本当の悪者
落ちる――
爆発が起きたあと、突如として崩れた足元に、俺は抵抗することも出来ないまま重力に従い続けていた。
「~~~~~~~~~ッ!」
無重力という変な感覚と共に落ちた先は、松明二本だけがある質素な石レンガの小部屋。
それが視界に入った時には俺の体は地面に叩きつけられ、少し跳ねたのと同時に呼吸をすることを一瞬忘れてしまう。
「……っ! いってぇ…………」
幸いにも崩れた床がクッションとなり大事にはいたらなかったが、無防備に近い俺の体は擦り傷だらけだった。
最悪だ……と悪態をつきながら、瓦礫に埋もれる形となっていた俺は、体に乗っている石と砂を血に染る手と足を駆使しながらありったけの力で退かす。
「ひでぇなこりゃ……」
立ち上がるのと同時にパラパラと三階層から降ってくる土に目を細めた俺は、そんな言葉を口から零し、瞬時に考えついてしまう、
四階層への誤進――
そんな嫌な事を脳裏に過ぎらせながらも、冷静に乱れている呼吸を整え、辺りを見渡す。
「……っ? ミルクッ!?」
丁度自分の後方、壁に飾られた松明に照らされるように倒れていたのは綺麗なワインレッドを埃でくすませた、血だらけのミルク――
俺は直ぐに近くの石をがむしゃらに退け、仰向けのまま目を瞑るミルクを震える両手で抱き抱える。
「おい! 大丈夫か!」
「………………」
返答がない。
体の血が一気に沸き立つのが分かった。
熱い。恐怖による発熱が俺の体を苦しめる。
体が勝手に震え、口が動かない、言葉が出ない……。
頭が真っ白だ……。
蒼白の表情を浮かべながらピクリとも動かないミルクに、早く起きろ! と怒鳴りながら、血と埃で汚れたミルクの綺麗な顔を左手で拭った俺は、視界を白く霞ませながら固まった。
「おい、はやく……。はやく起きろよっ!! お前がいないと……俺はっ!」
どんなに叫んでも叩いても表情一つ変えてくれないミルクを見た俺は、ふっと意識を手放しそうになった。
絶望――
それはきっと今、どんなものよりも苦しい。
仲間の消失――
「やめてくれ……」
せっかく手に入れた信頼を、仲間を……、俺から奪わないでくれ……。
落胆と共に絶望の表情を浮かべる俺は、ミルクの頭を優しく撫でながら現実から背けるように目を瞑った――
ミルクの笑顔が脳裏によぎる。
ミルクの優しい声が再生される。
ミルクの暖かく柔らかい手の感触が蘇る。
もっと話したい。
もっと目を合わせたい。
もっと笑顔を見たい。
もっと……。
「一緒にいたい――」
俺の霞んでいた視界は、その言葉を引き金に歪んだ。
流した涙は俺の目を飽和してポツリポツリと溢れ出し、ミルクの頬を濡らしてしまう。
「やめろ! やめろやめろやめろ! 俺は元から一人だっ! こんな奴知らないッ!!!」
息を引き取ったかのように眠るミルクを横目に、俺は一人で騒ぎ立てる。
現実を壊せ、現実を信じるな、過去をねじ曲げろ、偽れ、ご都合主義になれ、
逃げろ――
そう心の奥から溢れる醜い言葉に、俺はつい笑ってしまう。
「そうだ。俺には最初からなにもないっ! はははっ!!」
涙を流しながら笑う俺はさぞ不細工だろう。
知らない。
不細工で何が悪い。
俺は最初から悪で、気持ち悪くて――
『あなたはもっと素晴らしい人だよきっと――』
「――!」
蘇るミルクの優しい声。
俺は素晴らしくなんか――
自らが諦める。それはミルクを勝手に殺して楽になろうとしているだけなのではないか? まだ助かるかもしれない命を俺は自分の都合で諦めて殺そうとしている?
グルグルと巡るもう一人の自分との会話に、本当の俺は静かに答えた。
そんなのまるで、
俺が真の悪者じゃないか――
と。
ミルクが見ようとした俺の姿はこんな姿なのだろうか……。
そう考えた俺は、苦い表情を浮かべながら歯を食いしばる。
彼女の事を本当に仲間だと思っているなら――
認めるな――
足掻け。
ご都合主義でいい。
それも全て自分の為では無く、彼女の為なら――
俺は涙を強引に手で拭き取った後、まだ辛うじて息をするミルクを壁にもたれさせ、再度小部屋を血眼になって見渡した。
探せ、探せっ! 無いなら探せ!!
打開策がないなら自分で見つけろっ! と、一刻も争う状況で唯一ある細道に顔を覗かせようとした時だった――
「なんだ……これ…………?」
それは古びた木製の宝箱。
埃で汚れ、誰も触れていなかったことがすぐにわかる。
所々に傷がついてしまっているその箱を持ち上げ、俺はなんでもいいから出て来いっ! と壁に思いっきり投擲する。
直後――
箱の崩壊と共に中から出てきた古びた手帳。それが今後の冒険者人生に大きく関わるものだとは、まだこの時は知らなかった――




