醜い仮装の冒険者
「うわぁぁぁぁっ!!」
『ギギギギギッ!』
【ギフトビー】は確信していた。
己の勝利を――
(まずいまずいまずいっ!)
全身に帯びた黄色い液体を見たリクは絶句した。
目の先に見える横たわるミルクの姿。
被せてしまう。自分の未来と――
脳裏に映る敗北の二文字、それと同時に死がよぎる。
「くそがァァァッ!!」
まだ毒が浸透仕切らないうちに行動をしろ! と、焦りと共に警鐘を鳴らすが、矢を持つ手が震え、徐々に言うことを聞かなくなっていく。
『ギギッ!』
リクの動きが鈍くなったのを瞬時に感知した【ギフトビー】は、いやらしい事に、ミルクに向けてその針を射出した。
「っ!?させるかぁぁぁぁ!!!」
『ギギッ!?』
射出する方向で察知したリクは、無理やり体を傾け、反射的に矢を投擲する。
それが彼女に託された自分の役割なのだから――
その矢が当たるか当たらないかじゃない、限界までの行動をしろと判断したリクの一投は、幸いにも針の進行方向をずらし、ミルクを庇うことに成功した、
が。
矢を手放してしまったリクに取りに行かせる猶予をヤツは与えてくれない――
(どうする……!)
頭の中で駆け巡る。
不安と焦燥と甘え、
諦めてしまえと唆す悪魔に対し、リクは黙れと前を向く。
『ギギッ!!!』
技を捌かれた【ギフトビー】は焦りなどせず、冷静に次の弾の装填を開始する。
己の技達に絶対的自信があるのだろう。
片方の針が無くなった不格好な姿を晒しいているにも関わらず、優雅に飛び回る。
(くっ……体が……)
【ギフトビー】と対称的な状態のリクは、足が震え、立つのすら厳しくなり片膝をつく。
(10分か……)
十分――
それは彼女が託してくれた信頼と期待の時間。
(どれくらい経った……)
一秒一秒が永遠に感じる己の体内時計は、良くて五分、悪くて三分ちょっとと惨い現実を教えてくれる。
間に合わない――
リクが行動不能しても、ミルクが動ければ話は大きく逆転する。
その為にも凌ぎきらなくてはならない。
(時間稼ぎ――)
今も広間の高さを利用して逃げるように高く飛ぶ【ギフトビー】。
リクはその体の倍ほどある羽をでかでかと広げながら飛ぶギフトビーを呆然と見入る。
『ギギギ……!』
「…………?」
気づく。
【ギフトビー】が針をメキメキと生やし、装填完了したのと同時に――
(足がない――)
基本的に虫であろうと鳥であろうと、羽があったとしても足がある。
その基本は地球だけの話。
この世界ではどうだろうか。
適応しなければならない環境、生き残るための手段。
そんなものは桁違いに違う。
その変化、通常では考えられない事――
概念の打破。
それは時に不幸を招き、
そして……。
幸運を招く――
「俺の最高の奥義を見せてやるよ……」
『ギギギギギギギギギギギッ!!!』
ニヤリと笑ったリクは、これで最後だとばかりに針をこちらに向けながら特攻してくる【ギフトビー】を見ながら、ガクガクと震える両手を無理やり鼻の穴に突っ込んだ。
上手くいくかなんて分からない。
それでも彼女が、
大丈夫と手を握ってくれたあの子の為なら――
「俺はどんなに醜く汚くても――絶対に諦めない!!!」
「ギギギッッッ!!!」
生殺の一打。
それは双方の針を射出しようとしている最大攻撃を仕掛けたモンスターと、己の限界をかけた仮装の冒険者。
その二つの命が交わる直前、リクはモンスターより早く叫んだ――
「――ダブル! ハナクソ! ジョッドォォォォッッッ!!!」
両人差し指に装填された鼻くそを勢いよく弾き飛ばしたリクは、放ったと同時にガクリと残りの足も膝を折ってしまう。
(大丈夫。これが当たれば……)
まるで銃弾のように飛んでいく二つの鼻くそ。
リクが狙った終着点はその羽だ。
撃ち落とし、移動手段を失わせる。
――それだけでは足りない。
遠距離攻撃を得意とする【ギフトビー】にはまだ足りない。
瞳。
そう。リクは更なる可能性を信じていた。
飛散――
今日のリクの鼻くそは乾燥している。
届くと同時に分裂し、羽と瞳を同時打ちできると踏んでいた。
『ギギギギギギギギギギッ!!!!!!!』
それは、鳴き声というより悲鳴。高周波のその音は人々が嫌がる不快音そのもの。
耳をつい塞ぎたくなるが、手をもう動かすことの出来ないリクは、表情を変えることしか出来ない。
(やったのか……?)
重くなる眼を無理やり開け、悲鳴のする方を見ると、そこには思い描いた通りの絵が広がっていた。
「ギギ……ギギギギギ……ギギッ」
羽を撃ち抜かれ、視力も失った【ギフトビー】は、床の上でクルクルと無様に回る。
(ざまぁねぇ……俺だってやればな……これくらい――)
ふっと目に力の入らなくなったリクは、重力のままに目を閉じる。
直後、
ピコン――
《魔法ハナクソショットは、ダブルハナクソショット(飛散)にグレードアップしました》
と、
ちょっと間抜けな魔法名が脳裏に響き、リクは安心するようにクスリと笑った――




