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その7 インターハイ  (体験採集地:県境の峠)

2005年夏に、創作仲間のサイトで行なわれた百物語企画に投稿し、同時に旧自サイト「よいこのためのアジト」で発表した「怪談十話」の第6話です。


旧自サイトで宣言したように、著作権を放棄します。改変、再使用はご自由に。

 中学の頃、野山で遊び回った私は、高校に入るや直ぐに山岳部の戸を叩きました。しかし、複数の理由が重なって、半年で事実上辞めてしまいました。その最大の理由は、競技至上主義への反発です。

 当時の山岳部、いや今でもそうかも知れませんが、母校の高校山岳部では、山岳競技に参加しなければ山岳部の意味が無いという考え方がかなり浸透していました。それが全国的な考え方なのかどうか分かりませんが、少なくとも私に一番身近な山岳部員は、そのような競技至上主義者でした。しかし、山岳競技…インターハイと新人戦…を最優先する行為は、本当に山を愛している行為と云えるのでしょうか? 山を愛しているなら、山に縁の無い同級生に対して、山登りの楽しみとマナーを教えようべきではないでしょうか? 

 そういう私の考え方は、山岳部の中ではマイナーであり、大多数は競技の為の山登りという『部員だけの価値観』で活動していました。部員である以上、部の大勢の考え方に従う必要があります。更に悪い事には、部活では、気の合わない人と無理にパーティーを組まなければなりません。まるで軍隊です。人間誰しも「合う」「合わない」があります。どんなに善人で、どんなに思慮深い人でも合わないことはあるのです。そんな部員と無理やり組まされて登る山ほど、味気なくかつ危険なものはありません。私にとって山は気の合う仲間と登るものです。


 山岳部としては二度と一緒に山には行かないぞ、と私が誓うに至った山行きは、インターハイの県予選です。3泊4日の、まるで内申評価のような点数付けを行なう、自然破壊的なこの競技は、入学から2ヶ月もしないうちに県境の照葉樹林で行なわれました。昼は森林に覆われた視界の悪い尾根路を歩き、テント設営だけは先生方の便利なように林道の近くまで降りるという行程でした。

 梅雨に入って1週間ほどした、雨が降ったり止んだりの、じめじめした、蒸す割に肌寒い天候で、山行きに相応しいとはお世辞にも言えません。この、体力を無意味に消耗する気候に曝されつつ、点数付けの先生方に常に監視されているという堅苦しい雰囲気のもと、今まで行った事のないような長いコースを行く訳です。しかも、4人でチームを組む事から、一旦入山したら高熱でも出さない限り体調にかかわらず止められないというプレッシャーまでついて、それまで死人の出なかったのが不思議と言えましょう。コース自体は私が初めて足を踏み入れる山系、しかも今まで登ったどの山よりも高い尾根でしたが、そこで経験したものは何の感動も無い日々でした。


 この時代錯誤的な登山競技の3日目、25キロの荷物を背負っての10キロタイムトライアルも何とか終わり、10チームぐらいでまとまって最後宿泊地に向って尾根路を歩いていると、やがて花を供えられた遭難碑が見えて来ました。遭難碑があるからには山小屋までかなりあるだろう、と先生方が思ったのか、その真前で休憩をとりました。その碑に祀られている人は、事故でなく、体力尽きて遭難したのだそうで、小雨の中の強行軍で疲れ切っていた我々一同にとって気分の良いものではありません。

 休憩を終えて歩き始めると、たったの3分で最後の宿泊地の鞍部にたどり着きました。遭難碑から僅か200mの距離で、一番手前には先生方の泊まる山小屋もあります。一本路ですから、迷う事はありえません。遭難者の無念が伝わるような距離です。濃霧だったのでしょうか? 遭難は梅雨時期だったと聞きます。そう、ちょうど同じ時期です。


 全てのチームが宿泊地に到着したのは午後2時頃です。その20分後に下山命令が出ました。というのも翌朝未明に大雨の降る可能性を天気予報が伝えていたからです。

 山小屋があるとは云え、そこは尾根の鞍部ですから、最寄りの林道まで2キロほどあります。その林道沿いに翌日下山する予定なのですが、その林道までの山路の途中に水の滴る岩場があり、参加チームのうちの最低レベルの技量だと、大雨では危ないと判断された様子です。

 1時間後、小雨の中を全チームが無事に林道まで降りて、林道沿いにテントを設営しました。その林道は、すぐにトンネルになっていて、そのまま県境を越えて尾根の向こう側まで続いています。もっとも、県境を越えるトンネルといっても、車の往来は全くありません。というのも、林道自体が僻地どおしを結ぶ砂利道である所に加え、一部が未完成で、照葉樹林の切り出しと杉の植林という自然破壊・花粉症促進の外には全く役に立たない代物だからです。

 予定外の宿泊で困るのは水場です。山小屋では、隣県側に下ったと所に水場がありますが、尾根のこちら側では崖が多く、安全な水場はありません。一番近い水場はトンネルを越えて直ぐの所です。トンネル内は明かりが無いので、懐中電灯を持って水を汲みに行く事になります。くり抜いたその壁にセメントだけを吹き掛けた未完成のトンネルで、水滴も天井の所々からぽたぽた落ちてくるような状態ですから、あまり気持ち良いものではありません。それでも、水汲みは私の担当ですし、気の合わない者から離れられる利点もあります。さっさと汲みに行きました。

 とはいえ、薄気味悪い事には変わりありません。トンネルの中は私ひとりで、他のチームのメンバーはまだ誰も汲みに行っていないようです。


 携帯ビニールバケツに水を汲んで、トンネルの真中あたりに差し掛かります。水汲みを終えた余裕から、ふと、丁度真上が例の遭難碑だ云う事に気がつきました。その瞬間、ぞっとする感覚が体中を走り抜けるや、同時に天上からぽたっと落ちて来た雫があります。水滴の雫とは感触が違ってどろっとしています。

 血だ! と思った瞬間、私は恥も外聞もかき捨てて、トンネル出口に向って一目散に駆け出しました。トンネルを出る頃には汗だくです。ふと、さっきの雫の場所を見ると、赤いシミは何処にもありません。血の形跡が全く無いのです。考えてみれば、あのとき、臭いもありませんでした。私は内心びくびくしながらも、あれは勘違いだったと思い込む事にしました。しかし、これを契機に、ある事をはっきり悟りました…このような山行きは正しい山行きではないと。大会自体に問題があります。メンバーは気が合いません。もう続けられません。

 

 こうして山岳部から離れたのですが、これは私にとって僥倖でした。というのも、次の大会、即ち秋の新人戦で恐ろしい事が起こったからです。

 新人戦の2日目、山の中で参加者の1人が心臓発作で死亡しました。新聞には極めて小さな記事でしか書かれていませんでしたが、高校生が簡単に心臓発作で死ぬものではありません。あんな競技を続けていたらこそ、犠牲者が出たに決まっています。

 新人戦に参加した同級生の話によると、我が高校のチームは、しょいこで運ばれる死体の、すぐ後ろを歩いたとの事です。気持ちの良い光景ではありません。しかし、私を本当に震え上がらせた話はその事ではありません。なんと、死亡した彼は、インターハイ県予選にも参加していて、例のトンネルで私と全く同じ事を経験したのだそうです。そのとき臆病の一言で片付けられた彼ですが、今となっては笑う者は1人もいません。


written 2005-8-21

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