小話16(素敵な奥様)
この作品の本編に相当する作品『蒟蒻を廃棄する話ではない話』https://ncode.syosetu.com/n5343gj/に公式感想をいただきました!
とても嬉しくて、1話追加で(*´ー`*)♪
のんびりした休日の朝。
今日は窓の外が暗い内から目が覚め、朝の日課としているダンスのステップ練習で軽く体を動かし、その後はソファーに腰掛け一休みしておりました。
現在はもくもく読書しながら金木犀のお香をもくもく焚いております。
と、執事のコロロギスが飛んで知らせに来ました。
なんでも、お兄様がお呼びだとか。
換気の為に開けていた窓からは秋の風と金木犀の花の香りがひゅるりと吹き込み、少々肌寒く感じます。
わたくしはつい最近編み上げた、白いレースのカーディガンを羽織って部屋を出ました。
今度、昆布で昆布出汁を取りたいと思っております。結婚して昆布相手に困惑しなくて済むように、婚前から昆布とお友達になりたいと思うのです。雪やこんこんあられやこんこんの季節までには昆布と親友になれることを願っております。昆布出汁のお味噌汁……殿下はお好きでしょうか。煮干しはややハードルが高いように存じますが、昆布ならばわたくしでも出汁取り上手の素敵な奥様になれるかと。素敵な奥様……11月下旬で、もう新春1月号発売はあまりに早すぎるのではと、季節を先取りした雑誌発売には困惑の念を禁じ得ません。
コンコン
「どうぞ」
あら? お兄様のお部屋から別の殿方のお声が。
お兄様とはまた違う、でも、とてもよく聞き慣れたお声です。
いつの間にいらしたのかしら?
「邪魔をしている、許嫁殿」
「ごきげんよう、殿下。お早いお越しですのね」
淑女の礼、カーテシーでご挨拶いたします。
ですが最近、少々困ったことに、カーテシーをするとそれがスイッチだとでもいうように、どこからか沖縄の島唄の空耳が聞こえて来るのです。チャーシューと化したアグー豚の大群が三線の音に合わせてカチャーシーを踊りだす幻覚を見るのです。チャーシュー状の豚さん達が「やあ、お嬢さん。一緒にカチャーシーを踊らないかい?」と調子良くお誘いくださいますので、わたくしもカチャーシーの世界に片足を突っ込みたくて、踊り明かしたくてうずうずしてしまうのです。気分はパーティーナイト。
「もう少し驚くと思ったのだが」
殿下のお声がわたくしの鼓膜を振動させ、うずまき管に伝わって、夜12時を報せる鐘の音が鳴り響いて蝸牛の牛車がのそのそ迎えにやって来て、穏やかな休日の朝にひらり舞い戻ります。
「お声で判りますもの。お兄様も、ごきげんよう」
今度はお兄様にカチャーシー……もとい、カーテシーでご挨拶致します。
「こいつ、朝っぱらから人の部屋にまで入っといて、俺にはなんも用事無いんだとさ。ほんと、いい迷惑」
お兄様は肩をすくめて仰り、殿下が言葉を繋ぎます。
「許嫁殿を誘いに来た」
「またデーツですの? つい先日出掛けたばかりですのに」
「それを言うならばまたデートだ、許嫁殿。海岸デートで波打ち際を走るのが初心者カップル向けでお勧めらしいが。デーツはヤシ科のナツメヤシの実で、ドライフルーツとして販売されることが多いのですが、当店では取り扱いが無く、誠に申し訳ございません」
「いくらマルシェを取り仕切る立場に出世なさったからといって、国の将来を担うお方が他人にそう易々と頭を下げるものではありませんわ、殿下」
「いえ、私はしがないスーパー店員。品揃えが自慢の当店ですのに、せっかく足をお運びくださったお客様にただただ申し訳なく」
「マルシェと言ってくださる?」
「マルシェ! というか、私はいつの間に内部昇格を……。で、デートにはまた後日行くとして、今からこの衣装に着替えてくれ」
リボンのかかった箱を渡されました。
「まあ、海岸デーツにはドレスコードがありますの? もうすっかり秋ですから、わたくし、ビキニの水着はちょっと……」
「ビッ……!? ごほんっほんっ……落ち着こう、許嫁殿。今日はデーツでもデートでもない、茶会だ。海岸デートは来年夏が来たら、すぐ、必ず行く」
「昆布が捕れるでしょうか?」
「ん?……昆布?」
「殿下は昆布にぞっこんでしょうか?」
「ぞっこん? なにゆえ昆布に?」
「昆布との結婚を考えるほどに?」
殿下は首を斜めに傾げた後、わたくしの手をご自身の手の上にお乗せになり、額がくっつきそうな程に顔を寄せて話をなさいます。
「会話が、微妙に……いや、かなりずれている。蛤ならばピタリとしてずれぬのだろうが。……私は近い将来の、お前との結婚を真剣に考えている。昆布相手に浮気などしないし、また私はいつでもお前にぞっこんだ」
ぞっこん、ぞっこん、ぞっこん。昆布にではなく、わたくしにぞっこんで結婚。
「ぷっ、アハハハハッ、あぁー……朝からしょうもなさ過ぎて笑えるけど、どうしよっか? 俺、部屋から出てようか? ここ俺の部屋だけど」
「あぁ、そうしてくれ。空気の読める心優しい友人殿。気遣いに感謝する」
「ベットの下に俺の愛読書あるから、好きに読んでくれていいぜ。んじゃ、散歩でもしてくるわ」
ちゅっ、ちゅっ、パタン。
わたくしの瞼と頬にいつもの口付けを落とし、お兄様は行ってしまわれました。
殿下は閉まった扉を睨み付けた後、早速にベットの下を確認なさいます。
そして右手と左手に、いかがわしい本が1冊ずつ。
ほのかに漂っていたふわり甘い空気は一瞬で消えてしまったようです。
「許嫁殿はどちらがいい?」
ニヤリと笑っておいでです。純情な乙女をからかうなど、紳士の風上にも置けません。
「着替えをお断りしても? いくら裸エプロンに殿方の梅と巨峰が詰まっていても、わたくし、遠慮願いたいですわ」
「裸エプロン!? 確かに男の夢と希望がぎっしりだろうが……刺激が強いな」
ちらっとわたくしの顔をご覧になり、そのまま指でスクロールするように視線を下へ下へと移動される殿下。何を……何を、想像して…………羞恥で顔がカッと熱くなります。
「ククッ、箱の中身は赤いビキニでも桃色フリルエプロンでもない。母が許嫁殿と会いたがっておる故、茶会用のドレスに着替えを頼む。さて、俺で良ければ手伝おうか?」
「……ご冗談が過ぎます」
エプロンはフリルがお好みなのだと、念の為、胸に刻んでおきます。まさか色の指定まであろうとは。いつの日か、ひょっとしたらひょっとして、着用する機会が訪れるやもしれません。
「ではわたくし、自分の部屋で着替えて参りますわ」
「あぁ、それまで俺はこの本を熟読しておこう」
ううっ、お兄様……。どうして殿方は、お兄様も殿下も皆エロエロなのでしょうか。
部屋を出ようと扉に手をかけたところで、ふわっと後ろから抱きすくめられました。わたくしより大きな堅い身体を背中に感じます。肩に顎を置かれ、生暖かい息が耳にかかりくすぐったく、また恥ずかしくて。
ちゅ、と耳元で音がしました。振り返ろうとすると、ぱくり唇を吸われ………………………………な、長い…………んっ………ん…………………っふはぁ。
「また後でな、許嫁殿」
「……このような顔で、部屋から出られませんわ」
顔が真っ赤だと思うのです。すっかり息も上がってしまいました。心臓が早鐘を打ちます。
殿下がお互いのおでこでコツンとなさいます。
「ならば、もう少しだけ共にいようか。せっかく義兄上が空気を読んでくれたことだし」
今度は……目元が優しく笑っておいでです。甘い空気がふわり戻って来ました。
わたくしの頬を殿下の長い指がさらりと撫でます。
唇がまた近付いて、束の間、わたくしは甘い空気にふわふわと酔いしれるのでした。




