庶務部2
それで、とオガタは言葉を継いだ。
「今日の話は、ミカサさんのことでも、キシルくんたちのことでもないんでしょう?」
はい、とヨーコはちらりとシノノメを見た。
近くの職員から椅子を借りて、その上によじ登って窓の外を見ている。一つの椅子に、シノノメとセキヨウが二人して乗っている様は実に可愛らしかった。
「シノのことです。彼の、サイバーハンドにはリミッターが実装されています。どうやら、日本にいたときに力の発現が殆どなかったのは、そのためのようなんです」
「ああ、なるほど。そう言えば、シノノメくんは特に保護対象とされていたわけではありませんでしたね」
アークでは、辺境地にいる超能力者の保護活動を事業の一つとしている。辺境地で生まれた子供は捨てられて孤児として生きるか、親の虐待を受けて育つことが多く、碌な教育もないまま、ある日発現した超能力で犯罪を犯すことがままある。能力の発現は平均して五歳。まだ、自己管理能力が低い子供である。
そうした子供達をアークが保護し、教育することで、社会に貢献できる人材への成長を目指している。しかし、情報が入らないまま、保護されずに成長する超能力者もいる。この場合、超能力による犯罪を犯すことで、ようやくアークの耳に届く。つまり、十八歳以上になると、保護対象ではなく補導や拘束の対象となる。だからアークは、辺境地での情報を逐一仕入れ、早い段階での保護を目指していた。そのため、各地の情報屋とのコネクションは強い。
シノノメは、能力の発現が見られなかった。
リミッターのためだ。
シノノメを保護したのは偶々ということになる。そして今、リミッターをつけたまま能力訓練をしていた。
「私はリミッターに詳しくないのですが、リミッターも用途が様々だそうですね」
ええ、とオガタが頷く。
「基本的には、完全に能力を抑えるものはありません。強力なもので九十パーセントカットです。リミッターはその名の通り、能力を制限する為のものです。自分が超能力者だと知られないように身につける人もいれば、一般社会で上手に人付き合いする為に身につけている人もいます。能力のコントロールが下手な人が、力の暴走を抑える為につけていることもありますね。その用途に合わせて、制限率と効果範囲を考え、自分に合ったリミッターを実装するのが普通です」
シノノメくんのリミッターは、と訊かれて、ヨーコは下唇を噛んだ。
「わかりません」
サイバーハンドのメーカすら不明だった。シノノメの腕として機能している以上、簡単に分解する訳にもいかない。特に不便なことも、困ることもないとわかって(研究所では、盗聴器や時限爆弾が埋め込まれてないかを心配していたようだ)、必要以上の検査はしていない。
「あの、リミッターって実装したら常に起動してるんですか?」
「ん?いや、普通は電源ボタンがありますよ」
「小型のも、ですか?」
「ああ、表現が適切ではなかった。小型はボタンという、物理的な構造はありません。ある部分に触れるだけで起動するとか、ピアス型はピンを通すとか、まぁ様々です」
「電池などは?」
「光電池、熱電池がほとんどです」
つまり、電池交換や充電の必要はなさそうだ。オガタが、なぜこんなことを訊くのかと尋ねてきた。尤もな質問である。
「どうやら、シノのリミッターは常時起動しているみたいなんです。その中で、かなり強めの念力を使う訓練をしていました。研究所から、リミッターのことは聞いていました。けど、私はすっかり頭から抜け落ちて、かなりしっかりとした訓練をしてしまって……」
ヨーコはシノノメの念力が原因で足を折った。それは思った以上にシノノメの能力の瞬発力があったからだが、力も強かった。子どもがこんな強力な念力をコントロールできなかったら危ないな、とそのとき思ったのだが、シノノメはそもそも、リミッターの制限下で能力を駆使している。
これは、どういうことか。
ヨーコの中で、一つの仮説が浮かび上がった。それは、常に負荷をかけた訓練をしているに等しいのではないか、ということ。
例えばマラソンランナーは高所で練習する。それは、酸素が希薄な高所で練習することで体にあえて負荷をかけ、平地でさらに早く走る訓練だ。もしくは、手足にウェイトを付けて走る。これも同様の効果が期待できる。
つまり、シノノメのリミッターは、このウェイトの役割をしているのではないか、という仮説だった。
ヨーコは試しに、自身もリミッターを購入して、二トントラックを動かすことを試してみた。確かに、過負荷で動かしにくく、ヨーコは念力の力を通常より強くした。そうしたら、リミッターの方が能力に耐えられずに壊れてしまった。ヨーコの試みは失敗に終わった。が、そもそも市販品はヨーコほど強力な念力を想定していないはずで、用途が違う。ヨーコはそもそもリミッターに詳しくない。そこで、ヨーコはオガタに相談しようと思い立ったのだ。
その経緯を掻い摘んで話すと、オガタは「わかりました」と頷いた。
「あの、それで、訓練用のリミッターとかって、存在するんですか?」
「ええ、ありますよ。軍事用なので、市販はされてませんし、アークは軍隊ではないので、公的な使用は認められてませんが」
「アークにあるんですね?」
「ノア社製ですから」
含みのある言い方だ。恐らく、研究と称して何かに使っているのかもしれない。
「私も、ノア社製のリミッターを買ってみたんですけど、壊れました」
「ああ、能力負荷値がリミッターの性能を超えたんですね。普通の使い方では、そうならないはずです」
「訓練用のリミッターなら、壊れませんか」
「これは研究段階なので、能力が上回れば壊れます。その度に、より強力なものを作っているのでイタチごっこではあります」
「では、壊れない程度に、訓練用のリミッターで強力な念力の訓練をしたら、能力値は上がりますか?」
「上がります」即答だった。
「では、オガタさん。私をリミッター開発の被験者に推薦していただけませんか?」
「何故ですか?」
それは当然の質問だった。
「シノと同じ状況にしたいんです。彼に能力を教える難しさは、自分が一番感じていることです。彼にコントロールを教える必要もあります。通常の教え方では、伝わらないと思います」
果たしてそうでしょうか、とオガタは足を組んだ。
「体のいい後付け理由にも聞こえます。それに、自分には力が無いことを吐露しているようなもの」
「それはっ!」
反論しようと乗り出した身を、オガタは制す。
「……と、上層部が考えるのです。そうしたら、貴女はシノノメくんの教育者から外されるでしょう」
「え、でも、養子縁組したばかりだし」
「親はヨーコくんでも、教育者は違う人でいいでしょう。不都合はありません」
オガタの論は間違っていない。ヨーコはまた車椅子に深く腰掛けた。急に、足の痛みを感じた。
「つまり、ヨーコくんの話を通すことは難しい。軍事用リミッターは公にしていない研究分野ですから、守秘義務が生じます。私的な理由での被験はできない」
「そう、ですか……。そうですよね……」
ずきんずきんと、足が痛む。さっき、身を乗り出したのがいけなかったのか。いや、それも違う気がする。
落ち込んだヨーコに、オガタは優しく微笑んだ。
「どうしたんです?」
「あ、いえ……」
「だから、私に相談したのではないですか?」
「え?」
オガタは元総務部長。人事に詳しい、有能な上司。ヨーコにとっては同郷の、相談しやすい人だ。いや、それだけではない。
オガタには、他にないほどの人望がある。
総務部を離れて尚、人事の相談に来る人がいると噂されるほどのコネクション、顔の広さ、人を見る目の確かさ。
そのオガタが微笑む。
「私の知ってる研究者を紹介しましょう。シャオくんも、喜ぶはずです」
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