機械仕掛けの腕の少年
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見つけた。
確かに、片腕が機械仕掛けの少年。間違いなかった。
猫が敵を威嚇するように、少年も歯の隙間からシューシューと息を漏らしている。
近づこうと一歩足を出せば後退し、手を伸ばせば噛み付かんと牙を剥く。いっそのこと、本当に噛み付かれてしまった方が、懐くかもしれない。確か、とある映画でそんな描写があった。その映画で主人公が相手にしていたのは野生の肉食獣だが。
「キシル」
行動が読まれたのか、ヒサメが制止の声をかけた。ヒサメが首を振る。
「無理矢理は良くない」
「だけど、」
キシルは少年の腕を見た。体に巻きつけたボロボロの布のせいで、よくは見えないが、状態は悪そうだ。
「確かに、早く診てやった方がいいけど、どちらにせよ、ここには設備がない」
「あの腕、メーカやタイプはわかる?」
遠目に見ただけだが、どうも特徴的な形だ。
「旧式。多分、日本製だろう。あんな古くても使えるのは職人の持てる技術だから。私が知ってる限りだと日本、ドイツ、ノルウェー」
「ああ、だとしたら日本製の可能性が高いか」
「今日明日でどうこうなるもんじゃないだろうけど」
腕の状態の話だ。機械の腕と、生身の腕。その接合部がどうなっているかが心配だ。
「うん。でも、なるべく、ね」
キシルは少年に向かって、手を振ってみた。
「ええっと、『コンニチハ』」
相変わらずの威嚇音。
言葉は通じているだろうか。
「ハジメマシテ」
これもダメ。そもそも、この日本語で合ってるのだろうか。キシルが知る日本語は少ない。
「ニーハオ。コマオ」
知ってるアジアの言語を出してみたが、ピクリとも反応しない。
「出直そう、キシル」
ヒサメも困り顔での提案。
ええい!こうなりゃ駄目元!
「ゴハン、タベル?!」
ピタッーーーと威嚇音が止んだ。
おや?
「ご、ゴハン……」
恐る恐る、もう一度同じ言葉をゆっくりと繰り返してみる。
「タベル……?」
少年の目が泳いだ。
言葉が通じた。日本語だ。
「ヒ、ヒサメ!なんか他に日本語知ってる?!」
興奮冷めやらぬ、と言った勢いでヒサメを振り返る。しかし、少年から目を離したのは間違いだった。
少年はサッと身を翻して、廃ビルへと隠れてしまった。
キシルは追おうとしたが、もう辺りは陽が落ちかけて暗くなりつつあった。ヒサメがキシルの腕を掴む。
「収穫。あっただけでも良かったんだから、今日は一先ず戻ろう。ここにいたら、多分私たちは文字通り身ぐるみ剥がされるよ」
ヒサメが周囲を警戒しながら言った。
「……そうだね」
飢えた猛獣のいる巣。
そんな表現がぴったりかもしれない。
先程の少年だけではない。体躯のいい大人だっている。姿は見えないが、廃ビルのあちらこちらから、気配は感じる。
二人は周囲を見回しながら、キシルは後ろ髪を引かれながら、その場を後にした。
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