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その3 命のわき水  (体験採集先:多雨地帯の里山の縁)

今回の移植に当たっての新規書き下しです。


他の10作同様、著作権を放棄します。改変、再使用はご自由に。

 民放テレビが1局しかない地方都市の、さらに周縁部に育ったぼくは、生来の運動神経の鈍さや不器用さもあって、同級生の織りなすアクロバットにはついていけず、テレビアニメのヒーローごっこや魔法ごっこに、そこまで熱心にはなれなかった。代わりに「自分でもなれそうな」ヒーローが好きで、それは山に巣食う義賊や災害時の斥候役のように「足で稼ぐ」ヒーローだった。その結果、10歳になる前から、日曜ごとに「偵察」「散歩」と称して、往復5km以上を歩き回るようになっていた。

 回りの友達がヒーローごっこや魔法ごっこにいそしむ中、傍目には退屈にも見える「散歩」に付き合ってくれる子は全くおらず、ひとりで歩き回っていた。

 自転車? そんなものは「まだ早い」を理由に買ってもらえなかった。運動神経の鈍さと道路事情の悪さを親が心配し、自転車泥棒のあまりに多さがとどめを刺した。

 

 そんなぼくが特に探し求めていたものに「泉」「湧き水」がある。子供向けの童話や物語で、癒しの場所、清浄な場所、祠や土地神のいそうな場所として往々に出てくる、あれ。旧国道の崖の切り通しの、崖崩れをいつでも起こしそうな薄いセメント塗装の合間から漏れ出て来る地下水とは違い、地面から盛り上がるように湧き出るタイプのやつだ。

 それを「物語」と同じように手にすくって飲んで、主人公と同じ気分を味わいたい。

 

 農地開発の進んだ平野部では、子供が近づけるようなところにある水源は、全て水路や溜め池として取り込まれている。簡単には見つからない。だからこそ探し求めたといえるのかも知れない。

 「泉探し」

 これなら、近所の友達も付き合ってくれるのではないか。そう思って、「湧き水遠足」を近所の遊び仲間に話をした。残念ながら誰も「歩く」ことには興味がないようで、近くに引っ越ししてきたばかりの女の子だけしか捕らない。

 小学校4年というのは、男の子だけの遊びというのが始まる時期だ。一部の例外を除けば興味が別れるから。だから、その冒険にその子が来てしまったのは不本意だった。彼女もまた、普通の女の子に思えたからだ。

 彼女と泉探しに行くのはちょっと怖い。例えば泉が見つからなかったら、どうなるだろう? 男の子どおしなら、別の楽しみに直ぐ目移りして、なあなあで済む。でも、その女の子と2人だけだと、そうはいかない。その子の口から「信用の置けない奴」というレッテルが広まる未来すら簡単に想像できる。

 女の子と行動するのは窮屈。これが、小学校4年のぼくたち男の子が持っている女の子感だ。この窮屈さが恋愛では素敵なものなるというのを知るのに、小学生は早すぎる。

 にもかかわらず、ぼくは彼女と一緒に行くことにした。一人わびしく泉探しをするよりはマシだと思ったからだ。いつもいつも一人で歩いているマンネリ感にぼくは打破の道を探っていたのだ。


 泉探しの遠征は、里山の縁を歩くことで始まった。山といっても、標高30m程度の洪積台地とすら言えない低いもので、大人から見ると、都市の一部でしかない。それでも子供にとっては立派な山であり森だった。

 連れが女の子だからだろうか、丁寧に山と平地の境目付近を探して歩いた。一人で歩くと、泉を探しているつもりが、いつの間にか前だけを見て急ぎ足になりがちなのだ。その意味で、不本意でも女の子と来たのは間違いではない。


 1時間近くたって、連れから不信の目で見られ始めた頃に、湧き水は見つかった。上は森が切れて、斜め上が土手風になっているのがちょっと引っかかるけど、上の方に人家は無かったはずだ。

 ぼく一人だけなら、泉の斜め上が土手風というだけで、恐らくは躊躇っただろう。でも今は連れがいる、ちょっとでも弱みを見せたら不味い。それがぼくを無謀へとかき立てた。

 おそるおそる水を掬う。……冷たい感触だが普通の清浄な水だ。

 ためらう気配を見せずに、即座にちょっとなめる。……水道水よりは美味しいけど、ちょっと生臭い?

 「大丈夫みたい」と見栄を張って、一気に飲む。……毒や病原が入っていないことを願うばかり。

 ぼくにつれられて、連れも水を飲み、その様子に元気を貰って、少なくとも今日の遠足が悪し様に言われることは無いと安堵した。

 

 喜びは一瞬だ。冷静に戻ると、土手が気になる。土手の向こうには本当に何もないのだろうか?

 不安材料は潰すべし。そう思って土手を登ると、溜め池が見えた。そこから直接流れているにしては泉の勢いは弱いし、位置も少しずれている。だから、そのままの水ではないと、自分自身を思い込ませる。もしかしたら一旦地下を潜って濾過された水かも知れないけど、それは立派な地下水だ、と理屈をつける。

 

 その半年後、ぼくは原因不明の高熱に悩まされることになった。子供時代、38度を12時間以上出したことがないのに、39度近くが2週間だ。始めは単なるインフルエンザと思っていたが、咳は無い。血液検査をしても分からなかった。

 それでも普通に病気なのだろうと思ったが、その1カ月後に気になるニュースがあった。近所の溜め池で猛毒の農薬が検出されたのだ。場所を調べると、どうやら件の溜め池。その後、色々なソースから、有毒な病原体を殺す為に撒かれたのらしい。

 怖くなって、もう一度、その溜め池に行くと、取水口が無いことに気がついた。溜め池の下流で水が出ているのは件の「湧き水」だけ。謎の病原体がそこから流れていたとしたら。

 その時の連れの女の子は「親に止められて」二度と遠足に付き合うことはなく、いつしか引っ越して行った。


written 2020-8-23 (誤字修正2021-7)

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