表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もうこの手から零さない  作者: naff
一章 胎生編
6/31

五話

時間飛んでます。


 

 生ぬるい風が頬をなでる。

 すさまじい熱気が肌を焼く夏、ユレンは鍬で土を掘り返していた。土は固く、幼い子供の体には重い。そのため思うように作業が進んでいなかった。


(あちぃ……)


 大粒の汗が額からしたたり落ち地面を濡らす。ユレンは腕で汗を拭うが、止まることはない。手のひらに痛みを感じて見ると、手のひらのマメが潰れていた。ユレンは痛みに顔をしかめるも、また鍬を握り土を掘り返す。


 ユレンは七歳になっていた。

 毎日畑仕事をして過ごす日々。その日も夕方になるまで土を掘り返して一日が終わった。ユレンは近くにあった切り株に座り、水を浴びるように飲む。この世界でも夏は焼けるほど暑く、子供の体ではすぐにバテてしまう。こまめな水分補給を心がけてはいるものの、辛いものは辛い。しばらくボーッと夕日を見つめていると、どこからともなく誰かが近づいてくる。


「ユレンくんお疲れ様。まだ幼い……いや、若いのによく働くなぁ」


 声をかけてきたのは同じ畑で働く人の中でも年配の老人達であった。全身が土で汚れているものの、年齢にしては足腰がしっかりしている。


「いえ、家のためですから……。少しでも多く仕事をして負担を減らしたいし、なにより好きでやってますから」


「いやぁ、参った。うちの孫たちにも聞かせたいわい。前に話したら『ユレンとは比べるな』だ、いやすごい」


老人はそう言うと愉快そうに高笑う。


「いえそんな……。俺もみんなと比べてそんなに変わんないです。余裕がないからしっかりやるだけで」


 ユレンの言葉に老人達は、さらに笑う。


「ははは、しかし、本当に大変になったらすぐに言うんだ。ワシたちを手伝ってくれるユレンくんを少しでも助けたい」


「ありがとうございます。もしものときは頼みます」


 そう言うとユレンは大分萎れた皮水筒を仕舞い、切り株から立ち上がる。真っ赤に光る夕日は落ちかけ、全てを包む夜が訪れるのはあとほんの数刻だった。


「そろそろ帰ります。また明日もお願いします。では、さよなら」


「あぁ、さよなら。気ぃつけてな」


 老人に別れを告げ、ユレンは家への帰路に着く。そんなユレンの背中を老人達は見送る。


「……あの子はほんとに七歳児か不思議に思うのぉ。まるで青年を相手にしているようじゃ。わしら老人にとってはほんに頼もしいわい」


「この村一の麒麟児とはよく言ったものじゃ、下手すりゃここ一帯の村で、一番かも知れんぞ」


「ありおるのぉ。しかし、レントの家も安泰じゃな。あの子がいれば将来は困らんじゃろ」


「それもそうじゃ。全く、羨ましいわい。……そういえば隣の村でなぁ―――」


 いつの間にかユレンの話は終わり、そのまま談笑を始める老人たち。生活は苦しくとも、この村は平和そのものであった。



―――――—————



 日も暮れ景色が薄暗くなる中、一つの真っ白な光がフワフワと浮いていた。それはどこか眩しく、この世界からまるで色を抜いたような真っ白だ。その光に照らされるのはそれとは対照的なユレンの黒髪。夏の微風によって静かになびく。


(そろそろ切りたいな……。母さんは長いのが好きらしいけど、前髪が目にかかるんだよなぁ)


 指で前髪をつかみ、邪魔そうに横へ流す。この世界では珍しい黒髪は村一番の麒麟児と名高いユレンの特徴でもあった。レントの茶髪とユーリの灰髪のどちらでもない黒色。ユレンの黒髪を見てレントがユーリの浮気を疑った際、逆にボコボコにされたのはいい思い出だ。


 くだらないことを考えている内に、家は見えてきた。ユレンは『灯火(トーチ)』を消すと、家へ向かって駆け出す。


「ただいま、今帰ったよ」


 玄関をあけて、自分の帰りを知らせる。

 家の中にはいつもと同じような食事が用意されており、すでに二人は揃っていた。


「おかえりユレン。遅かったわね、なにかあった?」


「いや、少し畑で話してたら遅くなった。もうお腹ぺこぺこだよ、早く食べよう」


 そう言って席に着こうとする。


「待て、ユレン。汗臭くてたまらん。先に体を拭いてこい」


 レントに顔をしかめられ、少しショックを受けながらも玄関をでる。汗でベトベトの体を濡らした布で拭く。濡れた体に風が当たり熱い体を冷やす。その心地よさに目を細めつつも急いで体を拭いていく。その時、桶の水が音をたてて揺れるのを見て、ふと気づく。


(似てきてる……。前世の俺の顔に……)


その顔は辻 優一の幼い頃に似ていた。親、ましてや世界すら違うのに顔は瓜二つ。その事実に、ユレンはどこか不気味さを感じた。


「ユレーン、まだかー?夕飯冷めるぞー!」


ユレンを呼ぶ声に慌てて振り向き、直ぐに戻ることを伝える。脱いだ服を手に抱え、慌てて家の中に入る。


家の中からは祈りの言葉が聞こえだす。世界には夜が訪れ、水の張った桶はその真っ黒な夜空を写し、まるで底が見えない穴のように見えた。



――――—————



 夕食も食べ終えもう寝るだけとなったユレンは、外へ出て魔法の練習をしていた。ユレンの周りには、人の頭ほどの三つの光が、まるで蛍のように飛び回っている。


 ユレンが魔法を教わって三年。灯火(トーチ)を使えるようになってからは、毎日こうして操作する練習をしていた。今では三つの灯火(トーチ)を展開し、動かせるようにまでなっていた。また、魔力で明るさを調整するなどの応用も出来ており魔法の技術が目に見える形で向上していた。


「おぉ、最初に比べたらずいぶん出せるようになったな」


 家の中から顔を覗かせるレントとユーリは、その光景を見て息子の成長を感じる。魔法を教わってすぐの時は手のひらに収まるほどの光しか出せていなかったが、今では数も大きさも大人と変わらないほどであった。


「ユレンには魔法の才能があるわ、私なんかもうそろ越されちゃう。きっとすごい魔法使いになれるわ」


「おお、本当か!なら将来は王都の宮廷魔法使いか?それとも冒険者になって魔物退治か?」


「ふふ、きっとユレンならなれるわ、だってこんなに優秀なんだもの」


 親ばかという言葉が似あう二人の様子を見て、ユレンは照れ臭そうに苦笑った。実際、ユレンの魔法のレベルは習って三年のレベルでは無かった。特に灯火(トーチ)の同時展開は難易度のある技術だった。


「俺は別にそうゆうのはいいよ。……ただ父さんと母さんと平和に暮らしたい。魔法を覚えたのも生活を楽にするためだし、この村を出るなんて考えてないし考えられないよ。出るとしても、二人を置いてなんかいかない」


 ユレンは笑みを浮かべながらそう答える。紛れもない本心だった。小さな村で、何もないところだがそんな平穏をユレンはとても大切に感じていた。生活の余裕を作るのが今のユレンのたったひとつの望み。

 ユレンのそんな様子を見て、二人は困ったように見つめ合う。息子の言葉は嬉しくもその才能を無駄にしているように思えた。レントは優しく自分の胸の高さまで大きくなった息子の肩に手を置く。


「……ユレン。今もユレンのおかげで大分生活が楽になった。魔法のおかげで水汲みもいかなくて済むし、畑を手伝ってくれたおかげで家の分の収穫も上がってる。今はまだいい……けど将来のことはしっかり考えろ。俺はお前なら本当になんでもできると思っているんだ、こんな小さな村で終わる男じゃない」


 レントはユレンに熱く語る。未だ若く外の世界を知らないユレンに大きなこの世界を知って欲しかった。しかしそんなレントの言葉はユレンにはあまり響かない。ユレンにとって家族とは唯一無二のもの。三人で平和にずっと暮らしたいではだめなのか、そんな小さな望みでさえ()()では叶わなかった。だからこそユレンは、この二人を大切にしたかった。


「ユレン、私たちは幸せよ。あなたの幸せが私たちの幸せ。だからこそ、あなたには幸せになってほしいの。あなたの望むことを探して、叶えてほしい。ね?」


二人に強く懇願され、困ったように笑みが浮かべる。二人に愛されているという実感がユレンには嬉しくて仕方がなかった。この世界に来てたくさんの愛を、ユレンは感じる。


「……わかったよ。何になりたいかだけは考えておくよ」


「おぉ、そうか!いやぁ、楽しみだ!」


レントとユーリは笑うとユレンの方へ近づき優しく抱きしめる。暖かな抱擁。この世界に生まれ何度も何度もされたが未だに慣れない。きっと一生慣れることはないだろうとユレンは思う。


 周りを漂う三つの光はしばらくすると消え、世界には深い夜が広がる。


そこには静かで、夏の生暖かな夜だけが残った。



そろそろ動き出しそう

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ