another side 囮
トキテがビルの屋上に出たことは、カエラスが視て逐一報告していた。
ロッソ、アングラ、ホランはその報告を聞きながら、ハッキングして映し出している街の防犯カメラを見ていた。
カエラスが言うように、トキテはあるビルに入っていく姿が見えたが、そのビルの屋上を写すカメラはない。やはり、カエラスの能力が頼りだ。
「釣りだな」
ホランが呟く。
誰も返事しないが、皆同じように考えていた。
「どうする?ホテルに乗り込むか?」
幽体離脱した記憶のないアングラが聞く。釣りとは言え、チャンスだと考えたのだろう。今、ホテルにいるのはカリンと小さな女の子の二人だけだ。
「いや、多分こっちが動くことを期待してるんだ。相手に確信がないからね」
ロッソはアングラに聞かせるつもりで言った。もちろん、幽体離脱したアングラからの情報だということは言わない。
「でもでも、やっぱチャンスじゃないですか?」カエラスが遠視で遠くを視たまま、意見する。「それにどうします?こうしてトキテって人の監視してる間に、あとの二人に逃げられたり、情報屋のところに行かれたりしますよ」
ホランが呆れ顔になる。
アングラは気付いていないが、カエラスは具体的な情報を出しすぎた。幽体離脱の能力は、秘密なのだ。カエラスに守秘義務の考えがないところが、頭が痛い。
「情報屋?」とアングラが首を傾げた時、ロッソが「あ!」と声を上げた。
「カエラス!ファインプレーだよ!」
切り替わる複数の画面を、ロッソは見ている。そのうち、一つの画面を拡大し、巻き戻した。ホテルの近くの大通りだ。
「これ、カリンだ」
写っているのはロングコートにツバ広の帽子を目深に被り、俯きがちに歩く人の姿だ。写真でカリンの姿を知っているアングラ、ホランが見ても、その人物は男か女か、子供か大人かもわからない。
「カリンの歩き方だ」
アングラとホランの疑問に答えるように、ロッソが呟く。
アングラが「んー」と唸りながら、頭を掻いた。
「これがカリンだとして、じゃあホテルは空か?」
「いや、あの小さな女の子がいただろう」ホランが答える。
「ああ、セキヨウちゃんね」とロッソ。
「まぁ、それはいいとして、」とアングラは続けた。「カエラス嬢、ホテルはまだボヤけてるのか?」
それに「はい」という返事。
つまり、とアングラは頷いて言った。
「シールドを作用させたまま、ホテルを出てる。トキテは目くらましだろう。シールドと囮。二重の目くらましだったわけだ。これはカリンを追った方が良くないか?」
「カエラス、追えるか?」
ロッソがカエラスに聞く。
「ちょ、ちょっと待ってください。どんな人を探せばいいんすか?」
ロッソは先ほど見た映像をカエラスにもう一度見せた。
カエラスはホテル周辺を遠視で確認したが、中々見つけられない。ロッソが知る情報屋の場所を教え、そこを中心に視てもらう。カリンは移動能力があるので、近隣だけでなく、広い範囲を見てもらったが、該当する人物は見つからなかった。
「くそっ!逃げられたか」
いや、とロッソが否定する。
「多分、どこかで着替えたんだ。ホテル周辺の監視カメラの存在も考えての行動だったわけだ。格好が違うと、カエラスには探せないだろうしね」
そう言いつつも、ロッソは瞬間移動した可能性を考えていた。カエラスの遠視は広範囲だ。ロッソがカリンに教えている場所はさほどないし、カリンはナビゲーターがいなければ瞬間移動に奥手なタイプのはずだ。その先入観を逆手に取られたか。いや、ロッソがこちらの協力者だとは予想してないはず。カリンやトキテが考えているのは、ロッソが人質になっているケースのはずだ。その場合、多少なりとも能力の情報が漏れていることは計算尽くだろう。だとしたら……。
「囮」
ホランがぽつりと言った。
え?とアングラが聞き返す。
「奴らはばらばらになった。明らかにこちらを誘ってる。この場合、囮は何だと思う?」
「え?ホテルに残ってる嬢ちゃんじゃねーの」
ホランが緩やかに首を振る。
「トキテが見ている。その中をあの少女目掛けて飛び込む理由はない」
「そうか、シールドだ」
ロッソが言い、ホランが頷く。
まだ意味を掴みかねて首をかしげるアングラ、完全に話に置いていかれたカエラスに、ホランが説明する。
「この場合、俺たちの任務の失敗は、彼らに逃げられることだ」
普段、寡黙なホランからは想像できないくらいに、流れるように話を続ける。
「そもそも、俺たちが彼らをこんな辺境に誘きだしたのは、外部と接触できないようにするためだ。だから電波障害によってネット通信も遮断した。あとは、カエラスが彼らの動向を監視するだけのはずだった。それがここに来て、俺たちの優位が崩れたのは、あのシールドの存在だ。俺たちは監視するところを見誤りつつある。一番困るのは、カリンが電波障害圏から抜けて、アークに連絡を取ること。情報屋からこちらを探ることじゃない」
つまり、とアングラは言葉を継ぐ。
「カリンを見失った今、俺たちが真っ先にすることはシールドを奪うこと、か」
ホランが頷いた。
カエラスは「ほえ?」と情けない声を出した。
「それがどーしてシールドを奪うことになるんすか?カリンの行動を止めることじゃなくて?」
後手に回ってるからだよ、と今度はロッソが説明役を引き受けた。
「僕らの任務は彼らをこの地に留めておくことだからね。カリンのことはこれから動いても止められる算段は、あまりない。それよりも、アークが来るまで時間を稼ぐんだったら、どうしたってシールドが邪魔になる。トキテはシールドからわざと離れた。つまり、シールドが囮になる価値があるからだよ。トキテがシールド持ってるなんて、僕も知らなかったしなぁ。これは本当に困った。番狂わせだ」
言葉では困った、と言いながら、ロッソの口調は穏やかだった。
そのとき、彼らの元に通信が入った。
任務、完了だ。




