トキテ、能力の話をする
アークの半数は普通の人間。
残りの半数は超能力者。
それは任務を行うエージェントだけでなく、その他のスタッフにも言える。
カリンはエージェントではなく、スタッフである。
アークに所属する超能力者は、エージェントとスタッフという役割に分かれる。
エージェントは任務を受け、遂行する超能力者である。対してスタッフは、任務遂行までの能力をもたない超能力者である。つまり、超能力のランクによって、肩書きが変わるのだ。
そして、スタッフであるカリンの仕事は主に運搬である。カリンは、瞬間移動能力者だ。
運搬と言っても、社内間でのやり取りや、スタッフ、エージェントの移動に付き添うだけである。依頼物を直接運搬することはない。それはエージェントの役目だ。だから、カリンはアーク社外に出て仕事をすることが少なかった。しかし、トキテはカリンを選んだ。
今回は僻地を広範囲に動くことから、カリンは適任だったのだ。
カリンの移動範囲はさして広くない。(移動が広範囲にできる超能力者はエージェントになり、依頼物の運搬に関わることが多い。)
しかし、カリンはその分、消耗を抑えているので一日に何度も能力での移動が可能だ。
まずはロッソが操縦する小型ジェット機で移動し、現地ではカリンと行動する。
そして、トキテの任務は自分と同じ超能力者を探すこと。
無法地帯では、超能力者が隠れて生活していることが多く、アークはそういう超能力者を見つけては保護している。トキテも、そうして保護された一人だ。
そうした隠れた超能力者を探す超能力者が、アークにはいる。探査能力に長けたエージェントの仕事である。
だが、トキテには目的のものを探す能力はない。
トキテが得意とする能力は念力と呼ばれる、目の前の物を手を使わずに動かす能力である。
トキテと似たような能力を持つ者は多く、どちらかといえば戦闘員エージェントとして活躍している。しかしトキテは、今まで失せ物探しや浮気調査、裏金調査など、不向きでランクの低い仕事ばかりを選んでいた。
仕事には必ず、相棒を連れて行く。
トキテの相棒はセキヨウ。セキヨウを危険な場所に連れて行きたくはなかった。
(でも、能力者探しなら大丈夫だろう。それに、セキヨウが行きたがってた砂漠。ロッソに頼んで連れてってもらう)
実は、ロッソには砂漠のことを伝えてあった。
ロッソは快諾してくれた。ただ砂漠での砂がエンジンに入らないかなど、対策を立てるのに準備期間をくれ、と言った。
そして今日、ようやくロッソの準備が終わったのだ。カリンも当然、了承済みだ。
「えーっと」ロッソは再びゴーグルを装着した。「調査期間は移動込みで三ヶ月。範囲は旧中国と、えー、モンゴルも少し入ってるぞ?」
ロッソが用意したジェット機の中。
トキテは、セキヨウを乗せ、シートベルトを締めてやったところだった。
「北の方がレジスタントとかの活動が多いからだろう。旧中国の西は本当に荒野みたいだけど、北京付近はまだ人が多いらしーし」
トキテは調べて知っていることを言うと、ロッソはゴーグルの顳顬の辺りに手を当て、何やら操作を始めた。小型コンピュータが内蔵されていて、ゴーグルの画面には情報が映し出されているらしい。
「まー、とりあえず上海には許可を貰ったから、そこにまず飛んで、そっからだな」
トキテとセキヨウは、ロッソから簡単にジェット機に関する最低限の知識を教わった。
昔は、訓練を受けていないと乗れなかったが、コンピュータ搭載のヘルメットを着用すれば、素人でも大抵の危機回避は簡単に行えるようになった。耳抜きや乗り物酔いなどは、そのヘルメットがケアしてくれる。
しかし、何らかの緊急事態でヘルメットが作動しなかったら、側にいる人をタップし、危機を知らせること。声を出しても騒音で聞こえないから。
ロッソからの説明の主なところはそれだった。
ロッソは「側にいる人」と言ってくれた。前方の二席にロッソとカリン、後方にトキテとセキヨウが並んで座っている。セキヨウの「側にいる人」はトキテだが、実際はカリンかロッソに知らせるべきだろう。だけど、セキヨウがそれを出来るかは疑問である。多分、トキテにだったら出来る。
とにかく、四人が乗ったジェット機は、ゆっくりと滑走路に進み出した。
高度が安定してきた。
気流を確認して自動操縦に切り替えた。
と、ヘルメットのスピーカからロッソの声が聞こえた。
「どれくらいで着く?」
「途中、空中給油の必要があるから、その為に少し航路ズレるんだよ。だったら、と思って、ハワイで一回休憩。上海はまぁ、明日だな」
それはとても有難かった。ずっと座りっぱなしはキツイ。
「なぁ」と操縦がひと段落して暇ができたロッソが聞いた。「トキテって、どういう能力持ってんの?今まであんま聞いたことないんだけど」
難易度の高い任務をこなすエージェントや、カリンのようにエージェントと関わることの多いスタッフの能力は社内でもよく知られている。
トキテはもちろん、知られてはいない。それどころか、弱い、もしくは問題のある能力者だと思われている。能力値が低ランクであるためだ。
「念力。簡単に物を動かす程度だよ」
と言って、ロッソの側にあった無線機を固定から外し、空中に浮かせて見せた。
「え、それだけ?」
「うん、それだけ」
無線機を元に戻す。
「はあ?!」
スピーカから耳を刺すような声が聞こえ、トキテは思わず「うるせー」と叫んだ。マイクがオンになってなかったから、トキテの叫びは誰にも聞こえていない。
「お前、よくそれで任務受けたなぁ。つーか、ランクCってのは、テスト受けてないからだと思ってたけど、マジでCってこと?」
テストというのは、超能力のランクをはかる試験を指す。超能力者に依頼を出すとき、そのランクで依頼の内容が決まる。
もちろん、高ランクの方が成功報酬が多額な依頼が舞い込む。その分、難度は高い。
「受けてないのも確かだけど。うーん、まぁ実力的にもランクCだろうなぁ」
トキテが答える。
すると、「はあ」とため息が聞こえた。
「透視能力があんのかと思った。それじゃ、人探し任務は辛いだろう」
「いいんだよ。だから、僻地選んだんだ。見つかんなくてもおかしくはないだろう」
「うっわぁ。トキテ、悪だな」
「それに、カリンの方が人探しは向いてるだろう」
「カリンはスタッフ!エージェントじゃないから、危ないことに巻き込むなよ!」
おお、ロッソも男だ。
トキテは、感心した。今のセリフは、男からしてもカッコいい。
しかし、当のカリンが何も言ってこない。カリンのスピーカがオンになってないからだろうか。ロッソもつくづく残念な男である。
トキテは、隣に座るセキヨウをちらりと見た。
このヘルメットは、スピーカのオンオフをコントロールすることで、轟音のジェット機の中でも会話を可能にしている。オンにすれば、ノイズキャンセラが働く。
この状況で、セキヨウだけに話しかけたら、返してくれるだろか。
そんなことをちらりと思った。
だけど、トキテは実行しなかった。




