生き物はやめておけ
☆ ☆ ☆
「生き物はやめとけ」
「どうして?」
「慣れてないと、念力で潰してしまうからだ」
「え?どういうこと?」
シノノメが聞くと、ヨーコは自販機から缶コーヒーを選んで買ってきた。
スチール缶。缶には二種類あること、アルミ缶より堅いことは、ヨーコと三ヶ月共に生活してきた中で知り得た知識の一つだ。ただ、何で二種類あるのか、どうしてスチールはアルミより堅いかは知らない。ヨーコに聞いたが、ヨーコもわからないと答えた。
「シノ、この缶をあそこまで動かしてみろ」
ヨーコに言われて僅か一メートルほど平行移動させる。何の問題もない。
「じゃあ、潰してみろ」
「え?潰す?どうやって?」
今までの訓練は物体を移動させてばかりだ。一度に複数の物、形が複雑な物、重量のある物。色々なものを動かして念力に慣れていった。
潰す、はまだやったことがない。
「握り潰すイメージでやってみろ」
言われて、ペットボトル飲料を思い出した。ミネラルウォーターのペットボトルを、シノノメも潰してゴミ箱に捨てたことがある。まだ身体の小さいシノノメは、ペットボトルを摑む手の大きさが十分じゃなく、その時は床に置いたペットボトルを踏んで潰した。
「ヨーコ先生、踏み潰す感じでもいいの?」
「ああ、良いよ。やってみろ」
頭の中でイメージを描きつつ、テーブルの上の缶コーヒーを見つめる。
上から踏み潰すイメージ。
ベコン
大きな音と共にコーヒーが勢いよく吹き出し、そして缶は見事に潰れている。
「か、かてぇ〜!!」
思わず顔を顰めたシノノメに、ヨーコが呆れた声を出す。
「思いっきりいったなぁ。力業はもう何とかなりそうだけど、ちっとコントロールを覚えないとな」
重い物を持ち上げる訓練を数日前までしていた。百キロほどなら、持ち上げることができるようになった。ヨーコは十トントラックを同時に3台持ち上げてみせたのだから、百キロなどまだまだだ。
「今のが『潰す』。移動よりも遥かに難しいんだ、普通は。重いもんで訓練してたのは、これができるようにするためでもある。だけど、そうなると『潰さない』訓練もしないといけなくなる」
「え?でも俺、今まで何か潰したことないよ」
スチール缶より柔らかい物を動かしてても、途中で潰したことはなかった。潰す方が力がいることはわかった。だから尚のこと、『潰さない』は難しくない気がした。
「生き物の移動が一番難しい。潰さないように、運ばないといけないからだ」
シノノメは首を傾げた。その反応は、ヨーコからしたら想定内なのだろう。
やってみるか、とヨーコは自身を指差した。
「アタシを運んでみるか?」
「え?先生を?」
「アタシなら、あんたの念力で潰されることはないし、やって体感するのが一番」
「う、うん。それじゃあ……」
シノノメは室内を見渡した。部屋の隅にソファがある。着地で怪我させないようにできるか不安だったので、あのソファを目指そうと決めた。
「じゃあ、あそこまで」
「おう」
シノノメはそっと、ヨーコを浮かせた。ヨーコの足が、床から十センチほど離れた。そのまま、平行移動させようとしたとき、ヨーコは急に動いた。立った姿勢のままだったヨーコは、寝そべるような姿勢に移ろうとしていた。
「わ!せ、先生、動かないでよ!」
バランスが崩れる。十センチ浮いていたヨーコがぐらつき、シノノメは慌てて更に浮かせようとするが、その間もヨーコは空中でごろごろと動き回る。移動どころか、落とさないようにするので精一杯だ。
「ほら、どうした。あそこまで動かすんだろう?」
面白そうにヨーコが言う。
「だっ、だって先生、動くから……っ!」
「動くなって言われなかったしな。ほらほら、どうした?」
ヨーコの言葉に、シノノメはムッとした。
だったら、動けないようにしてやる!
シノノメは、ヨーコの身体全体に力をかけた。全身を拘束するように力で覆う。すると、次第にヨーコの動きが小さくなった。
いける……!
そう思ったのも束の間、ヨーコはシノノメの力に抵抗してきた。ヨーコの腕が、足が、空をかくように動く。その腕と足を、シノノメは止めようと更に力を入れた。そこに力が集中する。
バキン
初めて聞く音がした。
何か、固いものが折れる音。しかし、その音は鈍く、低い音で、不快な音だった。その音の正体を探そうと、音の出所を見る、その瞬間、シノノメの身体は吹き飛んでいた。
気付いたら部屋の壁に強か背中を打ち付けていた。
その衝撃で、ヨーコにかけていた力も解けてしまった。ドサッとヨーコが床に落ちた。
「っ……」
打った背中がジンジンする。ゆっくり立ち上がりながら、シノノメは床に落としてしまったヨーコの元へ行く。
「先生、」
大丈夫?と言葉が続かなかった。
ヨーコの足が、ありえない方向に曲がっていた。まず思ったのは、シノノメがヨーコを落としたからこうなったのだ、ということだった。
だが、違った。
「わかっただろ?」
ヨーコは折れた足をあまり動かさないように、上半身だけ起こした。
「わかったって……?」
「生き物は動くってことだ。動かれると、念力で運ぶのは格段と難しくなる。例えるなら、背負って人を運ぶ時に、背中で暴れられているようなもんだ。やりづらいだろう、それは」
ヨーコの言っている意味がわかり、シノノメは頷いた。
潰す、とはそういうことだ。
暴れる対象を抑え込もうとすると、力の加減が難しい。今みたいに、潰してしまうのだ。
あー、クソ、とヨーコは自分の足を見た。
「アタシの念力で防ぐつもりだったから、遠慮なく暴れてやったわけだけど、思ったより能力の瞬発力があったなぁ」
「……」
朗らかに言うヨーコに対し、シノノメの表情は固かった。
なんて顔してんだ、褒めてんだよ、と言われても、シノノメの心は晴れなかった。
怖かったのだ。
シノノメには、ヨーコを害する意識は全くなかった。だが、結果としては、ヨーコに重傷を負わせた。
自分がもっている力は、そういう力だ。
シノノメは初めてそのことに気付いた。
―――わかって、しまった。
例えば、無知の子供が初めて拳銃を手にして、人を殺めてしまったときのように。これは危険だ、と、ようやくわかったのだ。
超能力者が、世間から隔離され、特別な施設で保護監督される、その意味が、無知なシノノメにも、朧げながらに理解できたのだ。
ヨーコはその後、自分で医務室に連絡を入れ、自身を念力で浮かせて(と言っても、飛ぶことはできないらしく、床から数センチ浮いているだけで)移動した。足を動かす振りまでしているから、傍目には歩いているように見える。シノノメはそれを呆然と見送った。
(よかった、セキヨウがいなくて)
訓練のときは、セキヨウは資料室か、児童預かり所で待っていることが多い。この日も、児童預かり所に居るはずだった。
訓練室を出ると、殺風景な直線の廊下には、病院の待合室にあるような長椅子がぽつりぽつりと置いてある。訓練の合間に、シノノメもそこに寝転がって休むことがあるが、今日はそこにセキヨウが座っていた。
「セキヨウ?!」予想外のことに、思わず声を上げる。「どうしたんだ、お前」
聞いても返事が返ってこないとわかっていても、シノノメはつい訊いてしまう。
セキヨウは目線を、廊下の先にやった。それは恐らくヨーコが医務室に向かった方向で、そして児童預かり所がある方向だ。セキヨウがヨーコを見かけてこちらに来たか、ヨーコが医務室に行くついでにセキヨウに声をかけたのだろう。
そうか、と廊下の先を見ながらシノノメは呟いた。
「セキヨウ、今日は訓練終わったから、帰ろう。ヨーコさん、帰り遅いかもしれないけど、家で待とう」
こくん、とセキヨウが頷いた。
二人は手を繋いで、廊下を進んだ。
セキヨウが喋らないのはもちろんだが、シノノメも黙ったままの帰路となった。それを、セキヨウが心配そうな眼差しで見上げてきたけど、シノノメは珍しく気付かない振りをしたのだった。
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