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その1 停電の仏間  (体験採集地:台風銀座の田舎の一軒家)

2005年夏に、創作仲間のサイトで行なわれた百物語企画に投稿し、同時に旧自サイト「よいこのためのアジト」で発表した「怪談十話」の第1話です。


旧自サイトで宣言したように、著作権を放棄します。改変、再使用はご自由に。

小学校の1年生か2年生の頃でしょうか、親の田舎に帰省していた時に、大きな台風が直撃した事がございます。市内で屋根ごと吹き飛ばされる家も出たほどの台風で、その激しさは、生まれて初めてと言えるものでした。その時のお話です。


 家は雨戸で締切っております。そこは田舎家ですから、雨戸には穴がありますし、扉にだって隙間がありますから、そこから僅かな光が入っては来ます。ですが、家全体が薄暗いのはどうしようもありません。まるで真っ暗な納屋に押し込められた気分でございました。

 その時、電気がついていたのは居間だけでした。嵐の時は、どんな故障で異常電流が流れないとも限りませんから、余分な電気を出来るだけ消すと云うのは、台風銀座の知恵でございます。そういう訳で、他の部屋は真っ暗か、或いは豆球だけという状態で、家族全員が居間に集まり、皆でテレビの台風情報を見続けておりました。そうして、床下浸水とか、屋根などが吹き飛ばされる事とかを心配していたように覚えています。

「ゴーゴーゴー」

外から聞こえる海鳴り混じりの風の轟音は、樹木を倒してしまうのではないかと思われる程で、それに引き換え、人の気配も車の気配も全くございません。

「ひゅーうっ、ひゅーうっ、」

電線の鳴る音も、色々な高さが混ざっています。普通の強風では鳴らないような短い線まで鳴っていたのでしょう。ですが、そのような原理を、いや、鳴っているのが電線だという事すら、小さな子供が知る由もございません。まるで、精霊の住む孤島に、我が家だけが取り残されたような錯角を覚えたものです。


 夕方と共に停電になりました。急いで大人達が蝋燭をつけます。子供心には、蝋燭で照らされる部屋というのがとても新鮮で、本当は全ての部屋につけて貰いたかったのですが、なんでも、火事の危険を極力減らさなければならないとの理由で、蝋燭は居間のみでした。外は暴風ですから、どんな拍子で隙間風が書類を飛ばして、蝋燭の火が燃え移らないとも限らないのだそうです。

 暫くすると、停電直後の喧噪も終り、家族の会話も途絶えて参ります。わたくしとて、始めのうちこそ、嵐への興奮ではしゃいでいたものの、子供の興奮なぞ長続きは致しません。興奮が醒めると、そこは一種の静寂の世界です。

「ゴーゴーゴー」

「ひゅーうっ、ひゅーうっ、」

気味の悪い音だけが激しく家を揺さぶり続けています。こんな時に何も会話がなかったら、それこそ子供には苦痛とも言えるでしょう。なんとか夕食までは我慢できたものの、もういけません。退屈さと沈黙の不気味さに耐えられなくなって、気を紛らせる為に玩具を取りに行く事にしました。いや、行こうとしたのです。

 旅行の荷物の一式は廊下の奥の座敷に置いてあります。その座敷には当然のように大きな仏壇があって古ぼけた過去帳があり、欄間の上には御先祖様の遺影が数多く飾ってあります。子供にとっては、嵐でなくてすら夜には行きたくない場所でございました。しかも、その時は、昨冬亡くなった曾祖父の新しい位牌と新しい遺影が加わった直ぐあとで、普段より一層無気味な感じがしておりました。だから、嵐が始まって以来、何度も廊下まで行きかけては、廊下の先の闇が怖くなって居間に戻り、気を取り直しては再び玩具を取りに出かける、という事を繰り替えしていたのです。

 玩具は取りたし、座敷には行きたくなし。そう思いあぐねていると、叔父が、退屈なら玩具で遊べばどうかと言ってきます。昔から口の悪い叔父ですから、ここで玩具を取りに行くのを躊躇ったら、弱虫だの怖がりだの言って来るに違いありません。ここは意地でも行かねばなりません。意を決して懐中電灯を手に取りました。

「ゴーゴーゴー」

「ひゅーうっ、ひゅーうっ、」

嵐の音のひときわ激しい廊下を渡り、息を飲んで障子を開けました。


 暗がり、仏壇、遺影、嵐の音、…気持ちの良いものは一つとしてございません。仏壇に会釈をして部屋に入るや、いそいで玩具を取り出します。と、その時、変な感じがしました。照りつけられているような感覚です。見られているような感覚です。思わず背筋がすーっと冷えて行きます。

 この時、ふと頭に思ったのは、お化けとは走って逃げる者を狙うと聞いたお話です。行きよりも帰りが怖いのは世の常です。だから、それこそ怖いのを我慢して、出来るだけきちんとした足取りで居間に戻りました。それでも間違いなく急ぎ足だったでしょう。やっとの思いで居間に辿り着いた時、もはや、その玩具を戻す為に再びあの部屋に行く勇気は残っていませんでした。あの部屋は確かに何かが違うのです。


 やがて就眠の時刻となりました。

「ゴーゴーゴー」

「ひゅーうっ、ひゅーうっ、」

嵐の音以外に何も聞こえない状態が今も続いています。わたくし共の家族は、居間に近い小部屋に寝る事になっていました。もちろん、こんな時に一人で寝るのは怖いものですが、それ以上に怖いのが座敷まで寝巻を取りに行く事です。そのあたりの機微を親が察してか、タイミング良く、親が荷物を取りに行く用事を作ってくれました。もちろん一緒について行きます。そうして、くだんの座敷の障子を開けました。停電以来、わたくし以外の誰も入らなかった部屋です。


 部屋に入って、はっと驚きました。

 停電の筈なのに、停電から6時間は経っているというのに、豆球がついているのです。かの新しい位牌と遺影を薄らと照らしながら。先ほどの何かが照らしている感覚はこのせいかも知れません。いや豆球がついていたかどうか覚えがありません。

「お、おかあさん、電気が…」

無いはずの電気がある。子供にとってこんなに恐ろしい事実は滅多に無いでしょう。


 この時、母は賢明にもこう答えてくれました。

「あれ、まあ、不思議ねえ……、コンデンサーかしら?」

コンデンサー? それは何というお化けなんだ? 


 ただ、それがどういう化け物であれ、母の口調から気休めの安堵を得た事は確かでございます。とはいえ、それでこっちの震えが止まる訳はありません。

 急いで居間に戻って叔父に尋ねると、家の何処かのコンデンサーに溜まった電気を豆球が少しずつ放電しているらしいとの事です。電気が家の何処かに溜まるという説明は子供心にも納得出来たので、ふーん、そんなものかと思って、寝室に行きますと、そこは真っ暗です。寝室のみならず、他の部屋もそうなのです。座敷だけに幽かな明かりが点っていたのです。新しい位牌と遺影を照らしながら。


 どんな恐怖も喉元を過ぎれば好奇心に変わりましょう。その後、台風が来る度に、居間以外で豆球をつけて停電を待ちましたが、コンデンサーとやらの効果は二度と見られません。いつも停電と共に消えてしまうのです。大人になって、コンデンサー効果が何時間ぐらい持つか聞いた事がございます。電気を専攻していた友人に言わせますと、あの家の電気配線で6時間持つ筈は無いとの事でした。


written 2005-7-30

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