歴史。ユレンは前世の戦争を思いだし、顔に影を落とした。平和に暮らしたい。そうユレンは思うも、何かができるわけではなかった。
「まぁ、ここまで戦争の影響がくるのは稀だ。俺たちは麦を作り、兵士の人たちの支えになっていればいいのさ。生活が苦しくなっても、家族がいれば大丈夫さ!もしもの時は俺がなんとかする!」
そういってユレンたちを笑いながら眺めるレント。そんなレントを見て三人も笑いだす。食事は楽しくした方が美味しい。その後はナツが手伝いをしてくれた話やユレンの仕事の様子など明るい話題が飛び交った。
――――――――
その夜ユレンは一人、毛布代わりの毛皮にくるまりながら考え事をしていた。
(このままだと食べる量を減らす時がくるかもしれない)
周りの人たちに頼るのもいいかもしれないが、ユレンはあまり周りに頼りたくはなかった。
(頼るのは本当にどうしようもなくなってからだ。何かいい案はないかなぁ……)
ユレンはそんな考え事をしつつ、体の中の魔力を動かしていた。
ユレンは突発的に覚えた『加速』を上手に使えるようになる他、新しく『風弾』という小さな風の塊を飛ばす魔法を覚えてた。どちらも初級レベルで、数はさほど使えないため、毎日魔力の使い方を練習する他に、暇を見つけては魔力と触れ合っていた。
それだけでなく、ユレンは魔力を体に流すことで『身体能力を強化することができる』ということを発見していた。これは農作業をしている際に、魔力の操作の練習として、体の中で動かしていたら、その日の疲れが少なかったことから発見した。他にも感覚が優れたり、治癒能力も強化できることが医者に話を聞いてわかった。しかし、今のユレンの魔力程度では身体能力を少し上げるか、疲労を減らすことくらいしかできなかった。
そのためユレンは、毎日魔力を体の中で動かすことで操作性や制御力をあげようとしていた。とそんなことを考えて魔力を動かしているうちに、眠気がユレンを襲ってきたため操作を止める。
ユレンは内の魔力から意識を離すと、目を閉じる。
(……なにか、ないかなぁ)
そうしてユレンの意識は消え、深い眠りにつくのだった。
ちゃくちゃくと近づきつつある。