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SHADE  作者: 真木 雫
37/45

リミッター

 ☆ ☆ ☆


「キシル、リミッターってどこで買える?」

「リミッターですか?」

 キシルは、ギプスで固められたヨーコの両足と、ヨーコの顔とを交互に見た。

「何を考えてるんですか」

 シノノメの訓練中に、ヨーコが負傷した、とヒサメから聞いた。病室にいるかと思いきや、シノノメを一人にしておけないと、その日のうちに治療、退院と(せわ)しなかったらしい。

 目の前のヨーコは、車椅子に座っている。本来なら電動車椅子を貸し出してもよかったらしいが、「重い」といって手押しの車椅子にした、という話まで、キシルは聞いていた。その車椅子を、ヨーコかシノノメが念力で動かして移動していた。シノノメの能力が暴走した後なのに、である。

 本当に、何を考えてるのかとキシルは呆れた。

 見舞いにくれば、本人は元気だし、なのにパシリに使われるので、来るんじゃなかったと後悔中である。

「リミッター。どこで買える?」

 キシルの疑問には答えず、さっさと答えろと(にら)んでくる。ため息をつきたい気持ちをぐっと抑えてキシルは答えた。

「アークの研究開発部で作ったのは広く市販されてますよ。ネット通販で買えます」

「へぇ。そうなんだ。知らなかった」

 あまりにも近いところで作られ、しかも一般向けに市販されていると聞いて、ヨーコは驚いたようだ。

「まぁ、アークのエージェントには必要ないですからね」

 リミッターは、超能力者が普通の人間(ノーマル)の人達と一緒に生活する際に使う。アーク以外の企業だと、超能力者の雇用条件にリミッターの装着が義務付けられているところが多い。

 それくらい、世間では超能力者という存在は受け入れられていない。アークにいると、忘れてしまう感覚だ。

 訓練されていない超能力者は(まれ)に能力をコントロールできずに暴走してしまう。それを防ぐためのリミッターである。暴走以外では、普通の人間(ノーマル)の不安を取り除く目的もある。例えば透視、盗聴、感応など、目に見えない形の能力を使われることが、不安の大きな要因である。

 リミッターは、超能力を使う際の磁場変動を感知し、逆磁場をかけることで能力を抑える仕組みだ。その適応範囲が個人の場合、リミッターはアクセサリーのような形のものが多い。もっとも多いスタイルは腕輪型である。シンプルだが、存在感はある太さだ。確かに、アークでこの腕輪をしている人は見かけないが、外でなら見たことがあった。

 タブレットで通販サイトを見ながら、ヨーコはキシルに聞いた。

「どこにもアーク社製ってないけど」

「あぁ、これですよ」

 キシルが指差したのは、検索で一番上に出てきたシンプルな腕輪だ。綺麗な曲線で、色は五色から選べるらしい。ゴツいフォルムがある中で、一番細い腕輪だ。その写真の横に、値段とメーカが書いてある。メーカ名の欄には、ノア、とあった。

「ノア?」

ノアの(ノアズ)方舟(アーク)にかけてるらしいですよ」

(つづ)り違うじゃん」

 社名(と言っても略称だが)のアークはAHCで、ノアズアークの場合はARKとなる。確かに発音は似ているが、ネイティブからすると違うはずである。日系人のヨーコには、あまり違いがわかるように発音出来ていないが。

「ま、素直にアークとは出せないんですよ。企業として認められ始めてるとは言え、世間の風当たりはまだ良くないですからね。だから、綴りを違うものにしたのかもしれないです」

 キシルに教えてもらってよく見ると、画面の(ほとん)どはノア社製だった。

 購入者のレビューを見ると高評価で、コメントを見る限り、アークと繋がりがあるとは気付いていないようだ。

 慈善事業中心のアークで、どうやって財源を確保しているのか、不思議ではあったが、なるほど、研究・開発から利潤を生んでいるのか。

 研究では各方面の国や団体、機関との共同研究が盛んに行われているのは知っている。アークには、超能力研究をする上での被験体が、豊富に揃っているためだ。被験体というと、良い印象を持たないが、会社として超能力者の人権は保証されているし、特別手当も出ることから、超能力者たちは協力的だ。この協力の上に、リミッターなどの開発があるのだと思うと、これは自分たちのためでもある。義務感を持って協力する人が多いそうだ。

「アタシは被験体になったことないけど」

「ヨーコさん、知らないんですか。念力能力者って一番多いんですよ」

「知ってる、それくらい」

「何人いると思ってるんですか」

 それは、と言い(よど)む。

 世間的に見ても、念力は珍しくない能力だ。次に多いのは精神感応(テレパス)である。

 確か、一般的に念力能力者は、能力者全体の五十パーセントを占めるのではなかったか。

 アークに勤める正規社員は(およ)そ七千人。内六千人が普通の人間(ノーマル)である。つまり、超能力者は凡そ千人。その半数近くということは、五百人程だろうか。

 ヨーコが計算した結果を伝えると、三百七十ほどだとキシルが答えた。

「アークにはレアな能力者が多くいますから、世間的な比率は当てにできませんよ。とは言っても、約四百ですからね。ヨーコさんが被験者になる確率はすごく低いのがわかったでしょう?」

「うーん。じゃあさ、これ、自分で申し込めるの?」

「やりたいんですか?」

「だって特別手当でるんでしょ」

 いくら出たの、とヨーコはキシルを追及した。

「検査内容に依りますよ。俺のときは、一回で五十ドルです」

「なんか、思ったより安い。ケチだね、アーク」

「大した検査じゃなかったですし」

 とキシルはそれ以上、何も言わなかった。ヨーコはもう一度タブレットに目を通す。リミッターは安くて八十ドル、ノア社製のものは平均して百五十ドルだ。とりあえず、売れ筋の一番上に表示された百二十ドルのリミッターを購入することにした。

「リミッターなんて買って、どうするんですか?」

 (もっと)もな質問である。アークにいる限り、リミッターは必要ない。(むし)ろ、もてる能力は強化すべきである。

「まぁ、ちょっとね……」

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