小話17(チョコレートコーティングに悩むシスコーン)
俺が人前で猫を被ることを覚えてから数年が経ったバレンタインと呼ばれる日、妹から貰ったチョコレートは、主に視覚の面で衝撃的だった。
その日は学園で複数の女生徒からチョコレートを渡されていて、愛想笑いを浮かべ上っ面の礼を述べることにいい加減ウンザリしていた。
邪魔な荷物でしかない上に、ホワイトデーと呼ばれる日にわざわざお礼の品を返さねばならない。
甚だ迷惑だと思いながら、女生徒達にはにこりと笑ってやり、チョコレートの包みを受け取る作業を繰り返した。
両の手の指では足りない量の目障りなチョコレートの包みは、邸に戻ってすぐに執事のコロロギスに押し付け、処分しておくよう命じた。
自室で読書をしてイライラした気持ちを紛らわしていると、部屋の扉を控え目にノックする音がした。
外から小鳥のさえずりのような声がする。
やって来たのは、目に入れても痛くないほど可愛い、俺の双子の妹だった。
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「……有り難う」
妹に善意しかないのは分かっているから、ひとまず礼を言った。その俺の言葉に、妹は少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「2月14日は大好きな人にチョコレートを贈る特別な日なのだそうです。お兄様のお口に合えば良いのですが」
期待のこもったキラキラした目で俺を見詰める妹は、大層可愛い。
そんな妹に、大好きな人、と言われたことは大変喜ばしいことだ。
だが、如何せん、目の前の盆に乗せられたチョコレートは……正直、見るに耐えない。
吐き気すら催す醜悪さ、どうしたものだろうかと表情には出さず逡巡する。
「……うん、頂くよ」
それ以外の選択肢は無いと思われた。
可愛い妹を悲しませる訳にはいかない。
妹が俺を想い、手作りしたのは明らかだ。
「1つ取ってくれる?」
「……?」
不思議そうな表情を浮かべながらも、俺の言葉に従順な妹、可愛い。
妹の手首を持ち、俺の口に引き寄せた。
チョコレートを摘まむ細い指ごと口に含んだ。
「!!」
妹の表情と顔色が瞬時に変わる様を目で楽しんでから、甘く可愛い指を解放してやった。
「チョコレートは甘いが……苦味があって、味に深みが出ていると思う。複雑な味がして美味しいよ、俺のために作ってくれて有り難う」
「どういたしまして、ですわ。……ですがお兄様、わたくしで遊ばないでくださいませ」
焼きリンゴのように赤くなった頬を膨らませ、妹がちょっとだけ拗ねた表情を見せる。いつもよりも幼い様子はかなり可愛い。
「ハハッ、ばれた? 兄はいつだって妹を可愛がるものだから。……でも、どうしてこのチョコレートを?」
頭の中でいつでも満開の花を広面積で栽培している妹だが、どうしてこのチョコレートを作ろうという発想に至ったのかは聞いておきたい……今後のために。
「今日はバレンタインというチョコレートを送る日であり、また、煮干しの日なのだそうです。このチョコレートでしたら、2つのポリンキーを1度に楽しめてお豆腐だと思いましたの」
年に1度のバレンタインと煮干しの日という記念日の今日、妹のテンションはやや高いようだ。分かったけれど、長い付き合いの俺だから分かるけれども、ポリンキーとお豆腐……かなり難易度が高い。
感謝を込めて、妹の可愛い瞼と頬にキスを贈る。
(ああ、今日も妹が可愛い)
はにかむ可愛い妹の頭を優しく撫でながら、可愛いは罪だと思ったのは内緒だ。
妹が部屋を去ってから、俺は記念日について書かれた本を引っ張り出してページを捲った。
2月14日、バレンタイン、煮干しの日……ふんどしの日……。
ふんどしがチョコレートコーティングされないことを祈ったことは言うまでもない。




