トキテ、瞬間移動を体験する
「どこでもいいから!」
「セキヨウちゃん、俺と手をつなぐ?」
「ばっ……!セキヨウに馴れ馴れしく触んな!」
「ちょ!トキテ、あんたこそどこ持ってんの?!」
ロッソとカリンが情報屋のところへ行った翌日、四人はさっそく調査へと移った。
情報屋がどんなものなのか、トキテもついて行きたかったが、あまり大勢で行くものじゃないとロッソに窘められた。
夕方になって、ロッソ達が帰るまで暇なトキテは、露店で食べ物を一頻り買ってホテルへと持って帰った。ロッソは喜んで食べたが、カリンは少しお気に召さなかったようだ。
二人が持ち帰った情報をもとに、調査地を話し合った。
ロシアが近い北東と、昔は中国の領地だった西の二ヶ所が最有力で怪しいということになった。セキヨウが見たい砂漠は西の方だったため、西に向かってジャンプすることにしたのだ。
目的地はかなり遠い。そのため、上海を拠点にはできなかった。そこでまず、西に六百キロ近く移動した武漢に飛び、そこで更に情報を集めることにした。
カリンの能力で一度に四人ジャンプするためには、四人が何らかの形でカリンに触れている必要があった。カリンの左肩にロッソの右手、カリンの右肩にトキテの左手を乗せた。そして、トキテは右手でセキヨウの手を握った。
その形に収まるまで、一悶着あったが。
「さて、帰りは気にしないから、全力で飛ぶんで。途中で落ちても拾わないからね。絶対に放さないでよ」
百キロずつ、六回のジャンプで武漢まで。連続ジャンプだと、誤差が大きくなるので、一回飛んだらGPSで位置確認して、小休憩する。これで何とか武漢まで行けそうだ、とカリンが判断したのだ。その代わり、余力はない。
「うん、わかった。よろしく」
「じゃ、行くよ」
カリンのその言葉を聞いた時には、トキテはすでに別の場所に立っていた。
上海のような都市から、何もない道端。まっすぐと伸びるアスファルトの上に四人はいた。
ジャンプした感覚など、微塵も感じなかった。カリンが「落ちても知らない」「放さないでよ」というので、ある種の飛行時間があり、目の前で空間が移動でもするのかと思ったのだ。
あまりの呆気なさに、トキテは手を放してもいいのか、わからなかった。
「えっと、もう着いた?」
「着いた」と言うなりカリンはその場にしゃがみ込んだ。ロッソはそんなカリンに構うことなく、ゴーグルの顳顬部分に手をあてて操作し、位置を確認した。
「目的の方向に対して、南方に一度五分のズレ。上出来じゃないか」
ロッソがカリンを労った。
「どーも。温存させてもらったからね。これなら次は十分でいける」
「……無理すんなよ」
「馬鹿言わないで。これで一時間とか三十分も休んでたら、車の移動と変わらないわ。十分で行く」
確かに、カリンの言う通りだ。
カリンはしゃがんだままで、どうやらこのまま休憩するようだ。ロッソがトキテの腕を触り、トキテは促されるままカリンから離れた。
「ああなると、聞かないから」ロッソは小声で言った。「エージェントみたいに技術向上訓練受けてないから、実は今回の任務みたいな広範囲移動はあまりやったことがないんだよ。それに、俺らはペアで動くだろう?連れてる人数が多いと、やっぱそれだけ体力と集中力を使うらしい。昔聞いたら、人を担いで走るのと一緒だって言われた」
「ああ。つまり、体重が関係してんだね」
「そう」そこでロッソはくすりと笑った。「前にね、だから俺は置いてっていい、て言ったことがあるんだ。相棒と言っても、俺はジェット機乗りだから現地着いちゃうと役立たずなんだよね。一人でも少ない方がいいだろ?そしたらさ、カリンに怒られたんだ。なんて言ったと思う?」
トキテは肩を竦めて、わからないと首を振った。
「あんたがいないと目的地がわからない、だってさ」ロッソはくすくすと忍笑いをする。「カリンはね、方向音痴なんだよ」
その後、カリンは十分おきに三回ジャンプをし、今日の行程の半分が過ぎた。誤差も小さい。武漢までは順調過ぎる旅だ。
三回目のジャンプでは、たまたま民家が見えた。この国の郊外は、本当に閑散としている。
ロッソが翻訳機能つきのゴーグルを身につけているので、ついでだから聞き込みをしてくる、と言って民家の方へと進んでいった。多分、十分で戻るつもりはないのだろう。
そうやって休憩を確保し、朝から六回のジャンプで武漢に着くまでには二時間かかった。
武漢は、現在では国境の街である。密入国や密輸などを防ぐ目的で鉄柵が街の西遠方に張り巡らされているが、人の出入りは絶えないようだ。
治安はあまり良くない。しかし、その分、情報は色々と入手できそうだった。何より、武漢から西はどこの国でもない無法地帯で、状況の把握は最優先事項だ。
武漢に着いたその日は、宿を見つけてただ休むだけにした。二日目、三日目は、宿にカリンとセキヨウを残して、ロッソとトキテは街をそれぞれ歩きまわった。四日目には、ようやくカリンが復調した。そして五日目には更に西、以前は重慶と呼ばれていた街を目指した。
さすがに重慶は遠かったので、カリンの体調を考慮して二日間かけて移動した。目的地は更に西であるが、重慶には情報屋がいると聞いていたので、ここでじっくりと情報集めをすることになった。
……そして、重慶に滞在して一週間が経とうとしていた。