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もうこの手から零さない  作者: naff
一章 胎生編
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六話

 

 秋が終わると、凍えるような寒さの冬がやってきた。


 貧しい農村では冬を越すのも大変だ。食料や薪の確保などいつもならできていたことが難しくなる。冬に向けて、ユレンとレントは肌寒い中、汗をかきながらせっせと働いていた。

 秋から少しずつ集めた薪を組み上げ仕舞い込み、乾燥させた野菜、穀類のオートミール、干し肉に腸詰め肉といった日持ちする食物を袋に詰め、外にある倉庫へ運ぶ。


「ふぅ……これだけあれば足りるか?」


 レントは、積み終わった物資の山を眺め、満足げに息を吐く。ユレンはじんわりとかいた汗を拭い満足気に頷く。今年はユレンが魔法を使えるようになった為、昨年より負担が少なくなったが冬への不安はとても大きかった。雪が降り始める前に準備を終えることができてユレンはほっとしていた。


「お疲れ様、中で暖かいスープを作っておいたよ」


 ユーリがヒョコッと顔を出し、扉の外から倉庫の中を覗く。それを見たユレンは、ぎょっと目を見開く。


「か、母さん!?ここは危ないから家の中に入ってて!なにかあったらどうするの!?」


「え?大丈夫よ、私だって少しは歩きたいの」


 ケラケラと何でもないようにユーリは笑う。しかし、ユーリの姿をよく見ると、腹部が不自然に膨らんでいる。そう、ユーリはこの秋妊娠が発覚したのである。

 前世は一人っ子だったため、兄弟ができると知るとユレンは踊るように喜んだ。それからというもの、ユレンはユーリの分も仕事をするようになり、ユーリとお腹の赤子の安全を第一に置いて日々を過ごしていた。

ユレンを出産した際、とても危ない状況だったのは二人の記憶にも鮮明に覚えているため、万全の状態で出産に臨める環境を作ってくれているユレンを苦笑しつつも頼もしく思っていた。


「でも……心配だから戻ってほしい!俺のためだと思って!」


「はいはい、わかりましたよぉ〜。もう、心配性のおにいちゃんね」


 そう言ってユーリは優しくお腹を撫でながら、玄関の方へ戻っていった。戻るのを心配そうに眺める息子の頭を撫でつつ笑う。


「ユレンも大変だな。……冬を越えたら忙しくなるぞ、頑張ろうな」


「うん、がんばるよ。どっちも無事でいてほしいんだ」


 ユレンとレントは顔を合わせ、互いに頷くと倉庫を出た。

 母子ともに健康で生まれるのが当たり前ではない。この世界はいつ命が無くなってもおかしくないのだ。


「……お前の出産は結構、危なかったんだ。だからユーリも顔には出ていないが不安でいっぱいのはずだ」


「え、そうだったの?」


「あぁ。生まれた時、息をしてなかったんだ。心臓が止まったと聞いたときは誰もがお前の死を悲しんだ。……でも急に止まったはずの心臓が動き、お前が泣き出したんだ。奇跡としか言えない。女神オリヴィアには感謝しきれん」


 それを聞いたユレンは、何か考えるように俯く。が、すぐに顔を上げ、レントに笑いかける。


「……なら今回も大丈夫だよ、きっとオリヴィア様が見てくれてるよ」


「あぁ、きっとそうだな」



――――――—————



 夜の帳が落ち昼以上に冷える中、ユレンは魔法の練習をしていた。

 ユレンの吐く息が顔を隠すように白く染る。


創水(ウォーター)


 そう呟くと右の手の平に水球が生まれる。それを地面に置いた桶の中に注ぎ込む。それを繰り返し、桶がいっぱいになるまで水を貯める。


種火(ファイア)


 今度は小さな炎が生まれる。それを桶の水に数回ぶつけると湯気が湧き出てくる。お湯に変わったのを見計らい、桶の水に布をつけ外気の寒さに体を震わせながら静かに拭く。


 ユレンが二年で覚えた魔法は五つ。

 最初に習った『灯火(トーチ)』に加え、基本四元素の『種火(ファイア)』『創水(ウォーター)』『微風(ウィンド)』『砂土(サンド)』の四つを使えるようになっていた。これらは基本四元素の初歩魔法であるが、未だ子供であるユレンが二年で覚えるのは異常なことであった。


 無属性は魔法適正があれば誰でも使える簡単な魔法が多い。それに比べ、基本四属性は才能によって得意不得意がある。ユレンは『微風(ウィンド)』を一番早く覚えることができ、次点で『種火(ファイア)』と『砂土(サンド)』を覚え、『創水(ウォーター)』は使えるようになるのに一年以上かかった。


 水に適正が欲しかったとユレンは嘆いていたが、初歩魔法を使えるようになった今、日常生活に支障はなかった。ましてや五歳から七歳の約二年で四属性の魔法を覚えたユレンには確かな魔法の才があった。


 ユレンは体を拭き終わると玄関近くにある椅子に座り、暖かい水の張った桶に足を突っ込み人をボーッとささやかな星の光に彩られた夜空と景色を眺めていた。ユレンは今夜、人を待っていた。


 ユーリは『灯火(トーチ)』、『種火(ファイア)』、『創水(ウォーター)』しか教えることができなかったため、残りの二つを村唯一の医者に教えてもらった。

 ふくよかな体型も相まって温和で話しやすいため、ユレンは医者のことを気に入っていた。医者の男にとってもユレンの出産は記憶に鮮明に残ることだったため、その成長を見ることを楽しく思っていた。

 

ユレンはユーリの検診のために訪れる医者を玄関前で待っていた。外にいて足をいれていたお湯が温くなってきてしばらくした頃、遠くで揺れる黄色い明かりが見えた。

 ユレンはすぐに足を拭き靴を履くと、光目掛けて駆け出した。



———————————————

 


 明かりを頼りに歩く医者の男性は、遠くから近づいてくる足音に気づき、足を止める。ジッと目を向けると、少しずつ近づいてくる小さな少年が目に入った。


「ん?……おぉ、ユレンくん。こんばんわ。どうかしたのかな?」


「こんばんわ先生。迎えに来たのもあるんですけど、実は少し聞きたいことがあって……」


 そういうとユレンは話を切り出す。


「……先生、俺が生まれたとき心臓が止まって、そのあと動き出したって本当ですか?」


「あぁ、あの時のことか……。あぁ、本当だとも。あれは奇跡としか言い表せないよ。何せ心臓が動いていなかったのに、急に泣き出したんだ。今思えば不思議な光景だったねぇ……。長いこと医者をしてきたけど、あんなことは一度もなかった。いやぁ、あの子が今では村一番の麒麟児とは……感慨深いねぇ」


 医者はどこか遠くを見つめ、懐かしむように当時の状況を語りだす。そしてユレンのことを見るとワシワシと、頭を豪快に撫でる。なすがままにされていたユレンは、抵抗するでもなく笑みを浮かべていた。


(俺は……この子の人生を奪ったわけじゃなかったんだ)


ユレンはどこか安心したように息を吐いた。

それはユレンとしてこの世界に生まれたときから気にしていたことだった。優一という存在が、ユレンとして生まれてくるはずだった存在を消してしまったのではないか、そう不安に思っていた。


(よかった……俺は、ユレンとして生きていいんだ。生まれ、生きることができなかった分、俺がこの子の代わりに恩を返そう)


 静かにユレンの目から流れる涙は頬をつたい落ちる。


「今回の出産こそ、しっかりと僕の力で――――ってどうしたの!ユレンくんなんで泣いて……。もしかして、頭強く撫ですぎた!?」


「す、すみません。なんだか、感動してしまって……」


「おぉ、そうかぁ!任せておきなさい、確かに奇跡はすごいが今回は奇跡に頼らずとも母子ともに健康で元気いっぱいにさせてみせるからね」


「はい……お願いします先生!」


 そういって二人は、ユレンの自宅へ歩き出す。暗闇が広がる夜道、舗装などされていないでこぼこした道のため医者は時々バランスを崩しながら歩く。


「足元、気を付けてくださいね。灯火(トーチ)


 ユレンの目の前に真っ白な光球が生み出される。

 その光を見た医者は驚いたように目を開く。


「おぉ……。いつ見てもユレンくんの灯火(トーチ)は白く綺麗だね!珍しい色だし、縁起がいいな」


「えぇ、母さんからもよく言われます。母さんの灯火(トーチ)は青く光りますし、先生は黄色ですよね」


「一般的なのは黄色や青とか橙色だしね。白も少なくないけどこんなに真っ白いのは初めて見たよ。やっぱりオリヴィア様に愛されているんだね、羨ましいよ」


 男性は羨ましそうにその光を見つめる。

 女神オリヴィアの色として純白が象徴される。そのためこの国では、白は神聖で神に愛された色とされている。そのため白で飾られたものはとても大事にされていた。


 黄色と白の二つの光が夜道に揺れ、夜の闇を行く。冬の到来を知らせるかのように吹く乾いた風が辺りを吹きつけ、収穫を終えた畑の土、砂を静かに撫でる。


 厳しい冬がやってくる。


早く進めたいけど書きたいことが多すぎて進まない。

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