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SHADE  作者: 真木 雫
33/45

生き物はやめておけ

 ☆ ☆ ☆


「生き物はやめとけ」

「どうして?」

「慣れてないと、念力で潰してしまうからだ」

「え?どういうこと?」

 シノノメが聞くと、ヨーコは自販機から缶コーヒーを選んで買ってきた。

 スチール缶。缶には二種類あること、アルミ缶より堅いことは、ヨーコと三ヶ月共に生活してきた中で知り得た知識の一つだ。ただ、何で二種類あるのか、どうしてスチールはアルミより堅いかは知らない。ヨーコに聞いたが、ヨーコもわからないと答えた。

「シノ、この缶をあそこまで動かしてみろ」

 ヨーコに言われて(わず)か一メートルほど平行移動させる。何の問題もない。

「じゃあ、潰してみろ」

「え?潰す?どうやって?」

 今までの訓練は物体を移動させてばかりだ。一度に複数の物、形が複雑な物、重量のある物。色々なものを動かして念力に慣れていった。

 潰す、はまだやったことがない。

「握り潰すイメージでやってみろ」

 言われて、ペットボトル飲料を思い出した。ミネラルウォーターのペットボトルを、シノノメも潰してゴミ箱に捨てたことがある。まだ身体の小さいシノノメは、ペットボトルを摑む手の大きさが十分じゃなく、その時は床に置いたペットボトルを踏んで潰した。

「ヨーコ先生、踏み潰す感じでもいいの?」

「ああ、良いよ。やってみろ」

 頭の中でイメージを描きつつ、テーブルの上の缶コーヒーを見つめる。

 上から踏み潰すイメージ。


 ベコン


 大きな音と共にコーヒーが勢いよく吹き出し、そして缶は見事に潰れている。

「か、かてぇ〜!!」

 思わず顔を(しか)めたシノノメに、ヨーコが呆れた声を出す。

「思いっきりいったなぁ。力業(ちからわざ)はもう何とかなりそうだけど、ちっとコントロールを覚えないとな」

 重い物を持ち上げる訓練を数日前までしていた。百キロほどなら、持ち上げることができるようになった。ヨーコは十トントラックを同時に3台持ち上げてみせたのだから、百キロなどまだまだだ。

「今のが『潰す』。移動よりも遥かに難しいんだ、普通は。重いもんで訓練してたのは、これができるようにするためでもある。だけど、そうなると『潰さない』訓練もしないといけなくなる」

「え?でも俺、今まで何か潰したことないよ」

 スチール缶より柔らかい物を動かしてても、途中で潰したことはなかった。潰す方が力がいることはわかった。だから尚のこと、『潰さない』は難しくない気がした。

「生き物の移動が一番難しい。潰さないように、運ばないといけないからだ」

 シノノメは首を傾げた。その反応は、ヨーコからしたら想定内なのだろう。

 やってみるか、とヨーコは自身を指差した。

「アタシを運んでみるか?」

「え?先生を?」

「アタシなら、あんたの念力で潰されることはないし、やって体感するのが一番」

「う、うん。それじゃあ……」

 シノノメは室内を見渡した。部屋の隅にソファがある。着地で怪我させないようにできるか不安だったので、あのソファを目指そうと決めた。

「じゃあ、あそこまで」

「おう」

 シノノメはそっと、ヨーコを浮かせた。ヨーコの足が、床から十センチほど離れた。そのまま、平行移動させようとしたとき、ヨーコは急に動いた。立った姿勢のままだったヨーコは、寝そべるような姿勢に移ろうとしていた。

「わ!せ、先生、動かないでよ!」

 バランスが崩れる。十センチ浮いていたヨーコがぐらつき、シノノメは慌てて更に浮かせようとするが、その間もヨーコは空中でごろごろと動き回る。移動どころか、落とさないようにするので精一杯だ。

「ほら、どうした。あそこまで動かすんだろう?」

 面白そうにヨーコが言う。

「だっ、だって先生、動くから……っ!」

「動くなって言われなかったしな。ほらほら、どうした?」

 ヨーコの言葉に、シノノメはムッとした。

 だったら、動けないようにしてやる!

 シノノメは、ヨーコの身体全体に力をかけた。全身を拘束するように力で覆う。すると、次第にヨーコの動きが小さくなった。

 いける……!

 そう思ったのも束の間、ヨーコはシノノメの力に抵抗してきた。ヨーコの腕が、足が、空をかくように動く。その腕と足を、シノノメは止めようと更に力を入れた。そこに力が集中する。


 バキン


 初めて聞く音がした。

 何か、固いものが折れる音。しかし、その音は鈍く、低い音で、不快な音だった。その音の正体を探そうと、音の出所を見る、その瞬間、シノノメの身体は吹き飛んでいた。

 気付いたら部屋の壁に(したた)か背中を打ち付けていた。

 その衝撃で、ヨーコにかけていた力も解けてしまった。ドサッとヨーコが床に落ちた。

「っ……」

 打った背中がジンジンする。ゆっくり立ち上がりながら、シノノメは床に落としてしまったヨーコの元へ行く。

「先生、」

 大丈夫?と言葉が続かなかった。

 ヨーコの足が、ありえない方向に曲がっていた。まず思ったのは、シノノメがヨーコを落としたからこうなったのだ、ということだった。

 だが、違った。

「わかっただろ?」

 ヨーコは折れた足をあまり動かさないように、上半身だけ起こした。

「わかったって……?」

「生き物は動くってことだ。動かれると、念力で運ぶのは格段と難しくなる。例えるなら、背負って人を運ぶ時に、背中で暴れられているようなもんだ。やりづらいだろう、それは」

 ヨーコの言っている意味がわかり、シノノメは頷いた。

 潰す、とはそういうことだ。

 暴れる対象を抑え込もうとすると、力の加減が難しい。今みたいに、潰してしまうのだ。

 あー、クソ、とヨーコは自分の足を見た。

「アタシの念力で防ぐつもりだったから、遠慮なく暴れてやったわけだけど、思ったより能力の瞬発力があったなぁ」

「……」

 朗らかに言うヨーコに対し、シノノメの表情は固かった。

 なんて顔してんだ、褒めてんだよ、と言われても、シノノメの心は晴れなかった。

 怖かったのだ。

 シノノメには、ヨーコを害する意識は全くなかった。だが、結果としては、ヨーコに重傷を負わせた。

 自分がもっている力は、そういう力だ。

 シノノメは初めてそのことに気付いた。

 ―――わかって、しまった。

 例えば、無知の子供が初めて拳銃を手にして、人を殺めてしまったときのように。これは危険だ、と、ようやくわかったのだ。

 超能力者が、世間から隔離され、特別な施設で保護監督される、その意味が、無知なシノノメにも、(おぼろ)げながらに理解できたのだ。



 ヨーコはその後、自分で医務室に連絡を入れ、自身を念力で浮かせて(と言っても、飛ぶことはできないらしく、床から数センチ浮いているだけで)移動した。足を動かす振りまでしているから、傍目には歩いているように見える。シノノメはそれを呆然と見送った。

(よかった、セキヨウがいなくて)

 訓練のときは、セキヨウは資料室か、児童預かり所で待っていることが多い。この日も、児童預かり所に居るはずだった。

 訓練室を出ると、殺風景な直線の廊下には、病院の待合室にあるような長椅子がぽつりぽつりと置いてある。訓練の合間に、シノノメもそこに寝転がって休むことがあるが、今日はそこにセキヨウが座っていた。

「セキヨウ?!」予想外のことに、思わず声を上げる。「どうしたんだ、お前」

 聞いても返事が返ってこないとわかっていても、シノノメはつい訊いてしまう。

 セキヨウは目線を、廊下の先にやった。それは恐らくヨーコが医務室に向かった方向で、そして児童預かり所がある方向だ。セキヨウがヨーコを見かけてこちらに来たか、ヨーコが医務室に行くついでにセキヨウに声をかけたのだろう。

 そうか、と廊下の先を見ながらシノノメは呟いた。

「セキヨウ、今日は訓練終わったから、帰ろう。ヨーコさん、帰り遅いかもしれないけど、家で待とう」

 こくん、とセキヨウが頷いた。

 二人は手を繋いで、廊下を進んだ。

 セキヨウが喋らないのはもちろんだが、シノノメも黙ったままの帰路となった。それを、セキヨウが心配そうな眼差しで見上げてきたけど、シノノメは珍しく気付かない振りをしたのだった。


 ☆ ☆ ☆

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