逃げる
生き物はやめとけ。
ヨーコにそう言われてから、トキテ・シノノメは生き物を念力で動かしたことがない。
怖かった。
未だに、ヨーコに怪我を負わせたことを思い出す。もう十年以上前だというのに。
だから、ホテルに残したセキヨウには「リミッターをしっかり持って、離すな」と強く言っておいた。それでも不安だったが、もしもの時は背に腹は変えられない。セキヨウを念力で動かすしかなかった。
だがセキヨウは、トキテが残したリミッターを、抱えるようにしてしっかりと持っていた。
そのリミッターを引き寄せる。
ホテルからこのビルまで、一キロ弱はある。その距離を、セキヨウは飛んだ。
勢いよく飛んでくるセキヨウを、片手で受け止めた。
トキテの右手は今、肘から先がない。サイバーハンドごと外して、セキヨウに持たせた。トキテの右腕に、リミッターが埋め込まれている。取り外せるが、そうするとバッテリーから外すのと同じで、起動しなくなるため、腕ごと外して置いてきた。腕の組織は人工細胞だが、筋細胞の発熱を利用してリミッターの電力を確保しているのだ。
「大丈夫か、セキヨウ」
片腕で抱えているせいで、トキテの方がバランスを崩しそうになる。セキヨウを下ろすと、トキテはすぐに腕を装着した。神経を繋ぐ作業までしなければならないので、この作業には数分を要する。その上、動作確認は欠かせない。装着作業をしながら、もうキシルは追えないな、と思った。
「予定通り、カリンと合流しよう」
セキヨウが頷く。
トキテが腕の装着を終えると、ビル屋上の扉が開いた。先程、ホテルに侵入した二人が入ってきた。トキテより僅かに年上の、白人と黒人の男だ。その二人をチラリと見ると、トキテはセキヨウを抱えてビルから飛び降りた。
「おい!」
どちらの男の声かはわからない。しかし、その声には焦りの色が現れていた。
念力使いは飛べない。それを知っているからこその反応だ。
トキテは、加速する中で冷静に地面を見つめた。
地面に衝突する直前、斥力を発生させた。自分の右腕に、である。腕に身体が引っ張られないよう、全身に力を入れる。急に減速し、トキテは無事に地面に降り立った。
能力の瞬発力がある、とヨーコに褒められていたトキテだからこそできる技である。
着地してからビルを見上げると、黒人の方が屋上からトキテを見下ろしていた。目が合うとすぐに、その姿が見えなくなる。
「急ごう。奴らが来る前にここを離れないと」




