セキヨウ 〜そして、エピローグ〜
行った先での別の雑用もこなしながら、トキテは何人かにヨーコのことを聞いたものの、やはりこの日も空振りに終わった。
初めから期待はしてなかったことではあるが、それでもこの結果には落ち込んでしまう。意気消沈で事務室に帰ると、珍しくもエリザベスがコーヒーを淹れてくれた。
「朝のお礼」
おにぎりのことだ、と少し遅れて気付いた。
普通のコーヒーなのに、身体に染み入るような温かさを感じた。沈んだ心が少し、柔らかくなった。
「どう?」
エリザベスが聞く。
「うん、美味しいよ」
コーヒーじゃなくて、とエリザベスが苦笑した。
「君の用件は進んでる?」
あ、そっちか、と頭をかく。
「芳しくないよ。まぁ、十年以上前の話だし、ヨーコさんが数回訪れたのを知ってますかってのも、漠然とし過ぎてるなぁって最近感じてるとこ」
この質問は、もちろんエリザベスにもしていたが、彼女は十年前、まだ大学生だったらしい。ボサボサ頭で殆どメイクもしていないエリザベスは、トキテから見たら年齢不詳だが、言われてみれば確かにそれくらいの年齢なのだろう。そこでトキテは、エリザベスよりも年上の人にヨーコのことを聞いて回っていた。
「うーん。じゃあ、その『ヨーコさん』の外見とか……、そーだ、写真はないの?写真を見せたら早いんじゃない?」
「ああ、そっか」
なんで今までそのことに気づかなかったんだろう。
トキテはカバンからポータブル端末を取り出す。アークの回線がセキュリティ問題で使えなくなったので、最近では殆ど使っていなかった。
「え?写真あるの?」
「うん、ずっと前に撮った写真のデータ、これに入れてたんだ」
写真を撮る習慣などなかった。
貧民街から来たトキテはもちろん、ヨーコも滅多に写真を撮らないという。だけど、家族ができたのだから記念に撮ったら良いと、ヒサメがカメラを取り出したのだ。アークの会議室でのことで、だから殺風景な写真だ。
写ってるのはヨーコとトキテとセキヨウの三人。ヨーコが少し屈んで、トキテとセキヨウの肩にそれぞれ手をのせている。ヨーコは笑顔のカメラ目線。トキテは斜に構えてカメラを睨んでいた。セキヨウはきょとんとした顔で肩に置かれた手に目線をやっている。
三人で撮った、唯一の写真だ。
エリザベスがそれを見る。
「へぇ!トキテが鬼教官っていうから、シャオ主任が怖くなった感じを想像してたけど、綺麗な人じゃん!あ、ねぇ、この可愛い女の子は?」
「それはセキヨウって名前の子」
「妹?お姉さん?」
この時の背丈はセキヨウもトキテもあまり差はない。貧民街で初めてセキヨウを見た時は男の子だと思った、とキシルが言っていたくらいである。この写真のように、長い髪をお団子にしてワンピースを着ていれば、女の子らしく見える。
「えっと、戸籍上は兄妹……なのかな……」
そう言えば、トキテはヨーコの養子になったが、セキヨウは特に手続きをしなかったのではないか。あの時は必要性がなかったからだが、今考えると不自然な気がする。
「戸籍上は?あ、そうか。トキテは『ヨーコさん』の養子なんだっけ」
どうやらエリザベスは、セキヨウがヨーコの実子だと勘違いしたようだ。説明も面倒なので、トキテは否定しなかった。
トキテは、デスクにある時計をちらりと見た。
そろそろ帰らないと、セキヨウが心細いだろう。
セキヨウには、最近研究部の手伝いをしていると伝えてあった。心配させない為にも、任務だと偽っている。研究室は本社内で、寮からは近いし、雑用だからとセキヨウには言い聞かせて、留守番をさせているのだ。
喋らないセキヨウがそれをどう思ってるのか、長年共にいるトキテにすら、よくわからなかった。ただ、セキヨウは「わかった」とばかりに頷いてはいたが、最近では寮に帰ると、セキヨウがすぐに迎えてくれる。だからもしかしたら、セキヨウなりに寂しいのだろうし、不安なのかもしれない。喋れないので、セキヨウの身に何かあったら、と考えるとトキテも不安になる。そのため、緊急時用の端末は持たせている。ボタンを押せば、トキテの端末のアラームが鳴る。それが鳴ったことがないのは、今までは一緒に行動していたためだ。
セキヨウ、どうしてるだろう。
そう思っていたら、事務室の扉が開いてセキヨウが顔を出したので、トキテは心底驚いた。
慌てて扉の所に行く。
「どうした?何かあったか?!」
勢い込んで聞くと、セキヨウは気まずそうに首を振った。
上目遣いでトキテを見ると、えい、とばかりにトキテに抱きついて来た。予想外の行動に、トキテは「うわっ」とふらついた。
ああ……。
セキヨウの頭にそっと手を乗せる。
何かあったわけじゃない。だから緊急時用の端末は押せず、でも不安が消えなくて、それでセキヨウはここまで来たのだと、トキテは思った。トキテの身体にセキヨウは顔を埋める。
そんな二人の様子を、エリザベスは見ていた。
「ねぇ」と躊躇いがちな声が、背中越しに聞こえる。「その子は?」
えっ、とトキテは首を回してエリザベスを見た。
「セキヨウだよ。さっき写真見ただろ」
何を言ってるんだと、トキテは笑って返した。それとは対照的に、エリザベスの表情は硬くなる。
「セキヨウ……?その子が……?」
だって、とエリザベスの声が震える。
「だって、さっきの写真と、変わらない」
そうだろ、何を当たり前のことを。
だって、セキヨウはセキヨウだ。
セキヨウが、不意に天井を見た。
どうした、と声を掛ける間も無く、
バンッ
何かが弾ける音がして、
照明が一斉に消えた。
僅か空いた扉からも光は入らず、全くの闇。
事務室前の廊下が騒つく。
他の部屋も、停電だろうか。
混乱する人の声が聞こえてきた。
ふ、
と、しがみついていたセキヨウの感覚が消えた。手を離したらしい。
「セキヨウ?」
「トキテ!」
返ってきた声はエリザベスのもの。
そうだ、セキヨウは喋れない。
「ベス、大丈夫か?セキヨウが俺から離れちゃった……。いたら捕まえといて」
こんなにも見えないものなのか。
トキテは手探りで動く。
おかしいよ!とエリザベスが叫んだ。
「これ、停電じゃない……。ここのコンピュータは電源が二つあって、アーク本社の電力には頼ってないから……」
「え?じゃあ、これは……」
超能力。
こんな能力は知らない。
一体誰が?
トキテの頭を過ぎったのはレジスタンスだ。だが、こんな急に、レジスタンスが仕掛けてくるだろうか。しかしそれ以外、考えられない。
ちっ、と舌打ちが聞こえた。
「邪魔が……ッ」
知らない声が、微かに聞こえた。
その直後、
「うわっ!」「きゃっ!」
急に光が目に飛び込んで来て、トキテは強く目を閉じた。両手も顔の前で交差させ、眼を覆ったが、瞼に透ける光が眩しい。
段々と慣れてきて、ゆっくりと目を開いた。目の前で、エリザベスも同じように恐る恐る周囲を見回していた。
「今のは、何……?」
エリザベスが呟く。
トキテは周りを見た。
セキヨウは?
後ろを振り返ると、廊下に立っていた。トキテはホッと息をついた。
“変わらない”
とベスは言った。
長い髪をお団子にまとめて、ワンピースを着ている。
あの頃と同じように。
トキテから見てセキヨウは、小さな妹のようになった。
あの頃は、そんなに年の差を感じなかったはずのセキヨウ。
今は小さな妹のような存在。
守ってやらなきゃ。
セキヨウには、俺しかしない。
これにて第一部・完、となります。
第二部『DUSK』
第三部『DAWN』
の全三部構成を予定しています。
しばらく執筆、加筆、修正の期間をいただき、第二部を載せていきたいと思っています。




