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SHADE  作者: 真木 雫
35/45

合流

 カリンはホテルから十キロ程度離れたところにいた。

 北に十キロ。

 それが落ち合う予定地だった。

 この距離は、カリンが誤差を少なく飛べる範囲であり、もし敵がカリンを追って動くとなれば離れすぎない方が観測しやすいだろうという判断の上で決めたことだった。

 トキテは途中、路上に停めてあった旧式のクルマを拝借した。貧民街(スラム)ではよくやっていたことでもある。今では人様のものを拝借することに抵抗がないわけではないが、この際仕方ない。

 クルマは砂地でも走りやすい四輪駆動だったが、キーがない。持ち主も、キーが無ければ盗まれないと踏んだのだろう。燃料も、残り少なかった。

 しかし、トキテには関係ない。

 生物を念力で動かせないトキテにとって、頑丈なこのクルマは遠慮なく動かせる対象だった。クルマなので、スピードを出しても違和感はないし、車内にいれば防犯カメラにも映りにくくなる。敵の追跡を、かわしやすくなる。

 ただ、この重さを十キロも動かすのは辛いものがあった。宅配業者を見つけると途中で乗り捨て、目的地の近くまで乗せてもらった。

 トキテがカリンと合流できたのは、ホテル襲撃から約三十分後だった。

 カリンは変装をしてホテルを出た後、撹乱(かくらん)の為の逆方向の瞬間移動を混ぜながら、目的地にいた。カリンはそこで、アークと連絡をとる手筈(てはず)になっていた。

 目印は決めてなかったが、人も物も多くない地で、三人はすぐに合流できた。

 カリンはアークに連絡する必要があるのだから、ネットが自由に使える場所だ。そういうところは限られている。

「トキテ、ちょっと大変なことがわかった」合流するなりカリンが言った。「アークは私たちの任務を知らなかった。私たちが中国に来た記録も消えてる」

「どういうことだ?」

 ネットサロンの一角。人は少ないが、この地方で集まっている方なのだろう。辺境地の割に、設備は悪くない。

 カリンはパソコンを操作しながら説明を続けた。開いている画面は、アークのスタッフやエージェントがログインして見ることができる個人ページだ。

「私は移動専門のスタッフだから、いつ、何の任務で、どこにいるかを書いて残してるんだ。これは私の掲示板だから、他の人も見れる」

 つまり、カリンに移動や輸送を頼みたい社内の人は、掲示板を見てカリンに仕事の依頼をするのだ。

 ここ、とカリンが示したのは、トキテたちがアークを出た日付だ。

「休暇になってる。編集された形跡があるけど、私じゃない。誰かが書き換えたんだ」

「俺の上司……つうか、俺にこの任務を振ってきたのはラルフってやつだけど、連絡とれる?」

「取ったよ」カリンはこともなく言う。「最近、トキテから報告が上がってこなくてイライラしてるって。それで連絡取ったら取ったで、不通だからって、カンカンだったよ」

「は?それ、いつの話だよ」

「昨日、連絡取ったって。その前は三ヶ月前くらいって言ってた。あれでしょ?投影装置使うの好きな課長さんでしょ。さっきまで通信してから、出ると思うけど」

 とカリンはパソコンに映像投影装置を繋げて、アークに連絡をとる。装置の真上の空間に、小さなホログラムが現れた。現れるなり、怒り心頭でトキテを睨みつけた。

『貴様、どこをほっつき歩いてる!』

「あ、や、旧中国の重慶……」

『場所など聞いてない!』

 いや、アンタ今、聞いたじゃん……。

 トキテは黙って続きを待った。

『エージェントのランクも下げられないところまで下がってて、それでもアークにいるのは会社の恩恵だ!働いて恩を返さないと、次こそクビだ!わかったら早く戻ってこい!!』(まく)し立てて言うと、ラルフはカリンに向き直る。『連絡済まない。悪いが、コイツを連れてきてくれ』

「はい、わかりました。追って連絡します」

 頼む、と言ってホログラムは消えた。

「……なんつーか、あんなにキレてるラルフ、初めて見た」

 とはいえ、小さなホログラム姿では怖さ半減である。

「トキテが無断で辺境地まで飛び出して行ったって聞いて、狼狽(うろた)えてたよ」

「無断で……」

 任務を振ってきたのは、ラルフだったはずだ。確かに、あの時は『減給』などという言葉に違和感を覚えた。ホログラムで姿は同じだったが、今みたいにホログラムが動くことは少なかった。誰かが、映像データだけを使い、音声を乗せたのだとしたら、あのホログラムが偽物だったと聞いても不思議ではない。問題があるとしたら、アークのセキュリティを突破してやってのけた技術力だが、内通者がいるなら多少は楽になるのかもしれない。だが、ラルフ(偽)が送ってきた任務一覧には他のものもあったのだ。その中から、この地の任務を選ぶ確率は低いのではないか。

 いや、とトキテはキシルを思い出す。あの任務一覧もキシルの指示なら、トキテがどれを選ぶかはわかるかもしれない。だとしたら、これは全て仕組まれたことだったのだ。

「とにかく、迎えを呼んだ。無人の小型ジェット機を寄越してくれるって」

 ロッソのことは伝えてない、とカリンは補足した。どうして、と聞くと、カリンは言いにくそうに口籠った。

「あいつのことだから、何かひょっこりと現れる気がして、言えなかった」

 希望的観測というには夢見すぎな内容に、トキテは最初呆れたが、カリンの表情を見ていたら、つい口が滑ってしまった。

「多分、ロッソは帰ってくるよ」

 え、とトキテを見返すカリンに、トキテは「まずった」と顔をしかめた。

 しかし、どうやら一方的に巻き込んでしまったカリンに、事情を説明しないわけにはいかない。トキテは、キシルとの出来事を掻い摘んで説明した。掻い摘んで、というのは、キシルのことを「昔世話になった人」とだけ言ったことだ。本当は、そんな簡単な関係ではない。もちろん、今はアークに所属していないし、レジスタンスに身を置いていることもカリンとしては気になる疑問点だったに違いない。しかしカリンは聞かなかった。気を遣ってくれたのか、それともロッソのことが思考の大半を占めているのかは、わからなかった。

 じゃあ、とカリンは話題を戻す。

「ロッソは解放される?」

「多分。アイツの言葉を信じるなら、ね」

「信用できるの?」

「いや、わからないけど」

 そもそも、解放されたロッソをどうやって引き取るか。その話は一切なかった。ご丁寧にアークまで届けてくれるわけではあるまい。

 そのときだった。

 先程使っていた映像投影装置が勝手に作動した。またラルフからの通信か、と二人はノイズが走るホログラムを見て口をあんぐりと開けた。

 現れたのは、ロッソのホログラムだ。

『あ、カリン、どこにいるの?』

 ロッソが変わらない調子で笑いかけた。

「どこって、」カリンの顔が見る見る赤くなる。「わかってるんでしょうが!」

 声は怒っているが、カリンの目には涙が浮かんでいた。

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