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SHADE  作者: 真木 雫
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庶務部1

 ヨーコとしては、リミッターを付けているとバレたくはないから、イヤリング型などがあればよかったのに、と思った。

 しかし、そこまで小型はできないのだろう。どうやら、条例でリミッターは大きさが決まっているらしい。誰が見てもリミッターを装着してるとわかるように、ということのようだ。だから、服の中に隠れるようなタイプもない。

 そこで仕方なく、腕にリミッターを()めて生活することにしたのだが、世間知らずなシノノメにはそれがリミッターだと分からなかった。ヨーコとしては、ほっとするところだ。

「ヨーコさん、医務室で良いんだよね」

 時折、検診に医務室に行くときは、シノノメとセキヨウも同行する。このときはいつも、シノノメが念力で車椅子を動かすことになっていた。

「その前に、庶務に寄るから」

 シノノメは車椅子の横にピタリとついて歩いた。物を動かすのに、前方が見えなければならない。シノノメはまだ小さくて、車椅子の後ろだと前が見えなかった。

 いつもなら、セキヨウと手を繋いで並んで歩くが、能力を使いながらだと集中が乱れる原因になるので、セキヨウはシノノメの後ろについて歩いていた。

「ここ、庶務だよ」

 扉横のパネルに「庶務部(クレリカル・オフィス)」と書かれているが、シノノメにはまだ難しい言葉だ。

 ドアノブを回して開けるのはヨーコがやった。もちろん、念力でだ。シノノメはまだ、繊細な動作は出来ないし、同時に二つのものを動かすことも難しい。

 三人はオフィスに入った。中では数人のスタッフがデスクに向かって作業していた。活気のあるようすは無く、トキテとセキヨウはその居心地の悪さに後ずさりしている。

 インフォメーションボタンをヨーコが押して、アポイントのある人物の名前を告げた。

「やぁ、ヨーコくん」

 少しして来たのは、きっちりとスーツを来た、がたいの良い東洋人だった。

「オガタさん、すみません」

 日本語であることに、シノノメは少し驚いたようだ。口をあんぐりと開けている。

 実は、アークに勤めている日本人は少なくない。ヒサメやヨーコのような日系人までいれると多いくらいだ。

「シノ、ちょっとあっちでセキヨウと待ってろ」

 ヨーコが言うと、シノノメは「えっ」と驚きの声をあげた。今まで、どんな難しい内容でもシノノメに関わることは同席させていた。だから、意外だったのだろう。

 ヨーコはふっと、表情を緩めた。

「あっちの窓から見える景色はまあまあ良い方だから、セキヨウと風景画でも描いておいで」

 セキヨウは絵を描くのが好きで、スケッチブックを肌身離さず持っている。家に帰れば、五十色近い色鉛筆ケースがあるが、外出時は(もっぱ)ら鉛筆のみである。セキヨウの描く絵は、大人顔負けの繊細な線画だ。その絵に、帰ってから色を乗せる。スケッチブックも、もう何冊目だろかというくらい、描きあげていた。そのほとんどは風景画である。

 セキヨウは嬉しそうに、窓辺へと向かった。シノノメは、そんなセキヨウと車椅子のヨーコを見比べていたが、一人でさっさと歩いて行ってしまうセキヨウが心配なのだろう。少し逡巡(しゅんじゅん)していたが、シノノメは結局、セキヨウの後を追った。

「あの子らが、ヨーコくんが養子に迎えた子達ですか」

 シノノメの小さな背中を見ながら、オガタが訊いた。

「あ、いえ。女の子の方は養子にしてません。男の子、シノノメの方だけです」

東雲(シノノメ)?変わった名ですね」

「ヒサメとキシルが名付け親です」

 緒方将臣(オガタ・マサオミ)は以前、アークの総務部長を務めていた。人事に精通していることもあり、五千以上いる社員の名前と顔が大体わかるというのだから、驚異の記憶力である。当然のようにオガタは、ヒサメとキシルのことも知っている。

「すみません、今日は時間をとってもらって」

「いや何、閑職(かんしょく)を与えられてからは時間ばかりが過ぎていくだけだ。(むし)ろ、私の時間を有効活用してくれるのなら、有り難い限りだよ」

 総務部長から一転、今は庶務部の席を埋めている。肩書きは部長だが、どう考えても閑職だった。オガタが来るまで、庶務部に部長はいなかった。精々が課長クラスである。

 なぜ、こんな有能な人が庶務部に異動させられたのか。それはなんだか聞いてはいけない気がして、ヨーコはその話題に触れたことはない。しかし、総務部のときからの縁で、今もよく相談にのってくれている。

「で、今回はあの子らのことかな?」

 流石(さすが)に察しが良い。

「はい。ミカサ夫妻が保護し、キシルとヒサメが連れてきた孤児です。物心ついたときにはもう既に貧民街(スラム)で一人だったと思われます。ミカサ夫妻に会ったときのことはよく覚えてないそうです。ドクター・ミカサの報告によると、孤児の少年が建物の崩壊に巻き込まれて大怪我を負い、右腕を失ったようです。応急処置をした後、ドクターがサイバーハンドを取り付けたということです。しかし、日本の貧民街では良い施設や設備がなく、接続部から細菌が入り、腕が壊死(えし)する恐れがある、救援を、という連絡を最後に、ミカサ夫妻からの通信は途絶(とだ)えました」

「うん、なるほど」

 腕を組んで黙って聞いてくれてはいたが、オガタにとっては既知(きち)の内容だったのだろう。特に質問もされない。もしや、と思ってヨーコは聞いてみた。

「日本にキシルたちを派遣したのはオガタさんですか?」

「もう総務部じゃないんだ。派遣する権限はありませんよ。ただ、相談を受けて、それならキシルくんとヒサメくんが良いのでは、と言っただけです」

「キシルとヒサメはまだ何度か日本に行ってますね?」

「ミカサ夫妻の足取りが掴めていません。カナンくんの派遣を、上は考えてるようです」

「カナンでは荷がかちすぎるのでは?ルーヴィスやエルノーの方が良いと思いますけど」

「まぁ、僕には上の考えてることなんてわからないので」

 オガタをそう言ってこの件を終わらせた。

 しかし、ヨーコが知る限り、アークの全容を知る人物であるはずだ。恐らく、ミカサ夫妻のことや、日本に何度も超能力者を派遣してる理由など、ヨーコよりもよく知っているのだろう。本当に、一社員であることが不思議でならない。

 それで、とオガタは言葉を継いだ。

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