トキテ、任務の準備をする
「へぇー、A級任務じゃん。珍しい」
飛行場の格納庫。
操縦士のロッソが、手にした端末の画面をスクロールする。
「えー、何々?僻地での超能力者、索敵調査及び保護。すんげー面倒そう」
ロッソはけらけらと笑った。
「あたし達もだよ!」
ロッソはカリンに頭を叩かれた。
「いやいや、俺らは運ぶのが仕事よ?」
「どーせ運んだ先で行動は一緒だわ。僻地だから、準備はしっかりとしないとね。あんたもメンテ怠んないでよ。あっちじゃマトモな設備は無いだろうから」
「最初は上海寄るからヘーキでしょ」
「ま、俺らは初めての国外任務だから、ロッソに命預けるよ」
トキテが言うと、ロッソはその顔のおよそ半分を覆っているゴツいゴーグルを頭の上にグイッと持ち上げた。
「命と来たか」
「上等」カリンも答える。「現地ではカリン様がしっかり案内するわ」
「ああ、頼むよ。ロッソの相棒がカリンだから、お願いしたんだ」
「うわー。それって俺の腕信じられてないの?カリン目当てで選んだの?」
トキテが戸惑いも無く頷くと、ロッソは「うわー傷付くー」と戯けた調子で言った。
「つーか、こっちはセキヨウがいるから、長期任務で組むんだったら男女のペアとが良かったんだよ」
ああ、なるほどね、とカリンは応じたが、果たしてカリンはセキヨウと上手くやっていけるか、トキテは心配だった。だけど、知らないペアと組むよりはいい。それに、セキヨウは超能力者に対して偏見をもったり、臆したりしないので、セキヨウのことを邪険にする人はこの組織では少なかった。
トキテが所属する組織は、超能力者を保護、教育し、社会貢献を目的とした自立を助けることを活動内容としている。
超能力者国際安全保障条約、通称PISTと呼ばれる条約が国連で決定されたのが今から五十年前である。
第三次世界大戦開戦後、十数年経った時にアメリカ、日本、ドイツ、フランスで初めて超能力者の存在が確認された。
初めは、特異な能力を持つ人間と注目をされ、ある国ではスゴ技を持つ人間と報道され有名人にもなった。宗教色が強いヨーロッパや中東の一部では異端者として見られることがありつつも、やはり興味の対象として報道の目にとまった。
彼らがメディアに登場したのを皮切りに、超能力者の存在が次々と露見する。
しかし、どの超能力者も地域と年齢に偏りがあった。もちろんとも言えるが、初期は各国の機関が調査を独自に行った。一時期、人権を逸脱した調査を行って問題になった国もあったし、超能力者を欲しがり、拉致しようとした国もあった。
そして数年後、ある結論にたどり着く。
それは、超能力者が人間の突然変異体であるということだった。
しかもその原因は、核爆弾。
だから、第三次世界大戦で核爆弾が落とされた国に集中し、また若い世代に多いのはどうやら被爆した妊婦から産まれた子供たちだからだという。
本来、放射線は人体に悪影響を与えるものであり、戦争という環境が奇形児を産むことはある。それが何故、特異な能力を持った人間が産まれたのかは、未だわかっていない。当然、妊婦を被爆させて同じ事象が現れるか、などという非人道的な実験が許されなかったからである。
隠れて行った機関があったが、失敗している。その実験での妊婦と子供は全員死亡した。だから、核爆弾以外も要因はあるのだろう。しかし、それはわからない。
それから更に数十年経つと、超能力が遺伝で次の世代に受け継がれる可能性があることがわかった。しかしそれも、可能性の話であり、超能力者の子が全員超能力者というわけではなかった。
そして―――、
第三次世界大戦から五十年。
超能力者に対する偏見や差別は国際問題となっていた。
恐ろしい力。
犯罪に使われたら、普通の人間には対処が難しい。
超能力者は抹殺すべし、という過激意見や、管理して教育すれば如何に能力者でも人間としての分別を持つという擁護とも取れる意見が出てきた。
いい顔をしないのは当然、当事者たちだった。
彼らも、自分たちの意見を述べた。
私たちはあなた方の敵ではない。同じ人間である、と。
意見を述べたのは、当時、超能力者として国際警察に名を連ねていたカーロフという男だ。
彼は国際警察を辞め、超能力者と普通の人間が二人ペアとなって様々な任務にあたる民間の会社を立ち上げだ。
我々は一人の人間である、という意思表示として、会社名はオール・ヒューマン・カンパニー、通称AHC。
世間ではしかし、『だいたい超能力者の会社』でAHCと揶揄されてもいる。
受ける任務は、様々だ。
透視能力を持つ者は失せ物探しから、探偵のように身辺調査なども行う。
移動能力を持つ者は運搬が多い。その内容はすぐさま患者に届ける移植用臓器や、揺れに敏感な薬品、傷をつけたくない美術品など、扱うものは多岐にわたる。
しかし、これらの任務には必ず、超能力をもたない誰かと組んで行う。それがアークのやり方だ。そうすることで、少しでも世間からの安心と信頼を得たいという思いからだ。
アークは揶揄されながらも、確実に名声を伸ばしていた。
カーロフが他界するまでは。
カーロフが他界し、アークのCEOが変わった。
カーロフより少し若く、やり手だと言われるキエノフという男になった。
アークが変わったのはそれからだ。
ちょうど、トキテがアークに保護された次の年のことである。